悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました

犬派だんぜん

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閑話

5. 家出 (リヒター視点)

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 今私は、お屋敷の応接室で妖艶な伯爵夫人と対峙している。

「ヴェルナー様には、息子ともどもいろいろとお世話になりましたの」
「そうですか。それでどのようなご用件でしょうか」
「新年のパーティーでお会いできると思い、お手紙にもそうしたためましたのにお会いできなかったので、御礼を申し上げたく寄らせていただいただけです」

 絶対それだけじゃないよね。私、喧嘩売られてるよね。


 お屋敷の調薬小屋で調薬をしていたところ、少し困った顔の執事から来客だと告げられた。ヴェルナーが私と結婚する前に家庭教師をしていたころの教え子の母親らしい。ヴェルナーは視察に出かけていていないので、私に連絡が来たのだ。アポなしではあるし、身分的にも会わなくて問題ないが、女性を追い返したという評判は避けたい。ヴェルナーはいないと伝えるだけでいいだろうと会うことにしたのだが、判断を間違えた気がする。
 なんでも、この春無事に息子さんが学園を卒業できたのはヴェルナーのおかげなので、その御礼を直接言いたいからとわざわざここまで来たらしい。けれど、ヴェルナーは何年も前に家庭教師をやめてこの領地に引っ越してきているし、そんなのは口実で、目的はただヴェルナーに会いに来ただけだろう。その上、言葉の端々にヴェルナーと関係があったと匂わせてマウントしてくるのだ。
 ちなみにこの場合のマウントは、IT系のファイルシステムを利用可能にするコマンドじゃなくて、自分の優位性を示す行為のことだ。そんな関係ないことを思い浮かべて冷静になろうと思うくらいには、もやっとする。

「視察に出ていますので、伝えます」
「いつ頃お帰りになられますの?」
「後5日ほどの予定ですが、状況次第です」
「では、5日後に再度伺わせていただきますわ」
「その時は領主館をお訪ねください」

 そういうのはこの屋敷に持ち込まないで。
 私と婚約する前のことだから私に何かを言う権利はないし、ヴェルナーは前の奥さんを亡くしてからはフリーだったからまあそういう相手もいただろうと分かってはいるが、それでももやっとする。

 こういう時には、調薬に限る。決められた手順に従って作業を進める工程は、無心になれる。
 ここぞとばかりに、使いたいけど貴重だからと取っておいた素材を使って、珍しい薬も作る。使った分は私の私財から払って補充するのだから、誰にも文句は言わせない。現当主である父上と、次期当主であるアルベルトにはその権利があるけれど、理由を言ったらきっと分かってくれる。


「リーくん、それでこんな薬を作っちゃったの?」
「夜のお店で使う薬が載っている本にありましたので」
「旦那様と使えばいいじゃない」
「つっ、使いません!」

 調薬の本に載っている薬を片っ端から全部作って行ったら、ずいぶんと貴重な素材を使った精力剤ができてしまったのだ。物が物だけに、気軽に誰かにあげることもできず、かと言って捨てるには貴重な素材を使っているし、処分先に困ってミリアさんに来てもらった。
 ミリアさんは、この領都で一番の娼妓だ。もう引退する予定でお客さんはほとんど取っていないそうだが、こういう物にも詳しいだろうし、そういう伝手もあるだろうと思ったのだ。

「これはお店では使えないわ。リーくん、旦那様がダメなら、王都の公爵様にお任せしたほうがいいわ」
「……確かにもう一人くらい弟か妹がいてもいいですね」
「そうじゃなくて。それもいいのかもしれないけど。そのお薬、跡継ぎを望まれる方がお買い求めになるわよ」

 どうやらこの薬、その方面で有名な薬らしい。素材を集めるのが大変なのであまり出回らないが、知る人ぞ知るものだそうだ。
 壁際に控えている執事を見ると小さく頷いたので、これは父上に任せることにしよう。

 それから、ミリアさんに愚痴を聞いてもらった。

「婚約するときに身辺整理はしたはずなのに、その後も手紙を送るなんてマナー違反です。ましてや会いに来るなんて」
「リーくん、嫉妬してるのね。ぷりぷりして可愛い」
「違いますっ。私に見えないところでやって欲しいだけです」
「違わないわよ。旦那様が自分以外の人を見るのが嫌なのでしょう?それは嫉妬よ」

 嫉妬か。これは嫉妬なのか。そう思ったら、胸のもやもやがフッと晴れた。
 嫉妬なら、怒ってもいいよね。

「ミリアさん、客として娼館に行ってもいいですか?」
「リーくん?どうしたの?」
「嫉妬しました。なので家出します」
「え?」

 ということで、ミリアさんのお店に来ている。家出しました!
 ヴェルナーは明日帰ってくる予定なので、5日くらいは家出をしていたいが、ミリアさんのお仕事の邪魔をするのも悪いので、お客さんの予定がない3日間、ミリアさんの時間をもらった。代金は私の私財から払っている。
 ミリアさんのお部屋があるのは最上階で、ミリアさんのお部屋しかないので、この階の貸切だ。さすが領都ナンバーワンだ。部屋の調度品もかなり良いものが使われている。そして、本がたくさんあった。この世界、本はそれなりに貴重だ。私が何を見て驚いているのか気付いたミリアさんが教えてくれたが、貴族や商人の話を理解するためには知識が必要だからと読書をしていたら、それを見たお客さんが差し入れてくれたりでどんどん増えたそうだ。中には文字を学ぶ子供用の本もあって、この娼館に売られて来た子に教えたりもしているという。

「やっぱり字が読めないと、騙されたりもしちゃうし、この仕事はいつまでも続けられないから」
「そうですね」

 神殿が読み書きを教えてはいるが、そこまで識字率は高くない。農村では子どもも労働力なので勉強に割く時間があまりないのと、農村ではそもそも字を使う機会がないので必要性を感じないことも理由としては大きいらしい。義務教育の記憶を持つ者としては、その状況を改善したいと思わないわけではないが、身分制度があるこの世界では、学校を作れば解決するような単純な問題ではない。
 明確な解決策をもたないのに私が口を挟むことは、領地の政治の混乱を招くし、ヴェルナーの面子を潰すことにもなるので、意見を求められない限り私から何かを言うことは控えている。だが、領地が富むことは、改善の選択肢を多くするはずだ。私にできることは、そう信じて研究を進めることだ。

「リーくんにおススメはこの本ね。運命に引き裂かれたふたりの恋物語よ」
「ヴェルナーと私は別に運命に引き裂かれていませんが」
「違うわよ。恋するふたりにきゅんきゅんするのがいいのよ」

 きゅんきゅん。犬が甘えている時に鳴くきゅんきゅんとは違うよね。
 とりあえず読んでみよう。

「ミリアさん、きゅんきゅんしました!」
「でしょう。もうねえ、バルコニーから密かに騎士を見ながらバラの花に口づけするところなんて、本当にきゅんきゅんしちゃうわ」
「私は、二度と会えなくてもこの心は貴方のそばに、というあの誓いの場面です」
「あそこもいいわよねえ」

 今までこの世界の物語は読んだことがなかったが面白い。日本でいうところのファンタジーが現実だ。もしかして私が日本の記憶を小説に書いたら、ファンタジー小説になるのだろうか。それともSF小説か。魔法があるこの世界ではミステリー小説は難しそうだ。
 ミリアさんは、私が読み終えた本を私についてきた使用人にも勧めている。これは確かに誰かと感想を言い合って盛り上がりたい。私は続編を読もう。


 翌日朝、執事がお屋敷で作られた朝食を運んできた。警備の関係でそういうことになったらしいが、みんなに迷惑をかけて申し訳ない。

「ヴェルナー様より、本日お帰りになると連絡がございました」
「伯爵夫人が領都を出るまで帰らないと伝えてください」
「畏まりました」

 私がここに泊まったせいで、護衛も使用人たちも泊まることになったし、私が部屋を使っているためにミリアさんが控室のようなところで寝ることになってしまった。でも、せっかく家出をしたのだから、あの人がいなくなるまでは帰りたくない。

 朝ご飯を食べてから、またミリアさんの本を借りて読んで、私の使用人も含めて感想を言い合って盛り上がる。友人とこういう時間を持ったことがなかったから新鮮で楽しい。夢中になって小説を読んでいたら、お昼過ぎにヴェルナーが娼館に来た。

「帰ってきてほしいな」
「嫌です」

 ヴェルナーは、あの伯爵夫人とは何もなかったと言うが、関係ない。何があろうがなかろうが、あんな風に匂わせられること自体が不愉快だ。
 私は怒っているのだ。

「浮気は見えないところでしてください」
「リヒター、私が浮気などしていないことは分かってるだろう?」
「知りません。私は怒っているのです。帰ってください」

 そんな簡単には許さない。だいたいなんで公爵子息の私が伯爵夫人にあんな態度を取られないといけないんだ。それもこれも全部ヴェルナーが悪い。
 夫人ではなく伯爵と知り合いで息子の家庭教師を頼まれたそうだが、きっと夫人から誘われたに違いない。だって、息子の家庭教師と夫のいない日中の屋敷でってどこかの官能小説にありそうな題材だから。

 とりあえずこの場での私の説得を諦めたヴェルナーは、あの夫人にお引き取り願ってから迎えに来ると言って、帰って行った。
 ミリアさんが、ヴェルナーとあの人が会うときに立ち会ったほうがいいのではないかと心配してくれるが、執事が代わりに見ていてくれるので、問題ない。私はあの人には会いたくないし、執事が全て上手くやってくれるだろう。

 それよりも、恋愛小説のさらに続きが読みたい。運命に引き裂かれた二人が、それを乗り越え結ばれるのか、続きが気になる。
 けれどこのシリーズはまだ完結していなかった。続きがとても気になるぞ。こればっかりは公爵家の権力でもどうにもならないし、大人しく待つしかないのか。

「リーくんは、このふたりが結ばれると思う?」
「現実では無理ですね。他国の王子妃となっておきながら自国の騎士と結ばれるなど、外交問題に発展します」
「熱中して読んでいると思ったのに、冷静なのね。意外だわ」
「物語は物語ですよ。だからこそ、どういう決着にするのかがとても気になります。現実にはあり得ないとしても、夢のある結末を期待してしまうのです」
「あら、リーくんはこの物語のお姫様じゃない。王子妃となるはずだったのに、旦那様と結ばれたでしょう?」

 出だしと結末だけを見ればそうかもしれないが、私がヴェルナーに出会ったのは王子の婚約者ではなくなってからだ。私が物語の姫なら、返せないと分かっているのに騎士の誓いを受け取ったりはしない。それに。

「騎士は姫だけの騎士ですが、ヴェルナーは私だけの旦那様ではないですし」
「今はリーくんだけの旦那様じゃない。前の奥様のことは気にしちゃダメよ」
「いえ、その後です。きっと姫の前に現れた吟遊詩人のように、ヴェルナーも家庭教師のお仕事をもらうため、あちこちのご夫人に色目を使っていたに違いありません!」
「はあ。物語は物語と言ったのはリーくんでしょう。想像力が逞しすぎるわよ」

 言い切った私にミリアさんが呆れているが、本当は分かっている。ヴェルナーはそんな人じゃないし、そもそもそういう後々揉めそうな付き合いをしていた人なら、父上が私の相手として勧めてはこない。事前に身辺調査は行われたはずだ。

 でも、この世界で初めて恋愛小説を読んで、私の妄想がさく裂しているのだ。妄想は自由だ。翼を得て、風に乗って、無限の空を飛びまわる。
 妄想の中のヴェルナーが伯爵夫人の誘いをつれなく断り、伯爵夫人が悔しそうに俯いている。けれどその日の夜会では、オシャレな服に身を包んだヴェルナーが別の身持ちの固そうな侯爵夫人を口説いている。
 そんな場面を思い浮かべたら、自分の妄想なのに腹が立ってきた。

「じゃあリーくんも浮気しましょう。それがいいわ」
「私は外におりますので、終わったらお呼びください。本はこのままお借りしますね」

 え、あれ?使用人が出て行ったし、ミリアさんに押し倒されているんだけど、なんで?どこからそういう流れになったの?
 大丈夫、気持ちいいことするだけだからって言われても、全く大丈夫じゃないんですが。どうしてこうなった。

「前からリーくんのこと、ちょっと味見してみたいと思っていたのよね。こんなチャンス、逃がす手はないわ」
「え、いや、あの、逃がしても問題ないチャンスですので」

 私の上から降りてもらいたいけど、乱暴にするわけにもいかないし、動くに動けずに困っていたら、ミリアさんに美味しそうねえと頬をつままれた。美味しくないです。全力で美味しくないです。むしろ腕に当たるミリアさんの豊かなお胸のほうが美味しそうというか、羨ましいというか、前世でこれくらいあれば私の人生変わっていたのか、あまり大きいと肩こりが酷いと聞くのでなくてよかったのか。

「こんな風に迫られているのに動揺しないなんて、やっぱり衰えを感じるわ。わたくしも潮時ね」
「そんなことはないです。ミリアさんの魅力は輝く太陽のようです。星も恥じらって身を隠すほどの輝きです」
「リーくん、じゃあお願いを聞いてくれるかしら?」
「はい喜んで。でも先に離れてください」

 動揺しすぎて居酒屋の店員のような返事をしてしまった。それに、恥じらうのは星ではなくて花と月だし、星は太陽の光が明るすぎて見えないだけで身を隠したりはしない。
 あわあわする私の頬をはむっとしてから、ミリアさんが身体を離してくれた。内容も聞かずに約束するなんておばかさんね、と言いながら微笑んだミリアさんは、壮絶に色っぽくて、ちょっとくらっときてしまった。これは何をお願いされても喜んでお財布を開いちゃうやつだ。これが領都ナンバーワンの実力なのか。私はかなりの危険地帯に自ら足を踏み入れてしまっていた気がする。


 身の危険を感じて、夜は部屋の前の護衛にミリアさんを通さないで欲しいとお願いして眠りについた翌朝、私の身支度に部屋に入って来た使用人に言われるままに着替えている。

「どうかしら?」
「サイズはピッタリです。もう少々お待ちください」

 手際よく着付けられていくが、その服が問題だ。なぜ、ドレスなんだ。ご丁寧に胸に詰め物までされているが、骨格は男性なのだ。肋骨と骨盤の形の違いでくびれができないはずなのに、ドレスが入ってしまうのは何故だ。筋肉のなさが原因なのか。

「やっぱりね。リーくんにはこういう禁欲的なドレスのほうが似合うと思ったのよ」
「リヒター様の雰囲気にとてもあっていますね」

 ミリアさんと使用人が盛り上がっているが、昨日私が安請け合いしてしまった結果なので仕方がない。前世の記憶のためか抵抗もないので、まあいいだろうとそのまま1日を過ごすことを了承した。
 部屋から出ないので、あまり不便はないが、立ち上がる時に裾を踏んでしまいそうだし、歩くときの足さばきが難しい。母上を含め貴族の女性はいつもきちんとドレスを着て、裾を乱さず動き、夜会ではダンスを踊っていたが、実はすごい技術だったようだ。
 けれど、姫と騎士シリーズとは別の恋愛小説を夢中になって読んでいると、ドレスを着ていることも忘れてしまった。たまに紅茶に手を伸ばすときに、袖のフリルが目に入って思い出すくらいだ。この伯爵子息と花屋の看板娘の恋愛小説も面白い。やはり身分違いの恋はどの世界でも題材として魅力的なようだ。

 そして熱中するあまり来客に気付かなかった私が、名前を呼ばれて顔を上げたそこには、ヴェルナーがいた。

「人に浮気だなんだと言っておきながらいけない子だね。こんな格好で、客を取るつもりだったのかい?」
「ヴェルナー?」

 あ、ドレス。そう思った時には遅かった。
 脇の下と膝の下に手を入れられ、ふわっと持ち上げられた。お姫様抱っこの完成だ。

「ヴェルナー、降ろしてください」
「屋敷に着いたらね」
「旦那様こちらを」

 このまま外に出ると、ヴェルナーが娼妓を抱きかかえていたと噂が立ちかねないので、とドレスをすっぽり隠すマントをかけられた。いや、そういう気遣いするなら助けて。

「リヒターがいることで発生した損失は、すべて補償すると店主に伝えてくれ」
「畏まりました。一つだけお詫びを。リヒター様のみずみずしい頬を味見させていただきました。申し訳ございません」

 言わなければバレなかったよね。なんでばらしちゃったの。ミリアさんを見たら、しおらしく頭を下げているけど、ちょっと意地の悪い顔で笑っている。やられた。裏切り者!
 貸しにしておく、と言って歩き始めたヴェルナーは、私を抱き上げているのに、安定感抜群だ。インドア派仲間だと思っていたのに、こっちにも裏切られた。
 執事に目線で助けを求めるも完ぺきな微笑で頷かれるだけだし、その頷きの意味は何なの。小説の感想で一緒に盛り上がった使用人はミリアさんからどの本を借りて帰るかの話をしている。
 なんで私の味方がひとりもいないの!

「ヴェルナー、私は怒っているのです。あの伯爵夫人はどうなったのですか」
「そうだね。リヒター、私も怒っているよ。こんな可愛い格好をして、私以外の人に触れられて」
「そのドレスはお好きになさってくださいませ」
「ミリア嬢、後日貴女の望むものを贈ろう」

 何かがヴェルナーのスイッチを押してしまったようだ。このドレスか?女装男子がいいのか?なんだかよく分からないが、怒っているといいながらも稀に見るほどの上機嫌だ。ミリアさんに迫られた時など比ではないほどの身の危険を感じる。このままお屋敷に帰ったらヤバい。

 けれど、ヴェルナーは私を抱きかかえたまま馬車に乗り込み、そして今はヴェルナーの膝の上に座らされていて逃げられない。いや、その前にドレスでは逃げられない。
 このドレス、首元も詰まっているし長袖で、肌の露出は少ない。背中を除いては。やはり娼妓のドレス、背中から腰まで大きくぱっくり開いているのだ。さっきから、ヴェルナーの不埒な手がそこを撫でている。

「ヴェルナー、あの、」
「不安にさせて悪かったね。もう二度と不安にならないよう、私の愛をしっかり感じてもらえるよう、一層努力するよ。今まででは不十分だったようだし」
「いえ、その、ヴェルナーもお仕事が忙しいでしょうし」
「ああ、大丈夫だよ。領主館のみんなにも怒られてね。しばらくはリヒターを甘やかしてあげるようにと休みをくれたから」

 領主館のみんな、余計な気を回さないでよ。完全に逃げ道を塞がれてしまった。
 今のままで十分だし、ちゃんと伝わってるのに。嫉妬するって状況と、家出と恋愛小説にちょっとテンションが上がっただけだったのに。なんでこうなった。

 その後どうなったかは……、みなまで言わせないで。
 今後はヴェルナーのことを疑ったりしないと約束させられただけじゃなく、娼館の人たちに迷惑をかけたこと反省しなさいとか、まあその、いろいろとね……。
 二度と家出はしないと、心に決めた。



 後に王都では、送られてきたものを見て、父上が私の真意を測りかねていたそうだ。

「ミシュカ、これは、私たちにもう一人子どもを作れということだろうか……」
「リヒターのことです。何も考えずに作って、販売先に困ったのではありませんか?」
「そうか。そうだな。リヒターだものな。必要としている家があるかそれとなく聞いてみるか」

 全くあの子はこれがどれくらいの価値があるか分かっているのだろうか。ただでさえ王家が買い取ってもおかしくない物なのに、神殿の後ろ盾を持つあの子が作ったと言う付加価値で何倍もの値が付きそうだ。

「領地に押しかけたという伯爵夫人ですが」
「ああ、社交界から締め出してくれ。伯爵のほうは私が潰す」

 ミシュカが伯爵夫人への制裁を考えているようなので、思う存分やってもらおう。
 伯爵も奔放な夫人を持って災難だが、手綱を握れなかったのだから責任はある。夫人はその奔放さ故に伯爵から見限られる寸前で、ヴェルナーを頼ってマクスウェル公爵家との繋がりを作り、自分の地位の回復を図りたかったようだが、そのようなことにあの子たちを巻き込まないでくれ。今後同じようなものが出てこないためにも、見せしめにすることを決めた。

「それよりも、ヴェルナー殿はリヒターに怒ってはいませんか?リヒターにしてはずいぶんと子どもっぽい振る舞いをしたようですが」
「ピエールによると、甘えられてまんざらでもなかったようだ」
「よい関係が続いているようで安心ですわ。あの子が焼きもちなど、可愛いですね」

 ミシュカがくすくす笑っているが、正直私も驚いた。あのリヒターが、以前なら愛人がいようと気にも留めなかっただろうリヒターが家出とは。貴族の子息としては諫めるべき行動なのだが、ヴェルナーに迎えに来てほしいという無意識の甘えが見え隠れして微笑ましい。

 領民に愛されているリヒターと、そのリヒターを支えるヴェルナーは、良くも悪くも注目を集める。
 護衛が娼館の周りを警護していたことで、リヒターが泊ったことが知れ渡った。さらに迎えに行ったヴェルナーがリヒターを抱きかかえて馬車に乗り込んだことが、目撃した者たちから噂として広がった。現在領地は、ふたりの痴話げんかの話で持ちきりだそうだ。舞台となった娼館にも噂の真相を聞こうと連日客が集まっているという。
 ヴェルナーには迷惑をかけるが、それすらも楽しんでいるようなので、彼がリヒターのそばに居てくれて本当によかったと思う。
 ふたりを巡り会わせてくださった神に感謝いたします。
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