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閑話

1. お正月特別閑話 お節料理 (リヒター視点)

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「おせちって何?」
「おせち、ですか?」
「そう、昨日寝言で言ってたよ。食べたいって」
「年始に食べる料理です。3日間は料理をしなくていいように、日持ちするものを年末に作って、お重に詰めておいて食べます。今とちょっと似てるなって思ってたから夢に出てきたんでしょう」

 この国でも、年末年始は休みだ。貴族は年始に王宮でパーティーがあって基本全員参加なので、年末年始は王都に貴族が集まる。
 多くの貴族がこの領を通って王都に向かって行ったが、私たちは父上の意向でパーティーは不参加なので、領地でのんびり過ごしている。
 使用人たちも、本来であれば私たちがいなくて休暇になっているはずなので、最低限の人数にして、順に休みをとっている。

 そんな訳でここ数日の食事は、給仕が不要なように、冷めてもいいものがずらっと並べられて、それを各自とって食べている。それがお節料理みたいだなあ、と思ったのが、夢に出てきたのだろう。甘い岩石卵が食べたいな。

 前世では、伝統行事は一通り娘たちに経験させようという母の方針に従い、お節料理は手作りで、大晦日は家族全員台所で料理をしていた。
 田作り、伊達巻か岩石卵、栗きんとん、矢羽根蓮根、手綱こんにゃくは子どもの担当で、栗きんとんのさつま芋を裏ごしするのは父の担当だった。

「リヒターは料理できるの?」
「出来ますよ。調薬とあまり変わりませんよね」
「そう、かな?」
「今度機会があれば作りますよ」

 ヴェルナーが曖昧に笑っているが、そんなに警戒しなくても大丈夫だから。

 調薬は料理に似ている。
 何を作るか決め、材料を準備して、手順通りに作れば、本に書かれたものが出来上がる。
 オリジナリティを出そうとしなければ、失敗はしない。少々とか適量とかって書かれているところさえ気をつければいいのだ。1度作れば後は同じことの繰り返しの中で、自分好みに調整可能だ。
 日本には「めんつゆ」という万能調味料があったが、こちらにはそういうものはあるのかな。

「庶民はお正月はどうするのですか?」
「神殿にお参りした帰りに、屋台で買って食べると聞いているよ」
「ヴェルナー!」
「はいはい、行きたいんだね。護衛と相談して空いている時間に行こう」

 やった、屋台だ!
 綿菓子とかたい焼きとかはないだろうけど、美味しいものがあるといいな。


 朝が空いているということで、朝食前に神殿にお参りに来ている。
 私たちが来るときは一部立ち入り禁止にしたりするので、参拝客が落ち着いたころにお参りする予定だが、屋台で買い物だけして帰るのも失礼なので、こっそりとお参りに来た。といっても護衛に囲まれているので、いるのはバレバレだ。
 神殿に入るのに少し並んではいるが、列は進んでいるので、すぐに入れるだろう。
 一般の人と同じように並んでいると、周りの人たちに私たちだとバレたが、護衛のお忍びですのでという言葉に眺められるだけで済んでいる。ただ、たまに私たちに向かって拝んでいる人がいるのはどういうことだ。

「ヴェルナー、こちらに向かって拝んでいる人がいるんですが」
「彼らにとっては神界にいらっしゃる方々よりも、リヒターのほうが身近な神なのかもね」
「私は神様じゃないですよ」
「感謝の気持ちだよ」

 神殿に入ると、皆思い思いの格好で祈りを捧げている。いちおう作法はあって貴族はそれに則って祈るが、庶民は神様に失礼でなければいいというゆるい感じだ。
 私もヴェルナーと並んで祈りを捧げた。

 この一年が平穏でありますように。天候が安定して領の収穫がよいものでありますように。家族のみんなが健康でありますように。

 神殿の外の道の脇には、ずらっと屋台が並んでいるが、開いているのは半分だ。時間もあって、開いているお店は朝食に食べられそうなお惣菜パンや温かいスープが多い。
 平べったい丸いものが串に刺さったのが売られている。もしかして。

「あれは何ですか?」
「芋を潰して焼いたものですね」

 やっぱり、いももちだ。
 私が注文できるように、護衛が前を開けてくれた。

「一本下さい」
「へい!まい……ど……?」
「お忍びなので」
「は、はい!一本でいい、よろしいで、ございますか?」
「はい」

 おじさん、驚かせてごめんね。
 一本渡してくれたので、自分でお金を払う。この時のために小銭を貰って来たのだ。
 周りを見るとみんな立ったまま食べているから、私もかじりついた。
 お醤油の甘辛たれではないけど、さっぱりとした塩味で美味しい。
 3つ刺さっている1つ目を食べ終えて、ヴェルナーも食べるかな、と差し出した。

「ヴェルナー、食べますか?」
「……」
「好きじゃなかったですか?」
「いや、もらおう」
「?」

 あ、食べかけの物をあげるのって、貴族的にはアウトだ。前世の感覚でやってしまった。

「ごめんなさい、新しいものを買いますか?」
「いや、いいよ」

 そう言ってヴェルナーは私の手の上から串を持って、パクリと1つを1口で食べた。

「ひとつのものを分け合って食べるのも新鮮でいいね。最後の1つはどうぞ」

 笑顔で返されて、なんだか無性に恥ずかしくなってしまった。

「他の物も分け合って食べようね」
「えっ」

 ヴェルナーが上機嫌だ。何かのスイッチを押してしまったらしい。

「リヒター、これも美味しそうだよ。ほら、口を開けて」
「いえ、それは……」
「はい、あーん」

 護衛たちの生温い視線に耐えられない。

 それからヴェルナーが満足するまで屋台を見て回って、お屋敷に帰りつくころには、私は羞恥で燃え尽きて灰のようになっていた。
 おかしい、こんなはずじゃなかったのに。


 領主のご子息と領主代理が仲睦まじく屋台のものを分け合って食べていた、という噂はあっという間に広がった。
 それが王都の父上の耳にまで入り、変わらず仲良くやっているようだと安堵されたことも、弟のアルベルトが自分も行きたいとごねたことも、私は知らない。
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