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26. 未来は希望で出来ている (リヒター視点)
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10日経って、結果報告会の日だが、今回は領主館が会場だ。実用化できそうな目途が立ったので、ここからは領主館主導で行うのだ。
アントーニたち魔道具技師は、水に溶けた魔素の濃度を測定する改良版の魔道具を作成していた。
「ここに入れると、濃度が測定できる。濃度はこの印がどこまで動くかだ。終わったら、水を入れて、この印がゼロに戻ったら、次を測定できる」
「どれくらいの正確に測れますか?」
「比較対象がないから、正確さは分からんが、ポーションの効果とだいたい連動していた」
「なるほど。初めての物ですものね」
領主館の役人に分かるように1から説明しているのだが、実はこれが一番難しい。
相手の理解度に合わせて話すのが鉄則だと、お話上手のキャスターがテレビで言っていたが、自分の専門分野についての一般人の理解度がどこなのかがよく分からないのだ。自分の常識は他人の非常識。しかも、専門分野の常識を知らない人に話そうとすると、専門用語が使えなくて詰むのだ。ああいうのを分かりやすく話せる人は本当に尊敬する。
けれど、この研究を領として進めていくのか、どこまで領が関わるのか、判断するためにも、内容を理解してもらわなければならない。
私は、不純物が魔素に与える影響、聖水と魔素水、聖水と魔素水で作成したポーションの魔素濃度の時間経過を報告した。
聖水も魔素水も、1日でただの水になるが、それがポーションであれば、ただのポーションになるまでに3日かかる。付け加えた魔素が3日で全て抜け、それに伴い浄化作用や強くなった効果もなくなる。
「聖水でポーションを作っても、ポーションに聖魔法をかけても、効果は変わらないのですか?」
「最初の浄化作用の強さに違いはありますが、時間経過での魔素と浄化作用の減り方はほぼ同じです」
聖魔法は純粋な魔素に対して特別な作用があるのだろう。その結果がキラキラ聖水だ。ポーションの魔素は薬草か何かと結合して安定しているので、聖水にしても爆発的には増えないが、少しの時間は付加された魔素を留めておけると推察される。けれど、どれも証明できない。
次は薬師ギルド長の、魔素水を使って作ったポーションの効果についてだ。
「主要ポーションしか試せていませんが、だいたいのポーションは魔素水で作成すると効果が上がります。通常の薬草で、高品質の薬草を使用したポーションが作れると思ってもらえれば分かりやすいと思います。特に魔力補充ポーションは著しく効果が上がりました。ただ、心の臓の働きをよくするポーションは、別のものになりました。これは私の所感ですが、作成するときに繊細な魔力の調整が必要なものには向かない気がします。私の腕が足りないのか、そもそも出来ないのかは分かりませんが」
「ギルド長で腕が足りないなら、出来ないと言っていいでしょう。この結果は薬師ギルドとして公表されますか?」
「魔法陣を領で管理されるなら、結果だけを薬師ギルドから公表します」
ギルド長とも議論したが、魔力補充ポーションは劇的に効果が上がったので、魔法を使う人たちからの注文が見込めるだろう。薬師ギルドの増収にもつながる、かなり大きな発見だ。
研究はこのまま続け、魔道具技師と私は聖水の保存容器について、薬師ギルド長は引き続き魔素水のポーションの影響を調べることになった。そのための予算は領から出る。
ヴェルナーは仕事が落ち着いたのか、一度倒れたために量を減らされているのか、夕食の後は部屋でくつろぐ時間が増えた。
「ヴェルナー、研究を領の主導にしたのは、私のためですか」
「リヒター、お父上に何か聞いた?」
「王家の関心を買ってしまったと」
「リヒターが個人でやっているなら、リヒター個人を取り上げられてしまう可能性がある。マクスウェル公爵家の研究者としてなら、マクスウェル公爵を通すしかなくなるからね」
「ありがとうございます」
「今更王家に取られるなど、許せるわけがないだろう」
頭のてっぺんにチュッとキスされた感触があった。私だってヴェルナーから離されるのは嫌だ。
ここが、この腕の中が、私の帰る場所なのだ。
5日後、神殿より急ぎ知らせたいことがあり、開発メンバーを集めてほしいと言われた。
良くない知らせなのかと不安になりながら待っていたところ、今回も神官長がいらっしゃった。しかも他に神官様3名も一緒だ。一気に緊張が高まる。
「驚かせてすみません。この人数なのは、実はこれのせいです」
そう言って神官長が取り出したのは、瘴気を吸収した魔石だった。
あまりのことに、領主館の担当者が声をあげた。
「神官長!街の中に持ち込むとはどういうことですか!」
「危険は承知しています。そのためにこの人数です。けれど実際に見ていただきたいのです。精製した魔素水で作った聖水でしたら簡単に浄化できてしまうのです。これに普通の水を入れていただけますか?」
そう言って、神官長が取り出した2つの容器に水を入れ、片方は普通に、もう片方は不純物を取り除き魔素を付加した後、聖魔法で聖水を作った。
その両方の聖水に魔石を1つずつ入れると、シュワシュワと瘴気が聖水に溶け出て、やがて瘴気が消え、魔石は空の魔石の色に戻った。普通の聖水は輝きを失ったが、キラキラの聖水は変わらずキラキラしている。
残りの瘴気を吸収した魔石を全てキラキラした聖水に入れ、浄化が終わっても、少し輝きは減ったがそれでもまだキラキラしていて浄化作用が残っている。
「これは……」
「さきほどの量の聖水を作るくらいの魔法でしたら、1日に数十回は使えます。神官が1人、精製した魔素水を作る魔法陣と水、それに瘴気を吸収する大量の魔石と人手があれば、森の浄化が進められます」
浄化の律速になっているのは神官様の魔力枯渇だ。
魔法の火で燃やしてしまうと吸収する魔石がなくなってしまうので、魔物が大量に発生する緊急事態を乗り切った今は、魔石が再利用できる聖魔法のみで進められている。そのため浄化の進捗はゆっくりになっている。
予想を超えた事態に、誰も言葉が出なかった。
そんな研究ではなかったのだ。森に向かう冒険者が常備できるように、傷の治療と一緒に瘴気を消すポーションが出来ればいいなと思っただけだったのに。
「リヒター、どうした」
「話が大きくなりすぎてついていけません」
「分かるわ。俺もちょっとむり」
だよね、と魔道具技師の3人と顔を見合わせる。薬師ギルド長はすでに他人事のような顔で関心している。たしかに薬師には関係ないけど。
「実はこの可能性があったので、王都の大神官に瘴気を測る魔道具の発表を止めてもらっています。こちらも一緒に公表してもいいでしょうか」
「それは、魔素水の魔法陣の扱いがまだ決まっていません」
「それも瘴気吸収の魔法陣とともに神殿預かりではいけませんか?」
「だれも使い道がないから考えなかっただけで、魔法陣としては初歩中の初歩なので、公開してもらって構いません。もし公開するなら、学園の魔法学の先生に改良出来ないか聞いてみてほしいです。もっと効率よくなるかもしれないものを公表するのはちょっと……」
この世界には特許のような考え方はないので、誰かに知らせた時点で、世界に広まるのは時間の問題だ。
魔法陣も、この領で秘匿しないなら、いずれ本に乗って世界に広まる。けれど、あの魔法陣は本当に大したものではないのだ。用途がないから開発されなかっただけで、難しいものでもなく、そして悪さが出来るものでもないので、公開してしまっていいと私は考えている。むしろ、とりあえず動けばいい精神で作ったので、こんな非効率な魔法陣?と言われてしまうかもしれない。
あの程度の魔法陣なら、学園の先生も片手間に確認してくださるはずだ。それを見て、はるかに効率の良い魔法陣を開発されるのであれば、先生の名前でそちらを公開してほしい。
「アントーニ、そうなのか?」
「まあ魔道具技師なら、目的を聞いただけで2日もあれば似たようなものが作れる気がする」
「では秘匿する意味もないのですね」
結局、魔素水の魔法陣は、特に制限等はかけずに公開することになった。王都の神殿から学園の魔法学の先生に聞いてもらえるそうだ。鼻で笑われませんように。
魔道具自体はマクスウェル公爵領で作成して神殿へ販売する。かなりの利益が見込めそうだ。
瘴気吸収の魔法陣は、神殿がアントーニから買い取って管理する。こちらも作れる人はいるだろうが、あまり公開してよいものではない。元々の開発費が私から出ているので、アントーニは買い取りに消極的だったが、私は神殿が後ろ盾についてくれただけで十分だ。こちらはお金を払っても得られない、私にとってはお金よりもはるかに価値のあるものだ。それもアントーニが神殿にとって役立つものを開発してくれたからで、感謝している。
神殿からマクスウェル公爵領の協力を得て瘴気の浄化の手法を確立したと、正式に発表があった。
神殿には各領から浄化の依頼が入っているそうだ。浄化のためには瘴気吸収の魔石を用意する必要があり、それは今のところアントーニ達しか作れないよう制限されている。神殿は小さな空の魔石をマクスウェル公爵領に集め、アントーニ達に魔法陣の付与を発注している。
そのために、アントーニ達が忙しくなってしまって、聖水を保存する容器の開発は、いったん保留にしている。時間のかかる研究なので、今は目の前の脅威に対応することが優先だ。
浄化が神殿の神官たちだけで出来るようになったことで、神子の求心力とともに王家の求心力も下がった。
あの主人公くん、護衛はイケメンじゃないとダメだとか、かなり空気の読めないワガママを言っていたようで、神子に頼らなくても良くなった瞬間に、それまでチヤホヤしてくれた人たちから手のひらを返されたそうだ。
第二王子は、継承権のある王子に鞍替えしたいと言われた傷心を抱えながらも、こうなってしまったのも自分の責任だと強引に婚姻を成立させて、主人公くんをつれて伯爵領に帰ったそうだ。浄化能力は手放したくないだろうから、このまま伯爵領に軟禁されるのだろう。
瘴気もだいぶ落ち着いてきたし、攻略対象と結婚もしたことで、『きみこい』のストーリーは終わったと思われる。続編とかないよね?
そして、謁見の間で神子の暴挙を止めなかった陛下については、神殿に取られる前にマクスウェル公爵家を潰して私を王家に取り込むおつもりだったと、貴族たちには解釈されたようだ。
現在神殿と協力関係にあるマクスウェル公爵家が王家と対立するのか注目を集めているそうだが、父上は国が荒れることは望まないので、王家に恩を売ってこのまま収めるおつもりのようだ。
アントーニと私には、浄化方法を確立したことに対して勲章が授与される予定なので、それをもってこの件の幕引きとなるだろう。
内乱ともなればのんきに研究もしていられないので、私としてはありがたい。
「リヒター、魔法学の先生から、領主館のほうにお手紙が届いた」
私の魔法陣は、学園の魔法学の先生に一部だけ手直しされて公表された。直されたものを見て、確かにこの方が効率が良いし、まだまだ未熟だなと思ったので、お叱りの内容でなければいいんだけど。
私が恐る恐る手紙を開けて読むのを、ヴェルナーが隣で見守ってくれている。
「先生はなんて?」
「学び続けているようで感心ですって」
「よかったな」
~~~
学園を卒業しても学び続けているようで感心です。
困難な中でも歩みを止めず、研究への熱意を変わらず持ち続ける貴方を尊敬します。
今後も新たな発見を期待しています。
~~~
1学年の時に、無理を言って鑑定の魔法陣を教えていただいた先生だ。私の研究の出だしを見守ってくださった方から褒めていただけたのが、何よりも嬉しい。
嬉しくて手紙を抱きしめている私の頭を、ヴェルナーが撫でてくれた。
聖水の保存も、不純物が聖魔法に与える影響も、薬草の栽培も、まだまだ手掛け始めたばかりだ。これからも一歩ずつ頑張ろう。
始まりは、ただ断罪後の境遇をよくするためにと始めた薬剤の改良が、やがて領民からの支持を得て、父上の信頼も勝ち得た。
どんな理由をつけようと、あの頃の私はただ父上に褒めてほしかったのだ。その思いは時を経て叶えられた。
愛されたいと願った孤独は、ヴェルナーによって癒された。
8歳の私が望んだ領地で暮らしていく未来は、予想とはだいぶ違う形で現実となった。
私はこのまま、興味を持ったことを研究しながら、領地で暮らしていけるだろう。
父上が願ってくれたように、ヴェルナーに見守られながら、穏やかに。
(了)
アントーニたち魔道具技師は、水に溶けた魔素の濃度を測定する改良版の魔道具を作成していた。
「ここに入れると、濃度が測定できる。濃度はこの印がどこまで動くかだ。終わったら、水を入れて、この印がゼロに戻ったら、次を測定できる」
「どれくらいの正確に測れますか?」
「比較対象がないから、正確さは分からんが、ポーションの効果とだいたい連動していた」
「なるほど。初めての物ですものね」
領主館の役人に分かるように1から説明しているのだが、実はこれが一番難しい。
相手の理解度に合わせて話すのが鉄則だと、お話上手のキャスターがテレビで言っていたが、自分の専門分野についての一般人の理解度がどこなのかがよく分からないのだ。自分の常識は他人の非常識。しかも、専門分野の常識を知らない人に話そうとすると、専門用語が使えなくて詰むのだ。ああいうのを分かりやすく話せる人は本当に尊敬する。
けれど、この研究を領として進めていくのか、どこまで領が関わるのか、判断するためにも、内容を理解してもらわなければならない。
私は、不純物が魔素に与える影響、聖水と魔素水、聖水と魔素水で作成したポーションの魔素濃度の時間経過を報告した。
聖水も魔素水も、1日でただの水になるが、それがポーションであれば、ただのポーションになるまでに3日かかる。付け加えた魔素が3日で全て抜け、それに伴い浄化作用や強くなった効果もなくなる。
「聖水でポーションを作っても、ポーションに聖魔法をかけても、効果は変わらないのですか?」
「最初の浄化作用の強さに違いはありますが、時間経過での魔素と浄化作用の減り方はほぼ同じです」
聖魔法は純粋な魔素に対して特別な作用があるのだろう。その結果がキラキラ聖水だ。ポーションの魔素は薬草か何かと結合して安定しているので、聖水にしても爆発的には増えないが、少しの時間は付加された魔素を留めておけると推察される。けれど、どれも証明できない。
次は薬師ギルド長の、魔素水を使って作ったポーションの効果についてだ。
「主要ポーションしか試せていませんが、だいたいのポーションは魔素水で作成すると効果が上がります。通常の薬草で、高品質の薬草を使用したポーションが作れると思ってもらえれば分かりやすいと思います。特に魔力補充ポーションは著しく効果が上がりました。ただ、心の臓の働きをよくするポーションは、別のものになりました。これは私の所感ですが、作成するときに繊細な魔力の調整が必要なものには向かない気がします。私の腕が足りないのか、そもそも出来ないのかは分かりませんが」
「ギルド長で腕が足りないなら、出来ないと言っていいでしょう。この結果は薬師ギルドとして公表されますか?」
「魔法陣を領で管理されるなら、結果だけを薬師ギルドから公表します」
ギルド長とも議論したが、魔力補充ポーションは劇的に効果が上がったので、魔法を使う人たちからの注文が見込めるだろう。薬師ギルドの増収にもつながる、かなり大きな発見だ。
研究はこのまま続け、魔道具技師と私は聖水の保存容器について、薬師ギルド長は引き続き魔素水のポーションの影響を調べることになった。そのための予算は領から出る。
ヴェルナーは仕事が落ち着いたのか、一度倒れたために量を減らされているのか、夕食の後は部屋でくつろぐ時間が増えた。
「ヴェルナー、研究を領の主導にしたのは、私のためですか」
「リヒター、お父上に何か聞いた?」
「王家の関心を買ってしまったと」
「リヒターが個人でやっているなら、リヒター個人を取り上げられてしまう可能性がある。マクスウェル公爵家の研究者としてなら、マクスウェル公爵を通すしかなくなるからね」
「ありがとうございます」
「今更王家に取られるなど、許せるわけがないだろう」
頭のてっぺんにチュッとキスされた感触があった。私だってヴェルナーから離されるのは嫌だ。
ここが、この腕の中が、私の帰る場所なのだ。
5日後、神殿より急ぎ知らせたいことがあり、開発メンバーを集めてほしいと言われた。
良くない知らせなのかと不安になりながら待っていたところ、今回も神官長がいらっしゃった。しかも他に神官様3名も一緒だ。一気に緊張が高まる。
「驚かせてすみません。この人数なのは、実はこれのせいです」
そう言って神官長が取り出したのは、瘴気を吸収した魔石だった。
あまりのことに、領主館の担当者が声をあげた。
「神官長!街の中に持ち込むとはどういうことですか!」
「危険は承知しています。そのためにこの人数です。けれど実際に見ていただきたいのです。精製した魔素水で作った聖水でしたら簡単に浄化できてしまうのです。これに普通の水を入れていただけますか?」
そう言って、神官長が取り出した2つの容器に水を入れ、片方は普通に、もう片方は不純物を取り除き魔素を付加した後、聖魔法で聖水を作った。
その両方の聖水に魔石を1つずつ入れると、シュワシュワと瘴気が聖水に溶け出て、やがて瘴気が消え、魔石は空の魔石の色に戻った。普通の聖水は輝きを失ったが、キラキラの聖水は変わらずキラキラしている。
残りの瘴気を吸収した魔石を全てキラキラした聖水に入れ、浄化が終わっても、少し輝きは減ったがそれでもまだキラキラしていて浄化作用が残っている。
「これは……」
「さきほどの量の聖水を作るくらいの魔法でしたら、1日に数十回は使えます。神官が1人、精製した魔素水を作る魔法陣と水、それに瘴気を吸収する大量の魔石と人手があれば、森の浄化が進められます」
浄化の律速になっているのは神官様の魔力枯渇だ。
魔法の火で燃やしてしまうと吸収する魔石がなくなってしまうので、魔物が大量に発生する緊急事態を乗り切った今は、魔石が再利用できる聖魔法のみで進められている。そのため浄化の進捗はゆっくりになっている。
予想を超えた事態に、誰も言葉が出なかった。
そんな研究ではなかったのだ。森に向かう冒険者が常備できるように、傷の治療と一緒に瘴気を消すポーションが出来ればいいなと思っただけだったのに。
「リヒター、どうした」
「話が大きくなりすぎてついていけません」
「分かるわ。俺もちょっとむり」
だよね、と魔道具技師の3人と顔を見合わせる。薬師ギルド長はすでに他人事のような顔で関心している。たしかに薬師には関係ないけど。
「実はこの可能性があったので、王都の大神官に瘴気を測る魔道具の発表を止めてもらっています。こちらも一緒に公表してもいいでしょうか」
「それは、魔素水の魔法陣の扱いがまだ決まっていません」
「それも瘴気吸収の魔法陣とともに神殿預かりではいけませんか?」
「だれも使い道がないから考えなかっただけで、魔法陣としては初歩中の初歩なので、公開してもらって構いません。もし公開するなら、学園の魔法学の先生に改良出来ないか聞いてみてほしいです。もっと効率よくなるかもしれないものを公表するのはちょっと……」
この世界には特許のような考え方はないので、誰かに知らせた時点で、世界に広まるのは時間の問題だ。
魔法陣も、この領で秘匿しないなら、いずれ本に乗って世界に広まる。けれど、あの魔法陣は本当に大したものではないのだ。用途がないから開発されなかっただけで、難しいものでもなく、そして悪さが出来るものでもないので、公開してしまっていいと私は考えている。むしろ、とりあえず動けばいい精神で作ったので、こんな非効率な魔法陣?と言われてしまうかもしれない。
あの程度の魔法陣なら、学園の先生も片手間に確認してくださるはずだ。それを見て、はるかに効率の良い魔法陣を開発されるのであれば、先生の名前でそちらを公開してほしい。
「アントーニ、そうなのか?」
「まあ魔道具技師なら、目的を聞いただけで2日もあれば似たようなものが作れる気がする」
「では秘匿する意味もないのですね」
結局、魔素水の魔法陣は、特に制限等はかけずに公開することになった。王都の神殿から学園の魔法学の先生に聞いてもらえるそうだ。鼻で笑われませんように。
魔道具自体はマクスウェル公爵領で作成して神殿へ販売する。かなりの利益が見込めそうだ。
瘴気吸収の魔法陣は、神殿がアントーニから買い取って管理する。こちらも作れる人はいるだろうが、あまり公開してよいものではない。元々の開発費が私から出ているので、アントーニは買い取りに消極的だったが、私は神殿が後ろ盾についてくれただけで十分だ。こちらはお金を払っても得られない、私にとってはお金よりもはるかに価値のあるものだ。それもアントーニが神殿にとって役立つものを開発してくれたからで、感謝している。
神殿からマクスウェル公爵領の協力を得て瘴気の浄化の手法を確立したと、正式に発表があった。
神殿には各領から浄化の依頼が入っているそうだ。浄化のためには瘴気吸収の魔石を用意する必要があり、それは今のところアントーニ達しか作れないよう制限されている。神殿は小さな空の魔石をマクスウェル公爵領に集め、アントーニ達に魔法陣の付与を発注している。
そのために、アントーニ達が忙しくなってしまって、聖水を保存する容器の開発は、いったん保留にしている。時間のかかる研究なので、今は目の前の脅威に対応することが優先だ。
浄化が神殿の神官たちだけで出来るようになったことで、神子の求心力とともに王家の求心力も下がった。
あの主人公くん、護衛はイケメンじゃないとダメだとか、かなり空気の読めないワガママを言っていたようで、神子に頼らなくても良くなった瞬間に、それまでチヤホヤしてくれた人たちから手のひらを返されたそうだ。
第二王子は、継承権のある王子に鞍替えしたいと言われた傷心を抱えながらも、こうなってしまったのも自分の責任だと強引に婚姻を成立させて、主人公くんをつれて伯爵領に帰ったそうだ。浄化能力は手放したくないだろうから、このまま伯爵領に軟禁されるのだろう。
瘴気もだいぶ落ち着いてきたし、攻略対象と結婚もしたことで、『きみこい』のストーリーは終わったと思われる。続編とかないよね?
そして、謁見の間で神子の暴挙を止めなかった陛下については、神殿に取られる前にマクスウェル公爵家を潰して私を王家に取り込むおつもりだったと、貴族たちには解釈されたようだ。
現在神殿と協力関係にあるマクスウェル公爵家が王家と対立するのか注目を集めているそうだが、父上は国が荒れることは望まないので、王家に恩を売ってこのまま収めるおつもりのようだ。
アントーニと私には、浄化方法を確立したことに対して勲章が授与される予定なので、それをもってこの件の幕引きとなるだろう。
内乱ともなればのんきに研究もしていられないので、私としてはありがたい。
「リヒター、魔法学の先生から、領主館のほうにお手紙が届いた」
私の魔法陣は、学園の魔法学の先生に一部だけ手直しされて公表された。直されたものを見て、確かにこの方が効率が良いし、まだまだ未熟だなと思ったので、お叱りの内容でなければいいんだけど。
私が恐る恐る手紙を開けて読むのを、ヴェルナーが隣で見守ってくれている。
「先生はなんて?」
「学び続けているようで感心ですって」
「よかったな」
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学園を卒業しても学び続けているようで感心です。
困難な中でも歩みを止めず、研究への熱意を変わらず持ち続ける貴方を尊敬します。
今後も新たな発見を期待しています。
~~~
1学年の時に、無理を言って鑑定の魔法陣を教えていただいた先生だ。私の研究の出だしを見守ってくださった方から褒めていただけたのが、何よりも嬉しい。
嬉しくて手紙を抱きしめている私の頭を、ヴェルナーが撫でてくれた。
聖水の保存も、不純物が聖魔法に与える影響も、薬草の栽培も、まだまだ手掛け始めたばかりだ。これからも一歩ずつ頑張ろう。
始まりは、ただ断罪後の境遇をよくするためにと始めた薬剤の改良が、やがて領民からの支持を得て、父上の信頼も勝ち得た。
どんな理由をつけようと、あの頃の私はただ父上に褒めてほしかったのだ。その思いは時を経て叶えられた。
愛されたいと願った孤独は、ヴェルナーによって癒された。
8歳の私が望んだ領地で暮らしていく未来は、予想とはだいぶ違う形で現実となった。
私はこのまま、興味を持ったことを研究しながら、領地で暮らしていけるだろう。
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じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
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