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19. 可愛い息子の未来を守るために (父親視点)

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 謁見後、大神官様に招待された神殿で祈りをささげるリヒターは、とても綺麗だった。
 本人はあまり頓着していないが、このリディアに似た顔が、人の心の奥に潜む様々な思いを暴き立てるのかもしれない。ヴェルナーが守ってくれるよう、私も神に祈ろう。

「リヒターの退出後にあの神子が『あいつは悪役令息なのに』と言っていたのだが心当たりはあるか?」
「いえ、ありません。私の婚約者である殿下から身を引くようにと伝えたことがありますので、それで悪役と言われたのでしょうか」

 彼の言動は不可解過ぎた。そのうちの一つで大した意味はないのかもしれない。
 ただあまりにも常識からかけ離れた行動をとるので、用心に越したことはないだろう。

 家に着くと、皆が玄関先で揃って迎えてくれた。
 リヒターとふたり揃って帰ってきたことで、とりあえずほっとしたようだが、それでも不安の表情だ。

「兄上の処遇はどうなったのですか?」
「そういえば、どうなったんでしょう」

 耐え切れずにアルベルトが恐る恐る聞いてきたが、横でリヒターも自分の処遇が何も決まらなかったことを思い出したようだ。
 頭がいいのに、たまにこうして抜けることがある。魔道具の話が出て、思考がそちらに飛んでしまったのかもしれない。

「リヒターはこのままだろう。王家と言えど、神殿が後ろ盾についている者に手出しはできない」
「神殿が後ろ盾についたのですか?流石兄上ですね」
「結局リヒターは、自分の力で道を切り開いた。私は息子ひとり守れなくて、情けないな」
「守っていただきましたよ。父上も領地で謹慎すると仰っていたではありませんか」

 そういえば言ったな。その後の大神官様のご登場ですっかり忘れていたので、私もリヒターのことを言えない。

「領地の浄化は、神殿が進めてくださったそうで、魔物の発生は抑えられているそうだ」

 私の言葉に、使用人からも歓声が上がった。
 領地に家族がいる者も多いので、安堵したのだろう。この時ばかりは執事も見逃して、一緒に笑っている。本当によかった。
 その日の夕食は、とても和やかなものになった。


「アルベルト、公爵家、というよりも、リヒターが陛下に目をつけられている。隙を見せるな」
「第二王子殿下の件でお怒りをかっているのですか?」
「いや、おそらくリヒターの頭脳も含めて、王家に取り込みたいのだと思う」
「まさか、兄上はすでにヴェルナー兄様と結婚されているのに」
「おそらく今回の謝罪は、神子は捨て駒で、リヒターを取り上げるためのものだ。結局神殿に助けられたが」

 そう考えると、謁見の間で陛下がリヒターに発言を許さなかった辻褄が合うのだ。神子は捨て駒で、つけ込む隙を見せたところで、命令を下すおつもりだったのだろう。
 だが、神殿が後ろ盾についた以上、無理矢理リヒターを召し上げることは不可能だ。そして公爵家が盤石なら、長子であるリヒターと結婚し領主代理として問題なく領を治めているヴェルナーとリヒターの仲を裂くことは難しい。
 このまま諦めていただければいいが、そうでなければどんな些細なことから足元をすくわれるか分からない。

 アルベルトには私が領地で謹慎している間のことを頼んで、リヒターと一緒に領地へと移動した。


「ヴェルナー!」

 領主館の役人と屋敷の使用人が出迎える中で、馬車から降りてすぐヴェルナーを目に留めたリヒターが、一目散に駆けて行き、ヴェルナーに飛びついた。
 いかなる時も公爵子息としての振る舞いを忘れないリヒターのいつにない行動に、私も、出迎えた人も、そして飛びつかれたヴェルナーも驚いている。

「おかえり」
「うん、ただいま……」

 ヴェルナーに抱き着いて肩に顔を埋めたまま泣いているようだ。おそらくここを発つときは二度と会えないことを覚悟していたのだろうし、決して表に出さなかったが不安だったのだろう。見守るものたちも涙を浮かべている。
 リヒターをここに帰せてよかったと、心から思う光景だ。
 人形のように感情を見せなかったリヒターとここまで心を通わせてくれたヴェルナーには感謝の念が尽きない。


「リヒターはどうした?」
「安心したのか早々に寝てしまいました。一度寝ると起きませんから大丈夫です」

 今日はリヒターのそばにいると思っていたヴェルナーがゲストルームに来たので訝しんだが、すでに眠っていると聞いて納得した。緊張もしていただろうし、移動もして疲れたのだろう。
 通常は領主夫妻の使う部屋は、リヒターとヴェルナーが使っているので、私はゲストルームに滞在している。
 ヴェルナーとはゆっくり話をしたいと思っていたので、執事に酒を用意してもらおう。

「謁見の間で何があったのでしょう。リヒターに聞いても自分もよく分からないと要領を得ません」
「男爵子息のリヒターへの嫌がらせと陛下のお考えが相まって事態が複雑になったが、結局大神官様に救われた」

 それからあの謁見の間で起きたことを説明した。
 男爵子息の貴族とは思えない行動とリヒターが受けた暴力について話したときは、後ろに控えている執事からも殺気が漏れていた。この執事ピエールは、リヒターを子どものころからこの地でずっと見守っていたから、思い入れも強いのだろう。

「陛下はマクスウェル公爵家に含むところがおありなのでしょうか」
「リヒターを愛妾にするおつもりだったのではないかと。リヒターには伝えていない。このまま領地で過ごさせ、この地からは出さない」

 ヴェルナーが驚いているが、私だって信じられない。だが、領地に出発する前に、宰相が密かに伝えてきたのだ。
 第二王子殿下の婚約者だったリヒターを愛妾に望まれるなど、王家の醜聞となる。リヒターの能力を手元に置くために、手っ取り早く愛妾という形を取るということも考えられる。
 もともとリヒターは王都よりこの領地のほうが好きだ。魔物の発生で領民からの当たりはキツくなったが、事態が落ち着き魔道具の件が広まれば、また前のように人気が戻るだろう。
 ここでヴェルナーと平穏に過ごしてほしい。

「ルートヴィッヒ様はいつまでこちらに?」
「謁見の間で、リヒターと一緒に謹慎すると言ったから、しばらくはこちらにいる」
「ではその間にリヒターと話をしてみてください。今なら素直に受け止められると思います」
「そうか。ヴェルナーのおかげだな。ありがとう」


 翌日、領主館に顔を出すと、ヴェルナーはすでに仕事をしていた。
 魔物の発生は落ち着いてきたが、魔物が増えたことでその対応に追われ後回しになっていた業務を片付けているようだ。昨夜は遅くまで魔物の発生状況やリヒターの開発した魔道具を使ってどうやって浄化したのかなどを聞いていたのに、ちゃんと寝ているのだろうか。

「閣下、いいところにいらっしゃいました」

 代官としてヴェルナーの前にこの領を任せていた部下が満面の笑みで迎えてくれたが、その笑顔は何か企んでいるな。そう思って警戒していると、ヴェルナーから仕事を取り上げて、すべて私に回してきた。

「代理、今日はリヒター様と過ごしてください。閣下が代わってくださるそうですから」
「しかし……」
「ヴェルナー、今日はリヒターについていてやってくれ」

 昨日、あれだけ情熱的に飛びつくリヒターを見ては、こうしてヴェルナーを仕事場に縛り付けている我々のほうがふたりを引き裂く悪者のように思えてしまう。
 皆の勧めを受けて、手掛けていたものを手早く終わらせるとすぐに、ヴェルナーは屋敷へと帰って行った。

「ヴェルナーはどうだ?」
「飲みこみも早いですし、リヒター様と話が合うだけあって頭の回転も速い方ですね」
「そうか」
「ずっと無理をしていらっしゃったので、しばらくはリヒター様とゆっくり休んでいただきたいです。閣下、ご協力お願いいたします」

 ヴェルナーはここで良い仕事が出来ているようで安心したが、私はせっかく王都を離れたというのに、休みももらえないようだ。

「仕事はするが、今日は午後から全員休みだ」
「しかし、それでは」
「領主命令だ。午後は帰って休め」

 彼らとてほぼ休みなく仕事をしている。半日くらい休んだところでバチは当たらないだろう。


 屋敷に戻ると、リヒターとヴェルナーは庭で話をしているというので、私も加わろうかと行ってみたが、遠くから見てもふたりの雰囲気がとてもよかったので、邪魔をするのはやめた。

「ピエール、あのふたりはずっとあんな感じなのか?」
「いえ、あれだけ近くにいらっしゃるのは初めてです」
「そうか。これからもよろしく頼む」
「畏まりました」

 こうして皆に守られて、リヒターはここで生きていくのだろう。
 あの子が開発した魔道具を使って、あの子の足元を固めて、未来が脅かされないようにしてやることくらいしか、私に出来ることはない。
 つけ込まれる隙を作らないように、気を引き締めて事に当たらなければならないな。
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