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18. 可愛い息子は自分で未来を切り開く (父親視点)
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「大神官様、息子を助けていただき、ありがとうございました。リヒター、大丈夫か?」
「はい。父上、ご心配ありがとうございます」
王宮の謁見の間から、大神官様に連れられて退出したリヒターを追って合流した。
リヒターの結婚式が無事に済み、安心していたのも束の間、国内で魔物が次から次へと発生するようになり、各地で被害が増加した。
夏には魔物が多くなったとは言ってもそこまで深刻に捉えられていなかったが、秋にはこれはよくないと皆が思い始めるようになった。収穫祭に向けて浮き立ち始めていた空気も、ガラッと変わって、まるで戦時のような緊張が漂い始めた。
そんな中、リヒターが婚約を解消することになった原因の男爵子息が、聖属性の強力な浄化魔法を使えることが判明した。森の広い範囲を丸ごと浄化できるのだという。
陛下はすぐに彼を神子と任命し、王の命令で魔物の被害に苦しむ辺境へ派遣することを発表された。
彼の浄化能力は、魔物の被害に苦しむこの国の希望の光だ。
けれど彼は浄化に行く先々で、公爵家のリヒターには学園でさんざんいじめられたと涙ながらに訴え、リヒターのいる公爵領の浄化はしないと言っていると、方々から噂が聞こえる。
浄化に赴く順番は、神子の一存ではなく、国が、陛下が決めているはずだ。どういうことなのか質問したところ、公爵領は魔物の被害も少なく、また領兵も多くいることから、最後に行うと正式に回答があった。
公爵領が潰れれば、被害は王都へと向かうので、最終的には手を貸すつもりはあるということだ。
神子の思惑とは別に陛下は、おそらくぎりぎりまで引っ張って、公爵領の体力を削ぐつもりなのだろう。
だが、そのような政治的なことは、領で魔物の被害に実際にあっている領民には関係ない。彼らの不安と不満がリヒターに向かうのも時間の問題だ。
リヒターを領地に置いておくのは危険だと思い、王都へ呼び寄せようとしたが、本人に断られてしまった。
「公爵家にとって最善の決断をされると信じています、とリヒター様は仰いました」
「そうか」
「追放も、あるいは……処刑も、ご覚悟なさっているようでした」
「あの子が何をしたというのだ」
「リヒター様の領民からの人気が、脅威と判断されてしまったのでしょうか」
領地でのあの子の人気は、私でも驚くものだ。屋敷の使用人もあの子に肩入れしていて、あの子を領に追いやった私に対しては少しよそよそしい。
本来であれば王子妃として王家の人気に貢献するはずだった者が、今や公爵家の人気を高めていることが、勘気に触れたのか。
悪い意味で陛下のお目に留まってしまった以上、どう転んでも、あの子に明るい未来はない。
公爵家から除籍して平民としてでも、領地で平穏に暮らせるように取り計らってやりたいが、果たしてそれで納得していただけるのか。
許されるラインがどこまでなのかを見極めなければならない。
季節が冬に入り、男爵子息が謝罪を求めているので、リヒターに謝罪させるようにと陛下より命令が下った。
収穫期が終わると同時に、領内への土の改良薬剤の販売と、他領へのレシピの販売が予定されていたが、魔物の被害が落ち着くまではとヴェルナーが他領への販売を止めた。
まだ公爵領よりも被害が深刻な領の浄化が終わっていないこのタイミングで呼び出されたということは、謝罪の証としてレシピを取り上げるおつもりかもしれない。あるいは、取り上げるのはリヒター自身か。
リヒターの賢さが仇になってしまったこの状況が、息子を助けてやれない自分の無力さが、悔しい。
結婚式以来に会った息子は、厳しい状況を理解しているだろうに、ずいぶんと雰囲気が柔らかくなっていた。ヴェルナーと良い関係を築けているのだろう。
ヴェルナーと引き離さないよう、なんとか領地で暮らせるようにしてやりたいが、陛下の思惑が分からない。
リヒター自身が全てを落ち着いて受け入れているのが、あまりにも悲しい。
かなり待たされ、やっと面会の場が整ったと呼び出された先は、謁見の間だった。
諸侯の前でリヒターを貶めるおつもりなのか。怒りで書状を握る手に力が入り、皴になったが気にしていられない。
公爵家から除籍すると、平民だからと好きにされてしまうだろう。土の改良薬剤のレシピを切り札に根回ししようと接触した者たちも、陛下と神子の顔色をうかがって感触も良くなかった。なんとかリヒターの自由を確保してやりたいが、有効な手が見つからない。
怒りを押し殺し平静を装って立会人として謁見の間の壁際で見守る中、入場してきたリヒターは、こんな状況にも関わらず凛として気高く、とても美しかった。周りの貴族からため息が漏れるのが聞こえるが、これが神子の怒りに触れたようだ。
「謝ってよ。何黙ってるの。あんたに散々迷惑かけられたんだから謝れよ!」
陛下の御前、リヒターには顔を上げる許可も、発言する許可も出ていないので、リヒターは全く動けないのに、男爵子息は謝れと詰っている。これには見守る貴族たちも眉をひそめた。男爵とは言え貴族の子弟でありながら、まさか謁見の間の作法を知らないのか。
しかも、陛下がその状況に何も仰らないので、居並ぶ貴族だけでなく宰相閣下までも、困惑が表情に出てしまっている。
陛下は、ここでリヒターが粗相をしたらそれを理由に何かの条件を突きつけるおつもりで、待っていらっしゃるのかもしれない。頼む、リヒター、耐えてくれ。
これ以上酷いことにならないように祈りながら見守っていたが、リヒターが相手にしないことで怒りのボルテージを上げていった男爵子息が、ついに手をあげた。
リヒターの髪を掴んで頭を床に押し付けて、頭を下げて謝れと叫んでいるが、誰も、陛下も、神子を止めない。
あまりにも予想外の状況に、周りの空気が一気に変わった。
マナーもなっていないあの理不尽と暴力は、いずれ自分たちに向かってくるかもしれないが、その時に陛下は神子を庇われ、我々は見捨てられるということが露呈したのだ。神子と祭り立てていたが、関われば自分たちも巻き込まれると、周りの貴族たちが警戒を始めたのが分かった。
「陛下、まさかの謁見の間でこのような仕打ち、我がマクスウェル公爵家がそこまで王家のご不興を買っていたとは知らず、大変申し訳ございませんでした。息子ともども領地に謹慎させていただきます」
「マクスウェル公爵、これは陛下のご意向では」
「息子の退出の許可を」
慌てて宰相が場を治めようと乗り出してきたが、既に遅い。この状況で逃げても、一方的に公爵家が悪者になることはない。
しかし神子は仲裁に入った宰相と私にまで食って掛かって来た。どちらも公爵家の当主なのにお前呼ばわりして、訳の分からないことを叫んでいる。この神子、気が触れているのではないか。
宰相も混乱し、場が混沌としてきたところに、大神官様がいらっしゃった。
神子の扱いをめぐって神殿と陛下は対立していると聞いていたが、このタイミングでいらっしゃったのは、リヒターに取って良いことなのか悪いことなのか。
「マクスウェル公爵領内の森の浄化が進み、魔物の発生が一時的ではありますが抑えられました」
予想外のその言葉に、貴族たちから口々に、神子はここにいるのにどういうことだ、と疑問が上がる。
リヒターが言っていた魔道具が役に立ったということなのか。
何はともあれ、公爵領の浄化に神子の助力を願わなくてよくなったということは喜ばしい。これでこの茶番に付き合う理由はもうない。
「大神官様、どういうことでしょう。神官では浄化できないのではなかったのですか」
「はい。こちらの方と違い、我々神官のもつ浄化能力はわずかですので森全体を浄化するようなことはできません。それでも瘴気を浄化することは可能です」
「詳しく説明をお願いいたします」
「お断りいたします。我らの協力者であり、今回の一番の功労者でもあるリヒター様にこのような仕打ちを行う方々に、説明は出来かねます」
大神官様はリヒターを庇ってくださっただけでなく、神子の手をよけ、リヒターの手を取って起き上がらせ、乱れた髪を整えてから、リヒターを連れて退出された。
よかった。これでこれ以上リヒターが辱められることはない。
「陛下、どういうことですか!その神子に頼らなければ浄化は叶わないと仰るので、彼の我儘を聞いてきましたのに」
「マクスウェル公爵のご子息が功労者とはどういうことですか!?」
「謁見はここまでとします。陛下がご退出されます」
宰相が強引に謁見を打ち切った。皆仕方なく頭を下げるが、ひとりだけ従わない者がいた。
「どういうことだよ!俺が神子なのに!俺が主人公なんだよ。なんであいつがもてはやされるんだ!あいつは悪役令息だろう?!」
あいつというのはリヒターのことなんだろうが、悪役令息とはどういう意味だ。
聞きたかったが、乱心しているようだからと衛兵に連れられて行ってしまったので聞くことは叶わなかった。
そして周りにいた貴族たちが、浄化について私に聞いてくるが、私も詳しいことは分からないので、息子のそばに行ってやりたいからとかわして退出した。
大神官様に連れられて退出したリヒターと落ち合った後、大神官様に神殿に招待されたので、リヒターとともにお邪魔した。
そこで、神殿と王家の間で何があったのかを教えていただいた。
あの男爵子息を神子と宣言したのは、王家の独断で、神殿は反対していた。いくら浄化能力があろうとも、神殿での修行を一切行っていない者を神子とは認定できないと、神殿は突っぱねたそうだ。
魔物の被害が増える中、彼を神子として王家の命令で各領地に派遣し、第二王子の件で下がった王家は求心力を高めていったが、その裏では彼の度が過ぎる我儘に振り回されていた。そのために神子を持て余した王家から、一通りの浄化が終わったら神殿で引き取るようにと一方的に通知が来た。
認めてもいない神子を神殿の所属になどできないと返答したが、神子の浄化能力を盾に無理矢理押し切られそうになっていたところに、公爵領での浄化の成功の知らせを受け取ったので、リヒターを救い出し、さらに改めて神子は神殿の所属ではないと宣言するためにいらっしゃったのだそうだ。
「リヒター様のおかげです。これで神官も森の浄化に参加することができるようになりました」
「いえ、私はアイデアを出しただけで、あの魔道具を作り上げたのは技師です」
「それでも、貴方のアイデアがなければ生み出されることはなかったのです。今後、他の領からの問い合わせが殺到するでしょうね」
「使いようによっては危険な魔道具です。その辺りは、領主代理が考えているはずですが」
「ええ、危険性は承知しています。神殿も協力しましょう」
神殿の協力を取り付けられたことで、リヒターの立場はゆるぎないものになるだろう。
あの魔道具は神殿にのみ売り出すことになるかもしれないが、その辺りはヴェルナーが上手くやってくれるはずだ。
結局私はリヒターのために何もできなかったのに、この子は自分の才覚で未来を切り開いた。
もうとっくに私の庇護など必要とせず、自らの翼で大空を飛びまわっていたのだな。
「はい。父上、ご心配ありがとうございます」
王宮の謁見の間から、大神官様に連れられて退出したリヒターを追って合流した。
リヒターの結婚式が無事に済み、安心していたのも束の間、国内で魔物が次から次へと発生するようになり、各地で被害が増加した。
夏には魔物が多くなったとは言ってもそこまで深刻に捉えられていなかったが、秋にはこれはよくないと皆が思い始めるようになった。収穫祭に向けて浮き立ち始めていた空気も、ガラッと変わって、まるで戦時のような緊張が漂い始めた。
そんな中、リヒターが婚約を解消することになった原因の男爵子息が、聖属性の強力な浄化魔法を使えることが判明した。森の広い範囲を丸ごと浄化できるのだという。
陛下はすぐに彼を神子と任命し、王の命令で魔物の被害に苦しむ辺境へ派遣することを発表された。
彼の浄化能力は、魔物の被害に苦しむこの国の希望の光だ。
けれど彼は浄化に行く先々で、公爵家のリヒターには学園でさんざんいじめられたと涙ながらに訴え、リヒターのいる公爵領の浄化はしないと言っていると、方々から噂が聞こえる。
浄化に赴く順番は、神子の一存ではなく、国が、陛下が決めているはずだ。どういうことなのか質問したところ、公爵領は魔物の被害も少なく、また領兵も多くいることから、最後に行うと正式に回答があった。
公爵領が潰れれば、被害は王都へと向かうので、最終的には手を貸すつもりはあるということだ。
神子の思惑とは別に陛下は、おそらくぎりぎりまで引っ張って、公爵領の体力を削ぐつもりなのだろう。
だが、そのような政治的なことは、領で魔物の被害に実際にあっている領民には関係ない。彼らの不安と不満がリヒターに向かうのも時間の問題だ。
リヒターを領地に置いておくのは危険だと思い、王都へ呼び寄せようとしたが、本人に断られてしまった。
「公爵家にとって最善の決断をされると信じています、とリヒター様は仰いました」
「そうか」
「追放も、あるいは……処刑も、ご覚悟なさっているようでした」
「あの子が何をしたというのだ」
「リヒター様の領民からの人気が、脅威と判断されてしまったのでしょうか」
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本来であれば王子妃として王家の人気に貢献するはずだった者が、今や公爵家の人気を高めていることが、勘気に触れたのか。
悪い意味で陛下のお目に留まってしまった以上、どう転んでも、あの子に明るい未来はない。
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ヴェルナーと引き離さないよう、なんとか領地で暮らせるようにしてやりたいが、陛下の思惑が分からない。
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諸侯の前でリヒターを貶めるおつもりなのか。怒りで書状を握る手に力が入り、皴になったが気にしていられない。
公爵家から除籍すると、平民だからと好きにされてしまうだろう。土の改良薬剤のレシピを切り札に根回ししようと接触した者たちも、陛下と神子の顔色をうかがって感触も良くなかった。なんとかリヒターの自由を確保してやりたいが、有効な手が見つからない。
怒りを押し殺し平静を装って立会人として謁見の間の壁際で見守る中、入場してきたリヒターは、こんな状況にも関わらず凛として気高く、とても美しかった。周りの貴族からため息が漏れるのが聞こえるが、これが神子の怒りに触れたようだ。
「謝ってよ。何黙ってるの。あんたに散々迷惑かけられたんだから謝れよ!」
陛下の御前、リヒターには顔を上げる許可も、発言する許可も出ていないので、リヒターは全く動けないのに、男爵子息は謝れと詰っている。これには見守る貴族たちも眉をひそめた。男爵とは言え貴族の子弟でありながら、まさか謁見の間の作法を知らないのか。
しかも、陛下がその状況に何も仰らないので、居並ぶ貴族だけでなく宰相閣下までも、困惑が表情に出てしまっている。
陛下は、ここでリヒターが粗相をしたらそれを理由に何かの条件を突きつけるおつもりで、待っていらっしゃるのかもしれない。頼む、リヒター、耐えてくれ。
これ以上酷いことにならないように祈りながら見守っていたが、リヒターが相手にしないことで怒りのボルテージを上げていった男爵子息が、ついに手をあげた。
リヒターの髪を掴んで頭を床に押し付けて、頭を下げて謝れと叫んでいるが、誰も、陛下も、神子を止めない。
あまりにも予想外の状況に、周りの空気が一気に変わった。
マナーもなっていないあの理不尽と暴力は、いずれ自分たちに向かってくるかもしれないが、その時に陛下は神子を庇われ、我々は見捨てられるということが露呈したのだ。神子と祭り立てていたが、関われば自分たちも巻き込まれると、周りの貴族たちが警戒を始めたのが分かった。
「陛下、まさかの謁見の間でこのような仕打ち、我がマクスウェル公爵家がそこまで王家のご不興を買っていたとは知らず、大変申し訳ございませんでした。息子ともども領地に謹慎させていただきます」
「マクスウェル公爵、これは陛下のご意向では」
「息子の退出の許可を」
慌てて宰相が場を治めようと乗り出してきたが、既に遅い。この状況で逃げても、一方的に公爵家が悪者になることはない。
しかし神子は仲裁に入った宰相と私にまで食って掛かって来た。どちらも公爵家の当主なのにお前呼ばわりして、訳の分からないことを叫んでいる。この神子、気が触れているのではないか。
宰相も混乱し、場が混沌としてきたところに、大神官様がいらっしゃった。
神子の扱いをめぐって神殿と陛下は対立していると聞いていたが、このタイミングでいらっしゃったのは、リヒターに取って良いことなのか悪いことなのか。
「マクスウェル公爵領内の森の浄化が進み、魔物の発生が一時的ではありますが抑えられました」
予想外のその言葉に、貴族たちから口々に、神子はここにいるのにどういうことだ、と疑問が上がる。
リヒターが言っていた魔道具が役に立ったということなのか。
何はともあれ、公爵領の浄化に神子の助力を願わなくてよくなったということは喜ばしい。これでこの茶番に付き合う理由はもうない。
「大神官様、どういうことでしょう。神官では浄化できないのではなかったのですか」
「はい。こちらの方と違い、我々神官のもつ浄化能力はわずかですので森全体を浄化するようなことはできません。それでも瘴気を浄化することは可能です」
「詳しく説明をお願いいたします」
「お断りいたします。我らの協力者であり、今回の一番の功労者でもあるリヒター様にこのような仕打ちを行う方々に、説明は出来かねます」
大神官様はリヒターを庇ってくださっただけでなく、神子の手をよけ、リヒターの手を取って起き上がらせ、乱れた髪を整えてから、リヒターを連れて退出された。
よかった。これでこれ以上リヒターが辱められることはない。
「陛下、どういうことですか!その神子に頼らなければ浄化は叶わないと仰るので、彼の我儘を聞いてきましたのに」
「マクスウェル公爵のご子息が功労者とはどういうことですか!?」
「謁見はここまでとします。陛下がご退出されます」
宰相が強引に謁見を打ち切った。皆仕方なく頭を下げるが、ひとりだけ従わない者がいた。
「どういうことだよ!俺が神子なのに!俺が主人公なんだよ。なんであいつがもてはやされるんだ!あいつは悪役令息だろう?!」
あいつというのはリヒターのことなんだろうが、悪役令息とはどういう意味だ。
聞きたかったが、乱心しているようだからと衛兵に連れられて行ってしまったので聞くことは叶わなかった。
そして周りにいた貴族たちが、浄化について私に聞いてくるが、私も詳しいことは分からないので、息子のそばに行ってやりたいからとかわして退出した。
大神官様に連れられて退出したリヒターと落ち合った後、大神官様に神殿に招待されたので、リヒターとともにお邪魔した。
そこで、神殿と王家の間で何があったのかを教えていただいた。
あの男爵子息を神子と宣言したのは、王家の独断で、神殿は反対していた。いくら浄化能力があろうとも、神殿での修行を一切行っていない者を神子とは認定できないと、神殿は突っぱねたそうだ。
魔物の被害が増える中、彼を神子として王家の命令で各領地に派遣し、第二王子の件で下がった王家は求心力を高めていったが、その裏では彼の度が過ぎる我儘に振り回されていた。そのために神子を持て余した王家から、一通りの浄化が終わったら神殿で引き取るようにと一方的に通知が来た。
認めてもいない神子を神殿の所属になどできないと返答したが、神子の浄化能力を盾に無理矢理押し切られそうになっていたところに、公爵領での浄化の成功の知らせを受け取ったので、リヒターを救い出し、さらに改めて神子は神殿の所属ではないと宣言するためにいらっしゃったのだそうだ。
「リヒター様のおかげです。これで神官も森の浄化に参加することができるようになりました」
「いえ、私はアイデアを出しただけで、あの魔道具を作り上げたのは技師です」
「それでも、貴方のアイデアがなければ生み出されることはなかったのです。今後、他の領からの問い合わせが殺到するでしょうね」
「使いようによっては危険な魔道具です。その辺りは、領主代理が考えているはずですが」
「ええ、危険性は承知しています。神殿も協力しましょう」
神殿の協力を取り付けられたことで、リヒターの立場はゆるぎないものになるだろう。
あの魔道具は神殿にのみ売り出すことになるかもしれないが、その辺りはヴェルナーが上手くやってくれるはずだ。
結局私はリヒターのために何もできなかったのに、この子は自分の才覚で未来を切り開いた。
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