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12. 領民からの祝福 (ヴェルナー視点)

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 領地に戻ると、屋敷の門が黄色い花で飾り付けられていた。
 感謝祭での領民の心遣いが嬉しかったからと、リヒターが結婚式の衣装に黄色のダリアを選んだことがすでに領地に伝わっているのか。

「お帰りなさいませ。ご結婚おめでとうございます」

 館の入り口にずらりと並んだ代官を筆頭に事務官や護衛、そして使用人たちから、祝福を受けた。

「ありがとう」

 にこにこと作り笑いでない笑顔を振りまくリヒターに、皆少し驚いた後、拍手で迎えてくれた。
 王都よりは気を抜いているここでも、そこまで素の表情を見せることはないので、本当に上機嫌だ。研究が認められたことがそれだけ嬉しかったんだなあ。

 屋敷に入り、執事に案内された部屋は、領主夫妻の部屋だった。本来は公爵の部屋だが、ほとんどいないのだから私たちに使わせるようにと指示があったらしい。
 今まで私が使っていたのは客室だったが、これからはリヒターと一緒にこの部屋を使うことになる。

「えっと……」
「リヒター、恥ずかしいからって言う理由は却下」
「待って、」
「待たない。5日間、慣れる時間をあげたでしょう」

 リヒターが執事に目線で助けを求めているが、彼は綺麗に無視している。
 リヒターが本当に嫌がっていたら、おそらくこの執事は私が相手でも容赦しないだろうから、彼としてもこの処遇は問題ないんだろう。

 ちなみに王都での5日間の成果として私が出した、愛を囁きながらキスをするという追加の課題は、当然ながらクリアできなかった。真っ赤になっているリヒターが可愛かったので許してあげると言ったけど、最初から出来るとは思っていない。ただ、少しは距離を縮めようと思ってほしかっただけだ。
 そんな思惑の元に一方的に出された課題など無視してもいいのに、律儀にこなそうとするところが、真面目なリヒターらしい。


「正式に領主代理として任命された。これがその任命状だ。これからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「それで、最初の議題として2つ。1つは、土の薬剤の改良版だが、全面解禁する。これは公爵の意向です」
「閣下のですか」
「ああ。リヒターの作ったものなら大丈夫だろうというのと、なにかあってもリヒターが対応策をすぐに考えるだろうから、構わず全面解禁するようにと」
「なるほど。そうなると、薬師ギルドとも話し合いが必要ですね。その際はリヒター様もご出席いただけるのですか?」
「リヒターも出る。2つ目はそれにも関わるが、リヒターと私の顔見せをするべきかどうか」

 もともと、顔見せをする予定はなかった。顔を見せてしまうとリヒターが気軽に領地を出歩けなくなるからだ。
 しかし、今は街の中にも黄色い花が飾られているそうで、これだけ祝福されていると、顔を見せたほうがいい気もする。私は領主代理として表に出る機会が増えるだろうから、おのずと顔は知られていくので、どちらでも構わない。

「そうですね、していただいたほうが領民は喜びますが、お顔が知られると、リヒター様は出歩けば領民に囲まれることになりそうです」
「警備の面ではどうだ」
「危険は増えますが、近くで警備できるようになる分、総合的には同じかと思います。ただ、ご挨拶などを行うのであれば、かなり綿密な計画を立てなければ、今の領民の熱量では混乱が起きそうです」
「リヒター様は顔見せに同意されているのですか?」
「聞いてはいないが、それが領民のために必要とあれば、やるだろう」
「薬師ギルドとの会議に参加すれば、いずれはお顔が知れていくことにはなるでしょう」

 結局、リヒターとも相談して、薬師ギルドとの打ち合わせ等には出て、今年の収穫祭で領民の前で挨拶をすることに決めた。リヒターはパレードなどの行事をしないと決まって、ホッとしていた。


 土の改良薬剤の解禁について薬師ギルドでの話し合いの当日、リヒターが初めて領主子息として表に出る。

「ヴェルナー、どうしよう、ちゃんと喋れるかな」
「緊張してる?夜会と一緒だよ」
「あれは笑っていればいいだけだもん」

 夜会のほうが難易度は高いと思うが、リヒターにとっては自分の思い入れのある分野での仕事だからこそ、緊張しているのかもしれない。

「リヒター見てごらん。店先に黄色い花が飾り付けられているよ」
「ほんとだ」
「リヒターが頑張った結果だ。だから大丈夫」

 緊張しすぎて、素に戻っているようだ。言葉遣いが崩れている。
 私たちが乗っている馬車には公爵家の紋がついているので、道行く人たちがその紋に気付いて手を振るのに、リヒターも笑顔で振り返している。
 王都での澄ました感じを知っている人が見れば、本当に本人なのか疑うくらい、親しみやすい雰囲気だ。
 薬師ギルド前では、周りからの注目を集める中、馬車から降りた。周りからの歓声と「おめでとうございます」と飛ぶ声に、リヒターは「ありがとう」と答えながらここでもにこにこと笑って手を振った。

 会議室に入ると、すでに私たち以外の全員が揃っていたが、隅にリヒターに告白した冒険者がいた。リヒターも彼を見つけて一瞬足が止まった。
 リヒターの肩をそっと押すと、何事もなかったように私たちの席についたが、まさか彼がいるとは。

「会議の前にまずは、ご結婚おめでとうございます。おふたりと領の未来が明るいものであることを、領民一同願っております」
「ありがとう」
「ありがとう。領の発展に尽力することを誓おう」

 薬師ギルド長の代表しての祝福に、ふたりで笑顔で答えた。
 それから始まった土の改良薬剤の会議では、他の領への薬剤やレシピの流出対策と、秋の収穫後に数を揃えるための対策がメインの話になった。領としての対応は、実務を取り仕切っていた元代官が答えてくれるので、私はただ議論を聞いている。

「では、薬剤の値段は領外への販売は2倍の値段にして、この先3年の間にレシピを流出させたものは当ギルドからの追放としましょう。その間に他領へレシピの販売をお願いします」
「他領への対応は領主館のほうで行います。薬師ギルドに問い合わせがあった場合もこちらに回してください」
「次に薬剤の必要量を確保する方法ですが、薬草が大量に必要になります。それで、主に薬草採取を行っている冒険者に来てもらっています」

 なるほど。それで彼がいるのか。薬草採取をメインに行っているグループの一員のようだ。
 話を聞く限り、薬草の確保が難しそうだ。刈り取ってしまえば、そこの群生地がなくなってしまうので、大量に必要だからと薬草採取に慣れないものに依頼を出さないほうがいいだろう。

「今把握している群生地を全て教えてもらえますか?」
「それはいくら領主のご子息様でも無理ですぜ。これは俺たちのメシの種だ」
「リヒター、聞いてどうするつもりだ?」

 冒険者が自分たちの有利な情報を漏らすわけがない。以前に群生地に連れて行ってもらったと言っていたから、それくらいは知っているはずだ。何をするつもりなのか。

「群生地の共通点を探し出して、新たな群生地を探そうと思いました。おそらく街に近くあまり苦労せずに行ける場所は、全て発見されているはずです。ですから、少し離れていたり行きにくい場所で群生地の候補となるところへ、薬草を探す依頼を出したいのです」
「それは俺たちがすでに探している」
「ですが貴方たちは薬草の専門家ではありません。地形、日照時間、高度、川からの距離、共存する植物など、薬師ギルドの薬草の知識と合わせて、領内全ての場所を洗い直す価値はあると思います」
「情報への報酬は領から払おう」

 これはリヒターに一理ある。彼らは薬草を扱っているとはいえ冒険者で、学術的な知識はない。彼らの情報と薬師の知識を合わせれば、新たな群生地が見つかる可能性がある。
 渋っていた冒険者グループのリーダーも、他の冒険者へ流さないことを条件に、情報を提供してくれることになった。

「ギルド長、薬草の栽培は可能だと思いますか?」
「それは……、冒険者の糧を奪うことになりませんか?」

 薬草の採取をお願いしている冒険者の前で、薬草の栽培について言い出したリヒターに、薬師ギルド長が待ったをかけるように回答を保留した。

「ならないでしょう。それほど簡単に高品質の薬草を栽培できると思えません。多くの手をかけるよりも天然のものを取りに行ったほうが結局安上がりになるでしょう」
「では、栽培をする意味はありますか?」
「低品質のものを安価で大量に用意できれば、練習が簡単に出来るようになります。薬師不足の解消に役立たないかと思い立ちました」
「それはまた別の機会に議論しよう。ギルド長、影響を考えておいてほしい」

 話が逸れそうになったので割って入ったが、リヒターが薬草の栽培に乗り出す気だ。すでにあれこれ考え始めているから、止めても無駄だな。

 薬師不足はどこの領でも深刻だ。薬師はだいたい子弟制度を取っていて、弟子となり技術を受け継いでいく。そのため、一度に取れる弟子に限りがある。
 リヒターのように学園で教わって薬師となるのは異例だ。それを可能にしたのは、調薬小屋と豊富な材料を揃えた公爵家の財力だ。
 できれば各街に1人以上の薬師がいて欲しいが、薬師がいるのは主要な街だけだ。土の改良薬剤でその状況も変わっていくかもしれないが、改良薬剤の需要が伸びればなおさら、薬師の不足を解消しなければならない。

 群生地の候補は、情報からだいたいの目星をつけた後、リヒターと薬師が実際の群生地へ行って、条件を細かく確認することになった。
 外に出るのはあまり好きではないリヒターが、群生地へとウキウキと出かけていく様子に、執事とふたりで笑ってしまった。
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