世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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続 4章 この世界の一人として

14-3. 命綱

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 お茶会が終わると、子どもたちはそろって王妃様にお礼を言って、部屋を出ていった。美味しいお菓子が食べられてみんな大満足のようで、次はいつかと聞いているのがとても可愛かった。

 僕は少しだけ話がしたいと言われて、居残りだ。司祭様は付き合わなくてもいいと言ってくれたけど、突然の参加を快く受け入れてくれて、しかも気を遣って話しかけずにいてくれた相手の目の前で出ていくのは気が引ける。こういう気弱な態度がなめられる原因なんだろうけど、そういうのはもともとの性格で、思い立って直せるものではない。
 ツェルト助祭様も孤児院の責任者の司祭様もすぐそばにいてくれるので、問題があれば逃げ出せるだろう。それに、何か嫌なことを言われたら、アルから王子様に言ってもらえばなんとかなりそうだ。少なくともあの王子様は、アルと僕の文句を軽んじたりはしないだろう。あのとき王子様と会っておいてよかった。

 お付きの人たちをその場に残して、僕の近くまで一人で近寄ってきた王妃様は、僕の予想とは全く違う話を切りだした。

「無理を言って申し訳ありません。ぜひとも謝罪とお礼を伝えたかったのです」
「謝罪、ですか?」
「この国は、二百年周期のたびに王が変わってきました。他の国に比べ、王の権力が弱いのです」

 突然話題が変わって、僕は面食らったけど、王妃様は話し続けた。
 二百年周期では国全体が混乱し、政変が起きる。そんな歴史のある国では、軍や、価値のあるドロップ品が出るダンジョンを持つ領が力を持ちやすい。
 僕たちを、アルを襲った将軍をはじめとする強硬派は、僕たちの提供した高性能な武器を持つダンジョン特別部隊を配下に置き、王族を上回るくらいの権力を手にした。その可能性も分かっていながら、それでも国がなくなるよりはいいと王様は判断して、武器を軍に貸し出すことを決めたそうだ。
 その結果アルが襲われてしまったことに、本当に申し訳なく思っているのだと謝られた。

「混乱の不満を受け止めるのもまた、王族の務めです。ですから、二百年周期が始まった今、私たち王族は覚悟をしています。けれど、その混乱に巻き込まれて子どもたちが辛い思いをするのは、避けなければなりません。ですから、氷花のお二人にはとても感謝しているのです」

 貴族間の力関係を全て無視して、ダンジョンを攻略して回り、あふれの物資を運び、孤児院の子たちの手助けをしている僕たちの行動は、本来であれば国がすべきなのに、できないでいることなのだ。不人気ダンジョンの攻略も、あふれへの救援部隊の規模も、どうしても軍の中のパワーバランスで偏りが出てしまう。そしてあふれの起きた領へ周りの領からの援助もまた、貴族の政治的な問題が邪魔をする。

「僕はただ荷物を運んでいるだけです」
「だからこそ、領兵も冒険者たちも戦えるのですよ」

 冒険者のあふれへの対応は義務だ。この国で冒険者をしている限り逃れられない。けれど、いずれはポーションや武器が届くと信じているからこそ、領兵も冒険者たちも前線へ向かえるのだ。ギルドも国も、前線にいる自分たちを見捨てないと信じられるからこそ戦えるのだ、と。
 そんなふうに言われたのは初めてだ。僕は前線へは行かないから、後方支援の人たちとしか言葉は交わさない。もちろんいつだって感謝されてきたけど、それは実際に戦っている人たちの言葉ではなくて、僕と同じく命の危険の少ない場所にいる人たちの言葉だった。だから、半分くらいはお世辞だろうと思っていた。教会の人たちが僕に感謝をするのは、ブランが一緒に現地に行ったからだし。
 王妃様の言葉だって、大げさに言っている部分もあるのだろう。王都から遠く離れたあふれの対応に、僕は行っていない。それでも、嬉しい。僕のやっていることが、少しでも前線で戦う人たちの役に立っていると言われて、僕のことを認めてもらえた気がする。

「みんな自分の故郷を守りたいと思って戦っているので、そのお手伝いができているなら、幸いです」
「ありがとうございます」

 王妃様はそう言って頭を下げた。思わず僕も下げ返したけど、そういえば、僕は頭を下げる必要はないと言われていたんだったと思い出したのは、王妃様が部屋を出た後だった。

「助祭様、僕、失礼なこと言っていませんでしたか?」
「問題なく対応されていましたよ」

 王妃様のほんわかとした雰囲気に、緊張していた割にはそれなりに話せた気がする。でも、緊張していたから自分の発した言葉を全て思い出せるわけではないので、失言がなかったようで安心した。

 かつてタペラのあふれのときに、Sランクは希望なのだと感じたけど、僕は彼らの命綱なのかもしれない。前線で戦う人たちの支えとして、僕に何ができるのか、考えてみよう。
 今後は、僕と別行動しているアルが前線へ行く可能性だってあるのだ。そのとき、リネはいない。あふれの対応はリネとの契約外だ。だからアルが行かなくても文句は言われないだろうけど、その場にいたらきっとアルは自分だけでも行くはずだから。

 でもその前にまずは、子どもに抱き着かれても、王妃様の護衛に警戒されても、黙ってされるがままになってくれていたブランにお礼をしなきゃ。

「ブラン、ありがとね」
『礼はいつでも受け取るぞ』
「じゃあ、ブラッシングね」
『おい……』

 半目になってこちらをじっと見ているブランが可愛い。ここは肉だろう、という心の声が聞こえそうだ。

「何が食べたいの?」
『バイソンのステーキだ』

 はいはい、ご所望のお肉を用意しますよ。食べる必要のない神獣のくせに、本当に食いしん坊だなあ。リネがおねだりをするようになってしまったのは、きっとブランの影響だ。
 僕たちのやり取りに、孤児院の責任者の司祭様が苦笑しているけど、ツェルト助祭様は料理長に伝えて今日の夕食を変更する算段を立てている。いつものことなので、慣れてしまったのだろう。

 ちなみに、このお茶会の一件がうわさで広がってから、僕、ひいてはアルやリネに会えるかもしれないという希望を持って孤児院を訪れる貴族が増えたそうだ。ただ、お茶会は王妃様主催のもの以外は開催自体を断っているし、僕の周りのガードは固いので、僕が自分で会いにいかない限り僕に会える可能性はゼロだ。しかも、僕が子どもの誘いを断れないということが孤児院内で周知されたようで、僕とブランへの小さい子からのお願いは、補修を受けている大きい子たちが断ってくれるようになった。
 それでも、そのおかげで孤児院への寄付が増えているので、孤児院の責任者と大司教様から、お礼を言われている。
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