世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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続 3章 ドロップ品のオークション

13-16. 世界の越え方

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 孤児院での剣の訓練は、グダグダになってしまったけど、子どもたちがリネに喜んでくれたので成功だったと言えるだろう。剣の訓練は危なすぎて再開できなかったものの、冒険者を目指す子、すでに成人して冒険者として活動を始めている子は、アルから冒険者の心得のようなものを聞いて勉強していた。モクリークのように初心者講習がないドガイでは、見習いとして先輩に教えてもらうのが一般的だが、孤児院の子たちは代々先輩が後輩へと指導する体制ができているので、基礎は教わっている。だからアルは、ドガイとモクリークの違いや、リスクの判断の仕方などを中心に話していた。
 子どもたちが特に興味を持ったのは、やはりマジックバッグがドロップするカークトゥルスだったが、アルはSランクになる前にモクリークに移動しないほうがいいと諭した。その話を少しだけ聞いていたカリラスさんが、帰りの馬車の中で、アルに意図を質問している。アルは僕の横ではなく、僕の向かい、カリラスさんの横に座っているので、アルとの距離が少しだけ寂しい。

「なんでカークトゥルス狙いで移動するのはSランクになってからのほうがいいんだ?」
「モクリークはあふれが多い。あふれの対応ではSランクもAランクも最前線だ。Cランクだって戦う。その覚悟もなくモクリークに移動すれば、Sランクになる前に潰れる」
「ああ、そっか。強制参加だもんな」
「今はギルドが貢献したと判断しなければ、カークトゥルスの推薦状が出ない。だからモクリークにいる限り、あふれからは逃げられない」

 モクリークへ行くと、あふれの対応で命を落とす可能性だってある。ただマジックバッグが欲しいというだけで行くには、リスクが高い。モクリークで長く暮らす人と違って、この国にいるとあふれは身近にないから、その恐ろしさは分からないだろう。
 僕は潜っている最中にあふれたタペラで、Sランクの背負うものを知った。モクリーク以外の国では、Sランクはただの憧れの存在かもしれないが、モクリークでは希望なのだ。
 そして、孤児院出身で、Sランクであり神獣の契約者であるアルは、ドガイの孤児院の子たちにとっても希望だ。そんなアルのそばで、僕は何ができるんだろうと考えながら、仲の良い二人のやりとりを眺めていた。


 中央教会に戻って、カリラスさんとも別れてアルとブランだけになった部屋の中、アルが僕の肩にそっと触れて、ソファへ座ろうと誘った。

「ユウ、今日は来てくれて嬉しかった」
「うん」
「カリラスから聞いたよ。出身地のことを話したって」
「うん」
「ユウの話をちゃんと聞けって怒られた」
「うん」

 久しぶりのアルとの距離に緊張して、相槌を打つ以外のことができない。僕の緊張に気づいたのか、アルが少し笑った。

「ユウ、抱きしめてもいいか?」
「……うん」
「嫌な思いをさせて、悪かった」
「ううん」

 アルが悪いんじゃない。僕が現実を知らなかっただけだ。数日ぶりに抱きしめられて、その腕の強さと温もりに、こわばった心がほぐれていく。
 あの日、なぜ泣いたのか教えてほしいと言われて、僕はカリラスさんにした説明をもう一度した。

「神獣の契約者の血を残すべきだって、それがどれくらい重要なことなのか、僕には分からない。僕にとってブランは、神獣じゃなくて家族だから。でもその考え方がこの世界で普通じゃないことは分かってる」
「分からないことが、辛かったのか?」
「……アルには、そういうことが分かっているこの世界の人のほうがいいんじゃないかなって思って」
「俺はユウがいい。誰が何と言おうと、ユウ以外はいらない」

 今ではきっとこの世界で一番の有名人になってしまったアルの横に僕がいていいのか、自信が持てないでいる。でも、アルが気にしていないものを僕が気にするのは、アルの気持ちを否定することになるから、僕が自分に自信を持てるようにならないといけないんだろう。いつも同じことで悩んでいる気がする。

「それに、流行り病にかかって、グザビエ司教様の治癒魔法が効かなくて、僕はこの世界に拒絶されているんじゃないかって。この世界にも嫌われちゃったのかなって」
「ユウ……」
『それはない。この世界はユウを受け入れた。だからスキルが与えられた』

 それまで僕の足元で、僕たちの会話は聞いていないかのように寝そべっていたブランが、突然話に入ってきた。

「じゃあ、僕がこの世界からはじき出されることはない?」
『ない。前はたまたま落ちただけだ。今は俺の加護があるのだから、案ずるな』
「そっか。よかった……」
「ユウ、もしかして、また別の世界に行ってしまうかもしれないと心配していたのか?」
「だって、前の世界に嫌われちゃったから、はじき出されたのかと思って」

 それ以上は言葉にならず泣いてしまった僕を、アルが抱きしめて背中をなでてくれ、大きくなったブランがアルと僕を包んでくれる。

 この世界の人間ではないという事実は、僕がいつかこの世界から異物として排除される可能性を示している。
 ずっと考えないようにしていたけれど、この温もりから離されてまた知らない世界に行ってしまったらと思うと、怖くて仕方がなかった。一度あったんだから、二度目がないとは言えない。もう一度知らない世界に飛ばされてしまったら、家族もブランもアルもいない世界に飛ばされてしまったらと思うと怖くて怖くて、考えるのをやめた。
 でも、僕がこの世界からはじき出されることはないと、ブランが言ってくれた。神獣であるブランが明言してくれたのだから、それは真実なのだ。

 ずっとそばにいる。
 アルが言ってくれるその言葉が、いままでよりも素直に受け止められた。
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