世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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続 2章 新たな日々

12-1. ブランとの新たな日々

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 僕は十五歳のある日、気が付いたらこの魔法と剣のファンタジーの世界にいた。
 それから十三年がたち、今は僕と契約してくれた神獣のブランと、戦闘奴隷から恋人になってくれた剣士のアルと、冒険者として生計を立てている。
 僕は希少スキルである『アイテムボックス』と『付与』を持っているために、僕を利用しようとする人たちに狙われる羽目になった。そして、僕を守ってくれているアルがモクリークの軍の一部に狙われ、ダンジョンにいるとき僕の目の前で斬られて怪我を負った。
 その一件で僕たちは一時アルの故郷であるドガイの教会に身を寄せたりもしたけれど、結局モクリークへと戻ってきて、モクリークの国とは今も緩い協力関係にある。
 僕はダンジョンで知らない冒険者が近づいてくるのがまだ怖いので、アルだけが知り合いのSランクパーティーである獣道と一緒にダンジョンへ潜って、僕はモクリークの教会で付与やお手伝いをして過ごしている。たまにブランの息抜きのために人の少ないダンジョンに行くことはあったけど、教会とお手伝いをしている孤児院の往復ばかりでほとんど外には出ない僕のそばに、ブランもずっと一緒にいてくれた。

 そんなある朝起きると、ブランがいなかった。ブランが僕に何も言わずに僕のそばを離れたのは、出会ってから初めてのことだった。
 たまに僕が寝ている間に出かけることはあったようだけど、僕は気付いていなかった。ブランと出会う前に受けた暴力の影響で、起きたときにブランかアルがいないとパニックを起こしてしまう僕のために、いつだってそばにいてくれた。
 それなのに、ブランがいない。

 ブランは神獣だ。僕のそばにいてくれるのはブランの好意であって、僕たちの間になされている契約ではブランを縛ることはできない。僕の一生などブランにとっては瞬きの間なのだから、ずっとそばにいると言ってくれたけど、いなくなってしまった。
 帰ってくるのだから待っていようとアルに言われても、本当に帰ってきてくれるのか信じられなかった。
 ブランのいない時間の経過と共に世界が少しずつ融けて形をなくしていくような気がして、涙が止まらなかった。

 三日後、ブランが帰ってきた。ただ帰ってきてくれた、それだけで僕は十分だった。例えもう僕の我儘には付き合いきれないと言われても、仕方がない。でもブランは僕が抱き着いても、そのもふもふな毛に顔を埋めて泣いて毛を汚しても、振り払わないでいてくれた。
 ブランのひんやりとしたもふもふの毛皮に触れて、ぐちゃぐちゃだった心の中が少しずつあるべきところに落ち着いていく気がする。

『ユウ、悪かった。もう離れないから、安心しろ』
「ブランはどこに行ってもいいし、好きなことしていいよ。でももし許されるなら、僕も連れていって」
『ああ、今度からはそうしよう』

 いつものようにブランの尻尾が僕の背中を撫でて宥めてくれる。
 ああ、ブランが帰ってきてくれた。尻尾の感触で、やっとそう思えた。

「ユウ、ブランにその鳥は何なのか、聞いてくれないか?」
「ブランが帰ってきてくれたから、それだけで十分だから」
「いや、そうなんだが……」

 ブランが咥えて帰ってきた鳥さんとブランが喧嘩しているけど、ブランが必要だから連れてきたのだろう。だからここに住まわせてもらえるように大司教様にお願いしよう。ブランがやりたいことに、僕が口をはさむつもりはない。ただそばにいてくれればいい。
 だけど、アルにお願いされたのでブランに鳥さんのことを聞いてみると、僕のためにわざわざ鳥さんを探して連れてきてくれていた。

『アルと契約してくれる神獣がいないか、と言っていただろう?』

 確かに言ったけど。ネコ科の神獣とアルが契約してくれたらいいな、なんて思っていたけど。伝書鳩代わりに手紙を運んでくれる鳥がいるといいな、とも言ったけど。僕と別行動しているときにアルが乗れる従魔がいるといいな、とも言ったけど。
 まさかもふもふを増やしたいなという僕の言葉を真剣に検討してくれていたとは。

『あやつは治癒魔法が使える。これでアルがダンジョンにいても、安心できるだろう』
「ブラン……、ありがとう。本当にありがとう」

 嬉しくて、さらにブランの毛の中に埋まるくらいブランに抱きついた。
 今アルは僕と別行動でダンジョンに潜っている。今まではブランがいるから何があってもブランが助けてくれると思えたけど、別行動していると不安は残る。エリクサーを持っていても間に合わなかったら、何かあればブランがすぐに助けにいってくれると言っても、そのわずかの時間が間に合わなかったら。そんなふうにアルがダンジョンにいる間ずっと心配している僕のために、治癒の使える神獣を探してくれたのだ。
 ブランはいつだって僕に甘い。僕のためにアルの安全まで考えてくれて、本当に嬉しい。

 鳥さんは魔剣を対価に、ダンジョン攻略中のアルを守るという契約をアルと結んだ。
 僕とブランは対価のない契約を結んでいて、アルの契約とは種類が違うらしい。今回説明されるまで、神獣との契約に種類があることは知らなかったけど、知っていても人間がどうこうできるものでもないので、知らせる必要はないとブランは思ったらしい。
 鳥さんはアルによってリネと名付けられた。本当はグァリネという名前だけど、僕が発音できないので、アルもリネと呼ぶことになった。日本語にない音は、頑張っても発音できないから許してほしい。


 ブランとアルとの生活にリネが加わって、日常が変わった。
 まず、教会の司教様たちがアルのことをアレックス様と呼んで、敬語を使うようになった。

『ユウも同じような扱いを望むなら、公表しても構わないぞ』
「僕はいらないよ。大変そうだもん。ブランは公表したい?」
『いらんな』

 教会の人たちには申し訳ないけど、今のこっそり特別扱いをしてもらっている状況のほうが僕にとっては嬉しい。
 アイテムボックス持ちっていう立場ですら持て余し気味なのだ。色んな人が色んな思惑をもって近づいてくるのをかわせるほど、僕は器用じゃない。

 それから、とても自由なリネにアルが振り回されるようになった。
 今まで弱音などあまり吐いたことのなかったアルが、ときどき僕に愚痴を言うようになった。
 アルのためには愚痴を言いたくなるような状況にあることは喜ばしくないのだろうけど、アルに頼られているようで僕はちょっと嬉しかったりしている。

 そして、僕の服が豪華になった。
 それまでも、多分最上級の布を使ってくれていたはずだけど、質の良さをのぞけば見た目は落ち着いた普通の服だった。多分見る人が見ればわかる、というものだったんだと思う。僕は日本のものと変わらない肌触りの下着がとてもうれしかったので、ありがたく使わせてもらっていた。
 それがアルが契約したことで、見るからにお金がかかっているというものに変わった。僕は毎日サジェルが数着用意してくれる服の中から、一番地味そうなのを選んで着るだけなので、実際にどれくらい僕の服が用意されているのか知らない。
 でも、アルに用意されている服よりも、僕の服のほうが明らかに豪華だ。豪華な服を着てダンジョンに行くわけにもいかないので、アルの服が機能性重視になるのは分かるんだけど。

「サジェル、これは僕には派手じゃない?」
「ユウ様、教会がアレックス様とユウ様を大切にしていると目に見える形で示すことも必要なのですよ」

 そう言われると教会に全面的に衣食住を頼っている僕には反論できないので、大人しく袖を通した。ボタンに宝石が使われているように見えるのは気づかなかったことにしよう。
 孤児院にお手伝いに行くときは今まで通りの服だ。それ以外で僕は教会からほとんど出ないのに、誰に対するアピールなんだろう。
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