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続 1章 神なる存在

11-10. 思い出のシチュー

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 さて、晩餐会だ。本当の晩餐会は知らないが、ユウが教会での食事会を晩餐会と呼ぶので、俺もそう呼んでいる。
 ひな壇の上には四つ椅子があり、真ん中にブランとリネ、両脇にユウと俺となっている。
 リネは開始時間までに帰ってこなかったので先に始める。開始をずらすべきかとの大司教様の提案は、「いつになるか分からないやつを待っていられるか」というブランの一声で吹き飛ばされた。

 順番に提供される料理は、見た目にも美しく繊細なドガイの特徴が取り入れられたモクリークの料理だ。
 だが何度体験しても、この壇上での食事には慣れない。ユウは味が分からなかったと終わった後に言っていたが、俺だってここで料理を味わえるほど図太くない。とても美味しそうではあるんだが。
 そして、出されたメイン料理はソントの家庭料理、シチューだ。きっとブランの要望で料理の予定を大幅に変えてしまったのだろうが、許してほしい。ブランが絶賛するので、司教様たちも興味津々のようだが、店主夫妻は隅のほうで場違いではないかと縮こまっている。

 そんな中、シチューを一口食べたユウが、涙を流した。このシチューを食べた「あの日」を思い出したのかもしれない。すでにシチューを食べ終えたブランが、ユウの涙を舐めて慰めている。

 そうだ。ユウがこの世界の人間でないと打ち明けられたのは、家に帰りたいと泣いたのは、あの日、あの宿の庭だった。

 モクリークの大司教様が泣きだしたユウを気遣ってくれるので、あの日のことを説明した。

「ユウと契約した翌日で、ユウが私の歓迎会にブランが狩った魔物の中でも美味しいものを食べようと言って、料理を頼んでくれました」
「お庭で星を見ながらシチューを食べたんです。これからブランとアルと一緒の新しい生活が始まるんだって思ったのを思い出して……」
「おふたりにとって思い出の味なんですね」

 シチューを口に入れると、庭の芝生のみずみずしさ、星空の美しさを思い出す。
 あのときまで俺は、きっと戦闘奴隷としてこき使われてどこかのダンジョンで命を落とすのだろうと思っていた。カリラスを助けられたなら、それでいいと思っていた。けれど一度は諦めた人生を、途方に暮れた迷子のようなユウのために捧げようと思った、その思い出の場所、思い出の味だ。
 あのときユウを、ユウの幸せを守ろうと決めた。その思いは今も、これからも変わらない。ユウを守ると、改めて誓おう。

「辛いことばかりで誰も信じられないと思っていたときに、ウルドさんとオリシュカさんに助けてもらったんです。見返りもなく助けてくれる優しい人もいるんだって教えてもらいました」
「ずっとユウはお二人に会いに行きたいと言っていました。こうして来てもらって、料理までしてもらって、本当に感謝しています」

 ただ逃げ出す手助けをしてくれたことだけでなく、傷つけられて壊れかけていたユウの心を救ってくれた。彼らには感謝してもしきれない。

 そんなしっとりとした空気は、遅れて会場に入ってきたリネによって打ち破られた。

『めっちゃ旨そうなもの、なんで先に食べてるの。ずるいー』
『お前が帰ってこないからだ』
『愛し子どうした? 悲しいのか?』
「違うよ、嬉しいの。リネ、シチュー美味しいよ」

 リネがユウを気遣うのを見て、俺が契約者じゃないのかとドガイの面々の顔に疑問が浮かんでるが、リネの中の優先順位では俺よりもユウが上だと常々感じている。きっとブランが加護を与えていなかったら、リネはユウと契約したのだろう。ドガイの司教様たちも、ブランがリネを連れてきたという経緯から、それに気づいて納得したようだ。

 目の前にシチューが運ばれてきたところで、リネの興味はユウからシチューに移ったようだ。小さなくちばしでパクパクとついばんでいる。皿から全く顔を上げないところを見ると気に入ったようだ。
 一皿綺麗に平らげてから顔を上げ、おかわりが欲しいと言ったので、用意してもらっている間に、宿の夫妻を紹介した。

『あのオウルの主人が作ったの?』
「そうだ。以前にお世話になったソント王国の宿だ」
『今度旨いもの食べに行ってもいいか?』
「もちろんです。お越しの際は腕によりをかけて料理を作りましょう」

 これはソントに行くだろうな。モクリークの大司教様を見ると頷かれたので、騒動にならないように事前にソントの教会と連絡を取ってもらえるだろう。
 場所は分かるのか心配だったが、ウィズにブランの加護があるから居場所が分かるそうだ。そういうものなのか。ブランの加護がなければオレが与えたのにと拗ねているので、本当に気に入ったようだ。

「リネ、ドガイにはとても美味しいチーズがある。あの方がドガイの大司教様だ」

 ドガイの大司教様が立ち上がって挨拶をしているが、感動で言葉が出ないようだ。ブランに声をかけられて感激しすぎて倒れたこともあるので、ちょっと心配だったが大丈夫なようだ。

「ドガイのタサマラからチーズが届いている。グザビエ司教様の教区だ。ブランも気に入ってる」
『え、どれ?』
「ドガイのタサマラにおりますグザビエでございます。チーズを持ってまいりましたので、後程ご賞味ください」

 リネと付き合っていくうちに分かったが、リネは今を楽しむことにしか興味がない。好きな宝石しかり、食べ物しかり。
 そのとき興味の向いているものの邪魔をしなければ機嫌を損ねはしないし、他に興味を引くものを見せれば機嫌は直る。それが分かってからだいぶ付き合いやすくなった。
 司教様たちを紹介するためには、リネの興味を引くものに絡めるのが最善だ。宝石しかり、チーズしかり。特産のない教区の司教様には申し訳ないが。
 チーズに移っていた興味も、目の前にシチューが出てきたことで引き戻された。本当に分かりやすい。そう思うと可愛く見えてくる。
 リネがシチューに夢中になっているうちにユウの気分も上向いたようで、ブランとともにシチューを楽しみ、晩餐会は和やかなまま終了した。
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