世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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3章 アルの里帰り

3-2. 望郷

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 翌日、注文していたパンを引き取って、ドガイへ向けて出発だ。
 
 街を出て、門からは十分離れたところで、少し大きくなったブランに乗って道を外れ、ドガイ方面の山へ分け入る。
 かなり急な斜面を登っていく。山深くなったところで振り返ると、木々の間から遠くに海が見えた。

 平らなところを見つけ、今夜はそこで野営することになった。この辺りはもう魔物が出ないところらしい。
 何で魔物が出ないのか聞いたら、タサマラがある盆地部分は、魔素が低いので魔物が発生しないのだとか。魔素が低くなった理由は、盆地ができる過程で大量の魔素が消費されたかららしいのだが、何でかは教えてくれなかった。もしかしなくても神様が原因だろう。
 魔物が出ない森なので、集まってきているのは、普通の動物だ。魔物が出るところでは、魔物から隠れるため人の目につくところにいないのに、ここでは普通に見つかるところにいるようだ。
 ブランに魅かれて集まってきているみたいなので、アルさん、「旨そうなウサギが来た」とか言うの止めてください。

 朝起きたら、テントの前に木の実とか果物とかが置いてある。これはブラン様へのお供え物だな。ブランがペロリと食べた。
 お返しをしたいけど、手持ちの果物を渡して森の生態系を壊すのが怖いのでやめておいた。

 森の中を進むうちに、一番高い部分を超えたようで、下りになった。
 視界が開けると、広大な盆地一杯に広がる麦畑と、その中にある小さな街が2つ、息をのむような光景が目に入った。

「手前の街がアルの育ったミダ?」
「ああ。孤児院では旅人が捨てていったと言われていたが、わざわざここまで来て捨てないだろうから、どこかの農夫の子かもしれない」
「街の外にぽつぽつと家があるのは農場?魔物が出ないからこその風景だね」
「農場と牧場だな」
「ミダには寄る?やめとく?」
「やめておく。孤児院と農場しか知らない」
「じゃあ、向こうのタサマラに直接行くには、山を周っていこうか」
「……ああ」
「アル?」
「成人した日に着の身着のままでミダの孤児院を追い出されて、5日かけてタサマラまで歩いた。こうしてみるとすぐ着けそうなのにな」

 何も言えなくて、ただアルにそっと抱き着く。
 5歳くらいから、毎日農場で日が出てから落ちるまで働いていた。毎日毎日、きつい仕事を。でも働きに行かないと食事がもらえない。だから働いていた。
 ミダとタサマラの街を遠くに見ながら、戦闘奴隷になるまでの話をしてくれた。アルが昔の話をするのは、初めてだ。

 タサマラでできた初めての友達と一緒に、パーティーに入れてもらった。その友達を、どうしても助けたかった。だから、勝手に戦闘奴隷になった。タサマラで助けてくれた司祭様に、自分を売ったお金で上級治癒魔法を使ってその友達を助けてほしいと、奴隷商人を通して伝言した。2人ともきっと怒っている。

「大丈夫だよ。怒ってたら謝ろう。大切な人たちなんでしょう。分かってもらえるまで謝ればいいよ。だって生きてるんだから。大丈夫だよ」
「そうだな。ありがとう」


 日が暮れると、街や家の明かりがともり、麦畑の中、そこに人の営みがあることが分かる。
 明かりの下には、人がいる。家族で夕食を囲っているのだろう。自分がその中にいないことが、寂しかった。

「僕は帰れないんだね」

 ブランが大きくなって、僕たちを囲うように包んでくれる。
 でも、何も言ってくれない。

「ずっとユウのそばにいるから」

 アルの言葉に、涙がこぼれた。
 アルとブランがいてくれるなら、大丈夫だ。僕は、きっと、大丈夫。



 盆地の縁を回るように進み、途中で盆地に下りて、ミダからタサマラへ続く街道に出た。
 街が近くなったところでブランから下りて、2人と1匹であるいて門に近づく。
 魔物が出ないので、街の壁や門はとても薄い。簡単に不法侵入できそうだ。
 そこで、アルが気付いた。この街にテイマーは来ない。ということは、ブランは目立つし、泊まれる宿がない。
 そして今、ブランは現在子犬になっている。

「ようこそ、タサマラの街へ」

 カードを見せ、街に入る。「Sランク?!」と驚かれたが、「内緒にしてください」と言って街に入る。
 子犬ブランを抱いているので、道行く人に「可愛い」「珍しい」と声をかけられる。こちらではペットを飼うのはあまり一般的ではないので、ちょっとだけ目立っている。

 街の中心にある教会に着き、アルと一緒にお祈りをする。
 こんなとき僕が祈る相手は、日本の神様だ。どうか家族が悲しんでいませんように。願わくば、僕が無事で元気にやっているから心配しないでと家族に伝えてください。
 アルは、長くお祈りしていた。

「グザビエ司教様に会いに来ました。ミダの孤児院のアレックスと申します。お取次ぎをお願いします」
「約束はされていますか?」
「していません。お忙しいようでしたら待ちます」

 長椅子に座って、天井を見上げる。ステンドグラスや天井画のようなものはないけど、祈りの場に流れる静謐な空気は、どこでも変わらない。
 しばらく待って、戻ってきた神官様に案内され、教会の奥へ通された。

「お久しぶりです。ミダの孤児院出身のアレックスです。あの時は無理をお願いして申し訳ございませんでした」
「アレックスさん、頭を上げてください。お元気そうで何よりです。座ってください。そちらの方も。ユウさんですね」
「はい。ユウです。アレックスとはパーティーを組んでいます。今日は突然お邪魔して申し訳ございません」
「グザビエです。司教の職をいただいています。モクリークにいらっしゃると聞いていましたが、もしかして山を越えていらっしゃいました?」

 バレてる。とりあえず笑ってごまかしてみるが、この人には通用しない気がする。

「それで、アレックスさん、カリラスさんにはもうお会いになられましたか?」
「いえ」
「私のもとに貴方から手紙が届いた時に、カリラスさんには届いていないとおっしゃっていましたが、連絡しましたか?」
「いえ……」
「あの、僕が、僕がアルにいろいろお願いしてしまって、アルは忙しくて……」
「ユウ、いいんだ。ずっと、怖かったのです。勝手をした私を、二人とも怒っているだろうと、許してはもらえないだろうと思っていました」
「そうですね。困ったときは頼りなさいと言いましたが、まさかあのような形で頼られるとは思っていませんでしたよ。先に言ってくだされば、何とかしましたのに」
「申し訳ございません」
「けれど、良い出会いがあったようで、よかったです」

 アルと僕を見て微笑まれる。あ、これ、恋人だってバレてる。

 今日は教会にお泊りくださいと言われ、泊めてもらうことになった。宿を取ると言ったのだが、ギルドカードを見せて門を通ったなら、街中にSランクが来たと噂が広がっているはずだから、宿に泊まると大変だろう、と配慮してもらった結果だ。
 そして夕食にも誘われた。「いろいろお話聞かせてくださいね」という言葉に、逃げられないなと悟る。
 アルは、カリラスさんの居場所を聞いて、これからひとりで向かう。噂は子犬を連れた2人連れだろうから、ひとりで行けば目立たないはずだ。

 コンコン、というノックに、司教様が「どうぞ」と答え、男の人が入ってきた、と思ったら、アルが殴られた。グーで。
 えっ?なにごと?!と動揺していたのは僕だけで、司教様はにこにこしているし、ブランも我関せずだ。

「お前は!勝手に奴隷になって!それを聞いて俺がどんな思いになると!!」

 ああ、そうか、この人がカリラスさんなのか。司教様、知っていましたね。というか、司教様が呼びましたね?
 2人だけにしましょう、と司教様に連れられ部屋から出た。

「アレックスを助けていただき、ありがとうございました」
「助けられたのは、僕のほうです。今も支えてもらっています」

 廊下で二人で頭を下げあっているのがおかしくて、笑いあう。

 そちらの子犬?は何を召し上がるのでしょう?という質問に、こっちもバレているような。この人にはすべてを見通されている気がする。ベテラン聖職者怖い。
 ブランのご飯はこちらで用意するので不要です、と伝えようとしたら、ブランに手をかまれた。痛いよ。仕方がないので、人と同じものをお願いする。

 そのうち部屋の扉が開き、中から2人がこちらを見ているので、司教様と部屋に入る。
 2人はこぶしで語り合って、仲直りしたようだ。

「カリラス、こっちがユウで、パーティーメンバーで恋人だ。この、あー、白いのが、ペットのブラン」

 恋人?!いきなりの暴露にパニックになる僕の腕から、ブランがアルに飛び掛かり噛みついている。ペット呼ばわりがお気に召さなかったようだけど、僕は初めて恋人と紹介されて、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいいっぱいです。
 ごめん、ユウ助けて、とアルが言っているが、ちょっとムリ。

「ブラン様、そのあたりで許してあげてください。アレックスさん、傷を治しましょう」

 司教様が治癒魔法を使って、アルの頬の傷を消した。

「治癒魔法ってお布施がいるのでは?おいくらでしょうか。あ、ギルドカードに入れているから手持ちがない。ダンジョンの最下層ボスのドロップ品でいいですか?」
「ユウさんも、落ち着きましょう」

 司教様に肩をなでられて、気持ちが落ち着いた。混乱の状態異常を解除してくれたのかな。
 そういえば、カリラスさんに紹介されたのに、挨拶していない。

「カリラスさん、ユウです。アルのパーティーメンバーです。えっと……その……はい」

 自分から恋人ですと名乗るのは、僕にはまだ早かった。
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