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2章アルとの出会い(過去編)

2-2. 服の仕立てとブランのブラシ

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「お客さん、朝ご飯を食べるなら降りてきてください」

 ドアのノックと部屋の外から呼ぶ声で目が覚めた。久しぶりのベッドでの睡眠で、早く寝たにもかかわらず寝過ごしたらしい。でも、ぐっすりと眠ったからか、目覚めはすっきりしている。
 
「食べます!」

 横を見るとブランは起きていた。僕があまりに寝こけていたから、体調を心配して起こさないでくれたようだが、ただ寝坊しただけだ。
 タライの水を使って顔を洗い、身なりを整え、一階の食堂へと降りていくと、すでに客はひとりもおらず、宿の従業員と思われる人たちが自分たちの食事の準備をしていた。

「おはようございます。寝過ごしたみたいですみません」
「いえいえ、昨日街に到着されたようだったので、起こさなかったんですよ」

 気を遣ってギリギリまで起こさないでいてくれたらしい。お客さんの食事の時間は終わっているので、自分たちも食べることを謝られたが、遅れた僕が悪いのだ。
 今日の朝食はパンと、肉と野菜の入ったスープだ。ブラン用には同じものを深いボウルに入れて床に置いてあった。水もボウルに入れてくれている。パンはおかわり自由で、足りなければ追加してもらえるのは、さすが冒険者も泊まる宿だ。
 見ると従業員の横にフクロウっぽい鳥がいて、肉をついばんでいる。あれが宿の主人の従魔なのだろう。羽根がふわふわだ。
 僕が鳥に気を取られている間に、ブランが用意されたパンを全て食べて、おかわりを要求してきた。このパンが気に入ったようなので、僕の前にあるおかわり用のパンをあげると、バクバクと食べている。パンだけでなくスープも美味しくて、僕には少し多い量だったけど、出された分はしっかりと食べた。

 部屋へ戻り、今日の予定の確認だ。まずギルドで買い取ってもらった魔物の引き取りと精算をして、午後は服を受け取って、そのまま奴隷商会だ。
 ブランからは、時間があればギルドの依頼を見ようと提案があった。魔物の依頼は場所によって大きく変わることはないため、高値で買い取ってもらえる魔物があれば、ブランがそれを探して狩ってくれるという。
 ブランは魔物の素材について詳しい。「この皮は鎧に使われる」とか「この肉は旨い」とか。後半はただの食いしん坊か。自分では使わないのになぜ素材について知っているのか聞いたら、森の中で冒険者が話しているのなどを聞いていると覚えたのだとか。ただ最近の情報ではなく、価値の変化があるかもしれないので、最新情報を仕入れたいそうだ。

「ブラン用に何か作る? 首輪とか」
『許さん』

 ブランが鼻にしわを寄せて牙を見せている。僕に怒ることのないブランの、首輪だけは冗談でも許せないという主張だ。冒険者ギルドで従魔登録した際に渡された従魔の証のプレートは、アンクレットにして左後ろ足に着けてある。これは絶対につけないといけないので受け入れてくれたが、首輪はダメらしい。
 謝りながらブランの首筋の毛を撫でると牙をしまってくれたので、豊かな毛を堪能しよう。僕はもとから犬派だから、隙あらばブランをもふもふわしゃわしゃしたいのだ。ブランがついてきてくれることになっときは、本当に嬉しかった。そして全身をくまなく撫で回して「しつこい」と怒られたのは、そんなに昔の話ではない。
 ブランと出会ってから、日本で言うとまだ二か月しかたっていないけれど、ブランがいない日々は考えられない。人を信用することが怖くなった今は特に。ブランがいなければ、心が壊れていたかもしれない。

 僕には「アイテムボックス」と「付与」のスキルがある。この世界に迷い込み、初めて行った冒険者ギルドでのスキル鑑定で判明した。ところがこの二つのスキル、どちらも希少スキルで、一つでも持っていれば職にあぶれないという有用なスキルでもあったのだ。しかも「アイテムボックス」は国に管理されるほどに軍事的にも貴重で有用なスキルで、おそらく現状この世界で持っているのは僕だけだ。そんな世間知らずを、周りが放置するわけがなかった。
 常識を知らない僕がひとりで生きていけるほどこの世界は優しくない。利用され、搾取され、裏切られ、僕は人を信じることができなくなった。
 そんなときにブランに出会った。けれど、ブランがいてくれても、人と関わらずに生きていくことはできない。
 そこで、契約で縛られ、裏切ることのできない奴隷を購入することにしたのだ。

「ブラッシングをするためのブラシを買いたいなあ。ブラッシングしても平気?」
『痛くしないならいい』

 その辺の魔物なんかよそ見してても倒せるくらい強いのに、可愛いことを言うので、ちょっと笑ってしまった。ギルドの後にブラシを買いに行こう。ブランの気に入るブラシがあるといいな。

 出かける準備をして、部屋を出る。一般的に、宿の部屋の鍵は、中からはかけられるが外からはかけられないようになっている。だから、取られて困るものは宿に置かず、身に着けておくのが原則だ。僕は荷物全てをアイテムボックスに入れているので、部屋には物がない。
 一階に降りるとちょうど、フクロウっぽいのを肩に乗せた従業員の男性と会ったので、ブラシを売っている店を知っているか聞いてみよう。

「その子はシルバーウルフかな。毛並みがきれいですね。私は元冒険者で今はこの宿の主人をしているウルドと言います。ブラシは馬や従魔のための品を売っている店にありますよ。場所は冒険者ギルドの通りで、西門のほうになります」

 ブランを褒められて嬉しい。首の周りの毛が特にお気に入りなんです。
 肩の鳥さんは、フォレストオウルで、ウルドさんが冒険者をしていたときは偵察や奇襲をしてたそうだ。今は家族間の連絡で活躍してくれているんですよ、と喉のあたりをそっと撫でるその動作からも大切にしているのが分かり、なんだか温かい気持ちになる。

「お出かけでしたね。従魔自慢を始めるとお互いきりがなさそうですからこの辺りで。良いブラシが見つかるといいですね」

 自分以外のテイマーに初めて会ったので、従魔自慢大会をしてみたいけど、日が暮れるどこか夜が明ける気がする。
 宿を出て、まずは冒険者ギルドに向かい、買い取りカウンターでギルドカードを見せて精算をお願いすると、先に倉庫へ行って肉を引き取るよう言われた。

「おお、兄さんか。解体は終わっている。引き取るのはブラックバイソンとブラックサーペントとレッドサーペントの肉でいいんだよな。持っていけ」

 渡された肉の塊を、マジックバッグに入れるふりをしてアイテムボックスに入れた。このお肉は宿にお願いして調理してもらおうかな。
 一緒に買い取りの査定を書いた紙をもらったので、これをカウンターに出して精算するそうだ。解体料金はすでに引いてある。この近くにいない魔物のおかげで好感度が上がったようで、また持ってきてほしいと言われた。実はまだアイテムボックスの中に魔物がたくさん入っているのだが、怪しまれるといけないと思って出していない。この人には時間停止がバレているのでもう少し出してもいい気がするが、とりあえず今日はやめておこう。

 カウンターで精算してもらうときに気づいて、奴隷商会でギルドカードが使えるのか確認したところ、大きな商会はギルドカードでの支払いが可能だが、屋台や小さな商店では使えないところもあると教えてくれた。日本のクレジットカードみたいに思っておけばよさそうだ。
 ギルドには銀行のキャッシュカードのような機能があり、ギルドカードに入金した分は、別のギルドでも引き出せる。国を跨いだ場合、現地の通貨で出金することができ、とても便利だ。預金のように金利はつかないが、大きなお金を持ち歩くには不安の多い世界なので、重宝されている。どうやって管理しているのかは謎だが、魔法のある世界なら何とでもなるんだろう。

 オモリのギルドで受け取ったまとまった金額が、奴隷購入の予算なのだが、足りないと困るので今日の魔物の買い取り分も入金した。
 昨日の服の仕立て代を手持ちのお金から払ったので、若干心もとないのだが、奴隷商会に行った後に考えよう。
 本当はブランが稼いだお金なので使うのは気が引けるが、他に収入の当てがないので、甘えさせてもらっている。

『(気にするな。どうせ俺が金を持っていても旨いものは買えんからな)』

 確かにシルバーウルフにお金を出されても、お店の人が困惑するだろう。

 ギルドを出る前に依頼書の貼ってある掲示板の前に移動して依頼を眺めているが、ダンジョン都市だけあってダンジョンのドロップ品の依頼が多い。
 冒険者は受けたい依頼をここから選んで依頼書をはがし、カウンターに持っていって受注する。依頼は自分のランクの一つ上までしか受けることができない。一つ上でも危ないんじゃないかと、リスク管理の重要性を叩き込まれる国で育った者としては思うのだが、冒険者は一攫千金を狙うものだから、そういうのもアリなのだ。
 またここには掲示されない指名依頼もあるらしいがそれは高ランクになってからだ。

『(さすがダンジョン都市だな。依頼の大半はダンジョン関連だ)』

 ブランは文字が読めるんだ。すごいな。「だてに長生きしてない」と自分で言っているけど、長生きだからなのか、神獣だからなのか、どちらなんだろう。
 ここの依頼にはブランの知らない魔物の情報はなく、見ても収穫はないというので、早々に切り上げた。ブラシを買いに行こう。

 今後依頼書は字が読めて魔物にも詳しいブランに見てもおうと思ったけど、そのために奴隷を買うのだから、やらせればいいと言われ、納得した。早くいろいろなことを任せられる人が欲しいな。
 そんな話をしているうちに、ウルドさんのおススメ、馬具や従魔の道具を売っている店を見つけた。なかなか大きな店だ。

「いらっしゃいませ。従魔と一緒にどうぞ」

 珍しく従魔同伴OKな店だった。従魔の道具を扱っているから、実際に試してみることもできるのだろう。
 ブラシが欲しいと告げると、品物のところまで案内し、さらに説明もしてくれた。

「毛の長さから、このあたりのブラシがよいかと。違いは使っている毛の硬さです。どうぞお試しください。会計はあちらでお願いします」

 ゆっくり試せるようにか店員さんは離れていったので、候補のブラシを一つずつ試しながらブランに感想を聞いてみよう。ちょっと硬い、柔らかすぎる、などブランが実際に使ってみた感想を伝えてくる。

『(これが良い。全身をやってくれ)』

 いくつか試すうちに、いいのが見つかった。でも、続きは宿に帰ったらね。ここじゃ全身はできません。
 かなり気に入ったようなので、予備も入れて二本購入しておこう。ブランが稼いでくれた金額からすると微々たるものだが、ブランのためのものを買えて嬉しい。
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