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1章 アルとの転機

1-8. 再会

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 そろそろ雪が降り出しそうな寒さの中、王都ニザナを出発する。
 ソント王国から逃げ込むようにモクリーク王国に入国し、最初の街テシコユダハで半年過ごしてから、この王都ニザナに移動した。
 それから約三年。僕にとっては、この世界でもっともも長く滞在した街だ。知り合いもできて、それなりに愛着もある。王都なので、また帰ってくることもありそうだ。

 最初の行き先は、ハザコアの街だ。近くに上級ダンジョンが二つ、中級ダンジョンが二つある。
 いきなり現れると騒動になりかねないので、できれば事前に行き先を教えてほしい、というギルドの要望で、しばらくは目的地を決めて街を移動していく予定だ。行き当たりばったりの旅も面白そうだけど、ギルドや国が目を光らせてくれているおかげで平穏に暮らせている身としては、そこまでの冒険はしなくていい。

 ここのギルドへの挨拶は昨日済ませている。
 そのときに移動の馬車を用意しようかと言われたが、丁重に断った。山の中に狩りに行くのを楽しみにしているオオカミがいるのだ。雪が降る前にこの街を出たかったのはそのためだ。
 ブランは氷の神獣なので、雪が降っても全く意に介さないし、むしろ自分のシーズン到来なのだろうが、一緒に行く僕が耐えられない。昔から寒さに弱いのだ。だから僕は、耐寒性能がついている最高級の魔獣の毛皮のコートを着てもこもこになって、さらにブランが魔法で暖かくしてくれている。できることなら、雪が積もる前にハザコアに着きたいが、それはブランの狩りのでき次第だ。

 旅に出ることを告げて、ダンジョンへの行き帰りで何度も通った街の門を出た。
 ダンジョンに行くために街を出る周りの冒険者たちが、笑いながら手を振ってくれるけど、僕のもこもこを笑ってるんじゃないよね?

 しばらく街道を進んだところで、ちょっと大きくなってくれたブランに乗って、街道を外れ、山へと向かう。
 こうして山を越えるのは、テシコユダハからニザナに移動したとき以来だ。「旨い魔物はいるかな」と言いながら進むブランの足取りが、心なしか軽い。


 十日ほどかけて、狩りをしながら山の中を移動し、街道へ出た。ハザコアの街は目の前だ。
 山の中では、いい場所を見つけたらそこにテントを張って、ブランがその周りに結界を張ったうえで、狩りに出かけていった。魔物を狩ってから、持ち帰れるものはくわえて帰ってくるし、無理な場合はブランに乗って現場に連れていかれて収納する。張り切ったブランが山の中を駆け回ったので、山の中の魔物の勢力図は大幅に書き換えられただろう。
 山の中はすでにうっすらと雪が積もっているが、街道は馬車や人が通るので雪が解けている。

 門に向けてブランに乗ったまま進んでいるので、かなり周りの注目を集めている。
 今まで人目のあるところではブランに乗っていなかったが、今後あふれの対応ではブランに乗って移動するのだから、日常から乗って移動することにした。今まで乗っていなかったのは、普段シルバーウルフに擬態しているブランの大きさが、騎乗するにはちょっと小さいからだ。けれどもう騎乗モードの大きさも見られてるし、日常は宿に入るためにちょっと小さくなっているという設定で通すことになったのだ。

『テシコユダハであった狼の獣人がいるぞ』
「キリシュくん?」
「前方の三人組だな。槍を持っているだろ」
「ほんとだ。ブラン、三人のところで止まってね」

 キリシュくんは、テシコユダハの街で受けた槍の初心者講習で、一人遠巻きにされて組分けからあぶれてしまった僕に声をかけてくれた狼の獣人さんで、耳と尻尾が灰色のもふもふだ。あのときはFランクで、人族の二人とパーティーを組んでいた。
 その三人組が、少し前を歩いる。あ、こっちに気づいた。

「キリシュくん、お久しぶり。みなさんも、こんにちは」
「お、おお、来たんだな」
「久しぶりだな。俺は戦闘奴隷の契約は終わって、今はパーティーを組んでる」
「お久しぶりです。噂で聞いています。アルさんもSランクになったと」
「ギルドから、お二人が来るから絡まないようにという通知が出ていますよ」
「こうして話してるとまずいか?」
「いえ、俺たちもCランクになったんで、多分大丈夫です」
「すごい! もうCランクなんだ、早いなあ」
「ユウくんはSランクだろ」
「僕の実力じゃないし。槍はDランクにもなれないし。最近は弓を使ってるんだけど、動いているモンスターに狙いをつけるのが難しくて」
「ああ……」

 自分の実力は分かっているけど、そんな納得って反応をされるとちょっと傷つく。
 お互いの近況の話をしながら、街に入るための行列に並んでいると、僕たちの順番が来たので、ギルドカードを見せて、従魔の行動に責任を持つようにという、いつもの注意を受けて街に入った。初めての街なので、キリシュくんたちにギルドまで案内してもらってギルドに入ると、すぐにギルドマスターの部屋に案内された。

「よく来たな」

 ハザコアのギルドマスターは、いかにも冒険者出身という感じで体格がよかった。
 この街での予定やいつまでいるのかなどギルドマスターの質問に答え、こちらからも宿の情報、ダンジョンの地図の有無や攻略情報などを聞いていく。話しているのは全てアルだけど。
 お互いに必要な情報を交換したところで、ギルドマスターにキリシュくんたちのことを尋ねられた。

「ところで、シリウスとは知り合いか?」
「シリウス?」
「ギルドまで一緒に来たCランクのパーティーだ」
「ああ、槍使いのキリシュが、テシコユダハでの初心者講習でユウと一緒だった」
「ならいい」
「シリウスと親しい高ランクパーティーを教えてほしい」

 いくつかのパーティー名と特徴を聞いた後、ブランのために魔物の解体をお願いして、ギルドを後にした。

 ギルドで聞いたいくつかの宿の中から、よさそうなところに部屋を取った。お風呂があって、ブランも入れる部屋で、ご飯が美味しいところ、それが僕たちの宿の条件だ。これからは毎回移動先の街で宿を探す必要があるが、お風呂のついている宿はそう多くないから、選択肢はあまりないだろう。今日はお風呂が一番広い宿にしたが、部屋も清潔でいい感じだ。

 寝る前には、日課にしている魔力操作訓練だ。ここまでの森の中でもしていたけど、まだ上手くできない。なんとなくこれかも?っていうのは分かるようになったけど、まだそれだけだ。
 久しぶりのお風呂に入ってとてもご機嫌なので、今日こそはできる気がする。そう思ったものの、やっぱりできなかった。アルが「魔力のない世界で育ったんだから仕方がない、ユウは頑張ってる」と慰めてくれるけど、アルは褒めて伸ばすタイプだな。人には向き不向きってものがあるし、今日は終わりにしよう。こうやって甘えちゃうから上達しないのかもしれない。


 ハザコアに移動して最初に、街の近くにある上級ダンジョンを攻略した。二百年周期被害低減プロジェクトの記念すべき最初のダンジョン攻略だ。プロジェクト名は今適当に考えたものだけど。

 ダンジョンは攻略すると、ギルドへの報告義務がある。その際に、ギルドは攻略した冒険者から聞き取り調査を行う。各階層の情報、ボス部屋と呼ばれる部屋の有無、出現するボスモンスターの種類や数など、他の冒険者の安全のためだ。
 でも僕は、お風呂に入りたい。
 ということで、攻略当日は帰って、翌日あらためて聞き取り調査だ。

 ギルドの質問に答えるアルの横で、話に参加しない僕は今回のドロップ品のリストを作っている。ドロップ品リストは、自分たち用に取っておくものをよけて、ギルドに買い取ってもいたいものだけを並べている。
 片っ端から触って収納していったので、アイテムボックスにはかなりの量のドロップ品が収納されている。マーダーラビットの角の数を数えながら正の字を書いていて、まとめて表示してくれないかなあと思ったら、「マーダーラビットの角 二十四個」と表示が変わった。同じ種類のものがまとめられて数も表示されている。これはとても嬉しいし、とても便利だ。おかげで作業がだいぶ早くなりそうだ。
 検索とか抽出とかフォルダ分けとか並べ替えとか、ほかに便利機能ないかとリストを見ながら念じてみたが、無理だった。使い続けていたらできるようになるかもしれないので、ときどき試してみよう。


 聞き取り調査が終わると、今日は待ちに待ったキリシュくんたちとのお食事会だ。
 ダンジョンで、キリシュくんたちと親しくしているとギルドマスターに聞いていたAランクのパーティーに会った。そのときに雑談してみると感じのいい人たちだったので、地上に戻ったら他のダンジョンの情報を教えてほしいから、キリシュくんたちも含めて一緒に食事をしようと、アルが誘ってくれたのだ。
 あちらも、この街で活動しているSランクパーティーを誘いたいとのことだったので、今日は四パーティー合同の食事会で、Aランクパーティーが行きつけのお店を貸し切ってくれた。

「ユウくん、呼んでくれてありがとう。このメンバーは緊張するんだけど、俺たち場違いなんじゃ……」
「僕だって緊張してるよ。でもアルが、このほうが他の冒険者から妬まれないだろうからって」
「気を遣ってくれたんだ、ありがとな」
「あの後何か言われたりした? ギルドにはアルが話してくれたけど」
「周りからちょっとは。でも大したことないよ。それより、ダンジョン攻略どうだった?」
「最初しか僕の槍も弓も通用しなくて、後はドロップ品拾っただけだよ」
「下層のドロップ品て何が出るんだ?」
「ギルドに見せたリストがこれだよ」

 僕たちが隅の方でこそこそしている横で、アルが今回攻略したダンジョンの情報を、高ランクパーティーが他のダンジョンの情報をそれぞれ話して、ダンジョン攻略の情報交換をしている。

「ずっと三人だけで活動するの?」
「メンバー募集してるんだけどな、なかなか合わなくて」
「そうなの?」
「テシコユダハで『獣道』に、まだ行けると思っているうちに引き返せっていわれてさ、それがうちのパーティーの方針なんだ。でも行けるだろうってとこの一、二層前で引き返すと、こんな臆病なパーティーとはやってられない、とか言われちゃって」
「安全マージンって重要だと思うけど」
「そういうやつが高ランクになって残るんだ。若いうちは気づかないもんだよ」
「だからこの街の高ランクはシリウスに目をかけてるんだ。こいつらはいずれ上がってくるってな」

 情報交換が終わって僕たちの会話に加わってきた高ランクパーティーが、教えてくれた。無謀な挑戦をするパーティーも多い中で、堅実に活動しているシリウスは、決して目立つ存在ではないけれど一部では注目されているそうだ。知り合いが将来有望なパーティーと評価されているのは、素直に嬉しい。

「一緒にダンジョン行きたいなあ」
「いや、俺たちCランクだから。無理だから」
「僕なんてDランクにもなれないから」
「Sランクだし、アイテムボックスも持ってて、強い従魔もいるだろ」
「アイテムボックスはある日突然使えるようになっただけだし、ブランは強いけど、それは僕の実力じゃないよ」
「それが実力だろう?」
「アイテムボックスが使えなくなって、ブランに嫌われたら、僕には何も残らないよ」

 嫌いにはならん、と念話で伝えてきたブランが、顔を僕の膝に乗せてくれる。ありがとね、もふもふ。クビの周りの毛の手触りがたまらない。

 この世界に来て突然手に入れたスキルは、突然消えることはないのだろうか。
 僕の今の状況は、宝くじが当たって大金を手に入れたのが周りに知られて、ちやほやされているようなものだ、と思うことがある。それで夜逃げ同然にいなくなった家族がいたのだ。一億円当てたらしいとご近所中に噂が広がり、集りに来ていた人たちもいたようで、周りの変化に耐えられずに人知れず引っ越したんじゃないかというのが、噂の続報だった。

「ユウは、自分が努力して手に入れたもの以外は、いつかなくなるんじゃないかと不安なんだ」

 不安。そうか、僕は不安だったのか。そうかもしれない。
 ブランとアル以外の人たちとの関係は、全てスキルがあることが前提で成り立っている。スキルがなくなればこの関係は終わるのだと思うと、深く踏み込めない。
 だから僕は無意識に周りの人から距離を置いていて、アルはそれを心配してくれていたんだ。

「ドライジンと道草に依頼を出したい。シリウスの護衛をしてほしい。報酬は俺たちが手に入れたドロップ品全て。シリウス、ユウと一緒にダンジョンに行ってくれないか?」
「いいの?」
「行きたいんだろう? この街を離れたら、当分機会はないしな」
「ありがとう。ブラン、キリシュくんたちも守ってね」
『(構わんぞ)』

 アルがSランクとAランクのパーティーと交渉してくれて、護衛を了承してもらえた。
 シリウスのみんなは、最初は渋ってたけど、対外的にはS・Aランク三パーティー合同のダンジョン攻略に、荷物持ちとして着いていくということにして、一緒に行ってくれることになった。今から楽しみだ。
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