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最終章 手を携えて未来へ

10-12. 交渉 *

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「初めまして。ユウです、ぼ、冒険者です、従魔のブりゃん、ブランです。本日は……よろしくお願いいたします」

 噛んだ。緊張しすぎて練習した挨拶は全て飛んだし、噛んだ。もうヤダ、帰りたい。

 僕の認識が甘かったんだろうけど、非公式といっても王様だけじゃなくて、偉い人がたくさんいた。それだけで緊張がピークに達して、心臓がバクバクいっているのが聞こえる。ブランがすりっと寄り添って励ましてくれるけど、穴を掘って埋まりたい。
 でもサジェルに、下を向いたり不安な顔をしてはいけないと言われているので、手をきつく握りしめて、必死で何でもないという顔をする。

 王様たちも挨拶してくれて、一緒にいるのは王子様と宰相さんと、それぞれのお付きの人たちらしい。席に座っている3人だけでいいじゃないの。なんでそんなにお付きの人が後ろにいっぱい立ってるの。
 こっちも僕たち2人とブランだけじゃないけど、それでも大司教様と冒険者ギルドマスターと、後は隅の方に立っているチルダム司教様とサジェルだけなのに。
 人数で負けてると、交渉まで負けた気分になる。
 でもここで怯んでいてはいけない。アルが横ですごく心配してくれているけど、これは僕の人生がかかった勝負なんだ。

 挨拶が終わって交渉に移るが、先手必勝だ。
 幸運の女神には前髪しかないんだから、ひっつかんで未来の自由を勝ち取らなければ。後頭部はハゲてるのか?と友人と話した思い出が懐かしいけど、今は感傷に浸っている場合じゃない。
 大丈夫、僕はやればできる子だ。

「今後、軍の物資は運びません」
「まっ、待って下さい。それではあふれの対応に支障が出ます」

 必殺、交渉は最初に吹っ掛けろ、だ。
 何かの漫画で読んだのでとりあえずやってみたけど、なんとか譲歩してもらえないかと宰相様が必死なので、効果的だったようだ。
 教会が味方でいてくれて、ダメならこの国を出て行きますって言える状況だから使える技だけど。ケネス司祭様に、協力してやってるんだから、要求を全て飲めと言ってよいのだとお墨付きをもらえたからね。

「アルの命を狙った軍には協力しません」
「あれは軍ではなく、先の将軍が独断で行ったことで、将軍に協力したものは、すでに処分しています」

 将軍の関与って確定してたんだっけ?聞いてない気がするんだけど。僕に知らされてないだけ?
 それにだいたい、サネバには国軍が常駐してカークトゥルスを攻略している。そこで手に入れたマジックバッグは軍が使用していて、一般には流れない。なのになんで僕がいないと軍の活動に支障が出るんだ。

 ムカついたら緊張が飛んだ。怒りのエネルギーってすごいよね。
 よし、ここで畳みかけるぞ。大丈夫、僕はあの能天気で押しの強い姉さんの弟なんだ。出来るはずだ。

「獣道と私たちで冬に2回カークトゥルスを攻略しただけで、200近いマジックバッグを買取に出しました。常駐している軍が手に入れた数がそれを下回ることはありませんよね?モクリークには81の領があるはずですが、そのすべてに容量大のマジックバッグを配布して準備させればよいのでは?それでも十分に軍が使うものは残るのと思いますが」
「マジックバッグを購入できる余裕のある領ばかりではないのです」
「その格差を是正したり補助を出したりするのは国の仕事ですよね」

 地方交付税交付金ってやつだ。社会の授業で習ったけど、10年たっても覚えているようだ。あれ?国庫支出金だったっけ。その違いがテストに出た気がするけど、やっぱり10年たつと忘れるみたいだ。
 どっちか分からないけど、とにかくそんなことを一冒険者に期待しないでほしい。

「ああ、今後私たちがギルドに売るマジックバッグの販売先は、貴族と国以外の、商会や冒険者に限定しますので。ギルドマスター、可能ですよね?」
「はい。オークションの入札に制限をかけます。落札したものを貴族に流した場合は、次から参加禁止にしましょう」
「ありがとうございます。武器の強化を含めた付与ですが、もし依頼されるようなことがあれば、国やその領にはその後一切協力しません。僕たちの行動に制限をかけた場合も同様です。貸し出している武器も返していただきます」
「それは……」
「良い武器をご所望でしたらブロキオンの下層でドロップした剣が大量にあります。ギルドに買取に出しますので、ギルドからご購入ください」

 とりあえず吹っ掛けるだけ吹っ掛けたぞ。後はどこまで譲歩するかだな。
 緊張で口の中がカラカラなのに一気にしゃべったので、喉が渇いた。机の上のお茶で喉を潤して、僕の横にいるブランの頭を撫でたら、手に摺り寄ってくれた。
 こういうときブランは僕の足に触れる伏せの体勢でじっとしていることが多いけど、今回は机があるのでそうすると相手からブランが見えなくなる。今回は僕のすぐ横にお座りの体勢でいるので、机から顔を出して、お付きの人のほうを向いてにらみを利かしてくれている。ありがとね。

 自分の頑張りにちょっと満足して、ふんす、と鼻息が出てしまった。
 僕頑張ったよね、これでいいよね、と隣のアルを見たら、若干引いてる。え、なんで?大司教様もギルドマスターもなんとなく苦笑しているような。やっぱり要求が多すぎたのだろうか。でも今更撤回できないし。

 なんとか軍の物資も運んでほしいという宰相さんと、マジックバッグで何とかできるだろうという僕の攻防が膠着したところで、大司教様が住民への支援物資のついでに後方支援の拠点までならどうですか?と妥協案を出してくれたので、それに乗ることにした。
 最初に大きく出てみたものの、どこまで譲歩していいのか分からなくて引くに引けなくなっている僕に、大司教様が助け舟を出してくれたようだ。
 その後は宰相様が僕ではなくて大司教様を相手に交渉を始め、大司教様がにこにこしながらも宰相様の要望をばっさり断って、僕の希望を全面的に通す感じでまとめてくれた。ところどころ、それは飲んでも構わないと思う部分は、恩を売る感じで譲歩を促してくれた。流石だ。
 やっぱり最初から交渉をお願いしたほうがスムーズに行っただろうな。

 交渉も終わり、あとは締めの挨拶だけとなったところで、もう1つ言っておきたいことがあったのを思い出した。思い出せてよかった。

「一番大切なことを忘れていました。アルは僕のものです。色仕掛けはしないでください」

 ドガイで僕と別行動をするようになって、アルに何度もハニートラップが仕掛けられたとアル本人から聞いた。しかも成人したばっかりの若くて背の低い男の子ばっかりだったそうで、アルが俺は少年趣味じゃないと嘆いていたのだ。なんでそういう人選になったのか、深く考えてはいけない。悔しい。
 アルが揺らぐとは思わないけど、それでも気分は良くない。

 僕の発言にブランがため息をついているし、ギルドマスターが笑いをこらえているのが見えるけど、これだけはどうしても伝えておきたかったのだ。
 あふれがどうのこうのからいきなり、その話今するの?っていう個人的な話になっているけど、こんな時じゃないと伝えられないのだから仕方がない。
 大司教様も、僕たちはドガイの中央教会で結婚式をあげているので仲を裂くようなことはしないようにと、援護してくれたし、まあとにかく邪魔はしないでください。


「終わったー」
「しっかりと交渉されていてご立派でしたよ」

 頑張った。僕史上1、2を争うくらい頑張った。しばらくは何もしたくない。
 ブランの首に抱き着いて撫でまわしながら、ここ数日の緊張からの解放感を味わう。

「ちょっと要求しすぎたかな、と思ったんですけど」
「大丈夫ですよ。陛下も宰相閣下もユウさんがあれほど強気で交渉してくると思っていらっしゃらなかったようですが」
「いい感じにまとめてもらってありがとうございました」

 海千山千の政治家には通じるか分からなかったけど、先制パンチが効いたみたいで良かった。多分僕が舐められていたからこそ効いたのであって、次からは通用しないだろう。
 でも先のことはさておき、まずはここ数日頑張った自分にご褒美だ。

「温泉に行きたい」
「頑張ったしな。近場でいいか?」
「じゃあ、エナミの海が見える温泉がいい」

 アルが頭を撫でながら労ってくれるので、わがままを言った。
 海に沈む夕日を見ることができる温泉があるのだ。あそこに行こう。
 そんな話をしながらもブランを撫でまわしていたら、しつこすぎるとブランが嫌がってギルドマスターの足元に逃げてしまった。いいじゃない、もうちょっともふもふさせてよ。


 エナミの海が見える温泉でのんびりだ。僕たちのために宿全体が貸し切りなので、本当にのんびりだ。
 混乱が生じないように、教会で宿を貸し切ってくれた。迷惑をかけて申し訳ないけど、国とトラブって国外に逃げていた僕が現れると騒動になるかもしれないので仕方がない。
 ダンジョンで襲われてドガイの教会へ避難してから、僕はずっと教会に寝食を提供してもらっている。こんなに良くしてもらって、何かの形で返せればいいけど、貰っているものが多すぎて返せる気がしない。

 いちおう教会の人とサジェルがついてきているけど、僕たちの部屋には入ってこないので、アルとブランとゴロゴロしている。しばらく難しいことは考えたくない。
 護衛としてこの街まで一緒に来た獣道は、その従魔がいるなら俺たち必要ないだろうと言って、ただいま近くのダンジョン攻略中だ。魔剣の扱いにも慣れて、あちこちのダンジョンで無双しているらしい。

「ユウ、今までも自分で交渉したかったのか?」
「え?なんで?」
「いや、こんなことを言ったら怒られそうだが、あんな風に交渉できると思ってなかったし、あそこまで強気に出るとは」

 アルが若干引いていたのは、僕があんなに吹っ掛けたからか。
 あれは作戦であって、いやでも途中でムカついたっていうのもあったな。

「自分でやろうと思ったのは、アルが狙われたからだよ。アルがいなければ、僕はどうとでも出来るって思われてるんだろうなって」
「今まで俺が全部やってきたからな」
「やってもらえるならお願いしたいし、うっかりおかしなことを言うのが怖くて黙ってたけど、それじゃダメなんだって気付いた。今までのままじゃ、またアルが狙われちゃう」

 アルが実は今までも自分でやりたかったんじゃないかって心配してくれたけど、そんなことないよ。僕はクラス委員とかやりたくない、その他大勢でいたいタイプだったんだ。
 今回は姉さんを真似してみた。押しが強くて、他人の言うこと聞かないんだよね。兄弟3人の意見が分かれたら、いつだって姉さんの要求が通った。
 最初だから上手くいったけど、次からは言いくるめられそうだから、教会にお願いしよう。国と交渉なんて、庶民には荷が重すぎる。

「俺はユウのものだと言ってくれて、嬉しかった」
「ホントのことだよ。僕はアルのものだし。一緒に居たくないとか言ったのに、こうやってそばにいてくれてありがとう」
「かなりショックだったから、二度と言わないでくれな」

 アルが額にチュッとしてくれるから、抱き着いて僕からもキスをすると、ブランが部屋から出て行った。
 ブランが僕から離れるのは、襲撃を受けてから初めてかもしれない。落ち着くまでは僕の身体のどこかに触れていてくれたし、たとえ離れてもすぐに手の届くところにいてくれた。
 ドガイでもモクリークに戻ってきてからもずっと教会にいたから、なんとなくイチャイチャし辛かったけど、ここは温泉宿だから、ね。


「あっ、アル、きもちいいっ」
「ユウ、大丈夫か?辛くないか?」
「んあっ、だいじょ……ぶ、ああっ」

 久しぶりだから、アルがとても丁寧で優しい。僕を気遣ってくれているのは分かるけど、もっと強く求めてほしい。

「まっ、いくっ」
「いいぞ」
「あーーーっ!」

 久しぶりだったからか、すぐにイってしまった。でも僕につられてアルもイったみたいで、お腹にアルの魔力を感じる。欠けていた何かが埋められていくようで、満足感と共に飢餓感が湧き上がる。足りない。もっと欲しい。欠けた部分を全て埋めてほしい。
 なのにアルが、後片づけを始めてしまった。アルに服を着せられる。

「アル、もっとほしい」
「ダメだ。まだ体調が万全じゃないんだ。今日はここまで」

 でもアルはまだ満足していないはずだ。あの襲撃からずっとこういうことはしていなかったし、それまでもアルと僕の体力差を考慮してくれてはいても1回で終わることはほとんどなかった。
 けれどアルは気分を切り替えてしまったのか、もう終わりとあっさり淫靡な雰囲気を一掃してしまった。
 やっぱり僕はアルに我慢させてしまってるんだなと少し落ち込んでると、アルが思わぬことを言った。

「ユウ、体調が戻ったら、俺を抱くか?」
「……は?」
「そっちは経験がないから、ユウだけだろう?」

 あー、そういうことか。アルには僕以外との経験があることを僕が気にしているのを分かって、提案してくれたみたいだ。セレナさんが来た時に、僕が女の人のほうがいいのかとか、僕に体力がないのが面倒なのかとか聞いたからかもしれない。
 想像してみる。僕がアルを。
 …………………………。

「想像できない」
「俺もできない」

 アルが苦笑いしながら、でもユウがやりたいならいいぞと言ってくれた。その言葉に沈みかけていた気持ちが上向く。
 誰かを受け入れることなど、アル以外には考えられない。そしてアルも同じように思ってくれている。それだけで、何かが満たされていく。
 体調が戻ったらってことなので、その提案は棚上げすることにした。そのまま忘れそうだけど、忘れても問題ないだろう。むしろ積極的に忘れよう。うん、それがいい。
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