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最終章 手を携えて未来へ

10-10. 人生の指針

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 神学校の生徒と少しだけだけど関わって、未来に思いを馳せることができるようになった。

 この世界に来て、生きるために、自分自身を守るために、冒険者になるしかなかった。望んだことではないにしても、ブランとアルとダンジョンを攻略して回るのは楽しかった。モクリークに来て、最初は遠巻きにされていたけれど、だんだん冒険者たちに仲間として受け入れられていくのが、居場所が出来たようでうれしかった。
 けれど、僕のスキルのせいで襲われて、アルが大怪我をして、僕はダンジョンに対しても戦闘に対しても積極的になれないでいる。
 アイテムボックスは、襲われてから、一度も開いていない。付与もブランの許可が出ないのでやっていない。アイテムボックスと付与は、使おうと思えば使えるだろう。
 けれどダンジョンは、足がすくんで入れないかもしれない。もともと戦闘などとは無縁なところで育ったのだ。

 これからどうやって生きていくのか、ずっと悩んでいたけれど、神学校の生徒の屈託のない笑顔を見て、あんな風に子どもたちが笑っていられるように、付与の商会を立ち上げようとしたことを思い出せた。
 その付与は今回の騒動の一端にもなったこともあって、教会からはテントへの付与の話は一切出ない。現状は品切れになっているはずで、僕が付与をすれば商品として売り出せるようにテントの作成は進んでいるはずだ。でも、体力がちゃんと戻らない限りはブランからの許可が出ない。

 まずは、体力を戻すことが何よりも優先だ。
 やりたいことを、大袈裟に言えば人生の指針を思い出せたので、リハビリにも意欲的になれる。

「ブラン、この先ずっとダンジョンに行かなくてもいい?」
『構わん』

 ブランはこういう時に、何故かと聞いてきたりはしない。それがどんなことであっても、僕が決めたことなら応援してくれる。
 ブランがダンジョンで大暴れできるように、いずれはダンジョンに復帰したい気持ちはある。それはだいぶ先になるかもしれないけど、それでもブランには快適に過ごしてほしい。僕をおいてダンジョンに潜ることも出来るのに、ブランは絶対にしないから。

 今までよりも少し散歩の距離を伸ばした。無理をするとすぐに眠くなってしまうので、本当に少しずつしか距離は伸ばせないけれど、それでも目標ができるとやる気が湧いてくる。
 それに、散歩の途中で神学校を遠くに見ることができるので、子どもたちが元気に学んでいるのを見ると、こちらも何だか嬉しくなる。未来は明るいのだと、希望に満ち溢れているのだと無条件に信じていられたあの頃を懐かしく思い出す。きっと僕の中学時代も、周りの大人にはあんなふうに見えていたのだろう。


 そうして、午前中は教会のお手伝い、午後は散歩をして、のんびりと過ごしているうちに、付与魔法のスキルを持つ子が見つかったと連絡があった。

「パン屋の子どもなのですが、冒険者になるためにギルドでスキル鑑定をしたそうです」
「パン屋なのに冒険者になるんですか?」
「兄がパン屋を継ぐので自分は冒険者にと思っただけで、付与魔法で食べていけるならそれでもいいそうです」

 モクリークも含めて最初のスキル保持者なので、ここ中央教会で面倒を見ていくらしい。
 ゆくゆくは、その地方の教会にしたいそうだが、まずは育成の手順を確立してからだ。モクリークの野営地であったあの女の子は、成人すればパン屋の子の経験も取り入れて育てられるだろう。
 しかしこうなると、本格的にモクリークから魔石を運んでくる必要がある。モクリークの教会が買い取っている魔石を、カリラスさんがドガイに運んでくることになっているが、まだスキル保持者が見つかっていなかったので、少ししか運ばれていない。

 カークトゥルスでの魔石集めは順調に進んでいるらしい。
 今までは教会が孤児院の子どもたちのために何かするらしいという情報だけだったのが、付与したテントが売り出されたことで、それが付与の魔石としていずれは販売され自分たちも恩恵に預かれると分かったので、冒険者たちも前より協力してくれるようになった。

 そういえば、僕がカークトゥルスで魔石を集めると言ったら、誰かに依存する仕組みは作らない方がいいと言われたのを思い出した。現実に、僕はダンジョンに潜れなくなった。
 僕のスキルを国で管理すべきだと言った人たちも、僕自身も、スキルが使えて当たり前だと思ってしまっている部分は大きく変わらないのだろう。人は便利なことに慣れてしまう。
 スキルも、言ってしまえば道具だ。道具は使う人に依存する。もう使わないと一時は思い詰めたスキルだけど、スキルが悪いわけじゃない。生かすも殺すも僕次第だ。


 これは一歩踏み出すちょうどいい機会なのだろう。

「ケネス司祭様、僕はモクリークに帰ろうと思います」
「気持ちは落ち着かれましたか?」
「まだです。でも、今モクリークであふれがおきたとして、ここにいて何もしないのは、僕自身が落ち着かなくて」
「ユウさんが背負うことではないのですよ」

 分かっている。人にできることには限界がある。もともと全てのあふれに対応できるわけではないし、物資を運んだところで救えない命だってある。
 けれど、この世界の人など知らないと突き放せない程度にはこの世界の人と関わり、傷つけられもしたけれど、助けられもした。もし知っている人があふれに巻き込まれて命を落とした場合、僕が物資を運んでいればあるいは、と思ってしまうだろう。
 だから、あふれの物資輸送だけは、協力しようと思えるようになったのだ。

 あふれで実際に辛い思いをするのは庶民だ。
 孤児院の子どもが笑っていられるように、そう思うけれど、一番良いのは孤児院の子どもが増えないことだ。200年周期に入ったと言われる今、それは難しいことだけど。

 今でもアルがいない夜は眠れないこともある。気分にも波があって、調子が良くない時は、この世界の人なんてどうなってもいいと思うことだってある。
 僕を管理下に置こうとした人たちに対しては納得していないけれど、彼らとはかかわりのないところで、あふれの対応だけは協力したい。

 また僕のせいでアルが狙われるかもしれない。
 でも、国やギルドは僕たちに手を出すものを許さないと言ってくれたし、今だってドガイでダンジョンに潜っている。きっとモクリークでもドガイでもアルの危険度は変わらない。むしろ知り合いの冒険者の多いモクリークのほうが安全かもしれない。

「ユウさんに負担なく希望を叶えられるように、モクリークの教会と連絡を取ってみましょう」
「いえ、僕が自分でモクリークと交渉します」
「ユウさん、それはかなり大変ですよ?」

 僕は今まで表には出ないで、アルが代わりに全ての交渉をしてくれていた。だからこそ、アルが狙われたのだ。アルがいなければ、僕自身は与しやすく、如何様にでも出来ると思われている。
 それじゃダメなんだ。いつまでもアルの後ろに隠れていてはいけない。

「もし失敗したら、ここに帰ってきてもいいですか?」
「もちろんですよ」

 例えブランがいなくても、孤児院の子どもたちのためにしてもらっていることを考えれば、助けるのは当然のことだからと、ケネス司祭様が優しく笑って答えてくれた。
 大丈夫。帰る場所があるのだから、頑張れる。


「ユウ、モクリークに帰ると聞いたが」
「うん。アルに相談せずに決めてごめんね。でもアルがドガイに残ってほしいなら残る」
「それはいいが、無理していないか?」
「してないよ」

 ダンジョン攻略の合間にドガイの教会に寄ってくれたアルが心配そうに聞いてくれるから、僕は今考えていることをつっかえながらも全部話した。
 ケネス司祭様に相談に乗ってもらいながら、僕のやりたいこと、そして何ができて何をしたくないのか、僕自身の考えを整理した。
 あふれの対応には協力したいけれど、兵士とは関わりたくない。あの襲撃に軍が関わっていたというし、きっと兵士に対して構えてしまう。知らない冒険者が近寄るのもダメかもしれない。言っていて、そこまでして来てもらわなくていいですと言われそうだな、と思ってしまった。
 それでも、そこまでしてでも、アイテムボックスには利用価値がある。協力してやるんだからこちらの要望を飲め、と言ってもいいのだとケネス司祭様には言われた。
 そこまではまだ開き直れないけど、それくらいの心持でいてもいいのだと思うと気が楽になった。
 思い切って、あんなことをされたのにそれでもモクリークにいてやるんだからこちらの要求を呑め、と突き付けてみようか。

 さんざん振り回してしまったアルには、僕が何を考えているのかちゃんと話さなければと思うと、話があちこちに飛んでしまった。それでもアルは辛抱強く聞いてくれた。

「カザナラの別荘に住むのか?」
「中央教会のほうがいいんじゃないかって言われてて。でもそうすると王城が近いから。どう思う?」

 モクリークの王都ニザナの中央教会は、ここと同じで王城が近いので、また王子様が乱入とかあると嫌だけど、地方の教会では警備の面でもブランを泊めるという面でも足りないらしい。

「俺はユウが教会にいるほうが安心できるが。でも、ユウの好きなところで好きなことをしていいんだ」
「カザナラの別荘より教会のほうが?」
「教会のほうが警備面で安心だし、何かあっても司教様たちがフォローしてくださるだろう?カザナラだと警備は増やすだろうが、対応するのはサジェルひとりだからな」

 確かに、教会なら誰かしら司教様や司祭様がいて、助けてもらえる。やっぱり教会がよさそうだ。
 サジェルとは、正直どういう顔をして会えばいいのか分からない。サジェルは僕たちと契約しているから、別に僕たちが王様と対立しようと関係はないけど、でもきっとサジェルの気持ちは複雑だろうと思ってしまう。

「アルは……、一緒に来てくれる?」
「もちろんだ」
「わがままばっかり言ってごめんなさい」

 一緒にいるのが辛いと言ったり、一緒に来てほしいと言ったり、アルには迷惑ばっかりかけているけれど、アルなしで生きていく未来が想像できない。
 そばにいると言っただろう、と言いながら抱きしめてくれる腕があるから、僕は僕でいられる。いつだってアルに守られている。

 アルとブランに見守られながら、あのダンジョンのセーフティーエリアでテントを収納して以来初めて、アイテムボックスを開いてみた。取り出したのは、ここでブランが降らせてくれた氷の花、僕とアルの思い出の花だ。

「ユウ、改めてこの花に誓う。一生愛し守ると。だからそばにいてほしい」

 アルが氷の花を載せた僕の手を両手で包んで、額にキスをしてくれた。それはとても神聖な誓いのようで、何か返さなきゃと思うけど、何も言葉が出なくて、代わりに涙があふれた。
 そんな僕にアルが泣くな、愛してる、と繰り返してくれるから、きちんと僕の思いも伝えよう。

「僕も。いっぱい迷惑をかけたし、これからもかけると思うけど、一緒にいてください」
「二度と離さない」

 僕も二度とこの手を離さない。今までと違ってアルだけダンジョンに行くために別行動になることがあるだろう。
 それでも、この手はずっと繋がっているのだと信じている。


 アルと話して、アルも交えてケネス司祭様と話して、ケネス司祭様がモクリークの教会と連絡を取ってくれて、その結果、まずはモクリークの中央教会に引っ越すことになった。
 モクリークの教会が全面的に僕の面倒を見てくれて、あふれの時もモクリークの教会の人がついてきてくれるそうだ。これもブランのお陰だ。ありがとね。もふもふ。
 僕のいろいろな不安は、モクリークで一つずつ解決していけばいいと言ってもらえたので、ひとまず行動を起こそう。

「長い間ありがとうございました」
「ユウさん、またいつでもいらしてくださいね」
『ユウが世話になった』
「そのような、畏れ多い……!」

 あ、大司教様がブランの言葉に感激して倒れちゃった。
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