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最終章 手を携えて未来へ

10-1. 思わぬ出会い

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 カザナラの別荘に向かって馬車で移動中、街道沿いの野営地で夜を過ごそうと馬車を寄せた。
 野営地にはすでに馬車がたくさん止まっているが、次の野営地までは日があるうちにたどり着けない。僕たちの馬車を止める場所は一応あるので、ここで夜を過ごすことにした。

 僕は15歳のある日、気が付いたら、違う世界の土の道の上にいた。魔法と剣のファンタジーの世界だ。
 そんな世界で僕は希少スキルである『アイテムボックス』と『付与』を持っている。
 アイテムボックスは少なくともこの数百年で僕だけが持っているというくらい希少なスキルで、そのせいで僕の自由は、僕と協力関係を結んでくれているモクリーク内に制限されている。ギルドと国が貴族の押さえ込みや他国へのけん制などしてくれているので、モクリーク内であれば僕は自由に動くことができる。ドガイも限定的ではあるけど、ドガイの教会とギルドが抑えてくれるので訪れることができる。
 付与スキルは、今現在持っていると知られているのが数人という、アイテムボックスに比べればレア度は低いが、それでも希少スキルだ。今現在モクリークでは僕以外にいない。その下位スキルである付与魔法スキルですら珍しいスキルだ。
 そんな希少スキルに振り回されながらも、神獣のブランと剣士で恋人のアルと、冒険者として生計を立てている。

 この世界に来てすぐの僕は、15歳というこの世界での成人の年齢だったため、知り合いも頼れる人も庇護してくれる人もなく、騙されて辛い思いをした。その苦い思い出から、僕のようになってほしくないという思いで、孤児院の子たちの就職先を増やすために、僕は付与商品を売る商会を立ち上げること考え、僕が付与したアイスの魔石を僕の名前を隠して売ってくれているフェリア商会と話を進めていた。
 けれどそれを知った教会が協力してくれることになり、現在はフェリア商会が手を引いて、教会主導で話が進んでいる。
 今はその計画のためにカザナラの別荘へ向かっている途中だ。

 街道沿いには、その地の領主が整備したものから自然にできたものまで、野営できる広場のようなところがある。整備されているものは煮炊きできるよう簡単なかまどが作られていたりもする。
 魔物に襲われることもあるので、大きな商会などきちんと護衛をつけている馬車の周りには、自然と馬車が集まる。助けてはもらえないが、自前で護衛を用意できない個人の馬車などは、単独で移動するよりも魔物からは狙われにくい。けれど逆に盗賊などに商会が狙われた場合は巻き込まれてしまうので、一長一短だ。
 馬車の速度はあまり変わらないので、結果として団体で移動することになり、その場合は護衛や冒険者は合同で夜間の警戒の見張りをすることがある。
 僕たちが野営地に入って野営の準備などが落ち着いたところで、ひとりの冒険者が僕たちに近づいてきた。

「隊商の護衛のリーダーをしているワッツだ。氷花だよな?」
「ああ。見張りの順番か?」
「いや、見張りは俺達でやるからいい。それより、テントの余りはないか?魔物に襲われた村から孤児院に行く子どもがいるんだ。今夜だけ貸してやってくれないか?」

 聞いてみると、小さな村が魔物に襲われてかなりの被害が出たそうで、そこで親を亡くした子ども3人が、街の孤児院まで歩いて移動している途中らしい。僕たちが今日出発してきた街の孤児院に向かっているが、村には馬車も付き添いの大人を出す余裕もなく、最低限の食料だけ持たせて、通りがかった冒険者に子どもを託したそうだ。

「ご飯は足りてますか?」
「それはうちの商会も出したから大丈夫だ」

 この国の人たちは、明日は我が身という思いがあるからだろう、孤児に優しい人が多い。テントで寝かせてやるためにスペースを作れないかと話していたところに、僕たちが到着したのだ。冒険者は荷物を最低限にするし、商会もたくさんの商品を積むために個人の荷物はギリギリまで削っているので、余りがなかったらしい。
 ワッツさんに案内されて向かった先にいたのは、あと1年くらいで成人だろう女の子と、幼い2人の兄弟だった。女の子が、多分状況がよく分かっていない小さい子たちの面倒を見ている。2日間ずっと移動で疲れたのか、弟くんがかなり不機嫌でぐずっていたが、ブランを見つけると走り寄ってきた。

「わんわん!」
「ルー、だめっ」
「大丈夫だよ。ブラン、お願い」

 ブランが弟くんを尻尾で受け止め、そのままお兄ちゃんのところまで連れていき、ふたりまとめてお腹に抱き込むようにして寝転んだ。あの体勢は僕が寝るときにするものだから、寝かしつける気だ。
 最初はブランに興奮していた兄弟も、やがてブランが尻尾で優しく撫でるそのリズムに眠気を誘われたのか、ブランに抱き着いて眠ってしまったのを見て、周りの大人たちからも安堵のため息が漏れた。ブランには子守の才能がありそうだ。

 3人で一緒に寝られるように、少し大きめのテントと寝袋、それに毛布を出すと、彼らを託された冒険者が手伝ってくれて、手早く寝床が出来上がった。アルがブランのお腹で寝ている子どもたちを寝袋に入れたところで、女の子が近づいてきた。

「あの、アイテムボックスの方ですよね?あの子たちが、ごめんなさい」
「気にしないで。僕も両親がいないから、孤児仲間だよ」
「俺も孤児院で育ったから仲間だな」

 僕たちに迷惑をかけてしまったのではないかと、女の子が恐る恐る謝ってきたけど、本当はこの子だって辛いはずだ。それでも気丈に振舞って、同じ村の子どもたちの面倒を見ている。すごいな。
 僕たちの仲間という発言に少しだけ笑顔を見せてくれた女の子は、疲れていたようで、自分も休むとテントに入っていった。
 でも小さな村の子どもにまで、僕たちのことが知られているのは、やっぱりブランが目立つのかな。

「なあ、あんたたちどっちに向かってるんだ?」
「カザナラだが、あの子たちは送って行こう。お前らは何人だ?御者はできるか?」
「4人で御者もできるが、逆方向なんじゃないか?」
「急ぎじゃないから構わない。お前らも乗れ」

 僕がアルの肘のところの服を引っ張ったので、アルが僕の頭を撫でながら、子どもたちを乗せていくと言ってくれた。
 彼らの目的地は僕たちが今日出てきた街だけど、歩けば2日、子どももいるから3日かかるだろう。それをさすがに見捨てては行けない。僕のそんな思いをアルも受け入れてくれた。
 彼らは御者もできるらしいので、僕たちはブランに乗って、馬車は子どもたちを託された冒険者に任せよう。あの子たちも付き添う大人がころころ変わるよりはきっといい。


 ところで、僕たちは夜の見張りを免除されたけど、それには裏事情があった。
 僕たちと野営地で一緒になると、強い従魔がいるおかげか魔物が襲ってこない、という噂があるんだとか。
 噂というか事実だ。魔物はブランとの実力差が分かるらしくて、ブランがいるところには現れない。僕はブランと出会ってから、いきなり魔物が襲ってくるという経験をしたことがない。むしろブランが美味しい魔物を探して襲っている。
 僕たちに絡むと追放というお達しが出ているのもあって、だれも僕たちの馬車と一緒に進もうとはしないが、野営地が一緒になるとラッキーだというのが、護衛をメインに行う冒険者の間では知られているらしい。今度シリウスのみんなに会ったら知っているか聞いてみよう。
 夜盗に襲われることもあるので見張りは油断できないが、僕たちのお陰で魔物は襲ってこないという恩恵に預かれるので、僕たちの見張りは免除してくれるそうだ。
 お前らに集ってる訳じゃないからな、と護衛のリーダーが言い訳をしているけど、さすがにこれで集られてるとは思わないよ。全行程一緒に行こうと誘われるとか、不自然に後をついてくるとかなら、集られてるかもと思うけど。アルも大丈夫だと苦笑していた。


『あの子ども、付与魔法スキルを持っているぞ』
「え、どの子?」
『一番年上の子どもだ』

 あの女の子か。まさかこんなところで出会うとは。
 え、待って、ってことはブランってスキル鑑定ができるの?

『ドロップ品の鑑定をしているだろう』
「ブラン、人間は物の鑑定はできても人の鑑定はできない。人の鑑定ができるのは、ギルドにあるダンジョンドロップ品の魔道具だけなんだ」
「ということは、スキルの鑑定は神様じゃないとできないの?」
『知らんな』

 これは答えたくないとか答えちゃいけないじゃなくて、本当に知らないらしい。
 ブランの中では人の鑑定ができることは特別なことじゃなかったみたいだし、神様チートなのか、人の鑑定ができる人間がいても公表していないだけなのか、分からないな。
 ギルドのスキル鑑定の魔道具は、ダンジョンのドロップ品らしい。スキル鑑定という性質から教会が管理してもよさそうだが、ダンジョンのドロップ品なのでギルドが管理している。個人での所有は認められていなくて、ドロップしたら必ずギルドが買い取る。

「スキルって何なの?どのスキルがもらえるかって誰が決めてるの?」
『……』
「スキルは、神の気まぐれの贈り物だと俺は聞いた」

 どうやらこっちは答えちゃいけないことらしい。
 ってことはアルの言う神様贈り物説が有力かな。しかも気まぐれ。僕の希少スキル2つセットは気まぐれの産物なのか。あるいはこの世界に落ちた僕によかれと思ってプレゼントしてくれたのか。答えは出ないので、偶然ということにしておこう。

 明日はブランに乗って街まで戻るんだから、ゆっくり寝ておくようアルに言われて、馬車の荷台に敷いたマットの上に寝転んだブランに抱き着いた。

「あの子たちを寝かしつけてくれて、ありがとね」
『あの子どもと変わらんな』

 アルが後ろから僕を抱きしめながら笑ってるけど、アルもブランに賛成しているみたいだ。もう子どもじゃないよ、とアルにキスをしたら、アルが子どもはこんなことしないなと、キスを返してくれた。
 抱き着いたままいちゃいちゃし始めた僕たちに、ブランがため息をついてるけど、ごめんね。

 翌日、昨日出発した街まで、子どもたちを送って行った。
 馬車の横を僕たちが乗ったブランが並走するという珍しい状況に、道行く人たちに何度も振り返られたけど、子どもたちは走るブランに歓声をあげていたので、一時でも辛いことを忘れてくれたなら嬉しい。
 門の前で彼らと別れて、僕たちは街には入らずに来た道をまた戻って、カザナラへ向かった。
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