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4章 もう一つのスキル
4-5. 立ち直りの一歩
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「お久しぶりです。ユウさん、ご機嫌はいかがですか?」
何故かカザナラの別荘に、王都ニザナのギルドマスターがいる。この人、もしかして僕たちの担当なんだろうか。
カイドでの出来事をアルに話してから、付与スキルの今後の使い方について話し合った。
僕は将来的に、クリーンを付与したテントを商品化したいと考えている。ダンジョンのセーフティーエリアの衛生状況改善のために、だ。日本育ちの僕としては、ちょっとお近づきになりたくないパーティーもいてね……。
けれど、武器への付与は、たとえ国に頼まれても受けない。クリーンを商品化すれば、武器の付与も期待されるだろう。ホトで武器への付与を迫られたのは、その前に僕がライトの付与を練習していて、その魔石を常夜灯のように野営地で使っていたからだ。兵士は、それなら武器の強化もできるだろうと考えたのだ。それをどう防ぐか。
とりあえず、ギルドに武器への付与は今後一切しないと伝えることにした。
ホトでの一件の後、ギルドがすぐに動いて、今後5年間僕をホトへ派遣をしないと決定し公表してくれた。そのことにとても感謝している。
できること、できないこと、やりたくないことを、きちんと伝えておくべきだろう。ホウレンソウは大切だ。
それで、アルがカザナラのギルドに行って、その話をしてくれた5日後、お屋敷にニザナのギルドマスターが訪ねてきたのだ。
差し支えなければ、ホトで何があったのか教えてほしいというギルドマスターの質問に、あの時あったこと、なぜ僕が過剰反応してしまったのか、カイドでの出来事も交えて、アルが答える。カイドでの出来事も話したのは、武器への付与を行わない理由が説明できないからだ。やろうとしても、多分できないと思う。
僕はアルの横に座って話を聞いている。アルが手を握ってくれて、ブランが足元にいるから大丈夫。
ギルドマスターが反応したのは、意外にもテントへのクリーンの付与だった。
「それはぜひ商品化をしましょう。セーフティーエリアで不潔なパーティーと一緒になったときは殺意を覚えたものです。それに冒険者のイメージ改善にも繋がりますね」
ギルドマスターは冒険者として活動していたらしい。ずっと事務の人だと思ってた。
そしてやっぱりセーフティーエリア気になるよね。同志がいてよかった。
もしクリーンが建物に付与できるのであれば、薬師ギルドや王宮からも依頼が来るらしい。王宮は広すぎてお掃除が大変なのか、と思わずサジェルを見てしまった。サジェルからは、余所見はいけません、というような視線を返されたけど。
他に考えている付与はあるかと聞かれ、食品が長持ちするように氷室の氷を付与に変える考えも話した。これは付与するのは魔石でもいいので付与魔法でできるのだが、今現在は氷魔法で出した氷を氷室に設置するだけだ。
「食にこだわりのあるユウさんらしい発想ですね。ギルドの解体倉庫にも応用できそうです」
そう言われたけど、食にこだわりがあるのはブランだ。ギルドマスターは今回もお土産として、時間停止のマジックバッグからブランお気に入りのお肉を取り出して渡してきたのだ。よく分かっている。
僕はこの世界で、知識チートのようなことをするつもりはない。今あるものを付与で便利にできたらいいなと思うけど、新しいものを作り出す気はない。
でも、食と生活の利便性向上に妥協しないのは、きっと日本人のサガだ。
今日話したことはギルドと国での共有にとどめてほしいとお願いした。
僕はカイドでの一件で、ノーホークのギルドから口止め料をもらっている。でも僕のスキルをソントのギルドに漏らしたのはノーホークのギルドで、そのおかげで僕はアルを購入したカージのギルドでスキルを公開されてしまったのだ。モクリークのギルドに話すくらいは許されるだろう。
ダンジョンに行っていたシリウスの3人が帰ってきた。
地元のAランクの冒険者たちと一緒に、中級ダンジョンを攻略してきたらしい。
冒険者ギルドのランクには、冒険者のランクとパーティーのランクがある。
冒険者のランクは個々人の実力で、パーティーランクはパーティー全体での実力だ。見習いを入れているようなパーティは、冒険者のランクはバラバラだからだ。
個人のランクはギルドでの試験で判定され、パーティーのランクはダンジョンの規定の階層のドロップ品などで判定される。
Cランクで一人前、Bランクに上がれれば有能、Aランクはとても優秀、Sランクは英雄である。
通常は1つのギルドにSランクパーティーが1ついるかいないかくらいだが、モクリークは上級ダンジョンが多くあり、他の国からも優秀な冒険者が集まるため、1つのギルドを拠点としているSランクパーティーが複数いる。
シリウスは、個人もCランク、パーティーもCランクだ。CランクだがBランクに近い実力があり、荷物持ちも嫌がらないので、Sランクパーティーのダンジョン攻略にもよく声をかけてもらえ、そこでいろいろな戦闘を見て学んでいる。ランクを上げるよりも経験を増やすことに重きを置いているのだ。
何より人当たりの良さが、彼らが高ランクパーティーに可愛がられる理由だろう。
「ユウくん、少し顔色よくなったね」
「そうかな?」
「ちゃんと食べられてるみたいで、安心した」
今日はシリウスのみんなと一緒に夕食だ。ダンジョンでは携帯食だったはずなので、好きな料理を自分でとるビュッフェ形式だ。
僕の対人恐怖もだいぶ落ち着いたので、一緒のテーブルについている。
「ダンジョン攻略どうだった?ハザコアと違う?」
「冒険者が違う。ハザコアは知らないパーティーがいても気にしないけど、ここはみんな顔見知りみたいで、新顔か?っていろんなパーティーに声かけられて、初めてだって知るといろいろ教えてくれた」
「ユウくんはいろんなところ行ってるだろ。やっぱり違う?」
「どこでも遠巻きにされてるから、声かけられないし」
「あー、だな。絡んだら追放だよな」
そう、僕たちに絡んだら追放するとギルドが表明しているので、僕たちはあまり話しかけられない。下手に関わって追放されると困るから、と遠巻きにされることが多い。場所によってはパーティーに入れてほしいと直談判してくるところもあるけど、無視している。
「土地柄というか、ギルドで雰囲気の違いはあるぞ。ギルドの方針と、そこを拠点にしているSランクパーティーの方針が反映されていることが多い。ここはおそらくあまり入れ替わりがないから、変な冒険者が居つかないように気を配ってるんだろう」
「別の中級ダンジョンに行くならって誘われたんですけど、まだ予定が決まってないからって断りました」
「悪いな」
「いえ。できればアルさんに剣の訓練してもらいたいなっていう下心もあって」
「いいぞ。ここの警備に雇っている元冒険者もいるしな」
シリウスのみんなは、しばらくお屋敷に滞在して、アルと訓練したり、サジェルにマナーを習ったりしてから、またダンジョンに潜りに行った。
今回の貴族のお屋敷でお昼に招かれた風ランチは、僕とアルも参加して、一緒にサジェルにダメだしされた。
僕とアルの給仕はサジェルがしてくれて、シリウスのみんなには他の使用人だったけど、貴族仕様でそもそも席が離れているので、部屋に知らない人がいても平気だった。
これなら外に出られるかも、ということで、今日は馬車で街の中心部に来ている。カザナラは古い町並みが美しいし、ご飯が美味しい。
季節は秋、今は古い町並みに紅葉が映える。馬車の中から街並みを観光し、屋台の近くではブランの鼻が反応したものをサジェルに頼んで買ってもらう。
なんだか貴族のお忍びみたいだね、とアルと笑いあっていると、屋台に行けないブランがちょっと拗ねてる。ごめんね。
あの時なんで信じてしまったのか。もっと慎重に判断していれば、こんな目に合わなかったのではないのか。自分で招いてしまったのだと何度も後悔した。
その後は、この人は僕を利用しようとしているかもしれない、そんな風に思う自分が、人の優しさを信じられない自分が、とても汚く思えて自己嫌悪に陥った。
そんな苛立ちをブランとアルにぶつけたこともあったのに、それすらも優しく受け止めてくれた。
アルとブランがそばにいてくれるなら、きっと大丈夫だ。
同じように馬車で出かけた3回目、屋台で降りてみようと思った。今まで普通にやっていたことだ、大丈夫、大丈夫。
心を奮い立たせて馬車から踏み出した僕の足元に、いつもは食べたい屋台の前まで先に行って待っているブランがぴったりくっついて、あの屋台がいいと念話で伝えてくる。
アルが手を繋いで、屋台まで誘導してくれる。
お肉を注文して、焼きあがるのを待っているうちに、店主が僕たちに気づいた。
「兄さん、アイテムボックス持ちの。大丈夫ですかい?ホトで絡まれたって聞きましたよ」
「ああ、問題ない」
「スパイスの配合が自慢の肉なんですよ。食べて元気出してくださいな」
優しい言葉をかけてもらえた。
それからブランの食べたいお肉を何種類か買って、馬車に戻った。
ブランは久しぶりの屋台に満足している。でもずっと僕の足元にいてくれた。
「ブラン、お肉より僕のこと優先してくれて嬉しかった」
『(当たり前だろう)』
ありがとう。もふもふ。
一歩踏み出してみれば、結局何もなくて、何をそんなに恐れていたのか、自分でも分からなかった。
まだ近くに寄られるのは怖いし、元の通りになるにはもう少し時間がかかるかもしれないけど、アルとブランがいれば僕は大丈夫、そう思えた。
僕の今の目標は、またダンジョンに行けるようになることだ。
アルの訓練を見学したい、そう言った僕に、アルは最初躊躇していたけれど、無理はしないからと頼み込んだ。
お屋敷に来た当初、僕がアル愛用の剣さえも怖がったので、それ以降アルは僕の前で剣を見せない。シリウスとの訓練も、僕は見ていない。
けれど、少し離れたところでブランに抱き着いてアルの訓練を見てみたら、平気だった。素振りをしているアルを見ても平気だし、アルの剣も、自分に向けられなければ特に怖いとも思わない。
「戦っているところも見たいなあ」
『ならやってやろう』
急にブランがやる気になった。ブランとアルで戦うの?初めて見る!
結界を張ってるから気にせず魔法も使え。
その言葉で始まった訓練は、氷と火が飛び交って、これぞファンタジーって感じだった。他に言葉がみつからない。
ブランは全く動かず、氷の矢とか玉とか、かまいたちみたいなのを飛ばしていて、アルがそれをかわしてブランに近づこうとするんだけど、全然近づけないし、かわしきれずに攻撃を受けている。アルも剣と火魔法で飛んでくる氷や魔法をうち落としているけど、押されていて、完全にアルが遊ばれてる。
体勢を立て直したと思ったらその足元に氷の矢が飛んで、それを避けてまた体勢を崩し、ギリギリで避けながら反撃しようとしているけど、劣勢は明らかだ。
だいぶ粘ったけど、アルの魔力と体力が尽きたところで、終わった。
「すごい!アル、大丈夫?ポーションいる?」
「これくらいは平気だ。ブランも手加減してくれてるしな。ユウ、大丈夫だったか?戦闘に必死になってしまった」
「大丈夫だよ。すごかった。また見たい!」
『いいぞ。アルもしばらく戦闘から離れて、なまっているようだしな』
ずっと僕のそばにいてくれたので動きたかったのか、アルを翻弄したのが楽しかったのか、とにかくブランが上機嫌だ。
それから、鬼教官ブランによる特訓が毎日行われている。
何故かカザナラの別荘に、王都ニザナのギルドマスターがいる。この人、もしかして僕たちの担当なんだろうか。
カイドでの出来事をアルに話してから、付与スキルの今後の使い方について話し合った。
僕は将来的に、クリーンを付与したテントを商品化したいと考えている。ダンジョンのセーフティーエリアの衛生状況改善のために、だ。日本育ちの僕としては、ちょっとお近づきになりたくないパーティーもいてね……。
けれど、武器への付与は、たとえ国に頼まれても受けない。クリーンを商品化すれば、武器の付与も期待されるだろう。ホトで武器への付与を迫られたのは、その前に僕がライトの付与を練習していて、その魔石を常夜灯のように野営地で使っていたからだ。兵士は、それなら武器の強化もできるだろうと考えたのだ。それをどう防ぐか。
とりあえず、ギルドに武器への付与は今後一切しないと伝えることにした。
ホトでの一件の後、ギルドがすぐに動いて、今後5年間僕をホトへ派遣をしないと決定し公表してくれた。そのことにとても感謝している。
できること、できないこと、やりたくないことを、きちんと伝えておくべきだろう。ホウレンソウは大切だ。
それで、アルがカザナラのギルドに行って、その話をしてくれた5日後、お屋敷にニザナのギルドマスターが訪ねてきたのだ。
差し支えなければ、ホトで何があったのか教えてほしいというギルドマスターの質問に、あの時あったこと、なぜ僕が過剰反応してしまったのか、カイドでの出来事も交えて、アルが答える。カイドでの出来事も話したのは、武器への付与を行わない理由が説明できないからだ。やろうとしても、多分できないと思う。
僕はアルの横に座って話を聞いている。アルが手を握ってくれて、ブランが足元にいるから大丈夫。
ギルドマスターが反応したのは、意外にもテントへのクリーンの付与だった。
「それはぜひ商品化をしましょう。セーフティーエリアで不潔なパーティーと一緒になったときは殺意を覚えたものです。それに冒険者のイメージ改善にも繋がりますね」
ギルドマスターは冒険者として活動していたらしい。ずっと事務の人だと思ってた。
そしてやっぱりセーフティーエリア気になるよね。同志がいてよかった。
もしクリーンが建物に付与できるのであれば、薬師ギルドや王宮からも依頼が来るらしい。王宮は広すぎてお掃除が大変なのか、と思わずサジェルを見てしまった。サジェルからは、余所見はいけません、というような視線を返されたけど。
他に考えている付与はあるかと聞かれ、食品が長持ちするように氷室の氷を付与に変える考えも話した。これは付与するのは魔石でもいいので付与魔法でできるのだが、今現在は氷魔法で出した氷を氷室に設置するだけだ。
「食にこだわりのあるユウさんらしい発想ですね。ギルドの解体倉庫にも応用できそうです」
そう言われたけど、食にこだわりがあるのはブランだ。ギルドマスターは今回もお土産として、時間停止のマジックバッグからブランお気に入りのお肉を取り出して渡してきたのだ。よく分かっている。
僕はこの世界で、知識チートのようなことをするつもりはない。今あるものを付与で便利にできたらいいなと思うけど、新しいものを作り出す気はない。
でも、食と生活の利便性向上に妥協しないのは、きっと日本人のサガだ。
今日話したことはギルドと国での共有にとどめてほしいとお願いした。
僕はカイドでの一件で、ノーホークのギルドから口止め料をもらっている。でも僕のスキルをソントのギルドに漏らしたのはノーホークのギルドで、そのおかげで僕はアルを購入したカージのギルドでスキルを公開されてしまったのだ。モクリークのギルドに話すくらいは許されるだろう。
ダンジョンに行っていたシリウスの3人が帰ってきた。
地元のAランクの冒険者たちと一緒に、中級ダンジョンを攻略してきたらしい。
冒険者ギルドのランクには、冒険者のランクとパーティーのランクがある。
冒険者のランクは個々人の実力で、パーティーランクはパーティー全体での実力だ。見習いを入れているようなパーティは、冒険者のランクはバラバラだからだ。
個人のランクはギルドでの試験で判定され、パーティーのランクはダンジョンの規定の階層のドロップ品などで判定される。
Cランクで一人前、Bランクに上がれれば有能、Aランクはとても優秀、Sランクは英雄である。
通常は1つのギルドにSランクパーティーが1ついるかいないかくらいだが、モクリークは上級ダンジョンが多くあり、他の国からも優秀な冒険者が集まるため、1つのギルドを拠点としているSランクパーティーが複数いる。
シリウスは、個人もCランク、パーティーもCランクだ。CランクだがBランクに近い実力があり、荷物持ちも嫌がらないので、Sランクパーティーのダンジョン攻略にもよく声をかけてもらえ、そこでいろいろな戦闘を見て学んでいる。ランクを上げるよりも経験を増やすことに重きを置いているのだ。
何より人当たりの良さが、彼らが高ランクパーティーに可愛がられる理由だろう。
「ユウくん、少し顔色よくなったね」
「そうかな?」
「ちゃんと食べられてるみたいで、安心した」
今日はシリウスのみんなと一緒に夕食だ。ダンジョンでは携帯食だったはずなので、好きな料理を自分でとるビュッフェ形式だ。
僕の対人恐怖もだいぶ落ち着いたので、一緒のテーブルについている。
「ダンジョン攻略どうだった?ハザコアと違う?」
「冒険者が違う。ハザコアは知らないパーティーがいても気にしないけど、ここはみんな顔見知りみたいで、新顔か?っていろんなパーティーに声かけられて、初めてだって知るといろいろ教えてくれた」
「ユウくんはいろんなところ行ってるだろ。やっぱり違う?」
「どこでも遠巻きにされてるから、声かけられないし」
「あー、だな。絡んだら追放だよな」
そう、僕たちに絡んだら追放するとギルドが表明しているので、僕たちはあまり話しかけられない。下手に関わって追放されると困るから、と遠巻きにされることが多い。場所によってはパーティーに入れてほしいと直談判してくるところもあるけど、無視している。
「土地柄というか、ギルドで雰囲気の違いはあるぞ。ギルドの方針と、そこを拠点にしているSランクパーティーの方針が反映されていることが多い。ここはおそらくあまり入れ替わりがないから、変な冒険者が居つかないように気を配ってるんだろう」
「別の中級ダンジョンに行くならって誘われたんですけど、まだ予定が決まってないからって断りました」
「悪いな」
「いえ。できればアルさんに剣の訓練してもらいたいなっていう下心もあって」
「いいぞ。ここの警備に雇っている元冒険者もいるしな」
シリウスのみんなは、しばらくお屋敷に滞在して、アルと訓練したり、サジェルにマナーを習ったりしてから、またダンジョンに潜りに行った。
今回の貴族のお屋敷でお昼に招かれた風ランチは、僕とアルも参加して、一緒にサジェルにダメだしされた。
僕とアルの給仕はサジェルがしてくれて、シリウスのみんなには他の使用人だったけど、貴族仕様でそもそも席が離れているので、部屋に知らない人がいても平気だった。
これなら外に出られるかも、ということで、今日は馬車で街の中心部に来ている。カザナラは古い町並みが美しいし、ご飯が美味しい。
季節は秋、今は古い町並みに紅葉が映える。馬車の中から街並みを観光し、屋台の近くではブランの鼻が反応したものをサジェルに頼んで買ってもらう。
なんだか貴族のお忍びみたいだね、とアルと笑いあっていると、屋台に行けないブランがちょっと拗ねてる。ごめんね。
あの時なんで信じてしまったのか。もっと慎重に判断していれば、こんな目に合わなかったのではないのか。自分で招いてしまったのだと何度も後悔した。
その後は、この人は僕を利用しようとしているかもしれない、そんな風に思う自分が、人の優しさを信じられない自分が、とても汚く思えて自己嫌悪に陥った。
そんな苛立ちをブランとアルにぶつけたこともあったのに、それすらも優しく受け止めてくれた。
アルとブランがそばにいてくれるなら、きっと大丈夫だ。
同じように馬車で出かけた3回目、屋台で降りてみようと思った。今まで普通にやっていたことだ、大丈夫、大丈夫。
心を奮い立たせて馬車から踏み出した僕の足元に、いつもは食べたい屋台の前まで先に行って待っているブランがぴったりくっついて、あの屋台がいいと念話で伝えてくる。
アルが手を繋いで、屋台まで誘導してくれる。
お肉を注文して、焼きあがるのを待っているうちに、店主が僕たちに気づいた。
「兄さん、アイテムボックス持ちの。大丈夫ですかい?ホトで絡まれたって聞きましたよ」
「ああ、問題ない」
「スパイスの配合が自慢の肉なんですよ。食べて元気出してくださいな」
優しい言葉をかけてもらえた。
それからブランの食べたいお肉を何種類か買って、馬車に戻った。
ブランは久しぶりの屋台に満足している。でもずっと僕の足元にいてくれた。
「ブラン、お肉より僕のこと優先してくれて嬉しかった」
『(当たり前だろう)』
ありがとう。もふもふ。
一歩踏み出してみれば、結局何もなくて、何をそんなに恐れていたのか、自分でも分からなかった。
まだ近くに寄られるのは怖いし、元の通りになるにはもう少し時間がかかるかもしれないけど、アルとブランがいれば僕は大丈夫、そう思えた。
僕の今の目標は、またダンジョンに行けるようになることだ。
アルの訓練を見学したい、そう言った僕に、アルは最初躊躇していたけれど、無理はしないからと頼み込んだ。
お屋敷に来た当初、僕がアル愛用の剣さえも怖がったので、それ以降アルは僕の前で剣を見せない。シリウスとの訓練も、僕は見ていない。
けれど、少し離れたところでブランに抱き着いてアルの訓練を見てみたら、平気だった。素振りをしているアルを見ても平気だし、アルの剣も、自分に向けられなければ特に怖いとも思わない。
「戦っているところも見たいなあ」
『ならやってやろう』
急にブランがやる気になった。ブランとアルで戦うの?初めて見る!
結界を張ってるから気にせず魔法も使え。
その言葉で始まった訓練は、氷と火が飛び交って、これぞファンタジーって感じだった。他に言葉がみつからない。
ブランは全く動かず、氷の矢とか玉とか、かまいたちみたいなのを飛ばしていて、アルがそれをかわしてブランに近づこうとするんだけど、全然近づけないし、かわしきれずに攻撃を受けている。アルも剣と火魔法で飛んでくる氷や魔法をうち落としているけど、押されていて、完全にアルが遊ばれてる。
体勢を立て直したと思ったらその足元に氷の矢が飛んで、それを避けてまた体勢を崩し、ギリギリで避けながら反撃しようとしているけど、劣勢は明らかだ。
だいぶ粘ったけど、アルの魔力と体力が尽きたところで、終わった。
「すごい!アル、大丈夫?ポーションいる?」
「これくらいは平気だ。ブランも手加減してくれてるしな。ユウ、大丈夫だったか?戦闘に必死になってしまった」
「大丈夫だよ。すごかった。また見たい!」
『いいぞ。アルもしばらく戦闘から離れて、なまっているようだしな』
ずっと僕のそばにいてくれたので動きたかったのか、アルを翻弄したのが楽しかったのか、とにかくブランが上機嫌だ。
それから、鬼教官ブランによる特訓が毎日行われている。
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