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4章 もう一つのスキル
4-3. 武器への付与のトラウマ
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夏の終わりに、ホトのダンジョンがあふれた。
ホトは海に突き出した半島だ。今回のあふれたダンジョンは海中にあるようで、存在すら知られていなかった。海から海沿いの複数の街にモンスターが押し寄せているという。
海沿いの街は海からの侵略にとても弱い。海の魔獣が上陸することはほとんどないし、他国の侵略は長らくないので防衛のための施設も形だけだ。
中には泳げないモンスターもいるのだろうが、ダンジョンからあふれたモンスターが泳いで海沿いの街に上陸し、人を襲っている。
僕たちがその知らせを聞いた時にはすでに発生から7日経っていたが、収束が見えないため、物資の輸送を依頼された。
ダンジョン攻略報告はあふれの対応の後に行うことにし、キトキガの街へ物資を受け取りに行く。
そこでギルドと国の準備した物資を収納し、キトキガの領兵とギルドの同行の冒険者とともに、ホトへ出発する。
あふれの対応時、国軍が同行しない場合は冒険者が付くことになった。僕はギルドの依頼で国に協力しているからだ。キトキガの領兵は、ホト領に入ったところでホト領の兵士に交代する。名目上は護衛だが、実際は道案内や宿泊場所の調整だ。
キシカラ地方にいる国軍は、すでにあふれの現場に向かっている。僕が運んでいるのは、追加の物資だ。
戦場が複数の街に広がっているため、戦力を分散させられているし、海から来るので元を断てない。おそらく長期戦になる。
ホト領に入り、あふれのモンスターに襲われている街の外に設けられた野営地に荷物を届けていく。
次の野営地で終わるという時、たまたまアルが僕のそばを離れたその一瞬に、護衛の領兵が僕に頼んできた。
「領軍の武器に付与してください。お願いします」
「無理です」
「長引けば住民の被害が大きくなります。お願いです」
「武器に付与はしません」
「あの街は俺の故郷なんです。親や友達がいるんです。お願いします」
「できません。ごめんなさい」
「なんでだよ!前線にも行かず、守られて、あんたそれでも冒険者かよ!やれよ!」
兵士が僕に掴みかかろうとしたところで、ブランが兵士を押し倒して、大きく吠えた。
その声にアルや周りの兵士がこちらに駆けてくる。僕が覚えているのはそこまでだ。
武器に強化の付与をしないといけない。なんとか紋が書けたけど、まだ上手くできない。疲れたからもう眠りたい。
「これ、本当に強化されてるのか?」
「試し斬りしてみようぜ、こいつで」
「希少スキルが使えなくなったらヤバいだろ」
「こいつのためなら上級ポーションいくら使っても構わないから、問題ないさ」
「それはいいな。何度でも試せるな。アハハ」
「っやだ。やめて!いやあぁーーーーっ!!」
「ユウ、もう大丈夫だ。ユウ。ほら、ブランもここにいる。ユウ、大丈夫だ」
「離して!いや!!」
「大丈夫だ。大丈夫だから。もう終わったんだ。大丈夫、大丈夫だ」
「やめて。お願い。助けて」
「ユウ、こっちを見て、ユウ、こっちを見るんだ、ユウ」
「……アル?」
「そうだ。ブランもいる。ユウ、大丈夫だ。夢を見たんだ。もう大丈夫だから」
ああ、そうだ。あれはカイドでの夢だ。もう終わったんだ。今はアルとブランがいてくれる。
僕は何をしていたんだっけ。
兵士に武器への付与をするように詰め寄られたところで、僕はパニックを起こして意識を失い、さっき悪夢にうなされながら飛び起きたらしい。
そうだ、僕はホトにあふれの対応に来ていて、あれは過去のことだ。
そう思っても思い出した恐怖はあまりに鮮明で、アルとブランにくっついていた。離れるとカイドの悪夢が忍び寄って来そうで、怖かった。
アルはここで全ての荷物を渡してすぐに帰ろうと言ってくれたけど、受けた仕事は最後までやり遂げたい。最後の野営地までは行くと主張し、行って物資を渡したところであふれの対応の任務から離れ、そのままカザナラの別荘へ移動した。
今は人が多いところには行きたくない。人に会うのが怖い。
別荘までは馬車で移動した。最初の街で馬を借り、同行の冒険者に御者をお願いした。
馬車の中で、僕はアルに抱きしめられて、ふたりを大きくなったブランが包んでくれる。ブランのひんやりとした毛並みに心が落ち着いていく。アルの温もりに冷え切った心が温度を取り戻していく。
翌日にはカザナラの別荘に着いた。
アルとブランと、何もせずに部屋でのんびりと過ごしているが、悪夢にうなされるからあまり眠れない。迷惑ばっかりかけている、そう思うとますます気分が落ち込んでいく、そんな負のスパイラルに入りそうなときに、アルが言ってくれた。
前にうなされていた時も次第に落ち着いていった。今回も少しすれば眠れるようになる。心配しなくても大丈夫だ。
そうだ。アルと契約してモクリークに移動し、半年ほどして王都ニザナに移動したころから、僕はカイドの夢を見ては飛び起きるようになった。それまでも時々あったけど、ほぼ毎日のように悪夢にうなされるようになった。ここは安全だと、カイドを逃げ出してからずっと続いていた緊張が解けたのだろう。
あの時も、ブランとアルがうなされる僕を宥めてくれた。
ふたりがいてくれるから、大丈夫。
そう思えた時から、少しずつ悪夢も落ち着いて、眠れるようになった。
僕が落ち着いてから、アルがその後のことを教えてくれた。
ギルドが、これから5年間ホト領へ僕を派遣しないと公表し、国もギルドを支持すると声明を出した。
理由は、ギルドの発表では領兵による個人的な接触があったためとされていたが、街では、領軍の武器への付与を強硬に迫ったため従魔に反撃されたと、ほぼ事実そのままが噂されている。アルが同行していた冒険者に頼んで、わざと流したみたいだ。今後同じようなことがないように、それは必要なことだと分かる。
でも、彼は自分の故郷を守りたかっただけだ。されたことは嫌だったけど、彼の気持ちもわかる。このままだと彼の立場がなくなりそうで怖い。逆恨みされるのが、怖い。心が弱っているからか、少しのヘイトを向けられただけでも潰れそうな気がする。サジェルに対応させるから大丈夫だ、外のことは考えるな、そう言われて、アルがそう言うなら大丈夫なんだろうと、忘れることにした。
今は、ブランとアルの温もりだけ感じていたい。
カイドで何があったか、アルと契約してすぐに簡単には話したけれど、詳しいことは話せなかった。アルも聞いてこなかった。
ブランには、森の中で会ってすぐに、こんなことがあって、この世界にいるのはもう嫌なのだと、泣きながら話した。
だからあの時、もっと早く、兵士がしつこく言う前に止めるべきだった、とブランは言ってくれたけど、僕だってあそこでパニックを起こすとは思っていなかった。もう立ち直ったと思っていたのだ。
あれから僕は別荘でのんびり過ごしている。
ブランは僕のそばから離れない。今までだって離れなかったけど、今は必ず体のどこかに触れていてくれる。
アルもなるべく僕のそばにいてくれる。用事で離れることはあっても短時間だ。
眠れるようになって、だいぶ気持ちも前向きなって、庭に出ることもできるようになった。
僕たちが使っている部屋は少し奥まったところにあって、今回ここに来てからサジェル以外の使用人を見かけていない。庭に出ても、誰にも会わない。今はそれがありがたい。
ここの庭はそのまま林に続いている。林の中は魔物も来ないから小動物が住み着いていて、ブランと庭にいると、林から小動物が出てくることもある。
リスのような姿で、猫くらいの大きさのもふもふが、木の実をくわえてブランに近づいてきた。木の実はブランへのお供え物だろう。
かわいいなあ、触りたいなあ、と思っていたら、突然逃げて行った。もしかして僕の心の声が聞こえたのかと思ったけど、違ったみたいだ。
「ユウ、気分はどうだ?」
「アルが来たからもふもふが逃げた」
「もふもふ?」
『林の動物が来ていたのをユウが触りたそうに見ていたが、アルの気配で逃げた』
「それは悪かった。ユウ、客が来ているが、会うか?」
「お客さん?」
「シリウスの3人だ」
シリウスは、3人組の冒険者パーティーで、僕がこの国に来て最初にいた街テシコユダハのギルドで槍の初心者講習を受けた時に、メンバーの1人キリシュくんと一緒になった縁で付き合いがある。2年ほど前にはハザコアでCランクになっていた3人と一緒にダンジョンにも潜った。彼らなら会いたい。
「ユウくん、大丈夫?」
「キリシュくん、来てくれてありがとう」
「ホトで大変だったって。大丈夫か?」
「うん」
「怪我とかしてないみたいでよかったよ。ギルドの発表の後に、従魔が反撃したって噂が流れてさ、よっぽどのことだろうって道草のみんなも心配してたよ」
「スリナザルくんも、コーチェロくんも、ありがとう」
お屋敷から出ない僕のために、アルが呼んでくれたみたいだ。
応接室みたいなところで会っているけど、僕はアルにぴったりくっついて、足元にブランがいてくれる。シリウスのみんなには悪いとは思うけど、まだ離れるのは怖い。
「アルさんから連絡もらって、こっちのダンジョンに挑戦するのもいいかもって来たんだけど、こんな立派なお屋敷だと思ってなくて」
「僕も来てびっくりしたよ。でも、お友達呼ぶの初めてだ」
「いや、知ってたら呼ばれても来なかったよ。緊張する」
「今後貴族から指名依頼をもらうこともあるんだ、慣れていて損はないぞ」
僕たちは貴族の指名依頼を受けないと宣言して、ギルドも特例で受け付けないが、貴族の指名依頼は報酬が良いので人気だ。ただし面倒事もあるので、相手は選ぶ必要がある。
「貴族の指名依頼ってアルさんはどんなの受けたことあるんですか?」
「ドガイの時だがダンジョンのドロップ品の入手が多かったな。貴族の護衛でダンジョンに行くっていう依頼もあったぞ」
「どういうところが大変ですか?」
「一番は言葉遣いだな。ある程度は冒険者ってことで大目に見てもらえるが、いい顔はされない。学ぶなら、サジェルに言うといい」
「サジェルさん?」
「サジェルは王宮の侍従だったから、マナーは完璧だよ。僕は見逃してもらってるけど」
「恐れ入ります。では皆様には貴族の屋敷に招かれて滞在中というもてなしをいたしましょう」
「オテヤワラカニ、オネガイシマス」
片言になっているよ。
翌日の昼食は、貴族のお屋敷にご招待されて料理をご馳走になったという設定で給仕されたらしく、たくさん並ぶカトラリーや食べづらい料理に、モンスターのほうが難易度低いわ、と零していた。
部屋もベッドも汚したらどうしようと思うと、入るのが怖かった、と言っているのを聞いて、僕も思ってるから大丈夫だよと慰めたけど、これ慰めになるんだろうか。
その後、シリウスの3人はこの近くの中級ダンジョンに潜りに行った。
ダンジョンから出たら、またここに戻ってきてくれるので、それまでにはもう少し元気になっておきたい。
ホトは海に突き出した半島だ。今回のあふれたダンジョンは海中にあるようで、存在すら知られていなかった。海から海沿いの複数の街にモンスターが押し寄せているという。
海沿いの街は海からの侵略にとても弱い。海の魔獣が上陸することはほとんどないし、他国の侵略は長らくないので防衛のための施設も形だけだ。
中には泳げないモンスターもいるのだろうが、ダンジョンからあふれたモンスターが泳いで海沿いの街に上陸し、人を襲っている。
僕たちがその知らせを聞いた時にはすでに発生から7日経っていたが、収束が見えないため、物資の輸送を依頼された。
ダンジョン攻略報告はあふれの対応の後に行うことにし、キトキガの街へ物資を受け取りに行く。
そこでギルドと国の準備した物資を収納し、キトキガの領兵とギルドの同行の冒険者とともに、ホトへ出発する。
あふれの対応時、国軍が同行しない場合は冒険者が付くことになった。僕はギルドの依頼で国に協力しているからだ。キトキガの領兵は、ホト領に入ったところでホト領の兵士に交代する。名目上は護衛だが、実際は道案内や宿泊場所の調整だ。
キシカラ地方にいる国軍は、すでにあふれの現場に向かっている。僕が運んでいるのは、追加の物資だ。
戦場が複数の街に広がっているため、戦力を分散させられているし、海から来るので元を断てない。おそらく長期戦になる。
ホト領に入り、あふれのモンスターに襲われている街の外に設けられた野営地に荷物を届けていく。
次の野営地で終わるという時、たまたまアルが僕のそばを離れたその一瞬に、護衛の領兵が僕に頼んできた。
「領軍の武器に付与してください。お願いします」
「無理です」
「長引けば住民の被害が大きくなります。お願いです」
「武器に付与はしません」
「あの街は俺の故郷なんです。親や友達がいるんです。お願いします」
「できません。ごめんなさい」
「なんでだよ!前線にも行かず、守られて、あんたそれでも冒険者かよ!やれよ!」
兵士が僕に掴みかかろうとしたところで、ブランが兵士を押し倒して、大きく吠えた。
その声にアルや周りの兵士がこちらに駆けてくる。僕が覚えているのはそこまでだ。
武器に強化の付与をしないといけない。なんとか紋が書けたけど、まだ上手くできない。疲れたからもう眠りたい。
「これ、本当に強化されてるのか?」
「試し斬りしてみようぜ、こいつで」
「希少スキルが使えなくなったらヤバいだろ」
「こいつのためなら上級ポーションいくら使っても構わないから、問題ないさ」
「それはいいな。何度でも試せるな。アハハ」
「っやだ。やめて!いやあぁーーーーっ!!」
「ユウ、もう大丈夫だ。ユウ。ほら、ブランもここにいる。ユウ、大丈夫だ」
「離して!いや!!」
「大丈夫だ。大丈夫だから。もう終わったんだ。大丈夫、大丈夫だ」
「やめて。お願い。助けて」
「ユウ、こっちを見て、ユウ、こっちを見るんだ、ユウ」
「……アル?」
「そうだ。ブランもいる。ユウ、大丈夫だ。夢を見たんだ。もう大丈夫だから」
ああ、そうだ。あれはカイドでの夢だ。もう終わったんだ。今はアルとブランがいてくれる。
僕は何をしていたんだっけ。
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そうだ、僕はホトにあふれの対応に来ていて、あれは過去のことだ。
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馬車の中で、僕はアルに抱きしめられて、ふたりを大きくなったブランが包んでくれる。ブランのひんやりとした毛並みに心が落ち着いていく。アルの温もりに冷え切った心が温度を取り戻していく。
翌日にはカザナラの別荘に着いた。
アルとブランと、何もせずに部屋でのんびりと過ごしているが、悪夢にうなされるからあまり眠れない。迷惑ばっかりかけている、そう思うとますます気分が落ち込んでいく、そんな負のスパイラルに入りそうなときに、アルが言ってくれた。
前にうなされていた時も次第に落ち着いていった。今回も少しすれば眠れるようになる。心配しなくても大丈夫だ。
そうだ。アルと契約してモクリークに移動し、半年ほどして王都ニザナに移動したころから、僕はカイドの夢を見ては飛び起きるようになった。それまでも時々あったけど、ほぼ毎日のように悪夢にうなされるようになった。ここは安全だと、カイドを逃げ出してからずっと続いていた緊張が解けたのだろう。
あの時も、ブランとアルがうなされる僕を宥めてくれた。
ふたりがいてくれるから、大丈夫。
そう思えた時から、少しずつ悪夢も落ち着いて、眠れるようになった。
僕が落ち着いてから、アルがその後のことを教えてくれた。
ギルドが、これから5年間ホト領へ僕を派遣しないと公表し、国もギルドを支持すると声明を出した。
理由は、ギルドの発表では領兵による個人的な接触があったためとされていたが、街では、領軍の武器への付与を強硬に迫ったため従魔に反撃されたと、ほぼ事実そのままが噂されている。アルが同行していた冒険者に頼んで、わざと流したみたいだ。今後同じようなことがないように、それは必要なことだと分かる。
でも、彼は自分の故郷を守りたかっただけだ。されたことは嫌だったけど、彼の気持ちもわかる。このままだと彼の立場がなくなりそうで怖い。逆恨みされるのが、怖い。心が弱っているからか、少しのヘイトを向けられただけでも潰れそうな気がする。サジェルに対応させるから大丈夫だ、外のことは考えるな、そう言われて、アルがそう言うなら大丈夫なんだろうと、忘れることにした。
今は、ブランとアルの温もりだけ感じていたい。
カイドで何があったか、アルと契約してすぐに簡単には話したけれど、詳しいことは話せなかった。アルも聞いてこなかった。
ブランには、森の中で会ってすぐに、こんなことがあって、この世界にいるのはもう嫌なのだと、泣きながら話した。
だからあの時、もっと早く、兵士がしつこく言う前に止めるべきだった、とブランは言ってくれたけど、僕だってあそこでパニックを起こすとは思っていなかった。もう立ち直ったと思っていたのだ。
あれから僕は別荘でのんびり過ごしている。
ブランは僕のそばから離れない。今までだって離れなかったけど、今は必ず体のどこかに触れていてくれる。
アルもなるべく僕のそばにいてくれる。用事で離れることはあっても短時間だ。
眠れるようになって、だいぶ気持ちも前向きなって、庭に出ることもできるようになった。
僕たちが使っている部屋は少し奥まったところにあって、今回ここに来てからサジェル以外の使用人を見かけていない。庭に出ても、誰にも会わない。今はそれがありがたい。
ここの庭はそのまま林に続いている。林の中は魔物も来ないから小動物が住み着いていて、ブランと庭にいると、林から小動物が出てくることもある。
リスのような姿で、猫くらいの大きさのもふもふが、木の実をくわえてブランに近づいてきた。木の実はブランへのお供え物だろう。
かわいいなあ、触りたいなあ、と思っていたら、突然逃げて行った。もしかして僕の心の声が聞こえたのかと思ったけど、違ったみたいだ。
「ユウ、気分はどうだ?」
「アルが来たからもふもふが逃げた」
「もふもふ?」
『林の動物が来ていたのをユウが触りたそうに見ていたが、アルの気配で逃げた』
「それは悪かった。ユウ、客が来ているが、会うか?」
「お客さん?」
「シリウスの3人だ」
シリウスは、3人組の冒険者パーティーで、僕がこの国に来て最初にいた街テシコユダハのギルドで槍の初心者講習を受けた時に、メンバーの1人キリシュくんと一緒になった縁で付き合いがある。2年ほど前にはハザコアでCランクになっていた3人と一緒にダンジョンにも潜った。彼らなら会いたい。
「ユウくん、大丈夫?」
「キリシュくん、来てくれてありがとう」
「ホトで大変だったって。大丈夫か?」
「うん」
「怪我とかしてないみたいでよかったよ。ギルドの発表の後に、従魔が反撃したって噂が流れてさ、よっぽどのことだろうって道草のみんなも心配してたよ」
「スリナザルくんも、コーチェロくんも、ありがとう」
お屋敷から出ない僕のために、アルが呼んでくれたみたいだ。
応接室みたいなところで会っているけど、僕はアルにぴったりくっついて、足元にブランがいてくれる。シリウスのみんなには悪いとは思うけど、まだ離れるのは怖い。
「アルさんから連絡もらって、こっちのダンジョンに挑戦するのもいいかもって来たんだけど、こんな立派なお屋敷だと思ってなくて」
「僕も来てびっくりしたよ。でも、お友達呼ぶの初めてだ」
「いや、知ってたら呼ばれても来なかったよ。緊張する」
「今後貴族から指名依頼をもらうこともあるんだ、慣れていて損はないぞ」
僕たちは貴族の指名依頼を受けないと宣言して、ギルドも特例で受け付けないが、貴族の指名依頼は報酬が良いので人気だ。ただし面倒事もあるので、相手は選ぶ必要がある。
「貴族の指名依頼ってアルさんはどんなの受けたことあるんですか?」
「ドガイの時だがダンジョンのドロップ品の入手が多かったな。貴族の護衛でダンジョンに行くっていう依頼もあったぞ」
「どういうところが大変ですか?」
「一番は言葉遣いだな。ある程度は冒険者ってことで大目に見てもらえるが、いい顔はされない。学ぶなら、サジェルに言うといい」
「サジェルさん?」
「サジェルは王宮の侍従だったから、マナーは完璧だよ。僕は見逃してもらってるけど」
「恐れ入ります。では皆様には貴族の屋敷に招かれて滞在中というもてなしをいたしましょう」
「オテヤワラカニ、オネガイシマス」
片言になっているよ。
翌日の昼食は、貴族のお屋敷にご招待されて料理をご馳走になったという設定で給仕されたらしく、たくさん並ぶカトラリーや食べづらい料理に、モンスターのほうが難易度低いわ、と零していた。
部屋もベッドも汚したらどうしようと思うと、入るのが怖かった、と言っているのを聞いて、僕も思ってるから大丈夫だよと慰めたけど、これ慰めになるんだろうか。
その後、シリウスの3人はこの近くの中級ダンジョンに潜りに行った。
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これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
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