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4章 もう一つのスキル

4-2. この世界で生きていく努力

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 ニザナからカザナラへと、途中の街を拠点に周りのダンジョンも攻略ながら、少しずつ進み、カザナラに着いたときは、季節がひとつ移ろっていた。
 別荘は内装工事も終わり、使用人も揃っているという。

 完成した馬車で、別荘へと乗り入れる。
 お屋敷に入ると、使用人が勢揃いして、お帰りなさいませ、と頭を下げた。どう振る舞ってよいのかわからず、ちょっとずつアルの後ろに隠れるように移動していたら、アルに捕まった。
 これからよろしく頼む、というアルの横で、頭を下げたら、サジェルさんから使用人に頭を下げる必要はないと、指摘される。玄関ですでに心が折れそうです。

 まずはお部屋へ、と案内されたのは、日当たりのいい2階の広い部屋だ。広いバルコニー、広いトイレ、広い寝室、広いお風呂、広いウォークインクローゼットがついている。トイレが広い必要性が、一般庶民の僕には分からない。センスのいい落ち着いた色調で統一されていて、それだけは僕の要望が通ったみたいだ。

 次に執務室へ、と1階の書斎のような部屋に案内された。
 だれがお仕事するんだろう?と思いながら、棚に並べられた本を眺めていたら、サジェルさんから質問された。1度のダンジョン攻略における収支を把握しているか、と。
 知らない。ブランのお肉をたくさん買って、ドロップ品のお金がたくさん入ってくる。入ってくる方が多いから、困っていない。
 アルも細かいことは把握してないみたいだ。僕たちふたりでどんぶり勘定だな。執事ってこんなこともしてくれるんだ。

「サジェルさんにお任せします」
「ユウ様、使用人に対しては、」
「サジェル、ユウの言動には口を出すな。先に風呂の準備を。ユウ、悪かった。宿に移動するか?」

 サジェルさんの言葉に僕が委縮してしまったのを感じたアルが、優しく抱き込んで背中をなでてくれるので、僕は首を振った。

「大丈夫。でも僕が思ってた家は、あの部屋くらいの大きさで、アルとブランと3人だけで住むんだって」
「冒険者を引退したら、そういう家に住もう。ここの使用人とは俺がやり取りするから、ユウはしなくていいから」
「でも」
「ユウ、ユウがくつろげるようにするのが彼らの仕事だ。彼らがいるとユウはくつろげないだろう?」
「そうだけど」
「サジェルには、必要だと思うことは指摘するように言ってあったから、ああいう態度になってしまった。すまない」

 違う。僕がこの世界の常識に馴染めないのがいけないのだ。
 僕は、身分というものがうまく飲みこめない。法の下に人は平等なのだと、そうなくてはならないのだと、15年間教えられて育ったのだ。頭ではこの世界のルールなのだと分かっていても、根付いた考え方は抜けない。
 僕が王族や貴族を避けている理由はこれだ。全く意識していないところで、地雷を踏みそうで怖い。

 僕が日本とこの世界のずれに戸惑っているときは、僕がこの世界に合わせなくていいように、アルがフォローしてくれる。それは日本に帰るのを諦めきれない僕への配慮なのだろう。だけどいつまでも甘えててはいけないと思う。
 少しずつ、この世界で生きていく努力をしていこう。

「アルは僕がこういうことに慣れる必要があると思ってるんでしょう?」
「ああ。だが急ぎすぎた。悪い」
「アル、教えて。なんで必要だと思ったのか、何に慣れたほうがいいのか」

 アルが、説明してくれた。
 この別荘を買ったのは、ここがもともと王族の持ち物だからだ。今まで国と直接かかわりを持つのを避けてきた僕たちだが、国とも良好な関係だと他の国へのアピールになる。
 そして今後はあふれの対応で各地の領主と会うことが増える。普段接触は禁止されているが、あふれの時だけは会えるのだから、取り込むためにあの手この手で来る可能性がある。その時に足元をすくわれないように、貴族の内情に詳しいものが欲しかった。それがサジェルだ。おそらくそのために王が送り込んできていると思っている。
 ユウには、貴族が近づいてきても、上手くかわせるようになってほしい。

「ありがとう。アルにばっかり負担かけてごめんなさい。これからは頑張るね」
「少しずつな。まずは風呂に入るか?」
「入る!」

 難しいことは全部棚上げして、広いお風呂は最高でした!


 アルとサジェルと、今後について決めた。
 まず、サジェルと呼び捨てにすること。
 僕たちの滞在中、部屋には使用人は入らないこと。食事は部屋ですること。
 僕たちの資産の管理をサジェルに任せるため、ギルドカードの残高をサジェルも照会できるようにし、僕たちが大きな金額を動かすときはサジェルに伝えること。
 貴族相手に対応に困ったときは「後程連絡する」と言って返答しないで、すぐサジェルに知らせること。

 僕が狙われるのはアルと離れた時で、押しに弱いと気付かれて、ごり押しされる可能性が高いらしい。
 また、従魔になにかをされたといってくる可能性もあるので、ブランと使用人などが僕の見ていないところで接近しないように気をつけなければいけないらしい。ブランが僕から離れることはないので、それは問題ない。ブランが僕から目を離せない、という理由で。

「ブランはこのお屋敷気に入った?」
『宿より部屋が広いのはいいな』
「明日は庭でのんびりしようか」

 ブランが気に入ってくれたなら、嬉しい。


 僕は3つスキルを持っている。アイテムボックス、付与、テイムだ。
 テイムはブランと契約したおまけらしいので、一生出番はない。ブラン以外とも契約できるらしく、もふもふ天国が作れる!と思ったけど、猫もいいよねっと言ったらブランに白い目で見られたので諦めた。悔しくなんかない。

 僕は、この世界に迷い込んで5年たって、付与スキルを伸ばしていく決意を初めてした。この世界でアルとブランと生きていくために。
 かつてカイドのギルドで武器への付与を強制されていて、その時の嫌な記憶があるので、武器の付与はもうやりたくない。他の付与を使えるようになりたい。
 でも付与スキルを使いこなすためにはまず、魔力操作訓練、無属性魔法の練習、そして付与魔法の練習をする必要がある。

 付与は、紋を対象に書いて、魔法を発動させる。紋は意味を持つものではなく、各自が好きに作ってよい、ただの記号だ。
 発動する魔法の種類を決めるのは何かというと、紋を書くときに乗せる魔力である。発動させたい魔法を魔力に乗せる。それはつまり、自分が発動できない魔法を付与することはできない、ということを意味する。
 僕には付与スキルがあるので、魔力を乗せて紋を書くという部分はできる。けれど、紋に乗せる魔法は、自分が発動できる魔法に限られ、その部分にはスキル補正がかからない。自分で習得するしかないのだ。
 この世界、ファンタジーならもうちょっとイージーモードでいいんじゃないの?と思うことがときどきある。

 では僕が発動できる魔法にはなにがあるのか。それには魔法の属性が関わる。

 魔法には風水土火といった属性と、属性をもたない無属性があり、属性魔法は魔素に属性を付け加え、無属性魔法は魔素をそのまま使用する。
 魔素をそのまま扱うことは皆大なり小なり出来るが、魔素に属性を付けられるかどうかは人によって異なり、できる属性のことを適性がある属性と呼ぶ。
 アルは火魔法スキルを持っているので、魔素に火属性を付け加えることができるが、風属性にも適性があり、火魔法ほどではないが風魔法も使える。
 では僕はというと、ブランによれば水属性にかろうじて適性があるが、他は全く適性はないらしい。ブランと契約したことで氷属性がついているが、これは契約を解除すると使えなくなる。つまり僕が発動できる魔法は、誰でも使える無属性魔法と、ブランのおこぼれの氷魔法だ。水魔法は、頑張れば少しは使えるかもしれない、くらい。
 ちなみにブランは氷を司る神獣なので氷属性の魔法が得意だが、そもそも魔法全般に関して神様チートだ。

 次に魔法を発動させるためには、魔力操作が必要になる。

 魔法を発動させるためには、魔力を体外に出力する必要があり、出力量や継続時間を調整して威力や効果範囲を変えていく。この量や時間を自由自在に操れるようになることが、まず最初の難関である。ここを補正してくれるスキルはない。
 日常でちょっとした魔法を使うくらいなら魔力を体外に出せるようになるだけでいいが、戦闘で使うためには、出力も時間もコントロールして節約していかないと、魔力が枯渇してしまう。
 この魔力操作訓練、僕はかなり苦戦した。早ければ数日、遅くても2週間もあれば体外に魔力を出せるようになるらしいのだが、1月以上かかった。体外に出せるようになってからも、コントロールが上手くいかなかった。最近やっとコントロールできるようになってきたところだ。

 魔力操作ができるようになって、やっと魔法を発動する許可が出た。

 といっても、ずっと使いたかったクリーンと、明かりのライトだけだ。コントロールが完全ではないので、暴発すると危険な魔法の許可は出ていない。
 ライトは、ただ光るだけで、失敗しても眩しすぎて目が痛くなる以外の危険がなく、持続時間や明るさの調整などの発動結果が見やすいので、初心者の練習によく使われる無属性魔法だ。浄化などの効果が付く光魔法とは異なる。
 どういう魔法の効果を出すか、それはイメージするだけなので簡単なのだが、同じ明るさで同じ場所に一定時間明かりを出しておく、それが魔力操作が苦手な僕には難しい。明滅したり、明かりがどこかに行っちゃったり、すぐ消えたりするのだ。

 ライトの魔法が発動するようになったところで、付与魔法の練習も始まった。
 小さな無属性の魔石に、ライトを付与する。魔石はダンジョンのドロップ品を大量に持っているので、元手を気にせず練習できる。付与魔法スキルを持つ多くの人が、貴族の支援を受けているのは、この魔石など魔力を内包するものを手に入れるのが大変だからだ。
 魔石が光る、その光量と時間を調整するために、紋に乗せる魔力を調整しなければならないが、これも魔力操作だ。

 結局のところ、基礎である魔力操作が上手くできないので、魔法の発動も上手くいかないし、付与も安定しない。何事も基礎が大事、練習あるのみである。つらい。

「魔力のないところで育ったのに、ユウは頑張ってる」

 アルが褒めてくれるから、もうちょっと頑張ろう。僕は褒められて伸びるタイプだったようだ。
 カイドでの武器付与では、付与スキルが補正して紋を書くときに乗るわずかな魔力に、武器の強化の無属性魔法がなんとなく乗っていたようだ。とういことは効果も推して知るべしである。武器への付与は二度とやりたくないが、アルの防具になら付与をしてもいいかも。

 ところで、僕には付与を使って作りたいものがあった。「時間停止のマジックバッグ」である。
 僕が、というよりも、アイテムボックススキル保持者が狙われるのは、時間が停止する容量無制限の収納を持っているからだ。時間停止のマジックバッグを作れるようになって普及すれば、きっと狙われることもなくなる。だから作りたかったのだ。
 けれど、時間停止のマジックバッグを作るには、時間や空間に干渉する魔法が必要だ。しかし、時間や空間に干渉する魔法は人には使えない。そして、自分の使えない魔法は付与できない。諦めるしかなかった。

 今目標にしているのは、「クリーン」の付与だ。テントや部屋にクリーンを付与できれば、お掃除いらず手間いらずだ。
 テントは布なので、殆ど魔力を内包しておらず付与魔法の対象ではないが、付与スキルなら付与できる。だが、魔力の乗せ方がより難しい。
 とにかく練習あるのみだ。
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