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7. エリクサーより価値のある尻尾
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最下層から地上に戻り、そのままダンジョン攻略報告のためギルドへ行く。
ダンジョンからギルドまで、門の外でも街中でもかなり注目を集めている。無事だったんだな、と話しているのが聞こえるので、ユウくんを襲ったやつらはすでに戻ってきて、噂が広がっているようだ。
ギルドに着くと、ギルドの会議室に通され、ギルドマスターがすぐに来て、ユウくんを襲ったやつらのことを説明してくれた。襲った3人はすでに領主に引き渡していて国が処罰を決めるが、ギルドの追放は決まっていて、俺にモンスターを押し付けたパーティーはCランクに降格だ。
それを聞いてアルさんが、ユウくんを先に宿に帰し、ドライジンのメンバー1人が宿まで送って行った。
それから襲われた時の状況を説明し、俺も何があったのか聞かれて答え、そのままダンジョン攻略の聞き取り調査を受けていたら、部屋の外が騒がしくなり領主が入ってきた。アルさんはこれが分かっていて、ユウくんを帰したのか。
謝罪は伝えておくというアルさんに、ユウくんに会って謝りたいと領主が食い下がるが、アルさんは一切取り合わない。ギルドマスターもこれ以上の騒ぎはやめてくれと言っているが領主が引かない。ユウくんと繋がりを作りたいんだろうなあ。
膠着した状況に道草が、ユウくんが帰る前に渡してくれたドロップ品を並べて、引き取るものと買い取りに出すものの選別をし始めた。聞き取り調査の途中だから俺たちも帰れないが、さすがに領主がいるところでドロップ品を選別する度胸はない。
結局、ドライジンのリーダーの、これ以上しつこくすると彼らがすぐに街を出て行くのでは、という言葉に領主が引き下がった。かなり早い段階でアルさんは一切しゃべらなくなったから、説得力がありすぎる。
領主が帰るのを見送りにギルドマスターも出て行く姿を見ながら、あのギルマスは降格だな、とドライジンのリーダーが言ったのを聞いて、アルさんが苦笑している。
俺たちがよく分からないという顔をしていたのか、説明してくれた。国は貴族にユウくんへの接触を禁じているし、ギルドも国や貴族からの指名依頼は受けないと言っているのに、面会の場をギルドで作ってしまった。領主に押し切られたのだろうし、結局会えなかったが、アルさんがユウくんを帰していなければ、会うことになっていたのだ。これを許せば、ギルドを通せば会えることになってしまうので、ギルマスの処分は免れないらしい。ギルマス大変だなあ。
そこから、ギルドの職員も早めに切り上げましょう、と聞き取り調査をささっと終わらせてくれた。まあ俺たちは横で聞いていただけなんだが。
聞き取り調査が終わってすぐ、巻き込んで悪かったな、とドライジンと道草にウォーターボトルを1本ずつ渡して、アルさんは宿に帰って行った。
俺たちは、そのまま会議室を使っていいと言われたので、そこでドロップ品の選別をして、買い取りに出すものは出した。1つずつの価値はそうでなくても、それなりの量のドロップ品は、怖くて安宿には持って帰れない。
ユウくんたちとダンジョンを攻略して、周りが変わった。俺たちのことをチキンとか荷物持ち専用だとか言っていた同年代のやつらが、一緒に潜ろうとすり寄ってくるようになった。パーティーに入りたいというやつもいるが、まったく信用できないので1回断った後は無視している。
ドライジンも見習いの参加希望が今までどころではなく増え、お前らは絡まれていないか?と心配してくれた。道草も荷物持ちを申し出るパーティーが殺到しているので、お互い勧誘から逃れるために、最近はずっと一緒に行動している。
ただ、ユウくんを襲った冒険者が奴隷落ちしたと発表され、さらに、本当は俺にモンスターを押し付けたことで降格になったパーティーについて、ユウくんたちの戦闘の邪魔をしたから降格になったという噂が広がった。ギルドマスターも最近見ないので首になったのではという噂もあり、強引に繋がりを持とうとすると降格や追放されるのではないかと、俺たちへの接触も少し落ち着いてきた。
ユウくんたちが上級ダンジョンを攻略して帰ってきた後、雪が解けたらホオカヤチに移動するからその前にもう一度一緒にダンジョンに行こうと誘われ、深く考えずに同意したが、今度は上級ダンジョンのしかも2つあるうちの難易度が高いほうだ。道草も最下層近くは自分のことで精いっぱいで、俺たちの護衛はできないと言っているが、アルさんは1回攻略しているし、ブランがいるからシリウスの安全はこちらで保証すると言っている。これはユウくんが乗り気だから断れないやつだ。
「俺たち上級ダンジョン、攻略に立ち会ったことないのに」
「そうなの?荷物持ちでも行かないの?」
「ユウ、上級ダンジョンの荷物持ちは、普通途中で引き返すんだ。最下層まではいかない」
ユウくん、ダンジョンの常識全然わかってないな。興味なさそうにふーんって言いながら、ウルフを撫でまわしている。
ちなみになんで上級ダンジョンでも難易度の高いほうになったかと言うと、下層でミノタウロスからドロップする肉をウルフが気に入ったからだそうだ。
前のように前日に食料の買い出しをして、上級ダンジョンに現地集合して、早々に潜る。
上級ダンジョンの上層は適性ランクがBランクだが、浅いところはCランクも潜る。冒険者で一番多いのはCランクなので、上層も中層に近い辺りになると、人が少なくなる。今回はユウくんの戦闘訓練はせず、上層の半分以上を一気に進んだ。
そこから中層の前半までは、俺たちも戦闘に加わらせてもらったが、中層も半ばになると俺たちは完全に足手まといなので、ユウくんと一緒に見学になった。この辺りは荷物持ちでも来ることのない階層なので、モンスターも、それ対応するアルさんたちの戦い方も、見ているだけで勉強になる。あのモンスターの弱点は、とギルドで見た本の内容を思い出していると、護衛についているドライジンのメンバーが答え合わせをしてくれるので、記憶に残りやすい。
下層に入り、中層まではまだ俺たちでも運が良ければ倒せるかも、と思えていたモンスターが、出会った瞬間に死ぬな、と思うような強さになった。
ユウくんは朝はいつも眠そうだが、アルさんに起こされて、みんなの朝食を並べている。食料はアイテムボックス内なので頑張って起きてくれ。
朝方ウルフが抜け出していたが何かあったのか、というドライジンの見張りをしていたメンバーの質問に、アルさんがミノタウロス狩りに行っただけだから心配ないと言っているが、ユウくんは驚いてる。気付いてなかったようで、肉を食べてきたのに朝ご飯も食べるのか、とウルフに怒っているが、そこじゃないだろう。従魔が勝手に狩りに行くのも驚きだが、ウルフがダンジョンでユウくんから離れるのも驚きだ。アルさんもいるしセーフティーエリアだから安全なのか。
朝食後は、ウルフのために、再度ミノタウロス狩りになった。といってもウルフはユウくんと俺たちの護衛だから戦わない。ドライジンがドロップ品の肉の1つをウルフにとアルさんに渡したので、ユウくんはアイテムボックスから器を出して、そこにアルさんにクリーンをかけてもらった肉を載せてウルフの前に置いた。ホントに綺麗好きだよな。食べ過ぎておなか壊さないように注意しているが、このウルフ、病気になったりするのか?
その日は終日ウルフのためにミノタウロス狩りをして、ドロップの肉はユウくんがウルフのために全て買い取った。
最下層に近いところになると、道草だけではモンスターに無傷では対応しきれなくなり、アルさんが臨時メンバーとして一緒に戦っている。ドライジンはこのダンジョンを攻略したことがあるので危なげなく戦っている様に見えるが、それでも余裕はないらしい。
一度だけモンスターが1体俺たちのほうまで来てしまったことがあり、ドライジンも道草もそれを見ても自分たちの戦闘から手を離せずに心配されたが、ウルフがさくっと倒してしまった。俺たちも自分たちのほうにモンスターが来て焦ったが、ユウくんは全く気にも留めておらず、近づく前に倒されてしまったモンスターにも、その攻撃にも、興味がなさそうだ。アルさんもユウくんも、ウルフの戦闘能力に絶対の自信があるらしい。上級ダンジョンの最下層のボスも、何の苦労もなく倒せそうなこのウルフ、本当に何物なんだろう。凶悪な気配などみじんも感じないのに、格が違うと思い知らされるような圧倒的な攻撃力だった。
最下層のボスは、ドライジンとアルさんの即席パーティーで、難なく倒された。出現した宝箱は、俺たちが開けさせてもらった。俺たちは何もしてないので断ったが、いつか自分たちの力でモンスターを宝箱に変えて開ける時の予行演習だと言われ、3人で一緒に緊張しながら上級ダンジョンの最下層ボスの宝箱を開けた。
大きな宝箱の中には、ポーションの瓶が1本だけ入っていた。中の液体は虹色に輝いている。
「エリクサーだ……!」
「え?これが?!」
これが伝説のエリクサーなのか。初めて見た。コーチェロとスリナザルと、俺たち夢見てるのかな、と言いながらドライジンが手に取ったエリクサーを食い入るように見つめていたが、ふと気づくとユウくんは興奮する俺たちをただ見ているだけだ。もしかしてエリクサーが何か分かってないのかな。
「ユウくん、どんな傷でも治せるエリクサーだよ。すごいよ!」
「うん、見たことあるよ」
「え?」
聞くと、既に王都のダンジョンで出て、既に持っているらしい。
そしてユウくんが見ていたのは、興奮でバサバサ動いている俺の尻尾だった。尻尾に合わせて視線がうろうろしている。ユウくんにはエリクサーよりも尻尾なのか?!
アルさんが、ドライジンに、売るなら買い取るし、欲しいなら半額払ってくれればいいと交渉している。すでに持っているからこその交渉だろう。でなければ、このエリクサーをどうするかで揉め事が発生してもおかしくない。
複数パーティー合同でダンジョン攻略すると、ドロップ品の扱いで揉めることが多い。事前に取り決めはしていても、いざ希少なドロップ品が1つだけ出た場合は、どうしても揉めてしまうのだ。今回は、最下層のドロップはドライジンとアルさんで半分ずつにすることが決まっていたので、ギルドの買取価格の半額を払うか貰うかの交渉になっている。
ドライジンはかなり悩んで、結局売ることに決めた。超高額になるエリクサーの買取価格の半額を払うのが厳しかったからだ。それをさっと払えるユウくんたちの財産はどうなっているんだろう。アイテムボックスの中にはとんでもないものが入っていそうだ。
春になってユウくんたちは、ホオカヤチへ移動して行った。
しばらくはユウくんたちの噂でもちきりだったギルド内も、少しずつ日常に戻って行く。
俺たちの周りも、波が引くように落ち着いた。あいつら結局置いて行かれたのかよ、というコソコソと話す声が聞こえるが、そもそも一緒に行くつもりなど双方ともにない。俺たちのパーティーに入りたがった冒険者は、ユウくんがこの街を出ても行動を共にすることを期待していたのだと、終わってから気付いた。アルさんが一気にSランクへ駆けあがったように、自分もパーティーに入れてもらえれば、という思惑があったのだ。当事者として渦中にいると見えないものだな。
一緒にダンジョンに潜ってみて分かったけど、アルさんは文字通り死線を潜り抜けてきたからこそ強くなったのだろう。ユウくんが、ウルフがなかなか助けてくれないと愚痴をこぼしていたのは、おそらくギリギリまで一人で戦わせるためだ。そんな命を懸けたスパルタ、俺は遠慮したい。
相変わらず単独では中級ダンジョンを慎重に進み、荷物持ちをしている俺たちは、以前のように荷物持ち専用パーティーとして見向きもされなくなった。
ドライジンが時々荷物持ちに使ってくれるようになったのが、唯一変わったことだ。この街最強のSランクパーティーに気に入ってもらえたのは、かなり心強い。
あの中級ダンジョンで、俺が危うく死ぬかもしれない状況になったことは、俺たちパーティーをさらに慎重にさせた。あのメンバーで、危険などなさそうなあの場面で起きたのだ。
あの時、俺たちのパーティーに加わっていたアルさんもドライジンの魔法使いも、俺たちに経験を積ませようとサポートに徹していてくれた。それに甘えて注意がおろそかになっていたわけではなかったけれど、結果的には危うい状況に陥った。ユウくんのウルフがいなければ、死ななくても大怪我はしていただろう。危険などどこにでも転がっている。
それに、アルさんやドライジンの戦闘を間近で見て、ちょっと無理したくらいではあのレベルまでたどり着けないと思い知らされた。
安全を確保しながら、地道に努力するしていくしかない。焦らず、少しずつ、力をつけていこう。
ダンジョンからギルドまで、門の外でも街中でもかなり注目を集めている。無事だったんだな、と話しているのが聞こえるので、ユウくんを襲ったやつらはすでに戻ってきて、噂が広がっているようだ。
ギルドに着くと、ギルドの会議室に通され、ギルドマスターがすぐに来て、ユウくんを襲ったやつらのことを説明してくれた。襲った3人はすでに領主に引き渡していて国が処罰を決めるが、ギルドの追放は決まっていて、俺にモンスターを押し付けたパーティーはCランクに降格だ。
それを聞いてアルさんが、ユウくんを先に宿に帰し、ドライジンのメンバー1人が宿まで送って行った。
それから襲われた時の状況を説明し、俺も何があったのか聞かれて答え、そのままダンジョン攻略の聞き取り調査を受けていたら、部屋の外が騒がしくなり領主が入ってきた。アルさんはこれが分かっていて、ユウくんを帰したのか。
謝罪は伝えておくというアルさんに、ユウくんに会って謝りたいと領主が食い下がるが、アルさんは一切取り合わない。ギルドマスターもこれ以上の騒ぎはやめてくれと言っているが領主が引かない。ユウくんと繋がりを作りたいんだろうなあ。
膠着した状況に道草が、ユウくんが帰る前に渡してくれたドロップ品を並べて、引き取るものと買い取りに出すものの選別をし始めた。聞き取り調査の途中だから俺たちも帰れないが、さすがに領主がいるところでドロップ品を選別する度胸はない。
結局、ドライジンのリーダーの、これ以上しつこくすると彼らがすぐに街を出て行くのでは、という言葉に領主が引き下がった。かなり早い段階でアルさんは一切しゃべらなくなったから、説得力がありすぎる。
領主が帰るのを見送りにギルドマスターも出て行く姿を見ながら、あのギルマスは降格だな、とドライジンのリーダーが言ったのを聞いて、アルさんが苦笑している。
俺たちがよく分からないという顔をしていたのか、説明してくれた。国は貴族にユウくんへの接触を禁じているし、ギルドも国や貴族からの指名依頼は受けないと言っているのに、面会の場をギルドで作ってしまった。領主に押し切られたのだろうし、結局会えなかったが、アルさんがユウくんを帰していなければ、会うことになっていたのだ。これを許せば、ギルドを通せば会えることになってしまうので、ギルマスの処分は免れないらしい。ギルマス大変だなあ。
そこから、ギルドの職員も早めに切り上げましょう、と聞き取り調査をささっと終わらせてくれた。まあ俺たちは横で聞いていただけなんだが。
聞き取り調査が終わってすぐ、巻き込んで悪かったな、とドライジンと道草にウォーターボトルを1本ずつ渡して、アルさんは宿に帰って行った。
俺たちは、そのまま会議室を使っていいと言われたので、そこでドロップ品の選別をして、買い取りに出すものは出した。1つずつの価値はそうでなくても、それなりの量のドロップ品は、怖くて安宿には持って帰れない。
ユウくんたちとダンジョンを攻略して、周りが変わった。俺たちのことをチキンとか荷物持ち専用だとか言っていた同年代のやつらが、一緒に潜ろうとすり寄ってくるようになった。パーティーに入りたいというやつもいるが、まったく信用できないので1回断った後は無視している。
ドライジンも見習いの参加希望が今までどころではなく増え、お前らは絡まれていないか?と心配してくれた。道草も荷物持ちを申し出るパーティーが殺到しているので、お互い勧誘から逃れるために、最近はずっと一緒に行動している。
ただ、ユウくんを襲った冒険者が奴隷落ちしたと発表され、さらに、本当は俺にモンスターを押し付けたことで降格になったパーティーについて、ユウくんたちの戦闘の邪魔をしたから降格になったという噂が広がった。ギルドマスターも最近見ないので首になったのではという噂もあり、強引に繋がりを持とうとすると降格や追放されるのではないかと、俺たちへの接触も少し落ち着いてきた。
ユウくんたちが上級ダンジョンを攻略して帰ってきた後、雪が解けたらホオカヤチに移動するからその前にもう一度一緒にダンジョンに行こうと誘われ、深く考えずに同意したが、今度は上級ダンジョンのしかも2つあるうちの難易度が高いほうだ。道草も最下層近くは自分のことで精いっぱいで、俺たちの護衛はできないと言っているが、アルさんは1回攻略しているし、ブランがいるからシリウスの安全はこちらで保証すると言っている。これはユウくんが乗り気だから断れないやつだ。
「俺たち上級ダンジョン、攻略に立ち会ったことないのに」
「そうなの?荷物持ちでも行かないの?」
「ユウ、上級ダンジョンの荷物持ちは、普通途中で引き返すんだ。最下層まではいかない」
ユウくん、ダンジョンの常識全然わかってないな。興味なさそうにふーんって言いながら、ウルフを撫でまわしている。
ちなみになんで上級ダンジョンでも難易度の高いほうになったかと言うと、下層でミノタウロスからドロップする肉をウルフが気に入ったからだそうだ。
前のように前日に食料の買い出しをして、上級ダンジョンに現地集合して、早々に潜る。
上級ダンジョンの上層は適性ランクがBランクだが、浅いところはCランクも潜る。冒険者で一番多いのはCランクなので、上層も中層に近い辺りになると、人が少なくなる。今回はユウくんの戦闘訓練はせず、上層の半分以上を一気に進んだ。
そこから中層の前半までは、俺たちも戦闘に加わらせてもらったが、中層も半ばになると俺たちは完全に足手まといなので、ユウくんと一緒に見学になった。この辺りは荷物持ちでも来ることのない階層なので、モンスターも、それ対応するアルさんたちの戦い方も、見ているだけで勉強になる。あのモンスターの弱点は、とギルドで見た本の内容を思い出していると、護衛についているドライジンのメンバーが答え合わせをしてくれるので、記憶に残りやすい。
下層に入り、中層まではまだ俺たちでも運が良ければ倒せるかも、と思えていたモンスターが、出会った瞬間に死ぬな、と思うような強さになった。
ユウくんは朝はいつも眠そうだが、アルさんに起こされて、みんなの朝食を並べている。食料はアイテムボックス内なので頑張って起きてくれ。
朝方ウルフが抜け出していたが何かあったのか、というドライジンの見張りをしていたメンバーの質問に、アルさんがミノタウロス狩りに行っただけだから心配ないと言っているが、ユウくんは驚いてる。気付いてなかったようで、肉を食べてきたのに朝ご飯も食べるのか、とウルフに怒っているが、そこじゃないだろう。従魔が勝手に狩りに行くのも驚きだが、ウルフがダンジョンでユウくんから離れるのも驚きだ。アルさんもいるしセーフティーエリアだから安全なのか。
朝食後は、ウルフのために、再度ミノタウロス狩りになった。といってもウルフはユウくんと俺たちの護衛だから戦わない。ドライジンがドロップ品の肉の1つをウルフにとアルさんに渡したので、ユウくんはアイテムボックスから器を出して、そこにアルさんにクリーンをかけてもらった肉を載せてウルフの前に置いた。ホントに綺麗好きだよな。食べ過ぎておなか壊さないように注意しているが、このウルフ、病気になったりするのか?
その日は終日ウルフのためにミノタウロス狩りをして、ドロップの肉はユウくんがウルフのために全て買い取った。
最下層に近いところになると、道草だけではモンスターに無傷では対応しきれなくなり、アルさんが臨時メンバーとして一緒に戦っている。ドライジンはこのダンジョンを攻略したことがあるので危なげなく戦っている様に見えるが、それでも余裕はないらしい。
一度だけモンスターが1体俺たちのほうまで来てしまったことがあり、ドライジンも道草もそれを見ても自分たちの戦闘から手を離せずに心配されたが、ウルフがさくっと倒してしまった。俺たちも自分たちのほうにモンスターが来て焦ったが、ユウくんは全く気にも留めておらず、近づく前に倒されてしまったモンスターにも、その攻撃にも、興味がなさそうだ。アルさんもユウくんも、ウルフの戦闘能力に絶対の自信があるらしい。上級ダンジョンの最下層のボスも、何の苦労もなく倒せそうなこのウルフ、本当に何物なんだろう。凶悪な気配などみじんも感じないのに、格が違うと思い知らされるような圧倒的な攻撃力だった。
最下層のボスは、ドライジンとアルさんの即席パーティーで、難なく倒された。出現した宝箱は、俺たちが開けさせてもらった。俺たちは何もしてないので断ったが、いつか自分たちの力でモンスターを宝箱に変えて開ける時の予行演習だと言われ、3人で一緒に緊張しながら上級ダンジョンの最下層ボスの宝箱を開けた。
大きな宝箱の中には、ポーションの瓶が1本だけ入っていた。中の液体は虹色に輝いている。
「エリクサーだ……!」
「え?これが?!」
これが伝説のエリクサーなのか。初めて見た。コーチェロとスリナザルと、俺たち夢見てるのかな、と言いながらドライジンが手に取ったエリクサーを食い入るように見つめていたが、ふと気づくとユウくんは興奮する俺たちをただ見ているだけだ。もしかしてエリクサーが何か分かってないのかな。
「ユウくん、どんな傷でも治せるエリクサーだよ。すごいよ!」
「うん、見たことあるよ」
「え?」
聞くと、既に王都のダンジョンで出て、既に持っているらしい。
そしてユウくんが見ていたのは、興奮でバサバサ動いている俺の尻尾だった。尻尾に合わせて視線がうろうろしている。ユウくんにはエリクサーよりも尻尾なのか?!
アルさんが、ドライジンに、売るなら買い取るし、欲しいなら半額払ってくれればいいと交渉している。すでに持っているからこその交渉だろう。でなければ、このエリクサーをどうするかで揉め事が発生してもおかしくない。
複数パーティー合同でダンジョン攻略すると、ドロップ品の扱いで揉めることが多い。事前に取り決めはしていても、いざ希少なドロップ品が1つだけ出た場合は、どうしても揉めてしまうのだ。今回は、最下層のドロップはドライジンとアルさんで半分ずつにすることが決まっていたので、ギルドの買取価格の半額を払うか貰うかの交渉になっている。
ドライジンはかなり悩んで、結局売ることに決めた。超高額になるエリクサーの買取価格の半額を払うのが厳しかったからだ。それをさっと払えるユウくんたちの財産はどうなっているんだろう。アイテムボックスの中にはとんでもないものが入っていそうだ。
春になってユウくんたちは、ホオカヤチへ移動して行った。
しばらくはユウくんたちの噂でもちきりだったギルド内も、少しずつ日常に戻って行く。
俺たちの周りも、波が引くように落ち着いた。あいつら結局置いて行かれたのかよ、というコソコソと話す声が聞こえるが、そもそも一緒に行くつもりなど双方ともにない。俺たちのパーティーに入りたがった冒険者は、ユウくんがこの街を出ても行動を共にすることを期待していたのだと、終わってから気付いた。アルさんが一気にSランクへ駆けあがったように、自分もパーティーに入れてもらえれば、という思惑があったのだ。当事者として渦中にいると見えないものだな。
一緒にダンジョンに潜ってみて分かったけど、アルさんは文字通り死線を潜り抜けてきたからこそ強くなったのだろう。ユウくんが、ウルフがなかなか助けてくれないと愚痴をこぼしていたのは、おそらくギリギリまで一人で戦わせるためだ。そんな命を懸けたスパルタ、俺は遠慮したい。
相変わらず単独では中級ダンジョンを慎重に進み、荷物持ちをしている俺たちは、以前のように荷物持ち専用パーティーとして見向きもされなくなった。
ドライジンが時々荷物持ちに使ってくれるようになったのが、唯一変わったことだ。この街最強のSランクパーティーに気に入ってもらえたのは、かなり心強い。
あの中級ダンジョンで、俺が危うく死ぬかもしれない状況になったことは、俺たちパーティーをさらに慎重にさせた。あのメンバーで、危険などなさそうなあの場面で起きたのだ。
あの時、俺たちのパーティーに加わっていたアルさんもドライジンの魔法使いも、俺たちに経験を積ませようとサポートに徹していてくれた。それに甘えて注意がおろそかになっていたわけではなかったけれど、結果的には危うい状況に陥った。ユウくんのウルフがいなければ、死ななくても大怪我はしていただろう。危険などどこにでも転がっている。
それに、アルさんやドライジンの戦闘を間近で見て、ちょっと無理したくらいではあのレベルまでたどり着けないと思い知らされた。
安全を確保しながら、地道に努力するしていくしかない。焦らず、少しずつ、力をつけていこう。
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