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1. 冒険者登録と初心者講習

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 俺は狼の獣人だ。幼馴染のコーチェロとスリナザルと組んで、冒険者になるために、テシコユダハに来た。

 俺たちはテシゴユダハの近くの村ツシタムの出身だ。コーチェロは1歳年上で、スリナザルは同じ年だ。
 3人で冒険者になろうと約束して、誕生日が一番最後だったスリナザルが成人すると同時に生まれ育った村を離れ、テシコユダハで冒険者ギルドに登録した。

 スキル鑑定すると、スリナザルが「剣」、俺が「感知」で、コーチェロはなかった。
 コーチェロはもともと魔法を使いたいと言って成人してから魔力操作訓練をしていたので、そのまま魔法使いになるとして、スリナザルが剣なので、俺はどうしようかとギルドに相談し、ギルドでいろいろな武器を試させてもらって一番しっくりきたのが槍だった。
 スリナザルとコーチェロと初心者講習に申し込んで、講習を終えてから活動を始めることにした。

 俺たちの住む国モクリークは、周りの国と比べても格段にダンジョンが多い。そのため、上級ダンジョンの数も多く、突如としてダンジョン内のモンスターが地上に出てくる「あふれ」が起きると大きな被害が出てしまう。
 国やギルドはモンスターを狩る冒険者を集めるために様々な策を打ち出しているが、そのうちの1つに冒険者の初心者講習がある。
 冒険者になるためには、登録料さえ払えばよい。だが成人したばかりの知識も経験もない新米冒険者に出来ることなど限られており、そこで死なれては困るので、無料で受けられる初心者講習が用意されている。
 講習は毎月1日に始まり午前中のみで、月末まで4週間続く手厚いものだ。途中でやめても良いが、講習を受けている間はギルドの宿泊所に無料で泊まれるので、多くの新米冒険者は最後まで受ける。後半は薬草採取の実地訓練などもあり、収入も得られるので、そこで最低限の装備を揃えて仲間を集うのだ。
 午後は自由にしてよいので、街中の簡単な依頼を受けたりもでき、装備を買う金を貯める。

 ちょうどそのころ、モクリークの冒険者ギルド、というよりも、モクリーク国中で話題になったのが、アイテムボックス持ちがモクリークに来るという噂だった。
 テシコユダハは隣国のソント王国から街道を移動してくると一番最初の大きな街だ。一応俺たちの出身地であるツシタムが国境に一番近い村ではあるが、旅行者も非常時でないと寄らないくらいの小さな村だ。最初に寄るギルドはテシコユダハだろうと、ギルドの中央の職員も来ていたし、彼らに絡んだら追放という通達が出ていた。戦闘奴隷の剣士と白い狼を連れているらしい。
 俺たち新米見習い冒険者には全く関係がないことだろうと思っていた。

 初心者講習の会場に行くと、噂の白い狼がいた。近くには剣士と子どもがいる。ということは、あの子どもがアイテムボックス持ちで、何故か初心者講習を受けるようだ。関わらないぞ、と心に決めた。

 初日は、広い会議室での冒険者とギルドに関する講義だ。ランクのこと、依頼の受け方や失敗したときの違約金について、指名依頼や強制依頼など、きちんと知っていなければならないことを教わる。とはいえ、もともと冒険者になるようなやつは勉強が苦手だったりするので、集中させるように講師が順に出席者に質問をしていく。アイテムボックス持ちの番になって、講師が一瞬怯んだが、誰でも応えられるような簡単な質問をして、彼はそれにとても小さな声で答えた。なんだか気が弱そうだ。
 彼の戦闘奴隷は廊下にいるが、ウルフは足元で寝ている。俺はあのウルフがとても怖いのだが、周りは平気なようだ。コーチェロとスリナザルも特に感じないというし、俺が臆病なのか?

 1日目は講義だけで終わった。明日からは戦闘訓練も始まる。
 講義が終わってすぐ、アイテムボックス持ちはウルフと一緒に会議室を出て行き、しばらくして皆口々にアイテムボックス持ちの噂を始めた。

「まさか一緒になるとは思わなかったな」
「なんで初心者講習受けてるんだろう」
「関わらないで行こうぜ」

 冒険者になりたてで追放されたくはないので、関わらないのが一番だ。

 2日目からは前半が座学、後半が戦闘訓練だ。
 座学では薬草について教わったが、登録してすぐに受けられる依頼なので、薬草の見分け方や採取の仕方をしっかり聞いておこうとみな真剣だった。
 戦闘訓練は、使用する武器ごとに分かれる。槍の集合場所に行くと、ウルフがいた。マジかよ。アイテムボックス持ちが真新しい槍を持っているので、槍を使うようだ。テイマーのほうに行くと思っていたが、まさか槍の訓練で一緒になるとは。
 俺はまだ自分の槍を買っていないので、ギルドのものを借りる。いろいろなサイズの槍が揃っているので、実際に使ってみて、自分に合うものを用意するのだ。

 槍の講師は、冒険者を引退したオラフ先生で、オラフ爺と呼ばれている、槍の名手だ。
 基本の槍の持ち方や振り方を習った後、では組んで打ち合いをするので、2人1組になるよう指示があり、すぐ横にいたヤツと組むことになった。アイテムボックス持ちを見ると、皆関わりを避けるように遠巻きにしているため、周りに誰もいなくてぽつんと1人で立っている。オラフ爺は誰かの組に入れてもらえ、と言うだけだし、だれも動かない。絡んだら追放とはいえ、さすがに可哀そうだろうと思い、「俺たちのところに入るか?」と声をかけた。「ありがとう」と言って近づいてきたところ、横のヤツが「俺あっちに入れてもらうわ」と逃げて行った。マジかよ。

「ユウです。お願いします」
「俺はキリシュ。よろしくな」

 礼儀正しい奴だな。
 それから組んで打ち合ってみると、ユウは力がなく、ちょっと強く当てると槍を落としてしまう。見た目通り子どものようだ。でも冒険者に登録してるってことは成人してるよな?
 槍を落としては落ち込んでいるユウを元気づけて、打ち合いをしているうちに、1日目の講習が終わった。
 終わってすぐ、オラフ爺が俺たちのところに来て、お前は明日から別メニューだとユウに告げ、去って行った。

「キリシュくん、ごめんなさい。僕のせいで訓練にならなくて」
「そんなことないよ。ユウ、くん、明日も頑張ろうな」

 さすがに呼び捨てにできないので、ユウくんと呼んだが、そう言うと余計に子どもに見える。
 近づいてきたユウくんの戦闘奴隷が励ましているが、それよりも一緒に来たシルバーウルフが威嚇もしてないのに怖い。これ本当にシルバーウルフなのか?
 俺は逃げるように、コーチェロたちとの待ち合わせ場所に向かった。

 翌日もユウくんはみんなに遠巻きにされている。座学の時は会議室の一番後ろの隅に座って大人しくしているが、ずいぶん気が弱そうだ。あんなので戦闘できるんだろうか。
 座学は、この辺りでよく出る魔物の特徴や倒し方、買い取りの部位などの情報を教わった。
 槍の訓練は、ユウくんが別メニューになったので、俺は3人組のうちの1人と組むことになったが、昨日組もうと言ったのに逃げていったヤツはバツが悪いのが何も言わないので、他のヤツにお願いした。もともと2人で参加してたところに逃げたヤツが入れてもらったらしいから、申し訳ないと思ったが、気にするなと言ってくれた。

「絡んだら追放って言われてんのに、お前勇気あるよな」
「だからって仲間外れみたいなのはダメだろ」

 お前いいやつだな、と言われたが、別にそんなのじゃない。あんな弱っちい子どもをいじめるのは良心がとがめるだけだ。
 獣人はもともと力が人族よりは強いが、こいつは少々強く当てても槍を落とすこともなく、お互い全力で打ち合う。昨日と違って、槍を使ってるって感じがして楽しかった。

 講習が終わってすぐ帰ろうとするオラフ爺を捕まえて、俺にあう槍の長さや重さを相談したところ、紙にさらさらとメモを書いて、これを武具屋に出せと渡された。
 スリナザルも講師に剣について相談したので、コーチェロも一緒に3人で武具屋に向かう。武具屋でメモを渡すと、オラフ爺が言うなら間違いないねと、メモに書いてあった重さと長さの槍を出された。初心者用ならこれ、見栄を張るならこれ、と言われたけど、見栄なんか張っても稼ぎにはならないんだから、初心者用一択だろ。家を出るときに親からもらった金で、自分の槍を手に入れた。自分の武器を手に入れると、途端に冒険者になった気がするから不思議だ。

 こうして最初の週は、森の中での必要な知識と槍の基本動作を学んだ。
 ユウくんはオラフ爺から素振りをするように指示され、時々オラフ爺と打ち合っては槍を落としてしまっていた。誰もが向いてないよな、と思っているが、本人は使えるようになりたいと真剣に訓練しているので、最後はオラフ爺が戦闘奴隷に指導の指導をしていた。

 2週目は座学はダンジョンについての情報、実技は対戦形式での訓練だ。対戦は、複数人でチームを組んで、別のチームと戦う。
 俺たちのように最初からパーティーを組むつもりで一緒に参加しているのは少数派で、ほとんどは受講者の中から気の合うやつを探して組む。
 最初だけは講師が実力の近いものを勧めてくれるが、その後のチーム替えは自由だ。
 ユウくんは、戦闘奴隷と従魔がいるので、誰とも組まずにソロだ。ここで組ませてトラブルが起きると困るので、ギルドが彼はソロだと宣言した。そもそも、戦闘奴隷がいれば初心者講習に参加する必要もなさそうだけど、参加しているってことは本人が希望したんだろう。

 3チームごとにグループを作って、順に対戦をすることになったが、あいかわらずユウくんはハブられている。
 俺たちは、俺と槍の講習で組んでくれたヤツのいるチームと、もう1チームを探していたので、ユウくんに声をかけた。

「ユウくん、俺たちと一緒にやるか?」
「キリシュくん、ありがとう。よろしくお願いします」

 礼儀正しく頭を下げるのに合わせて、戦闘奴隷も一緒に頭を下げる。俺たちも戸惑いながら挨拶をして、対戦を始めることにしたが、そもそもユウくん対戦できるのか?

「ユウくん、対戦できる?」

 おい、とコーチェロに止められるが、俺と一緒に槍の講習に参加していたヤツも同じことを考えているようで、心配そうに見ている。そもそも戦闘奴隷の後ろに隠れるようにしている時点で、対戦は無理そうだ。

「主人には皆さんのお相手は厳しいでしょうから、代わりに私が戦います。剣と火魔法を使います」
「従魔は戦わないのか?」
「私より強いですから、皆さんでは相手になりませんよ」

 マジか。やっぱりその従魔強いよな。
 ユウ様に同年代の冒険者がどれくらい戦えるのか見本を見せてください、と言われ、俺たちは3人で戦闘奴隷のアルさん1人に向かっていくが、簡単にあしらわれて手も足も出ない。Bランクらしいが、こんなに実力の差があるのか。
 もう1つのチームもムキになってかかっていくが、全く相手にならない。見回っている講師に、連携を考えろと言われて、一旦下がって作戦を練っている。
 俺たちも、どうやって隙を作るか、やっぱり俺の素早さを活かして行くべきだよな、とか戦術を考えながら、対戦を見学する。
 考えた戦術を試し、見学の時はまた戦術を練り直し、充実した訓練になった。
 ちなみにユウくんは、俺たちのチームともう1つのチームが対戦しているときに、アルさんと槍の訓練をしていたが、それを見たコーチェロに、お前が正しかったよ、と言われた。

 午後は対戦で同じグループになったチームと、訓練場を借りて訓練をしている。お互い悔しい思いをしたので、自然とこの後一緒に訓練しようとなった。俺たちは3人、向こうは4人いたのに、1人相手に手も足も出ないというのはかなりへこむ。こんなので魔物相手にまともに戦えると思えない。

「俺たちだけ、Bランクに訓練つけてもらったようなもんだろ。ラッキーだったな」
「キリシュのおかげだな。声かけた時はマジかよって思ったけど」
「明日も相手してくれねえかな」

 ビビってたくせに、みんな現金だな。まあでも、実際かなり練習になってありがたいのは事実だ。
 ただ、ユウくんの目線が気になる。俺の耳や尻尾を見ている気がする。多分気のせいじゃない。獣人が珍しいところで育ったんだろうか。

 結局、対戦形式の訓練はずっとこの3チームでやったので、かなりいい訓練になった。他のチームはグループを入れ替えたりしていたようだが、俺たちのところにはだれも近寄ってこなかったのだから、仕方がない。
 アルさんは、槍も使えるからと剣ではなく槍で戦ったり、火魔法も使って見せてくれた。質問すると答えてくれるし、とても得した気分だった。
 講師も途中からは、アルさんにアドバイスしてやってくれと丸投げしていた。
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