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馬車

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「んっ、んん~~」

 もう、時間か。
 起きないと……

 寝惚け眼をこすり、なんとか薄目を開ける。
 視界には見慣れた天井。
 当然である。
 自室なのだから。

 部屋の内はまだ薄暗い。
 窓の外を見ると、陽も昇り始めたばかりの様子。
 朝、と言うより早朝か。
 別に普段からこんな早起きをしている訳ではない。
 異世界でダラダラとのんびりライフを楽しんでいるのだから。
 規則正しい生活とやらには中指を立てて生きている。
 今日、この時間に起きたのには理由があるのだ。

 まだベッドの中でぬくぬくしていたい感情を抑え込み、布団を軽く蹴飛ばす。
 布団は宙を舞い、ベッドから外れ床に落ちる。
 起き上がらなければ手の届かない距離。
 ベストポジションだ。
 このままベッドでぬくぬくしていると、いつの間にか二度寝の誘惑に飲み込まれかねないからね。
 それじゃ早起きした意味がない。

 ベッドの誘惑さえ断ち切れれば後は実にスムーズ。
 部屋着から着替え、家を出る。
 外の空気は少々肌寒い。
 まぁ、まだ時間が時間だしな。
 むしろこれぐらいでちょうどいいってもんよ。
 昼になる頃には暖かくなってるはずだ。

 人通りはほぼない。
 この街は国内だとそれなりに人口の多い場所なのだが、流石にこの時間に活動している人間は少ないらしい。
 そりゃそうか。
 まだ薄暗いレベルの時間帯だしね。
 これが農村とかだったら違うのかもしれないけど。
 ほら、農家は日の出とともに仕事が始まるとか聞いた事あるし。
 あくまで前世の知識だけど。

 もう少し歩くと人だかりが見えてきた。
 街のはずれ。
 何台かの馬車も停まっている。
 ここが一旦の目的地だ。

「すいません」

 ここを利用するのは初めてではない。
 それなりに慣れたものだ。
 馬の世話をしている青年に声を掛ける。
 これをしないと始まらない。
 特に案内が置いてある訳でも無いのだ。
 話しかけなければその馬車がどこ行きなのかすら分からない。

 初めて利用した時の事。
 確か、この世界に来て2桁年も経っていなかったと思う。
 王都に行こうって事で馬車を利用したのだ。
 まだこの世界に慣れて居なかったと言うか、前世の価値観を引きずっていたと言うか……
 コミュ障を発揮しておどおどしてたら、問答無用で置いて行かれた。
 気づいた時には、馬車も人だかりも無くなっていたのである。
 あれは中々に応えた。

 このシステム、かなり不親切だと思う。
 全く客に寄り添っていない。
 せめて行き先ぐらい分かりやすく提示しておいて欲しい物だ。
 まぁ、バスやら電車やらの前世の公共交通機関とは違うのだし。
 そのレベルのサービスを求める方が間違いなのだけど。
 人間贅沢な物で。
 一度上を知ってしまうと不満を覚えてしまうのだ。

「? あっ、馬車をご利用ですか?」
「はい」
「予約は取られてます?」
「2日前に。……ロルフって名前で入ってると思うんだけど」
「少々お待ちください」

 青年がカバンの中をごそごそと探る。
 手帳を探していたらしい。
 予約と照合でもしているのだろう。
 しかし、この商人は意外としっかり管理してるんだな。
 以前乗った馬車はもっと適当だった気がする。
 明か、記憶を頼りに管理していた。
 そのせいで席が無くなった事が何度あったか……

「確認出来ました。ロルフ様ですね」
「今日はよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「先、乗ってていいかな?」
「もちろんです」

 青年に許可を取り、馬車に乗り込む。
 既に他にも何人か客が座っていた。
 軽く会釈をし適当な席に着く。

 席の座り心地は……、良いとは言えないな。
 まぁ、仕方ないか。
 文明の違い、それ以上に料金のせいだろう。
 安い馬車に乗ってるのだし、そこに文句を言っても仕方がない。
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