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一章

日常 3

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「今日こそ」
「いや、危険だ」
「だがそれだけでは」
「命あっての」

 酒を飲み始めてしばらく経っただろうか。
 言い争う様な声が聞こえてきた。
 視線を向けると、どうやら青年とパーティーメンバーの間で軽い口論になってるらしい。
 よくあることだ。
 冒険者なんてのは荒くれ者の集まり。
 しかも、依頼によっては命の危険だってあるのだ。
 揉め事が無い方がおかしい。

 しかし、若いってのはいいね。
 ある程度の歳になると、どの依頼を受けるかなんて事で揉める様な事はなくなる。
 身の丈ってものもわかっているし、何より日々の仕事が作業化して行くから。
 日々のルーティーンをこなして生活費を稼ぐ。
 冒険者なんてロマンのありそうな仕事をしながら、結局はそこに落ち着く。

 情熱がある。
 だからこそ、どの依頼を受けるかなんて事で口論になるのだろう。
 夢を取るか実利を取るか。
 幼い頃、誰もが英雄なんてものに憧れるのだ。
 物語の主人公。
 強くて、特別で、女にモテて。
 そんな存在。
 きっと、彼は今すぐにでもランクを上げたいのだろう。
 上級冒険者にでもなれば、物語の中そのままとは言わずとも近い事が出来るようになるのだから。
 まだ英雄になるのを諦めていないのだ。

 まぁ、周りの人間はいい迷惑なんだろうけど。
 ランクを上げようってことはそれだけ背伸びした依頼を受ける羽目になる。
 怪我ですめばいいけど。
 冒険者は死亡率も高いからね。
 もしかしたら、明日には死んでるかもしれないし。
 だから、なかなか折れないのだろう。

 ま、そもそも俺はパーティーなんて組んだこと無いからただの想像でしか無いんだけどね。
 転生した時点で若さとは無縁だったのだ。
 中二病なんて前世で済ませてしまったし、この世界で英雄に憧れたりもしなかった。
 だから冒険者をやってるのは初めから生活のため。
 そんな理由なら、難易度の高い依頼を受ける必要もないし仲間との協力なんて不要。
 そもそもチート持ちの俺より高スペックの人間なんて滅多に居ないだろうし、妥協して足手纏いと一緒に冒険なんて冗談じゃない。
 もしそんな人間がいたとして、パーティーなんて組もうものなら上を目指す羽目になる。
 仲間のために働くのも馬鹿らしい。

 ずっとソロで薬草採取ばかり。
 それしかやってないが、それが最適解なのだ。
 でもまぁ、見てる分には退屈しなくていい。
 この世界にはネットも無いからね。
 こういうのは良い暇つぶしにはなる。

「おっと……」

 ただ、ちょっと熱くなりすぎたらしい。
 軽く押されでもしたのだろう。
 青年が俺の机の方によろめいて手をついた。
 幸い、酒を咄嗟に持ち上げたので被害は無かったが。
 そのままだったら派手に溢れていた事だろう。
 見てる分には楽しいが、迷惑をかけられるとなると話が変わってくる。

「チッ、……すんません」

 青年と目が合う。
 軽く頭を下げられた。
 謝罪の口調も随分と軽いもの。
 それだけで戻って行った。
 口論の続きをするつもりらしい。

 舐められてんなぁ。
 まぁ、だからって絡みに行ってもしょうがない。
 冒険者ってのは荒くれ者ばかり。
 だが、あいにく俺は教育を受けちゃってるんでね。
 ここで揉めたって得るものなど何もない。
 そう知っているのだから。

 ただし……

 次、俺の机に触れたら転移で魔王城にでも飛ばしてやろうか?
 なんてね。
 そもそもこの世界に魔王なんて居るのかすら知らんけど。
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