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3章

ぜいたくなわたし

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 そして一週間後。伴奏者を決める日になった。
 相変わらず陽飛は、かっこいいお兄ちゃんへの道を着実に歩んでいる気がした。
 わたしのほうはと言えば、かなり練習した。もうひけるようにはなった。
 だけど強弱とか、音色とか、そこのあたりがどうかと言われると少し自信がないし、さらにいえば、今日音楽の先生の前で、大失敗しちゃうかもしれない。
 オーディションは昼休みにある。
 もう昼休みまでにピアノをひく機会はないし、ここからあがいたって意味はない。
 だけど、なんか緊張してる。
「なんか今日、すごい大人しいな」
 となりの陽飛がそう、わたしに声をかけた。
「まあ……」
「緊張してるのか」
「うん」
「まあでも、緊張しないほうが多分うまくひけるぞ」
「そんなのわかってるもん」
「だよな。とにかく頑張れ。おれは梨月を一番、応援してるから」
「そ、そうなの?」
「おお」
 ちょっとドキッとして、緊張にプラスしてそれだから、もう胸がすごい違和感。
 教科書に目線を落としている陽飛を見る。
「ん? どうした?」
 わ。また目が合った。
「ううん。あの、ありがと」
「え」
「あ、だからね、応援してくれて、ありがとう」
「おう」
 陽飛はまた教科書に目を戻した。
 うん、陽飛に応援してもらってるんだもん。絶対頑張るよ。

 四時間目が終わり、昼休みも近づいた。
 給食がいつもよりちょっと重い感じがして、やっぱり緊張してるなと感じた。
 給食を食べ終わって、掃除をしているとき。
「リラックスね、梨月ちゃん」
「うん。ありがと実来ちゃん」
 ちょっとの会話でふっと色々とほぐれる。

 そうして何とか心を落ち着けて、昼休みを迎えた。
 私のクラスから立候補した五人が、音楽室に集合した。
「じゃあ、順番に弾いてもらいます」
 音楽の先生がそう言う。
 これ、もしかして、結構順番も重要じゃない……?
 どうやって決めるのかなと思っていたら、じゃんけんだった。
 そしてじゃんけんをして、あいこが続いたのち、わたしは真っ先に負けた。
 順番としては一番最後。
 最後って、プレッシャーありそうだなあ。
 前の人がうまかったらどうしようって思っちゃうよね。
 で、みんな真剣に立候補しているだけあって、絶対うまい。
 だから、気にしない気にしない。

 そういうわけで、私は頑張って、前の四人の伴奏を聞き流した。
 そして私の番。
 ゆっくりとひき始めた。なるべく穏やかな音色になるように意識した。
 
 ミスなくひき終わった。ほんとにほっとした。
 力が抜けた。
 だけど、ほんとにへにゃへにゃになっちゃったのは、わたしじゃない人が選ばれた瞬間だった。


 その日の五時間目と六時間目はもう覚えてないけど、ただへにゃっとして状態で、席についていただけだと思う。
 陽飛はわたしに話しかけなかった。多分結果は察してくれてる。
 ほんとは「応援ありがとう」とかも言いたいのに、そういうことも言えてない。

 放課後、わたしはとぼとぼ帰っていた。
 やっぱり、そんな簡単にいくわけがない。だって私は、ピアノをやめちゃってたわけだし。
 とはいえ、やっぱりわたしってダメダメだなあってなる。ただ疲れちゃっただけの今日だった。

「元気ないな」
 ふと声をかけられた。陽飛の声。いつのまにいたんだろう。
「うん。あのね、わたし、選ばれなかったから」
「そうか。まあ、あれだもんな。午後の授業、セミの抜け殻みたいな動かなさだったもんな」
 やっぱりそんなにわたし、動いてなかったんだ……。
「でもっ。陽飛、応援してくれて、ありがとうね」
「いや、まあ直前に声かけただけだから」
「それでいいの」
 でも、ちょっと悲しい。ちょっと色々合わさった悲しさかなって思う。
「とにかく、どんまい」
「ありがと」
 わたしは陽飛と歩いていた、陽飛の家ってこっちなんだ。それとも、わたしについてきてくれてるだけ……?
 わかんないけど、でも、なんだか安心した。

「……おれ、この前、妹の前で泣いちゃったんだ」
 ふと、となりから陽飛の、そんな声。
「そうなの……?」
 わたしが意外そうにしていると、陽飛はちょっと笑ってうなずいた。意外と笑うのはめずらしい陽飛。
「おれ、この前の日曜、バレーボールの練習試合があったんだ」
「うん」
「入院中の妹がちょっと良くなったから見に来ててさ。絶対活躍しないとと思ったんだけど。めちゃくちゃチームの足引っ張ちゃって」
「……」
「サーブも全然入らなくて、それで、終わってから泣いた」
「……陽飛、悔しかったんだね」
「そうかもな。わかんないけど、とにかく、ああ、カッコ悪いって思って。でも、妹がさ、『かっこよかった』って言ってくれたんだよな。それでもっと泣いた」
 陽飛はちょっとうれしそうに振り返った。
 そうだよね。だって、かっこいいお兄ちゃん目指してたんだし、ドンピシャなこと言われたら、ちょっと悔しくても、きっとうれしい。
「だけどおれ、ちょっと妹が気つかってくれてるのかなって思った。実際、それもあっただろうけど……でも、おれ、今日は妹側だったなって」
「妹側って……どういうこと?」
「カッコよかった、梨月」
「私⁈」
「うん。おれ、となりで見てたら、梨月、休み時間に楽譜読んでるときも真剣だし、机の上で指を何度も動かしてたし。ああ、相当練習してるんだなって」
「……ありがと」
 そう返事をした。
 陽飛にかっこいいって言ってもらえて、嬉しかった。
 そしてその時、わたしは少しだけ泣いた。

 その日の夜。
「お姉ちゃん相談受付中ですよ!!」
 明らかに落ち込んでいるわたしの向かいに座ったお姉ちゃんは、言った。
 だけどそんな相談する気分には、なかなかなれない。
 なぜって、自分でもなんで落ち込んでるか、あんまり整理できてないから。
 でも、お姉ちゃんが優しいから、何かしらは話そうと思った。
「伴奏、選ばれなかったんだ。だけどなんか、それで単に落ち込んでるんじゃないの」
「うんうん」
 わたしはそれから、ただあったことを簡単に話していった。
 相談っていうか、お姉ちゃんに日記を発表してるって感じ。それだけだけど、なんとなくわかってきた。
「なるほど。そのとなりの男の子は、かっこいいお兄ちゃんを目指してたんだね」
「うん」
「でも、梨月としては、梨月のためにかっこよくなってて欲しかったんだよね。ぜいたくな妹だこと」
「う」
 お姉ちゃん、お見通しすぎて……。
 でもたしかにぜいたくだよね。
 だって、わたしにかっこいいところを見せたいからなのかなってドキドキしてたのは、私だけの話だし。

 でも……わたし、気づいたよ。
 わたしって……好きなんだ。陽飛が。
 
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