上 下
7 / 22
2章

大人になりたい

しおりを挟む

 お母さんの長電話くらい通話が続き、そして陽飛はスマホをしまった。
「……ごめんな。このためだったんだ」
「なるほどね。妹さんに見せたかったんだ」
「そう。妹、入院しててさ、だけど水族館には行きたがってたから」
「そうなんだ。優しいお兄ちゃんってことか、陽飛は」
「まあ、妹、頑張ってるからさ。この前急にちょっと体調悪くなったりして、でも頑張ってるんだ」
「うん」
 きっと電話がかかってきて急いで帰った日のことだろう。
 とにかく、抜け出して水族館にきて、本当に良かった。
 
 それから、病院のお昼ご飯が終わったらしい妹さんとまた通話をつないで、陽飛とわたしは水族館を回った。
 わたしたちの集合時間は二時半。
 それまでにお昼ご飯も食べて、そして科学館の前のバスに乗っていなければならない。
 だからいれるとしたら、あと少し。お昼ご飯はおにぎりだから歩きながらでもいいけど。
 
 うう。ちょっともやもやする。
 だって、陽飛、ずっと画面の向こうの妹さんと話してるんだもん。
 それでもいいけど。
 うん、だって、病院にいる妹さんに、水族館を見せるっていうのは、すっごく大切なことだもん。
 だからわたしはとてもおとなしくしていた。

 やがて集合時間も近づき、陽飛は妹さんとの通話を終了。
 そして、おにぎりを食べながら、水族館から科学館へと歩き、さもじっくり科学館をまわってました感を出して、集合場所についた。

「ふふふ」
「なに」
 実来ちゃんがひらひら近づいてきた。
 なんか水族館にいたエイに雰囲気が似ている。
「だってさ、陽飛くんとずーっと二人だったわけじゃない。お話聞かせてよ」
「え」
「ちなみに帰りのバスの中の席はね、教室の席とは違うよ」
「あ、そうなの?」
「陽飛くんのとなりがよかったかもしれないけど、わたしのとなりです~」
「うれしい」
「ほんと?」
「うん」
「そういわれると嬉しいな。で、お話聞かせてね」
「うーん、たぶん実来ちゃんが期待しているような話はないかもしれない」
「え、そうなの?」
「うん」
 わたしはきっとぷっくりめだった。
 あーあ、幼稚なわたし。
 
 陽飛の妹さんのこととか水族館に抜け出したこととかを勝手にしゃべるのもどうかと思ったから、実来ちゃんとは、全然違う話をしていた。
 周りを見ると、帰りのバスなだけあって、けっこう寝ている人が多い。
 実来ちゃんとの会話もだんだんなくなってきた。
 外を見た。
 なんか、色々と考えが進んでいる。
 最近の陽飛について。
 最初に迷路を作ってた陽飛。
 そのあと、ゲームに誘ってきた陽飛。
 真面目になった陽飛、そして写真を撮ったりバレーボールをしてる真剣な陽飛……。
 紙の束を買う陽飛、水族館に抜け出す陽飛。
 なんとなく、わたしはわかってきた。

 実来ちゃん、寝てる……。
 わたしも寝よう。
 目をつぶると、水族館の大水槽が、暗がりの向こうに現れた気がした。



 家に帰ると、またまたお姉ちゃん。
「ねえお姉ちゃん」
「おっ、どうした? ていうか、科学館見学行ってきたんでしょ? 好きな人とはどうなのよ」
「わたし、もっと大人になりたい!」
「え? ど、どういうこと? もしかしてもう彼氏とキスしたいとか?」
「違う!」
「あ、そう」
 わたしの怒りっぽいテンションに、お姉ちゃんは意表をつかれたようだった。
 だけどそのあと優しくわたしを見て、
「今からお買い物行こっ」
「え? もうすぐ夜……」
「大丈夫。はい、いきましょー」

 ......ってことで、買い物にやってきた。
 家の近くの大きな商業施設の中の、服屋さん。
「大人っぽい服買ってあげる」
「え……」
「お姉ちゃんバイトのお金ちょっとたまってるしね」
「……ありがと」
 そういう大人っぽくなりたいっていうのとは違う気もしたけど、でも、お姉ちゃんはもう、「そのまま帰らせはしないよ」って感じだし。
 それにたしかに……大人っぽい服にあこがれているのも、事実だ。
「ほら、このワンピース、どう? まずは着てみない?」
 早速お姉ちゃんが、一着持ってきた。
「……着てみる」
 わたしはお姉ちゃんからワンピースを受けとった。

 その後も、わたしは色んな服を着た。
 だけど、結局最初のワンピースが一番好きで、一番わたしが好きなのを真っ先に持ってきたお姉ちゃんすごいと思ったし、それにわたしはいつの間にかすっきりした気持ちになっていて、だからなおさらお姉ちゃんすごいと思った。
 
 こうして買ったワンピース。色は水色。
 ちょっと悲しさも含む色なのかもしれないけど、水族館の水槽の上の方みたいな綺麗な水色だから、わたしは大好きだ。
「ね、買いにきてよかったでしょ」
「うん」
 わたしはお姉ちゃんと一緒に歩いた。
「帰ったらすぐご飯食べよっか。たぶん今日お母さんもお父さんもいつもよりも遅いし」
「食べる」
「一緒になんかつくろっか」
「うん」
 すっきりに加えて、なんだか穏やかになっていた。
 
 遠くを見れば、街の明かりがないところは暗くて、今日科学館に行ったことを忘れていっちゃいそうだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

夫は使用人と不倫をしました。

杉本凪咲
恋愛
突然告げられた妊娠の報せ。 しかしそれは私ではなく、我が家の使用人だった。 夫は使用人と不倫をしました。

二人目の夫ができるので

杉本凪咲
恋愛
辺境伯令嬢に生を受けた私は、公爵家の彼と結婚をした。 しかし彼は私を裏切り、他の女性と関係を持つ。 完全に愛が無くなった私は……

処理中です...