春待つ花嫁と妖狐の蜜契

多茶

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 恋愛感情を自覚してしまえば、いっそう阿生に何かしてあげたい衝動に駆られた。しかし、神探しにしても神社の仕事にしても大して役立ちそうにない。
 唯一、蒔麻が阿生よりできることといえば、叔父が話をしてくれることくらいだった。
 葬儀の場では相容れなかったが、空気のように扱われている阿生に比べればマシな方で、今ならまだ関係を修復できると楽天的に考えていた。
 休憩時間に社務所を抜け出し、蒔麻は三条商店街の端にある叔父の店を訪ねた。
 阿生にはどこへ行くのかしつこく聞かれたが、「甘いものを買いに行く」と適当にはぐらかした。
 阿生自身も叔父からよく思われていないことは自覚しているが、蒔麻が叔父を説得する姿は見て気持ちいいものではないはずだ。

 ──阿生さんのためにできることなんて、これくらいしかないから。

 何とか、阿生を目の敵にしないよう頼むつもりだった。

「叔父さん、こんにちは」

 叔父の店はヨーロッパ家具を中心扱う輸入雑貨店だ。四条通の路面店のように新しさはないが、華やかで質のいい家具を取り揃えている。店頭に客の姿はなく寂れているように思えるが、インターネット販売が好調らしく商売は上々のようだ。
 叔父が家業から離れたかったというのは、店内のこだわりからも伝わってくる。実際、祖父が帰らなかった後も、神社は長男──蒔麻の父が継いだため好きなことを許されていたらしい。

「叔父さん?」

 ふたたび声をかけると、二階から紐タイにスーツ姿の叔父が顔を出した。
 いつ骨折したのか、左腕には腕吊り用のサポーターをつけている。
 近くで顔を合わせると、体調が悪いのか目の下のクマも目立つ。それに、蒔麻を追い払おうと振った手の指がボロボロだ。

「何しに来たんや」
「何ってその……おばあちゃんに手を合わせに。それに叔父さんとはいろいろ、きちんと話し合った方がいいと思ったんです」

 しかし、今は何よりも叔父の様子が気がかりだった。
 祖母の葬儀もあり、自営業なうえ一人暮らしの叔父の疲労は計り知れない。

「腕、大丈夫ですか? あの、何かできることがあればやって帰りますけど」
「……ほんなら茶入れてくれ。片手では急須を使うんも面倒なんや」
「それはもちろん」

 叔父の後について、居住スペースにあたる二階へあがった。
 部屋は片付いているように見えたが、散らからないよう心がけて生活している結果のようで、急須の出がらしを捨てようと開いたゴミ箱はコンビニ弁当の空き箱で溢れていた。
 神社と同じであればゴミの収集日は昨日だったはずだ。神経質な叔父がゴミを出し忘れるとは参っているのだろう。
 マグカップに玄米茶を入れ、叔父が座っていたダイニングテーブルに持っていった。
 片手で飲むにはマグカップの方がいいと思ったが、叔父はそこには触れず、沸騰した湯で入れたことに不満を漏らしていた。

「その腕、どうしたんですか?」
「──ここ最近、おかしなことばっかり起きるようなってな。階段で転けたんや」
「おかしなこと?」
「ベランダにカラスの死骸が落ちてきたりな。一匹や二匹ちゃうで、何かがお土産でも持ってきたみたいにようさん。信じたないけど、洞窟に行ってからさんざんや」
「叔父さん、洞窟に入ったんですか?」
「……母さんが入院してからな。神社を潰すこと考えたら、様子くらい見とかなあかんやろ? 土地を売るとなったら裏山も敷地のうちやからな。ただでさえ気味の悪い噂が立っとんのに、おかしなもんでも出てきてみ? 困るのはこっちや」

 祖母からも岩には近づかないよう言われていたらしいが、オカルトめいた話にうんざりしていた叔父はもっと現実的な問題が潜んでいるのではないかと考え視察に行ったと言う。

「なんか変なもんでもあんのかと思ったら、別にただ竹藪があって、岩と祠があるだけやった。動物の死骸も何にもない。警戒していったこっちが拍子抜けするくらいやったわ。せやけど、その日から変な夢を見るようになってな。夢に悪い顔した狐が出てくるようになったんや」
「狐……」
「せや。次の生贄はお前やって」

 叔父は淡々と語っていたが、蒔麻は言葉を失っていた。
 生贄というのは人間が勝手に始めたことで、神や悪狐は感心がなかったと聞いていた。
 聞いていた話と違う。

「それだけやったら良かったんやけど、そこに来て神社で変死体やろ? 親父がどっか行ってもて、兄さんらが石を処分しようとして消えて、なんやもう気持ち悪ぅて気持ち悪ぅて」
「えっ、待ってください。お父さんたちは石を処分しようとして行方不明になったんですか?」
「せや。俺が最後に会ったときには岩を処分するって話になっとった」

 蒔麻が過去の新聞やニュースを調べた際にも失踪事件として取り上げられていた。失踪から七年経ち、祖母が死亡届を出したことで両親は死亡したものとして扱われている。

「なあ。俺を助ける気があるんやったら、一緒に裏山に入ってくれへんか?」
「え……」

 テーブル越しに手を掴まれた。

「もう一回岩のところに行って、手ぇ合わせた方がええんちゃうかと思うねん。こういうのは早い方がええ」
「待って、今からですか?」

 もともと自分本位な人ではあるが、叔父の態度には違和感を覚えた。助けてやりたい気持ちはあるが、洞窟に付き添ってほしいと言われたトラウマが蒔麻をたじろがせる。

「待ってください。あの、阿生さんにも相談しましょう」
「なんであいつに?」
「なんでって……。二人より三人の方がいいでしょうし」
「悠長にしてる時間はないんや!」
「ちょっ、叔父さん、痛い……っ!」

 片手にも関わらず、振り払えないほど強い力だった。
 掴まれていた手に爪が食い込み、手の甲から血が滲む。
 あまりにも様子がおかしい。

「っ、なんやお前、いつ入ってきた!」

 助けてくれたのは阿生だった。姿を隠して付いてきていたのか、蒔麻から叔父の手を引き剥がすと腕を引いて階段を下りた。
 背後から叔父の悲鳴が聞こえていた。まるで腕でも折れたような声だ。

「おっ、折ったんですか?」
「まさか」

 叔父の悲鳴が耳に残って痛む。蒔麻は階段を振り返り、すぐに戻ると叫んだ。
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