春待つ花嫁と妖狐の蜜契

多茶

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 阿生が眷属だったのは今から八九〇年前のこと。
「蒔麻くんは『グレムリン』って映画を見たことはある?」
「えっと、すみません……」
「あの映画を作った監督は俺たちのことを知ってるんじゃないかと思ったね」
 見たことがない蒔麻にはわからなかったが、自嘲めいた表情を浮かべる阿生を見ていると、けっして良いものではないのだと察した。
 鳥羽上皇とのことは伏せられていたが、他は鎌倉から聞いていた内容と同じだった。
「妖を怖がる気持ちはわかるけど、今までの信頼関係はなんだったんだろうって思って。狐である限り、人間から受け入れられることはないんだと理解したよ」
「だから人間になりたいんですか?」
「そうだね。人間になって力を放棄したい。自分より力の強い存在は怖いだろう?」
 変化できたり、体を操れたり、記憶を操作できたり。人間の男を妊娠させられる能力を持っているなんて、恐ろしいに決まっている。
 散々助けてもらっておいて、阿生を信頼しきれない蒔麻をちくりと挿された気がした。どうして信じられないのだろうと、蒔麻だって後ろめたい。
 阿生が人間になれば誰よりも魅力的だろう。しかし、人間になったら今の関係は終わる。
 ──人間になっても親しくしてほしいな。
 名残惜しいと思うのは、阿生が初めての相手だからだろうか。
「蒔麻くん? どうしたの?」
「あっ、いえ」
 蒔麻は首を振って邪な考えを振り払った。
「その、神様はどんな方だったんですか?」
「え、神? あの人は……一言でいうと不運な人だったかな。根無し草を満喫していたところを、神になるつもりもないのに通りかかったっていうだけで前任者に押しつけられたみたいで。困り果てて、自我を持ったばかりの妖狐を眷属にしたんだから」
 神の代替わりは前任の鎮守神に座を譲られるか、鎮守神から座を奪うことで継承されるのだという。日本神話というより海外の土着信仰の神話に近い。
「神と話せるか神を殺すことができれば種族は問わない。素質があれば人間もなれるよ」
「阿生さんもなろうと思えばなれるってことですか?」
「考えたこともないけど、まあ。俺はずっと、早く人間になって世話になった神に報告したいと思い続けてきたから」
 だから、阿生は神社に戻ってきたのだ。
 何かを思い返すように目を細める阿生を見ていると胸が苦しくなる。自分のことばかり考えていたが、神に会いたい気持ちは阿生の方が強いだろう。
「早く、探したいですね。神様」
 口に出したことで、思いはいっそう強くなった。阿生のためにも見つけたい。
 未だ手がかりの一つも掴めていないことが不甲斐ない。狐狗狸が答えたトンチンカンな言葉くらいしか、蒔麻は持ち合わせていない。
 ──阿生さんでさえわからないのに、神様の居場所なんて誰がわかるんだろう。
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