春待つ花嫁と妖狐の蜜契

多茶

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 阿生が風呂に入っている間に、居間にあった適当な新聞広告の裏に鳥居のマークを描いた。
 早さ重視で《こっくりさん》に必要な内容を書き込み、鳥居の上に十円玉を置く。

「こんな感じかな」

 蒔麻は完成した紙を見て頷いた。
 自分で試そうと思ったのは、体が疼き始めたからだ。今朝方に感じた疼きと違い、後孔を締めて太股をすり合わせていないと、熱がどんどん上半身まであがってくる気がした。妖怪の花嫁なんて非現実的だと思いながら、実際に腹が疼くことに血の気が引き、気分を紛らわせるように紙とペンを掴んだ。
 阿生が見たら良い反応はしないと思ったが、それでも自室でやらなかったのは昨晩の出来事が記憶に新しいからだ。流しっぱなしのテレビから聞こえてくる笑い声は恐怖心を和らげるのに丁度いい。

「ただ、聞くことがないな……」

 本当に答えてくれるのなら訊きたいことはいろいろある。期待していないから訊くことがない。

「神様の所在、とか?」

 悩みの中から一番非現実的なものだ。しかし、神が戻れば阿生が居なくても妖怪に脅かされることはなくなり、体の疼きともおさらばできる。
 蒔麻は意識的に肺に溜まった呼吸をすべて吐き出した。

「こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいで──」

 そこまで言ったところで、部屋の照明が揺らいだ。

「え?」

 続けてテレビの音が消え、それ以上、何も言えなくなった。言えないどころか、目を動かすことさえしたくない。
 今は動いてはいけない。まるで背後にライオンかクマでもいるような気配だった。

「えっ、あ……っ」

 じっとしていたいのに、指が勝手に動き始める。十円硬貨に導かれるようにチラシの上を滑り《はい》の上へ。

 ──まだ何も訊いてない……っ!

 蒔麻が指を離しても硬貨は動きを止めず、ひとりでに《く》《つ》《た》《よ》と辿っていく。
 遠くで呼ばれた気がして、硬貨が動きを止めた。代わりにカーテンの奥でガラス扉がバチバチ叩かれるような音を立てる。
 まただ。また昨晩と同じ。
 このままではガラス戸が割れるのではないか。二度目となると、ガラスを叩く音が蒔麻を家から引きだそうとする音に聞こえる。
 ドンッ。
 その場から動けずにいると、駆けつけた阿生が拳で戸枠を叩いた。
 たった一打で部屋が元の通り静まりかえる。ただ、その一打には蒔麻への呆れが込められたように思えてならない。

「蒔麻くん……」

 しんとした部屋で溜め息は大きく聞こえた。責められた気がして、阿生の目が見られなかった。
 阿生の纏う重たい空気に、押さえ込んでいた下腹部の疼きが這いずり出てくる。

「っ……」
「いくら俺との契約があっても自分で呼び出せば寄ってくるんだよ。俺に食われるうえ妖に遊ばれたんじゃ、蒔麻くんにメリットないだろう?」

 顔を上げられずにいると強制的に顎をすくわれた。

「ぁ……」

 顎の下を指先で擦られるだけで声が漏れる。
 たった数秒。その程度でも、阿生に触れられて蒔麻の我慢は限界に達していた。
 飢餓状態の食欲にも似た欲求のように、体が妖狐を求める。感じたことのない渇望。畳に倒れたまま両足を胸に引き寄せ、どんどん膨れていく熱をやり過ごそうと息を吐く。

「契約したばかりの体は番を求める頻度も高い。蒔麻くんは妖に見られてするのが好み?」
「ちが、待って……、来ないで、ください……」

 蒔麻は必死で首を振った。
 注意されている最中だというのに、このはしたなさはあんまりだ。

「君の番は俺で、熱を鎮められるのも俺だけなのに?」

 畳に押し倒され、下着ごと下衣をずり下げられた。
 蜜の溢れる泥濘に獰猛そうな屹立の先が宛がわれる。それだけで、腹の奥がじくじくと熱くなった。

「こわ、い……っ」

 自分の体なのにコントロールできず怖い。しかし、怖いのに一秒も待っていられず、熱が触れ合う部分に手を伸ばせば、すぐに奥深くまで快感を押し込まれた。

「ひ…ぃあっ、ああ──…っ!」

 蒔麻の体は悦び、白濁の飛沫をあげた。
 腹の中が痙攣し、中で、指先で、阿生との繋がりを感じる。
 昨晩は妖術をかけられて何も感じなかったが、本来は眩暈がするほど快感を生むものなのか? それとも蒔麻の体が花嫁の器に変化したのだろうか?
 薄い胸を浅く上下させながら、一突きで与えられる快感の量に戸惑うことしかできない。
 すぐに律動が始まり、果てたばかりの腹の中を掻き回されて蒔麻は嬌声をあげた。

「あっ、いやだ……っ!」
「へえ?」
「ぅ、あ…ぁ、っ、は、ぁ……っ、んんッ! こわ、い…っ、嫌……だっ」
「嫌と言われてやめるのは人間くらいだよ。妖は生来、人の嫌がることが好きなもの」

 阿生の声を聞きながら、人間になりたいなら人間に倣うものではないのかと頭の片隅で悪態をついた。
 快感が強すぎて怖い。今すぐ逃げ出したい。
 こんな体になったのは蒔麻が望んだことではない。阿生にとって蒔麻を抱けば食事になるとも言っていた。

 ──違う。考えたいのはそんなことじゃない。俺が阿生さんを付き合わせてるのに……。

 マリを見送ってから家の中は気まずい空気が流れていた。それなのに阿生は怪異から助けてくれた。

 ──自分の都合のいいときだけ被害者ぶるなんて最低だ。
 激しく揺すられている間、蒔麻は阿生の肩にしがみついていた。何度も訪れる絶頂を前に考える余裕なんてなく、自分はどうしたらいいのか、考えたくても頭がまわらない。

「はっ、ぁ…っ、どうしたら俺、阿生さんに喜んでもらえますか?」
「は? どういうこと?」

 二ラウンド目に入ろうとしていた阿生が動きを止めた。
 呼吸を整え、蒔麻はやっとの思いで憂悶を口にした。

「抱いてもらってるのに、俺から何も返せてないので……」
「返す?」
「番のことだって、俺が鈍くさいから助けてくれただけじゃないですか。もらってばかりは怖いんです。ただ気持ちいいのも怖い……」

 阿生が蒔麻の中から雄芯を引き抜いた。止めて欲しいと懇願したものの、いなくなると引き留めたくなるほど切ない。

「どうしてそこまで何かしてあげないとって思うの?」
「どうしてって……。構ってくれる人にお返しをするのは当たり前じゃないですか」

 蒔麻にとっては体に染みついたことだが、阿生は納得いかないようだった。

「この儀式も?」
 こたつに置いていた《こっくりさん》の紙と硬貨は気が抜けたように静かだった。硬貨が動いたことも、今となっては蒔麻の勘違いだった気さえする。

「これは違います……。でも、あの子の気持ちがわかる……。俺も、昔付き合ってた人に信じてもらえなかったことがあったので」

 ポルターガイストは自分のせいではないと伝えても信じてもらえなかった。原因が狐狗狸だろうとポルターガイストだろうと、視えないもののせいで辛い思いをしているのは同じだ。

「だから、どうにかできるなら助けてあげてほしいとは思います……。疑われている時点で自分ではどうすることもできないことなので」

 話しながら惨めだった。

「俺じゃ解決してあげられないんです」

 掠れた声で訴えると、しばらくして阿生の腕に抱きしめられた。

「今回だけだからね? 全部の相談に付き合ってたら神社だって回らなくなる」
「い、いんですか?」
「……今回だけね」

 前髪を掻き上げながら溜め息を吐く阿生がいろっぽく、蒔麻は礼を言うより先に後孔をひくつかせた。
 中に注がれた体液が溢れると、栓でもするように阿生の中指が蒔麻の泥濘みを潜った。

「っ、んん……っ!」
「あと最初の質問だけど、感じたままでいてくれればいいから」
「食事だから……こだわらないんですか?」
「そうじゃなくて。君は《妖狐の花嫁》だ。飾る必要なんてない」

 妖狐の花嫁になると本人にはわからない魅力が増すのだろうか。
 阿生からの答えはなかった。結局さんざん淫らなことを口走り、最後は阿生の腰に足を絡ませていた。
 腹の奥に熱が広がってもなお足りず、『もっといっぱいにされたい』『独占されたい』と阿生の番となった体が訴えた。
 阿生が言いたかったのは、妖狐の花嫁は何もしなくても淫乱になるという意味だったのか?
 熱に浮かされながら、蒔麻は気を失う最後まで阿生を求め続けた。
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