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その日の十六時頃。マリと名乗る小学五年生の女の子が参拝に訪れた。
放課後、鎌倉の元を訪ねてから神社に来たらしい。鎌倉がどうやってマリを神社に導いたかはわからないが、蒔麻の顔を見るなり、「ここに来たら助けてくれるって聞きました」と言った。よほど急いで来たのか、黒のロングヘアを茶色いカチューシャで留めた額には汗が滲み、丸いメガネはうっすら白く曇っていた。
マリを社務所の中に通し、聞き役は阿生に引き継いだ。応接スペースというには手狭だが、社務所の隅には低めのダイニングテーブルと二人掛けのソファー二脚を用意している。
マリはきちんとした性格のようで、ソファーに背筋を伸ばして座り、横に畳んだネイビーのダッフルコートとランドセルを置いた。
蒔麻は温かい番茶と切り分けた芋ようかん三人分をテーブルに出し、丸盆を膝に置いて阿生の隣に座った。
「それで、助けてほしいことっていうのは?」
マリに話しかける阿生はにこやかだった。鎌倉から話を持ちかけられたときは渋っている様子で、子どもが苦手なのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。
「私は無実だって、本当にこっくりさんがいるんだって、エマちゃんとメイちゃんに証明したいんです……」
詳細はこうだ。
一週間ほど前、メイの提案で、放課後の教室でマリはエマとメイと《こっくりさん》を行った。
《こっくりさん》というのは、漢字で《狐狗狸》と書くように、狐などの霊を呼び出してお告げを受け取る一種の降霊術だ。西洋に起源を持つ占いで、必要なものは紙と硬貨一枚。紙にはあらかじめ鳥居のマークと《はい》《いいえ》《五十音》《0~9の数字》を書いておき、そこに硬貨を乗せ、参加者全員が硬貨に指を添える。
『こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいでになりましたら《はい》へお進みください』
こう唱えたところで当然何も起きないのだが、極度に緊張している場合など、本人が無意識のうちに筋肉が動いてしまうことがある。素直な小学生にいたっては、硬貨が反応を見せれば、本当に狐狗狸が現われたのだと信じてしまうケースもある。
盛り上がった三人は、学年の人気者である男子児童に付き合っている人がいないかを訊いた。
「そしたら、硬貨がエマちゃんって答えたと。それが事実だからマリちゃんは悩んでるわけだ?」
阿生が言い、なるほどと思い至る。嘘であればエマが一蹴して終われるはずだ。
「そうです……。エマちゃんは、その子と付き合ってることは私にしか話してなかったんです。だから、十円玉を動かしたのは、本当は私なんだろうって怒って」
「マリちゃんに裏切られたと思ったんだね」
「……メイちゃんも同じ子が好きで、それで、エマちゃんはメイちゃんには言ってなかったんです。……私じゃないのに、エマちゃんはそれから口も聞いてくれなくて」
しかし、エマがその男子児童と付き合っているのは秘密という約束があり、マリは誰にも相談できずにいたと。
「なるほどね。それで、毎日お地蔵様に」
「そうです」
蒔麻はずっと黙っていたが、暗い面持ちで頷くマリを見ていると、人ごととは思えず胸を締め付けられた。
あらぬ疑いを掛けられたことはないが、蒔麻も霊媒体質のせいで人に拒絶され、しかし誰にも相談できない辛い思いを味わってきた。
協力してあげたい。そう思ったが、阿生は違ったようだ。
「事情はわかった。ここは神社だから、マリちゃんの疑いが晴れるように神様に手を合わせて帰るといいよ。神様が願いを叶えてくれるより先に、三人で解決できるのが一番なんだけど」
神不在の社殿で長く手を合わせ続けたマリを見送り、蒔麻は阿生に確かめた。
「解決してあげないんですか?」
「うん」
「なんでですか? おばあさんのことは助けてあげたのに」
「あれは初穂料も渡されてたし、それに話を聞いただけで硬貨を動かしたのはもう一人の子だってわかったでしょう? 人間同士のいざこざに口を挟むのは神社の仕事じゃないよ」
「それは……」
──妖怪が関わっていたら助けたのか?
そう口まで出かかった反論は飲み込んだ。阿生の言っていることはまっとうなのだ。ただ、話を聞いた以上、何かしてあげないとがっかりされてしまう気がして怖い──。
何かしてあげないといけないと思うのは蒔麻の悪い癖だ。ただ、止そうと思っても見ないふりをする方がしんどかった。
放課後、鎌倉の元を訪ねてから神社に来たらしい。鎌倉がどうやってマリを神社に導いたかはわからないが、蒔麻の顔を見るなり、「ここに来たら助けてくれるって聞きました」と言った。よほど急いで来たのか、黒のロングヘアを茶色いカチューシャで留めた額には汗が滲み、丸いメガネはうっすら白く曇っていた。
マリを社務所の中に通し、聞き役は阿生に引き継いだ。応接スペースというには手狭だが、社務所の隅には低めのダイニングテーブルと二人掛けのソファー二脚を用意している。
マリはきちんとした性格のようで、ソファーに背筋を伸ばして座り、横に畳んだネイビーのダッフルコートとランドセルを置いた。
蒔麻は温かい番茶と切り分けた芋ようかん三人分をテーブルに出し、丸盆を膝に置いて阿生の隣に座った。
「それで、助けてほしいことっていうのは?」
マリに話しかける阿生はにこやかだった。鎌倉から話を持ちかけられたときは渋っている様子で、子どもが苦手なのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。
「私は無実だって、本当にこっくりさんがいるんだって、エマちゃんとメイちゃんに証明したいんです……」
詳細はこうだ。
一週間ほど前、メイの提案で、放課後の教室でマリはエマとメイと《こっくりさん》を行った。
《こっくりさん》というのは、漢字で《狐狗狸》と書くように、狐などの霊を呼び出してお告げを受け取る一種の降霊術だ。西洋に起源を持つ占いで、必要なものは紙と硬貨一枚。紙にはあらかじめ鳥居のマークと《はい》《いいえ》《五十音》《0~9の数字》を書いておき、そこに硬貨を乗せ、参加者全員が硬貨に指を添える。
『こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいでになりましたら《はい》へお進みください』
こう唱えたところで当然何も起きないのだが、極度に緊張している場合など、本人が無意識のうちに筋肉が動いてしまうことがある。素直な小学生にいたっては、硬貨が反応を見せれば、本当に狐狗狸が現われたのだと信じてしまうケースもある。
盛り上がった三人は、学年の人気者である男子児童に付き合っている人がいないかを訊いた。
「そしたら、硬貨がエマちゃんって答えたと。それが事実だからマリちゃんは悩んでるわけだ?」
阿生が言い、なるほどと思い至る。嘘であればエマが一蹴して終われるはずだ。
「そうです……。エマちゃんは、その子と付き合ってることは私にしか話してなかったんです。だから、十円玉を動かしたのは、本当は私なんだろうって怒って」
「マリちゃんに裏切られたと思ったんだね」
「……メイちゃんも同じ子が好きで、それで、エマちゃんはメイちゃんには言ってなかったんです。……私じゃないのに、エマちゃんはそれから口も聞いてくれなくて」
しかし、エマがその男子児童と付き合っているのは秘密という約束があり、マリは誰にも相談できずにいたと。
「なるほどね。それで、毎日お地蔵様に」
「そうです」
蒔麻はずっと黙っていたが、暗い面持ちで頷くマリを見ていると、人ごととは思えず胸を締め付けられた。
あらぬ疑いを掛けられたことはないが、蒔麻も霊媒体質のせいで人に拒絶され、しかし誰にも相談できない辛い思いを味わってきた。
協力してあげたい。そう思ったが、阿生は違ったようだ。
「事情はわかった。ここは神社だから、マリちゃんの疑いが晴れるように神様に手を合わせて帰るといいよ。神様が願いを叶えてくれるより先に、三人で解決できるのが一番なんだけど」
神不在の社殿で長く手を合わせ続けたマリを見送り、蒔麻は阿生に確かめた。
「解決してあげないんですか?」
「うん」
「なんでですか? おばあさんのことは助けてあげたのに」
「あれは初穂料も渡されてたし、それに話を聞いただけで硬貨を動かしたのはもう一人の子だってわかったでしょう? 人間同士のいざこざに口を挟むのは神社の仕事じゃないよ」
「それは……」
──妖怪が関わっていたら助けたのか?
そう口まで出かかった反論は飲み込んだ。阿生の言っていることはまっとうなのだ。ただ、話を聞いた以上、何かしてあげないとがっかりされてしまう気がして怖い──。
何かしてあげないといけないと思うのは蒔麻の悪い癖だ。ただ、止そうと思っても見ないふりをする方がしんどかった。
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