春待つ花嫁と妖狐の蜜契

多茶

文字の大きさ
上 下
7 / 30

7

しおりを挟む
 その日の十六時頃。マリと名乗る小学五年生の女の子が参拝に訪れた。
 放課後、鎌倉の元を訪ねてから神社に来たらしい。鎌倉がどうやってマリを神社に導いたかはわからないが、蒔麻の顔を見るなり、「ここに来たら助けてくれるって聞きました」と言った。よほど急いで来たのか、黒のロングヘアを茶色いカチューシャで留めた額には汗が滲み、丸いメガネはうっすら白く曇っていた。
 マリを社務所の中に通し、聞き役は阿生に引き継いだ。応接スペースというには手狭だが、社務所の隅には低めのダイニングテーブルと二人掛けのソファー二脚を用意している。
 マリはきちんとした性格のようで、ソファーに背筋を伸ばして座り、横に畳んだネイビーのダッフルコートとランドセルを置いた。
 蒔麻は温かい番茶と切り分けた芋ようかん三人分をテーブルに出し、丸盆を膝に置いて阿生の隣に座った。

「それで、助けてほしいことっていうのは?」

 マリに話しかける阿生はにこやかだった。鎌倉から話を持ちかけられたときは渋っている様子で、子どもが苦手なのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。

「私は無実だって、本当にこっくりさんがいるんだって、エマちゃんとメイちゃんに証明したいんです……」

 詳細はこうだ。
 一週間ほど前、メイの提案で、放課後の教室でマリはエマとメイと《こっくりさん》を行った。
《こっくりさん》というのは、漢字で《狐狗狸》と書くように、狐などの霊を呼び出してお告げを受け取る一種の降霊術だ。西洋に起源を持つ占いで、必要なものは紙と硬貨一枚。紙にはあらかじめ鳥居のマークと《はい》《いいえ》《五十音》《0~9の数字》を書いておき、そこに硬貨を乗せ、参加者全員が硬貨に指を添える。
『こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいでになりましたら《はい》へお進みください』
 こう唱えたところで当然何も起きないのだが、極度に緊張している場合など、本人が無意識のうちに筋肉が動いてしまうことがある。素直な小学生にいたっては、硬貨が反応を見せれば、本当に狐狗狸が現われたのだと信じてしまうケースもある。
 盛り上がった三人は、学年の人気者である男子児童に付き合っている人がいないかを訊いた。

「そしたら、硬貨がエマちゃんって答えたと。それが事実だからマリちゃんは悩んでるわけだ?」

 阿生が言い、なるほどと思い至る。嘘であればエマが一蹴して終われるはずだ。

「そうです……。エマちゃんは、その子と付き合ってることは私にしか話してなかったんです。だから、十円玉を動かしたのは、本当は私なんだろうって怒って」
「マリちゃんに裏切られたと思ったんだね」
「……メイちゃんも同じ子が好きで、それで、エマちゃんはメイちゃんには言ってなかったんです。……私じゃないのに、エマちゃんはそれから口も聞いてくれなくて」

 しかし、エマがその男子児童と付き合っているのは秘密という約束があり、マリは誰にも相談できずにいたと。

「なるほどね。それで、毎日お地蔵様に」
「そうです」

 蒔麻はずっと黙っていたが、暗い面持ちで頷くマリを見ていると、人ごととは思えず胸を締め付けられた。
 あらぬ疑いを掛けられたことはないが、蒔麻も霊媒体質のせいで人に拒絶され、しかし誰にも相談できない辛い思いを味わってきた。
 協力してあげたい。そう思ったが、阿生は違ったようだ。

「事情はわかった。ここは神社だから、マリちゃんの疑いが晴れるように神様に手を合わせて帰るといいよ。神様が願いを叶えてくれるより先に、三人で解決できるのが一番なんだけど」

 神不在の社殿で長く手を合わせ続けたマリを見送り、蒔麻は阿生に確かめた。

「解決してあげないんですか?」
「うん」
「なんでですか? おばあさんのことは助けてあげたのに」
「あれは初穂料も渡されてたし、それに話を聞いただけで硬貨を動かしたのはもう一人の子だってわかったでしょう? 人間同士のいざこざに口を挟むのは神社の仕事じゃないよ」
「それは……」

 ──妖怪が関わっていたら助けたのか?

 そう口まで出かかった反論は飲み込んだ。阿生の言っていることはまっとうなのだ。ただ、話を聞いた以上、何かしてあげないとがっかりされてしまう気がして怖い──。
 何かしてあげないといけないと思うのは蒔麻の悪い癖だ。ただ、止そうと思っても見ないふりをする方がしんどかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

ずっと、ずっと甘い口唇

犬飼春野
BL
「別れましょう、わたしたち」 中堅として活躍し始めた片桐啓介は、絵にかいたような九州男児。 彼は結婚を目前に控えていた。 しかし、婚約者の口から出てきたのはなんと婚約破棄。 その後、同僚たちに酒の肴にされヤケ酒の果てに目覚めたのは、後輩の中村の部屋だった。 どうみても事後。 パニックに陥った片桐と、いたって冷静な中村。 周囲を巻き込んだ恋愛争奪戦が始まる。 『恋の呪文』で脇役だった、片桐啓介と新人の中村春彦の恋。  同じくわき役だった定番メンバーに加え新規も参入し、男女入り交じりの大混戦。  コメディでもあり、シリアスもあり、楽しんでいただけたら幸いです。    題名に※マークを入れている話はR指定な描写がありますのでご注意ください。 ※ 2021/10/7- 完結済みをいったん取り下げて連載中に戻します。   2021/10/10 全て上げ終えたため完結へ変更。  『恋の呪文』と『ずっと、ずっと甘い口唇』に関係するスピンオフやSSが多くあったため  一気に上げました。  なるべく時間軸に沿った順番で掲載しています。  (『女王様と俺』は別枠)    『恋の呪文』の主人公・江口×池山の番外編も、登場人物と時間軸の関係上こちらに載せます。

九年セフレ

三雲久遠
BL
在宅でウェブデザインの仕事をしているゲイの緒方は、大学のサークル仲間だった新堂と、もう九年セフレの関係を続けていた。 元々ノンケの新堂。男同士で、いつかは必ず終わりがくる。 分かっているから、別れの言葉は言わないでほしい。 また来ると、その一言を最後にしてくれたらいい。 そしてついに、新堂が結婚すると言い出す。 (ムーンライトノベルズにて完結済み。  こちらで再掲載に当たり改稿しております。  13話から途中の展開を変えています。)

【R18】息子とすることになりました♡

みんくす
BL
【完結】イケメン息子×ガタイのいい父親が、オナニーをきっかけにセックスして恋人同士になる話。 近親相姦(息子×父)・ハート喘ぎ・濁点喘ぎあり。 章ごとに話を区切っている、短編シリーズとなっています。 最初から読んでいただけると、分かりやすいかと思います。 攻め:優人(ゆうと) 19歳 父親より小柄なものの、整った顔立ちをしているイケメンで周囲からの人気も高い。 だが父である和志に対して恋心と劣情を抱いているため、そんな周囲のことには興味がない。 受け:和志(かずし) 43歳 学生時代から筋トレが趣味で、ガタイがよく体毛も濃い。 元妻とは15年ほど前に離婚し、それ以来息子の優人と2人暮らし。 pixivにも投稿しています。

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

処理中です...