春待つ花嫁と妖狐の蜜契

多茶

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 家を出る前に阿生と過ごした記憶は抜け落ち、顔以外、どんな人物だったか覚えていなかった。今はそれをもったいないと思う。
 きっと楽しい記憶だったはずだ。

 ──目のこと、知られたくないな……。

 再会して数時間だが、人当たりのいい阿生に拒絶されると傷つくに違いないと確信していた。
 水蒸気で曇る鏡を拭い、今はまだ丸形を保ってる黒い瞳孔を覗き込む。これが暗闇では薄く光り、獣のような縦長の瞳孔に変わる。養父母が病院につれていってくれたが、原因はわからないままだった。マンガやアニメの登場人物のように視えないものが視えるわけでも、目からビームが出せるわけでもない。

 ──いっそ何か視えたらよかったのに……。

 霊視のひとつもできれば、何か人の役に立ったかもしれない。今日のように人形供養の依頼があったとき、もし本当に呪われた人形だとすればだが、活かしようがあったかもしれない。
 蒔麻は湯船の湯をすくい、鏡に浴びせ掛けた。浮かない顔と誰からも愛されたことのない体が鏡に映る。
 ひんやりした鏡に触れ、役立たずな体のラインに沿うように指を滑らせた。

「え?」

 その指に何かが絡まった。指先から肘、肩を駆け上がるように鳥肌が立つ。寒気は背筋まで伝わり、鏡越しに何かの視線に体を突き刺された。体が動かない。
 電気が落ち、蒔麻は声にならない悲鳴を上げた。
 湯船の中に足から崩れ落ちる。体を支えられず頭まで湯に沈み、蒔麻は湯を飲んだ。

「ごほっ、ごふっ、ぉ、っ、ごほ……っ」

 湯を吐き出そうと咳をすればするほど、気管に入ってくる。溺れる──。
 息ができるようになったのは、力強い腕で湯船から引きずり出されたときだった。横から抱きしめられ、噎せ続ける背中を擦られる。
 目を開けると浴室の電気は戻っていた。明るい蛍光灯の下、冷たいタイルのうえに投げ出した両脚が震えていた。

「蒔麻くん? 大丈夫?」
「あ……。俺、すみません……」

 呼吸が落ち着き、蒔麻は無意識に掴んでいた阿生の腕から手を離した。起き上がろうとしたが上手くいかず、露わになっていた体の中心を膝をすり合わせて隠す。

「溺れかけてたんだ。何があった?」
「何って……」

 何も視ていない。ただ、指に何かが絡まった。見れば、蒔麻の人差し指の先は何かで縛られたように赤い鬱血の跡が残っている。
 喉が引き攣った。今まで一人の時に怪異が起きることはなかった。

「……このままだと風邪を引きかねないな。部屋まで運ぶよ」
「あのっ、いえ、大丈夫です……っ!」

 全裸のまま抱え上げられ、蒔麻は慌てて阿生から体を離した。こうも密着していては物が飛んで来かねない。
 バスタオルで包まれ、横抱きで部屋まで運ばれる間も、蒔麻は戦々恐々としていた。しかし、恐れていたことは起きなかった。それどころか、暗い部屋の中で下ろされた後も阿生の態度は変わらなかった。

「寝間着は持ってきてる? 蒔麻くん?」
「あ……、はい、あの、鞄に」
「勝手に開けるよ?」

 スウェットを受け取りながら、阿生の目を見つめ返した。
 今、この目は光っていないのだろうか?

「しばらく一緒にいようか?」

 そう言われて初めて、阿生の腕を掴み続けていたことに気づいた。

「え、うわっ、すみません……っ!」

 恥ずかしすぎて、穴があったら入りたかった。阿生は気にしていないようだが、蒔麻は動機が収まらなかった。

「じゃあ、ゆっくり休んで。明日は神社を案内するよ」
「はい、あの、ありがとうございます」

 去り際、「おやすみ」と頭を撫でられ、顔が熱くなった。
 部屋が暗くてよかったと思ったのは初めてだった。

 ──阿生さん版大岡裁き、何かわからないけどわかる気がする……。

 しばらくしても鼓動は落ち着かず、蒔麻は倒れ込むように羽毛布団に包まった。
 それからしばらくは寝つけなかった。
 風呂場での得体の知れない体験。それが阿生の前では収まったこと。相手を選ばず意識してしまう自分への羞恥。新しい環境でどれも無視することはできなかった。
 新しい部屋で迎える夜は落ち着かなかった。マンションと違い、築年数を重ねた一戸建ては強い風で縁側のサッシをカタカタと鳴らす。そのたびに過剰に暗闇を意識してしまった。蒔麻の入眠を助けたのは阿生が用意してくれたふかふかの布団だ。突然の来客だったにもかかわらず、布団乾燥機をかけてくれた。その温もりに包まれているうちに、気づけば夢を見ていた。
 縁側の引き戸が開き、暗がりから寒い風が入り込んでくる。部屋の気温が下がり、頭が冷たい。蒔麻は寝惚けながら布団の中で体を縮めた。

「ん……」

 濡れた足が畳に張り付くような、ヒタヒタという足音がいくつも近づいてくる。しかし、引き戸が開いていること以外、何も視えない。

「な、ん──」

 寝起きの渇いた喉では何も言えなかった。周りを囲まれているように視線を感じ、布団の中に潜り込んできた冷たい手に両足首を掴まれた。

「っ!」

 悲鳴が声にならない。何かが蒔麻を庭に引き摺り出そうとしている。背中が畳で擦れ、縁側の板に後頭部を打ちつける。掴むもののない板に必死で張り付きながら、蒔麻は一刻も早く目が覚めるよう祈った。

「いやだいやだいやだいやだ」

 枕元に置いていた湯飲みが飛んで来て、蒔麻の背中に落ちた。ふいに足を引っ張る力が緩み、蒔麻は畳の方へ腕を伸ばした。しかし、すぐにズボンの裾を掴まれ、露わになった背中に湿り気のある何かが這う。

「ひっ!」

 地を這うような男の声が聞こえた。縁側を大股で近づいてくる音がして、冷や汗で濡れた体を抱き寄せられた。

 ──阿生さん……?

「貴様ら、どういう了見だ?」

 雲の切れ目から零れた月明かりが、暗い部屋の中でも阿生の美貌を浮かび上がらせる。庭に向けられた目は険しく、その唇は何かと言い争っていた。

「お下がり? 戯けたことを言うな。神に捧げられたわけでもあるまいし、人の子が始めたことに横取りも何もあるか」

 何を話しているのかわからない。しかし、どれだけ視線を感じても、阿生の腕の中にいると先ほどのような恐怖は感じない。

 ──夢の中でも助けてもらってる……。

「いたっ!」

 何かに足の親指を囓られ、蒔麻は勢いよく足を引き寄せた。ガシャンッ。阿生が腕を振り上げた途端、ガラス戸に何かがぶつかる。

 ──夢なら痛くないはずじゃ……。

 困惑していると、上から見下ろしてくる阿生と目が合った。

「このまま食われるか、俺のものになるかどっちがいい?」

 ──食わ……、俺のもの……?

 ガラスが大きく震え、蒔麻は阿生の体に身を寄せていた。

「──決まりだ」

 阿生が目線を投げかけると、縁側の引き戸がピシャッと音を立てて閉まった。変わらずガラスが震え続けているが、布団まで運ばれた蒔麻はそれどころではなかった。

「あ、阿生さん……?」

 顔の造りは阿生で間違いないはずだが、その髪は白金色に輝き、月に劣らない明るい双眸には獣じみた縦長の瞳孔が見える。その瞳に見下ろされると、全身から力が抜け、指一つ動かせなくなった。それどころか、唇が重なっても感覚の一つもない。

 ──やっぱり夢だ。

 阿生の唇が頬を伝い、瞼に触れる。瞼の合間に眼球を舐められたように見えたが、何も感じなかった。何より、なぜか怖くない。
 スウェットの裾から阿生の手が入りこんでくる。いつの間にか下衣はすべて剥ぎ取られ、足の間に阿生が腰を割り入れていた。
 開けた作務衣の間から覗く体が美しい。嫌みなく筋肉の浮き上がる胸と腹。そこに無駄な肉はない。腹の下はどうなっているのだろう。蒔麻の想像と違わず逞しいものが付いているのだろうか。
 しかし、阿生のものを見るより先に、蒔麻は自分の性器が宙で揺れる様を見ることになった。体を折りたたむように腰を持ち上げられ、眼前に掲げた尻の間に阿生が顔を埋めている。おまけにその頭には白い短毛を纏った三角の耳が乗っかっている。
 自分の想像力を恨んだ。明日の朝、まともに阿生の目を見られるだろうか。
 阿生は唾液を塗りつけるように舌先で蒔麻のきつい絞りをふやかしていた。小刻みに舌を動かし、わずかに呼吸を乱す様子は視覚だけで蒔麻の下半身を反応させた。
 眼前にはすっかり腫れた性器が透明な雫を垂らしながら揺れている。綻んだ後孔を指で弄る阿生の動きに追随していた。
 じっと見ていると、艶っぽく口角を上げる阿生と目が合った。

「好奇心が強いんだね」

 できるなら最後まで見たい。現実では後孔に指を挿し込まれた時点で部屋の物が宙を舞い、それどころではなくなった。経験が乏しいせいでリアルな淫夢を見ることもなかった。

 ──あ……。

 ズボンのゴム紐を押し、阿生の屹立が露わになった。唾を飲みたくなる長大ぶりだが、膨張途中のようで自分で扱く様子はとても色っぽい。ただ、見てはいけないものを見ている気分だ。

「すぐ済ませるから」

 最後まで見られるのだろうか。途中で目覚めませんように。
 蒔麻の心配をよそに、その怒張は止まることなく泥濘みの中に押し込まれた。
 阿生は眉間に皺を寄せ、息を詰めながら腰を進めている。腰を掴まれ、阿生の下腹部の茂みが陰嚢に触れるまで密着する。

 ──はい…、るんだ……。

「……は、ぁ……。想像以上にうまいな」

 ──うまい……上手い?

 夢の中の自分は床上手な設定なのか。自分の夢ながら都合のいい設定だ。
 まるで挿っていることをわからせるように、大きく腰を揺すられ背中が仰け反った。
 これが現実なら、どれほど深い挿入なのだろう。最奥まで暴いてしまうかもしれない。
 蒔麻は唯一自由が許された目でその光景を脳裏に焼き付けようとした。律動で上下にぶれる視界の中、呼吸を乱しながら髪をかきあげる阿生は妖艶だった。
 じっと見上げていると、阿生の唇が耳元に落ちた。

「本来なら、どんな反応をするんだろうな」

 まるで内緒話をするような声だ。
 上から覆い被さるように抱きしめられ、一際強く腰を使われる。密着していては阿生の様子がわからないというのに、その息づかいだけで終わりが近いとわかった。

 ──音だけで、イキそう……。

 ふいに首の付け根を深く噛まれ、蒔麻は突然訪れたリアルな感覚に声をあげていた。

「ァ……っ!」

 阿生が息を詰め、蒔麻は腹に白濁を吹き零していた。

 ──なんか、お腹が、おかしい……。

 腹の中に広がった温もりが誘い水となったようで、蒔麻の体はじくじくと疼き始めた。もっと阿生の精がほしい。阿生から白濁を搾り取るように肉襞が蠕動した。
 重量のある栓が引き抜かれ、できることならその逞しい腰を両脚で雁字搦めにして引き留めたかった。しかし、それは叶わず、何かから隠すように膝の上に横抱きにされた。

「これでわかったか?」

 阿生が空に向かって言い放つと、先ほどまで暑かった部屋に二月深夜の気温が戻った。
 蒔麻は温かい胸に頬を寄せ、落ちるように意識を失った。
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