春待つ花嫁と妖狐の蜜契

多茶

文字の大きさ
上 下
3 / 30

3

しおりを挟む
 阿生が市松人形を抱えて向かったのは、出町柳にある商店街だった。新京極通や寺町通のようにアーケードで囲われた規模のものではない。片側一車線の車道沿いに商店が十数軒ずつ軒を連ねている小規模なものだ。

「その人形をどうかするんですか?」
「そんなところかな。この人形、さっきのお母さんが供養してほしいって持ってきたものなんだ。夜、目を離すと首が動くらしい」
「え……」
「首を軋ませながら左右に振れるんだって。お母さんが近づくと止まるらしいんだけど」

 人形供養を受け入れている神社仏閣はある。節句人形からぬいぐるみまで、縁のある思い出の人形を供養し焚き上げる。

「うち、お焚き上げの場所もあるんですか?」
「ないよ。でも、ときどきこういう相談はあるし、奉納する場所は用意してある。ただ、スペースも限られてるからね。こういう《なんでもない人形》は持ち主も返していかないと」

 人形の首が動くのに《なんでもない》とは。
 蒔麻は戸惑いながら、阿生が「ここだよ」と指さした先を見上げた。
 黄色い看板には、緑と赤の文字で《カギの一一〇番・セキュリティーSOS》と書かれている。

「ごめんください」

 ガラス戸を引いて中に入ると、壁一面にブランクキーがぶら下がっていた。駅にある鍵屋の比ではない。
 店内はどこか埃くさく、陳列された自転車用のチェーンキーや南京錠のパッケージは日焼けしている。しかし、店の一角を占める非売品棚や機械は綺麗に磨かれていた。

「博物館みたいですね」
「だよね。ここのお父さん、鍵マニアなんだ」

 阿生がもう一度声をかけると、店の奥の小上がりから中年男性が顔を覗かせた。

「阿生、今何時やと思っとん」
「あ、早く着きすぎたか……。すみません、あと五分待ってます」
「おう」
「お父さんの趣味は鍵と昼ドラなんだ」

 鍵屋の店主と特別親しいのかと思ったが、阿生は商店街の人から可愛がられているようだった。店先で待っていると、豆腐屋の女性が廃棄するというおからとおまけの油揚げを、パン屋の若い男性が先日の相談のお礼だとカレーパンやチョココロネを袋いっぱいに持って現われた。

 ──叔父さんの言う、おばあちゃんが誑かされてるって、こういうこと……?

 祖母の世代で女性の宮司は相当珍しい。それでも神社を支えたしっかり者の祖母が、若い男に誑かされるというのは違和感があった。

「蒔麻くん、そろそろ入ろうか」

 蒔麻は阿生に背中を押されながら店内に戻った。

「またえらい顔がいいやつを連れてきたな」
「明美さんの孫の蒔麻くんですよ」
「明美さんの?」

 訝しげな視線を受け、蒔麻は慌てて会釈した。

「常葉蒔麻です。四歳で東京の養父母の家に移ったので、京都にいたのは二十年前で」
「ああ、見舞いに戻ってきたんか」

 店主はまだ何か言いたそうだったが、次の質問が飛んでくるより早く、阿生が市松人形をカウンターの上に置いた。

「これなんですけど、金属探知機にかけてもらえませんか?」

 店主が右の眉を上げる。

「またストーカーか?」
「俺のじゃないですよ。人形供養で持ち込まれたものです。中に介護用の見守りカメラでも仕込まれてるんじゃないかと思って」
「カメラ……」
「呪われた人形だと思った?」

 阿生に微笑まれ、蒔麻は言葉に詰まった。
 子どもっぽいと思われた気がして居たたまれない。オカルトが好きなわけではないが、怪異は実在すると知っている──。

「そんなもんより人間の方がよっぽど怖いからな。こいつに阿生版大岡裁きの話でも聞いてみ」
「大岡裁きってあの、母親二人が子どもの腕を左右から引っ張るあれですか?」
「それの藁人形バージョンな」
「お父さん、蒔麻くんにつまらない話を吹き込まないで。ただ腕を引っ張られただけですから」

 店主は口をへの字に曲げると、カウンター下からスティック状の金属探知機を取り出した。引っ越し先の部屋に盗聴器が仕掛けられていないか確認する依頼があり、用意しているらしい。
 阿生の読み通り、金属探知機はすぐにピピッと音を発した。人形の黒目を覗き込んだ店主が「分解するか?」と面倒くさそうに訊く。

「傷つけたくないんです。中がわかればそれで。あとは考えがあるので」

 店を後にし、家に戻って早々、阿生は市松人形を和室のこたつに置いた。

「この紙でいいかな。蒔麻くん、ここに『気づかれたらお電話ください』って書いてくれる? あとは、うちの電話番号も」

 言われるまま、チラシの裏に太いマーカーで書き込んでいく。

「可愛い字だね」
「紙に対して大きく書けなくて。これで大丈夫ですか?」
「? うん。何も問題ないよ。読みやすいし」

 阿生はチラシをクリアファイルに挟むと、市松人形と向かい合わせになるよう台所から持ってきた酢と味醂の瓶にセロテープで固定した。
 依頼人の家族から電話がかかってきたのは、阿生と二人で食卓を囲んでいるときだった。囓りかけたホウレン草と鶏ひき肉の信田煮を小皿に置き、阿生はにこやかに電話に応じた。
 市松人形の中には電池式の介護用監視カメラが仕込まれていたらしい。依頼人の姿が見えないときに家族が遠隔操作でカメラを左右に動かしていたため一緒に人形の首が動いたようだった。
 市松人形は家族が神社に引き取りに来ることになった。家族からあらためて依頼人に事情を伝え、本人と一緒に安否確認の方法を考えてもらう。

「あまのじゃくなところがある女性なんだ。家族が介護サービスをつけたいって言っても聞かなかったんだって。参道の階段を一人で上がってこれるんだから断りたい気持ちもわかるけど、まさか家族に監視されるなんて思わなかっただろうね。いくら心配してのこととはいえ、人間はなかなか面白いことを思いつくよ」

 自分が同じ事をされたら怖さはある。しかし、家族を思う優しさに偽りはないように思えた。蒔麻は祖母が倒れるまで、自分から顔を見せに来ることも気遣うことも躊躇っていた。話すこともままならない状態になった今、後悔しても遅い。後ろ暗い気持ちを振り切るように、蒔麻は少なくなった阿生の湯飲みに急須の煎茶を注いだ。

「どうして阿生さんは人形にカメラが入ってるってわかったんですか?」
「まったく怪しくなかったから」
「怪しくない? というと?」

 蒔麻が理解できずにいると、阿生は「長年の勘」だと言い直した。

「そうだ。娘さん、今から取りに来るって」
「今からですか?」
「人形を置いていくとき、お母さんが寂しそうだったから早く返してあげたくて」

 女性は何度も「急がない」と言っていたが、あれもあまのじゃくだったのか。

「阿生さん、優しいんですね」

 口を突いて出た言葉だったが、阿生は自覚がないのか目を丸くしていた。
 自覚がないところに好感を抱く。人をよく見ているのだろう。
 阿生は祖母ともこんな調子で一緒に居てくれたのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

ずっと、ずっと甘い口唇

犬飼春野
BL
「別れましょう、わたしたち」 中堅として活躍し始めた片桐啓介は、絵にかいたような九州男児。 彼は結婚を目前に控えていた。 しかし、婚約者の口から出てきたのはなんと婚約破棄。 その後、同僚たちに酒の肴にされヤケ酒の果てに目覚めたのは、後輩の中村の部屋だった。 どうみても事後。 パニックに陥った片桐と、いたって冷静な中村。 周囲を巻き込んだ恋愛争奪戦が始まる。 『恋の呪文』で脇役だった、片桐啓介と新人の中村春彦の恋。  同じくわき役だった定番メンバーに加え新規も参入し、男女入り交じりの大混戦。  コメディでもあり、シリアスもあり、楽しんでいただけたら幸いです。    題名に※マークを入れている話はR指定な描写がありますのでご注意ください。 ※ 2021/10/7- 完結済みをいったん取り下げて連載中に戻します。   2021/10/10 全て上げ終えたため完結へ変更。  『恋の呪文』と『ずっと、ずっと甘い口唇』に関係するスピンオフやSSが多くあったため  一気に上げました。  なるべく時間軸に沿った順番で掲載しています。  (『女王様と俺』は別枠)    『恋の呪文』の主人公・江口×池山の番外編も、登場人物と時間軸の関係上こちらに載せます。

九年セフレ

三雲久遠
BL
在宅でウェブデザインの仕事をしているゲイの緒方は、大学のサークル仲間だった新堂と、もう九年セフレの関係を続けていた。 元々ノンケの新堂。男同士で、いつかは必ず終わりがくる。 分かっているから、別れの言葉は言わないでほしい。 また来ると、その一言を最後にしてくれたらいい。 そしてついに、新堂が結婚すると言い出す。 (ムーンライトノベルズにて完結済み。  こちらで再掲載に当たり改稿しております。  13話から途中の展開を変えています。)

【R18】息子とすることになりました♡

みんくす
BL
【完結】イケメン息子×ガタイのいい父親が、オナニーをきっかけにセックスして恋人同士になる話。 近親相姦(息子×父)・ハート喘ぎ・濁点喘ぎあり。 章ごとに話を区切っている、短編シリーズとなっています。 最初から読んでいただけると、分かりやすいかと思います。 攻め:優人(ゆうと) 19歳 父親より小柄なものの、整った顔立ちをしているイケメンで周囲からの人気も高い。 だが父である和志に対して恋心と劣情を抱いているため、そんな周囲のことには興味がない。 受け:和志(かずし) 43歳 学生時代から筋トレが趣味で、ガタイがよく体毛も濃い。 元妻とは15年ほど前に離婚し、それ以来息子の優人と2人暮らし。 pixivにも投稿しています。

処理中です...