TS剣闘士は異世界で何を見るか。

サイリウム

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故郷章

40:蹂躙!

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<加速>七倍速


時間は、短ければ短い方がいい。

敵基地の形状は、大きな洞窟が存在する岩肌から半円状に広がっている。洞窟がある北方向が全て岩肌で覆われていて、残りの方面が切り開かれている形。四方面の内どれか一つを海や山などで固めることで、警戒する面を潰す、よくある手口だ。

アルが陣取っている場所は、南側の大きな木の上。私が突入する場所も、そこからになる。

まずは、見張りを、消す。

森の中、暗闇の中から飛び出し、最初の1人目の首を刎ねる。力を籠める、骨ごと断ち切る振り方ではなく、撫でるように切り落とす感覚で。続けて2人目、3人目。乱戦時、特に1人対複数人の場合相手の反撃に対応するため振り落としは基本使えない。外せば大きな隙だし、殺せたとしても振り下ろした瞬間は隙だらけだ。それに削られるスタミナの量はかなり大きい。

4,5,6と数を重ねながら、回り踊る様に首を飛ばしていく。情報通り、雑魚しかいない。こちらを認識する暇もなく、ただ首を飛ばしていく骸たち。17を数え終わった後、より内部へと侵入していく。敵基地のテント街、って感じのところかな?


(こう、歯ごたえがないと無双ゲーしてるみたいだよね。)


そんな変なことを考えながら、剣を振るう。いやアレはアレで面白いんだけどね、現実でやると色々勝手が違うだけで。

やっぱり雑魚たちはちゃんとした教育を受けた兵士ではなく、寄せ集めのチンピラみたいなものらしい。流石にこっちのことを認識する奴が増えてきたが、立ち上がることもできずに血をまき散らし、武器を握ることすらできずに死んでいく。これで43だが、まともな反撃どころかちゃんと武器を握った奴すらいない。


(ん? ……あぁ、そっちね。)


七倍速の世界の中で、聞きなれない異音が耳を震わす。何かと思って振り返ってみれば、アルが西側に向かってパチンコを撃ち出していた。そういえば生き残った村の人たちが、残った破材で音のなりやすい弾ってのを作って彼女に持たせてくれたんだっけ。あの鹿の角と骨で作った奴。

ま、つまりあっち側でもう逃げようとしている盗賊くんがいる、ってコトでしょう。んもう、せっかちさんなんだから。



<加速>十倍速



一時的に倍率を上げ、ようやく武器を持ち始めて反撃しようとした盗賊たちの首を、6つほど頂戴する。その中で装備の質的に、少しいいのを着ている奴もいたが、同じように首が飛んでいき、他と同じように死ぬ。多分アルの村を攻めてきたアイツと同じ小隊長ポジの奴なのだろう。可哀そうに、見せ場なく死んじゃったねぇ。

そんな可哀そうな死体たちには目もくれず、首が地面に落ちるよりも先に通った道を引き返していく。倍率は七に戻すが、それでも奴らの視界に入るほど私は遅くない。敵基地外周を走りながら4人ほど処理し、アルが教えてくれた西方面へと到着する。


(これで53。んで私が来るまでにアルが処理したのが2、55。)


おそらく何かあったときに被害を分散させるために逃走する準備があったのだろう、もしくは単に恐怖を感じたから逃げ出したのか。くるくると回転しながらフライング生首を量産し、そんなことを考える。あ、でも見てよこの首。ちょうどお空に浮いてるけど、何かから逃げるような顔してない? 防壁のない基地だし、魔物とかが攻めてきた時はとにかく逃げるようにしてたのかもね。あと悲鳴が聞こえたら逃げるとか。


(まぁ私には解らないんですケド。)


正直さ、七倍速の世界に入ってると音とか聞き取りにくくなるんだよねぇ。無茶苦茶音が低くなるし、アルがさっき投射した音の出る奴……、長いから鹿玉で。あれの音もかなりギリギリ聞こえた感じだし。誰かが悲鳴とか怒号とか上げても、正直ワカンナイ。


「なのでみんな殺しますねぇ?」


たぶんこっちの声も早すぎて聞き取れてないんだろうなぁ、と思いながら生首を増やしていく。いややっぱりさ、人って首落としたら死ぬじゃない? 最近例外を知ってしまったけど、まぁこんなところにその例外はいないだろうし、防具も首を守ってくれるのは結構少ない。というか防具を着けていたとしても、私の剣を止められるような鉄の防具なんてかなりの厚さが必要。調べたことないけど5㎝くらいなら倍率かけずに切断できるし。


(首にそんなの巻き付けてるのいないしね。つまりみんな、すぱぱぱ~んですよ。)


単純作業になってきたせいか、集中力が途切れて思考が変になってきた。けどまぁちゃんと仕事はしてるんでね、許して下さいな。いつの間にか飛ばした首は100を超え、121。西側へと逃げていく盗賊を見て、西なら逃げられると勘違いした盗賊が多かったのか、思ったより数が稼げた。誰かが逃げ出したら自分も同じ方向に逃げ出す、一瞬お前らダチョウかと思ったけど、盗賊とダチョウを比べたらダチョウに失礼だわ。

まぁアイツもバチクソ頭悪いんだけど……。


(この世界じゃ見たことないけど、探したらいるのかねぇ? あ、この世界獣人いるし、ダチョウの獣人? 鳥人がいるかも。)


今の私ならダチョウよりも速いだろうなぁ、と思いながらもう一度敵基地外縁部へと足を運ぶ。

等速時間でたぶんまだ3分も経ってないぐらい、でも盗賊たちが自身の置かれている状況を把握するのには十分な時間だ。つまり戦うのか、逃げ出すのかの選択。そして騒ぎを聞きつけた洞窟内部にいた奴が出てくるのか、防備を固めるのか。さ、こっからが大変だぞ。頑張りませんと!

さっきと同じように外周に沿いながら逃げ出した盗賊を狩り、南方面へと移動するが29程度しか狩れなかった。距離が近くなったことでようやく視認できたアルが、東方面へと攻撃を仕掛けているところを見るに、敵は大体そっちに流れているのだろう。まぁ私が最初に南を潰して次に西を潰したから、そりゃそうかって感じなんだけど。


(森に入られると追えないし……、急がなきゃ。)


<加速>十倍速


まだ体が慣れていない速度だが、自分が取り逃したせいでアルの村がまた襲われる、となってしまえばどれだけ後悔しても足りないだろう。ちょっと体が軋むが、全力で地面を蹴って移動する。


(……あれ? 思ったより逃げてないな。)


残りの100人くらいが恐慌状態に陥って雪崩のように逃げ惑ってるのかと思いきや、実際いたのはその1/4くらい。何か異常でもあるのかと思い確認してみるが、アルが殺したのであろう死体が3つ存在するだけ。想像より少なくてびっくりしちゃったけど……、まぁ殺すのには変わりない。一番森の近くにいた盗賊目掛けてレイピアを投擲し、それ以外の盗賊は他と同じようにあの世にしまっちゃうお姉さん。これで合計167ってところかな?


「アルが他にヤった奴もあるだろうから170くらい? いつの間にか半分通りこしちゃったね。」


周囲に敵がいないことを確認した後、加速しながら自身の体を確認する。被弾無し、返り血はちょっと多め、疲労はあるけどまだ余裕はある、魔力は使用してないのでフル。レイピアは投げちゃったので使用不可、しかも普段使いしてる方。旅の途中で魔物とかを切っていた方の剣の切れ味が落ちてきている。両刃なんだけど、両方ともまずい感じだ。予備の方はまだまだいけそうなんだけど……。


(血とか脂の汚れもちょっとなぁ……。まぁいいか、切れなくなっても最悪殴ればいいし。)


にしても、逃げてるのが少ないってのはどういうことなんかね? どっかに集まって防御陣形組んでるとか? 300って話だったし、残り100以上は絶対にいるはずなんだけど……。

そんなことを考えながら、敵基地中央部へと移動する。アルが飛ばす鉄球の方角が北方面に向かい始めたが故の移動だ。


(外から見た感じだと、洞窟の前が広場みたいな感じになってたんだけど……。お?)


「あら~! か~、わいっ!」


視界が空けた後に見えるのは、盗賊たちが集まって防御を固めている姿。木の板やら箱やらを並べて簡単な防壁にし、弓や槍で防御を固める姿。大体……、70人くらい? 思ったより少ないけどまぁそんなものなのでしょう。残りは洞窟内部にいて、外に出てる奴は中にいる奴らを守る為に無意味な作業を頑張ってる。矮小な存在が意味のないことを頑張る姿って可愛らしいよねぇ、消し飛ばしてあげたくなる。

まぁ多分だが、伝令や警戒を叫ぶ奴を全部私が切り落としちゃったせいで、彼らは正確な情報を持っていないのだろう。なんか敵が来てるみたいで、味方が無茶苦茶早いスピードで死んでる。考えてるのは、『どの方向に逃げても味方の死体が転がってるし……、もしかして囲まれてる? ヤバいやん、守り固めなきゃ。』ってところかな。


「じゃあその頑張って作った砂のお城、壊してあげるね?」


こちらを視認したらしい敵弓兵が矢を射かけてくるが、私より遅い直線しか進まない矢ごときに当たるわけがない。軽くひょいっと跳び上がり、防壁の内部へと侵入する。今の私は七倍速だ、正直盗賊如きが目で追える速度ではない。しかも、防壁を張った時点で彼らの意識は外に向いている。

彼らからすれば、目の前にいたはずの私の影が急に消えて、気が付けば首を取られているって感じだろう。ま、わけないよね。


「+73して、計243! あとは、洞窟……。ᚱ(ライド)。」


導きのルーンを起動し、巻き起こした風を洞窟の中へと送り込む。倍速を掛けている私からすればかなり遅いが……、まぁその間に洞窟から飛び出して来た盗賊くんでも狩って暇つぶしにしましょう。え? なんで風起こしたかって? 内部の大まかな構造を調べたのよ、さすがに完璧にわかるわけじゃないんだけどね。ここ以外の抜け道はあるのか、とか。空気口はこれぐらいある、とかくらいならなんとなくわかる。


「……ん? かなり大きい部屋があるな。でも空気口以外は抜け穴なし。じゃあとりあえず塞ぎましょうかねぇ、ᚲ(カノ)、ᛉ(アルジズ)。」


軽く把握できたので、次の行程。火のルーンに、友のルーンから防御のイメージを切り取ったものを組み合わせることで火の壁を作成する。後はこれを洞窟の入口に設置すれば……、ほら完成。中にいる奴らを出さないための防壁のできあがりだ。


「5分くらいは持つし……、この間に掃討しちゃいましょう。」







 ◇◆◇◆◇





「た、たしゅけ」

「やだ♡」


うん、これで最後かな。

洞窟の中に入った後で、背後から襲われちゃたまらない。後逃げられるのもね? というわけで呼吸音とか気配とかを探しながら基地内部を探し回った結果、8人の方を発見し、永遠のお別れをすることができました! いや~、良かったですねぇ。


「っと、さすがにあれだけの数殺したせいで血がヤバいな……。」


ほら見て、足の裏真っ赤。いつもは避ける返り血も今日は急いでたから受けちゃってるし……、帝都に帰ったら清掃&フルメンテだねぇ。でもまぁこれだけ血まみれ、ってことは敵を一杯殺せたってこと。多分逃がしちゃったのは一桁だろうし、それぐらいなら魔物に喰われて終わりでしょう。それに、濃厚な死の香りが漂ってたら魔物も動物も近づかないだろうし、今基地内に残ってた奴は全部やったし、後ろを気にする必要はなくなったわけだ。

終わったことを伝えるために軽く手を振ると、南の方からアルが走ってくる。最初は血を踏まないように走って来ていたが、一度誤って踏んでからはもう躊躇せずに走ってきた彼女。帝都、いやララクラで新しい靴買おうね……。


「お疲れ様です師匠、……色々やばいですね。」

「まぁ数が数だからねぇ。」


肉体的な疲労はそこまでないだろう、だが彼女の顔からは疲れというか強いストレスを受けた様子が窺える。まぁこんな最悪な殺人現場なんか見るのは初めてだろうし、仕方ない。下に降りて普通に歩けているだけで彼女の覚悟の強さと、精神の強さが窺える。普通なら吐いてもおかしくないからね?

こっちきたばっかりの私ならどうなってただろうなぁ、と考えながら足を進める。


「こっからは洞窟の中での戦闘だけど……、アルは来るかい?」

「指示に従います。」

「うん、偉いね。」


そう答えながら、盗賊たちが立て掛けていた剣の一つ。一番質のまともそうなショートソードを手に取る。軽く振ってみるが……、あぁこりゃ無理だ。脆すぎて『加速』に耐え切れない。親指と人差し指で強く刀身を押してみれば、ピシッという音と共に罅が入る。これだから安物は……。


「師匠?」

「室内戦闘もそうだけど、洞窟の中って狭いでしょ? だから武器を変えようかと思ったんだけど……、これじゃ無理だね。」

「あの、じゃあ私のは……。」


そう言いながら自身の腰に巻いている剣を差し出そうとしてくるが、受け取らずそのまま持たしておく。確かに彼女が持つそれはアルが十分に振れるようなサイズだし、私が求めている長さにもあっている。だけどちょっと柄のところが短いんだよね。あとそれを受け取ってしまうとアルから近接戦闘能力を奪っちゃうことになるから嫌。


「ま、最悪拳でやるし大丈夫大丈夫。」


因みにこれはかなり後の話で、アルとふざけて『これよく初心者がやる、買ったばかりの綺麗な長剣をご機嫌に振り回して洞窟の壁に突き刺す奴~!』とか言いながらやっちゃったんだけど、普通に私の力と加速の倍率が高すぎて洞窟の壁を丸ごと切断。それが原因で倒壊が始まり、お邪魔してた洞窟が丸ごと埋めちゃったことがありましたが、またそれは別のお話。……え? 無事帰れたのかって? そりゃもちろん二人とも五体満足で帰りましたとも。


「さて、アルも来たことだし……。ᛉ(アルジズ)、ᚷ(ゲーボ)。」


友のルーンから保護、そして防御の意味を強く引き出し、それを愛のルーンでよりアルへと手渡す。彼女の手に移った黄緑の光は一瞬だけ桃色の光を放った後、ゆっくりとその全身を包み込んでいく。愛のルーンには誰かに手渡す、っていう意味合いがあるからね。防御魔法の付与って感じで使った。


「狩れた数が少ないし、もしかしたら外に出てるのかもしれない。そこにアル一人を残すのはさすがに危ない。だから後ろからついて来なさい。背後の警戒、頼んだよ。」

「ッ、わかりました!」


彼女の利き手を鞘に収まる剣の柄に当て、そう頼む。置いていかれると思っていたのか、気合を入れ直すような声を上げる彼女に深く頷き、宙に火のルーンを複数描く。この文字が持つ松明という意味を強く引き出すことで、洞窟内での光源として使用するつもりだ。


「さて、今から火の壁で閉じた洞窟の入口を開けるわけだけど……、絶対敵はそこに潜んでこっちを攻撃しようとしてくる。だから最初は私の後ろに、ね。中に入ったら後ろを。」

「解りました!」

「いいお返事。じゃ、やるよ。」


私の背に身を隠したアルを確認した後、スナップを合図に刻んだルーンを解放する。開かれた門の先には、案の定敵がこちらを待ち構えていた、しかも、外にいた盗賊よりも装備の質が上。細かいところは違うが、ある程度統一されてるし兵士みたい。火の壁が消えた瞬間に、洞窟内部から石や矢が飛んでくる。



<加速>七倍速



切れ味の悪くなった方、普段使いしていた方の長剣でそれを切り払っていく。どうやら力が強い奴がいるみたいで、かなり大きめの石も飛んでくるが別に何ともない。背後にいるアルに当たらぬよう注意を払いながら、次の手を考える。


(このまま遠距離攻撃をし続けられて時間稼ぎされるのもアレか……、消そう。)


一瞬アルの方へ向き、彼女を抱えてさっき洞窟前で陣取っていた盗賊、彼らが作った防壁へと避難させ、アルに軽くウインクした後に突貫する。入口部分とはいえ、洞窟内部に入るわけだ。ロングソードは取り回しが難しいし、もたもたしてたら内部にいる奴らが証拠とかを燃やしちゃうかもしれない。

そう考えながら、拳を強く握る。そう、殴殺ですね。

倍率はそのままに、飛んでくる石や矢を弾きながら進み、洞窟の内部へ。一番近い敵へと拳を振りかかった時






(ッ、魔力!)







足元で、青い魔法陣が起動される。

倍率を限界まで上げ、効果範囲内から移動しようとするが気が付いた時にはもう遅かった。

視界が全て、切り替わる。


「……転移かよ。」


この広さに、岩肌。感覚的にさっき導きのルーンで発見した大部屋だと理解する。



「へぇ、お姉さん。冷静なんだね。」



そしてそこには、一人の青年が。

背後に無数の魔物を従えた男が、私を待ち構えていた。





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