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故郷章
34:もう一つの、"はじまり"
しおりを挟む『ふぅ、このあたり丘ばっかですねぇ~。』
『そうね、さすがにキツイものがあるわ。』
「……降りよっか?」
ルぺスとコピア、馬の二人とそんなことを話しながら丘を登る。と言っても私とアルは二人に乗ったままだから楽なもんだけど。
ララクラを出た後、テクテクと歩き進めた私たちはもうそろそろアルの故郷が見えてくるかなぁ? というところまで来ている。ただちょっと道が整備されてない地域らしく、凸凹とした丘が多く二人にとっては辛い感じらしい。まぁそもそも二人とも平原でしか走った経験がなかったみたいだからね……。別にそこまで急いでるわけでもないし、重いなら降りるよ? 乗せてもらってるから体力は残ってるし。
『ありがたい申し出だけど、仕事はしっかりしないと。だから貴方は景色でも楽しんどきなさいな。』
『それに何度も襲撃を叩き潰してもらってますからねぇ~。ご主人は勿論ですが、アルちゃんも頑張ってましたし。』
「えへへ……。」
ならいいけど、と二人に返しながら言われた通りに索敵混じりに景色を眺める。見える範囲、聞こえる範囲には魔物は見つからないし、少し気を抜いても大丈夫そうだ。頑張り過ぎて潰れるのは勘弁だけど、やれるって言ってるのにやめさせて信頼関係にひびが入ったりするのも勘弁だ。それにまだ二人とも三歳馬、経験は必要だろうしね。
因みに、魔物の襲撃は相変わらず私が切り殺してるんだけど、アルもちょっとだけ参加させるようにした。と言っても剣を使った近距離戦を任せているわけではない。
彼女に買って上げたパチンコ、それによる遠・中距離攻撃を任せている。子供でも使いやすいY型のタイプで、ララクラで買った小さな鉄球を投射するタイプのものだ。アルに剣は教えているけど、正直実戦に出すには不安が残る。かといってずっと過保護にしてても彼女にとっていいことではない。ということで今後魔法を覚えた時にも役立つように、ということで買い渡した。
『射線上に私がいても回避できるし、0距離でも握りつぶせるから大丈夫だけど、撃つときはちゃんと"何処を狙っているか"、とか"何で攻撃しようとしているのか"を叫ばなきゃだめだよ? 誤射は怖いからね。』
『わかりました! 頑張ります!』
アルはアルで、自身が何の役にも立ててないと悩んでいたのだろう。ちゃんとした役割と、成果が上がる様になってからは彼女の顔に笑顔が浮かぶようになってきた。まぁそれが魔物を殺して、ってのが正直不安になるところもあるが、この世界に於いて魔物は基本人類の敵で、問答無用で排除対象だ。そこら辺は気にしなくてもいいと信じたい。
……ま、その笑顔が抱えてる不安を誤魔化そうとしてるのは解ってるんだけどさ。
魔物の数は明らかに帝都の付近よりも多いように感じる、その質は明らかに帝都の方が高かったが、襲撃の頻度が上がっているのは確かだ。ララクラからここまで付近の村を遠くから眺める限り、大きな被害が出ているようには思えなかったが、数の増加という目に見える変化は私たちに不安を植え付けていく。誰も言葉にはしないけど、あの町を出てからずっと、頭の片隅に残り続けている。
「そういえば師匠?」
「ん~?」
彼女に声を掛けられたことで、意識を思考から戻していく。目線をコピアの背にのるアルの方へ。
「ララクラにいた時、冒険者組合で面白いことがあったって言ってましたけど何があったんですか? 結局それを聞く前に角鹿に襲われちゃったので聞き逃しちゃったんですけど……。」
「あぁ、アレね。……まぁ端的に言うと、見ず知らずのおっさんとダンスして、多分貴族のお嬢様に稽古つけてあげた。んでそのお礼として情報貰ったって感じ?」
「???」
マジで何を言っているのか解らないという顔をしながらこちらを見る彼女。いや嘘は言ってないのよ? ほんとほんと。……え? また貴族と関係持ったんですかって? いやそんな大層なもんじゃないよ。明らかに私のこと見て顔を変えた執事のお爺さんはまだしも、肝心のお嬢様は私のこと知らなかったみたいだし。多少丁寧に教えてあげたけど、あれぐらいならお抱えの騎士団ぐらいには叩き込まれてるでしょ。
「あのマリーナって子の風魔法は結構すごかったよ、戦術は赤ちゃんレベルだったけど魔法だけなら十分実戦レベル。アルよりちょっと背が高かったけど同い年ぐらいだろうし。やっぱ貴族だからそういう魔法への教育はしっかりしてるのかもね。」
「むぅ……!」
「あ、でも。剣術はアルの方が何枚も上手だったよ。」
「当然です! 師匠の弟子ですから!」
拗ねたと思ったらすぐに胸を張る彼女、うんうん。やっぱり反応が可愛いねぇ、アルは。しかも、そうやって胸を張った後に早速魔力を練り始めて、魔法の練習を開始しててもっとカワイイ。そうだね、負けたくないもんね。
昔、司教のレトゥスさんに見てもらった時に『アルは火と水に対しての適性が高い』と言われた。彼女もそれを覚えているみたいで、私がやって見せた火のルーン、ᚲ(カノ)の練習をずっとしている。今のところずっと不発だけど、ちょっとずつ彼女の体から感じる魔力の動きみたいなのが滑らかになっている様な気がする。もうそろそろ、って奴だろう。
「あ、この丘です! ここを越えれば平原で、ずっと麦畑が広がってますよ!」
「ということは……?」
「はい、私の村です!」
『聞いたわね、コピア。』
『はい~、もうひと頑張りです~。』
ゆっくりと、二頭が地面を踏みしめながら丘を登っていく。ここに到着するまでに何度か他の村の傍を通ったが、綺麗な麦畑がどこでも広がっていた。まだ収穫には長い時間が掛かりそうな青いモノばかりだったが、あぁいった一面麦畑ってのは見てて心が安らぐのを感じる。それに、平原にある村ってことだから丘を越えればすぐにソレも見えるだろう。
淡い期待を胸にしながら、視界が開けるのを待つ。
そして……。
「……………ぇ。」
不安は、現実へと。
◇◆◇◆◇
こちらに近い部分の麦畑はまだ生きている、けれどもそれ以外。それ以外が全て消えてなくなっている。地面に残るのは黒い墨の様なものと、灰たち。煙はすでになく、植物が焼けた匂いが微かに残るのみ。
そして何よりも、視線の先にある村。はっきりと細部まで視認できたわけではないが、防壁として使用していたであろう丸太が何本も倒れており、内部にも黒い跡が残っている。煙は出ていない、こちらも火が消えてから、数日経っているように、考えられる。
「ぁ、ぁあ…………ッ! コピアさんッ!」
「待ちなさい。」
コピアの腹を叩き、彼女を走らせようとしたアルを止める。
「なんでッ!」
「あそこにいる人たちから、全速力で走ってくる馬を見たらどう思う? いらない緊張を与えて、敵襲として判断される。警戒させないように、ゆっくりと行くべき。気持ちはすごくわかるけど、そんな時こそ落ち着きなさい。」
「………ッぅ、はい。」
堪え切れない思いをどうにかして抑えようとしながら、彼女は了承の声を返してくれる。……そのすべてを理解してあげることはできないけれど、気持ちは痛いほどわかる。でも、それを理解していながら、私はあなたを失いたくはない。
彼女には言わなかったが、すでにあの場所が占拠されている可能性もある。もちろんただの火事かもしれないが、最悪は魔物や盗賊あたりに攻撃されて占拠、そいつらの新たな寝床になっている場合だ。それを考えると一人で行かせるわけにはいかないし、足となる馬のスタミナを削るわけにもいかない。
「いくよ。」
私とルぺスを前に、ゆっくりと進んでいく。言葉にはしなかったけど、アルは理解し、結論を出していたのだろう。後ろから剣の固定具を外す音と、鉄球を取り出す音が聞こえる。普段の彼女であれば私より前に出ることはないだろうが、もし彼女の家族が殺されてしまっていたら。アルがどんな行動をするのかは誰にもわからない。
……そして、もしその敵が、アルでも倒せる敵。私が対処しなくてもどうにかなる敵の場合。私はどうすればいいのだろうか。
ぐるぐると嫌な考えが脳内を駆け巡っていくが、何一つ良い考えが浮かぶことなどない。だが、徐々に私たちと村の距離は近づいていく。気が付けば、もう目と鼻の先まで、来てしまっていた。
「誰だッ!」
壊れた丸太の防壁の内側から、少し震えた男。それもかなり高齢の声が聞こえてくる。それ以外にも何人かいるようだが、纏う雰囲気は明らかに戦い慣れていない人間のソレ。その全身を丸太の壁に隠しているためどんな人なのかはわからないが、怯えている者たちがそこにいる。なんと返すのが彼らにとって精神的な負担を与えず、穏便にことが済むのかを考えてしまう。そのせいで、アルが代わりに声を張り上げる。
「私です! アルです! 帰ってきました!」
彼女の声に、弾かれたように何人かが顔を出す。私の後ろで馬にのる彼女の顔を見た者たちの緊張がゆっくりと解けていき、安堵の声とアルのことを話す声が聞こえてくる。そこまで大きくない村だったのが幸いした、村にいた子供の顔と名前、それを覚えている者がいたおかげで要らぬ諍いを避けることができたのだろう。弓や急ごしらえの槍の様なものを手放した数人が、こちらに向かって歩いてくる。
いつの間にか、アルはコピアの背から降りており、彼らの元に駆け寄っていた。
「アル、お前よう帰って来たなぁ……。」
「解放してもらったんです! 私のことよりも、コレは……!」
「……盗賊じゃよ。5日ほど前に……」
「ッ! ママは! パパは! みんなは!」
「………………すまぬ。」
息を呑んだ彼女が、耐え切れず村の中に走って行ってしまう。それを止めようとした彼だったが、アルが止まることはなかった。行き場を無くした腕を、どうにかして降ろしたお爺さんは私の方に向き直り、歩いてくる。
彼女の知る者たちが外敵から生き残った者たちを守ろうとしている、それを考えるに中は安全なのだろう。……生き残っているとしても、いないにしても。少し、一人の時間があった方がいいのかもしれない。あの子と、家族の間に、私が入ることはできない。
「騎士様、もうしわけありません。このありさまじゃ、おもてなしは出来そうにないのです。……それと、アルを連れて来てくださったこと、感謝いたします。」
「構わないよ。少しでも休める場所があれば大丈夫。あと私は騎士じゃなくて、ただの一般人。鎧、ややこしくてごめんね。」
ルぺスの背から降りながら、話しかけてきた彼と視線を合わせる。この世界には珍しい高齢の男性だ。命の危険が多いこの世界で、高齢となるまで生き残るということはひどく珍しいこと。それが村の住民ならばなおさらだ。
「……なるほど、ではお客人とさせていただきます。ここまで長かったでしょう、どうぞ中へ。」
「ありがとう。……武器は預けた方がいいかい?」
「いえ、大丈夫ですじゃ。アルを連れてきてくださった方であれば、皆不安には思わぬはずです。」
さっきまで手作りの槍らしきものを持っていた男たち、いやまだ子供と言っていい年齢の子たちにルぺスとコピアを任せ、村の中へと入っていく。外からは防壁によって隠れていたが、明らかに戦いがあった痕跡が多数残っている。矢が刺さったような跡がいくつもあり、乾いた血の跡が多く残っている。そして家屋もすべてが燃えているわけではないが、いくつかの家が全焼した跡が残っている。
「盗賊って言っていたけど……、伺っても?」
「……5日ほど前、盗賊らしき集団がこの村を襲いました。100名ほどの集団で、交渉にも応じず村に火をつけ、笑いながら村人たちを切り殺していきました……。戦う力を持たぬ我々ではどうしようもなく、何とか森に逃げることができたのが20名程度。それ以外は全て……。」
静かに答えていくお爺さんの言葉を聞いていく。残された死体を見るに、男や抵抗する者は全て切り殺され、逃げ遅れた女や子供はおそらく売り飛ばすために連れていかれたとのこと。生き残ったのは先んじて逃がされたものを率いていたこのお爺さんと、まだ若い子供たち。何とか生き残った女性や男性もいるにはいるが、村としての機能を保つことは難しいそうだ。
「彼女の……、アルの母と、下の双子は運よく逃げ切ることができました。しかし……。」
「そう……。」
「領主様に現状をご報告するために若いものを走らせましたが、未だ帰って来ないことを考えると……。見捨てられたか、すでに亡くなられたのか。」
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