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故郷章
31:魔法について
しおりを挟む「……うん、こんなもんか。アル、できたよ。」
「はい! 頂きます!」
帝都から数時間馬で移動した後、大分暗くなってきたので見渡しの良いところで野宿することにした。ま、元々中継地点のララクラには一日で到着できないと思ってたから予定通りだ。そのために色々用意してたからね。
森の入口あたりで集めた薪で焚き木を作り、その風下に魔物避けのお香を焚く。あとは新入りの馬ちゃんたちが運んでくれた食材と調理器具で簡易な晩御飯ってわけだ。危険がないわけではないけど、こういうのキャンプみたいで楽しいよね。
「私、外で食事するの初めてです! 故郷じゃ村の外にすら出たことありませんでしたから!」
「あ~、まぁ戦う力とかなけりゃ外に出るのすら危険だしね。何いるか解らんし……。そう考えると魔物避けの香って便利だよね。その分高かったけど。」
「……値段言わないでくださいね、味しなくなるので。」
実際、この魔物避けの香ってのは高額商品だ。人には感じにくいけど、魔物には忌避感を覚えるような匂いがするらしいお香。材料が結構強めの魔物から取られるせいか、お貴族様御用達なせいか。もしくは両方の理由でお値段は結構している。大体一夜一回分で500ツケロぐらい。普段使いはできないけど、アルの安全を考えれば安い買い物だ。
私一人なら夜通し動き続けることができるからそもそも野宿の必要性がないし、例の"異形"レベルが複数『コンニチワ!』してこない限りはこの身一つで十分。アルももうちょっと成長、もしくは魔法を学び始めてその技術を身に着けることができれば要らなくなるだろう。……そこら辺は今後に期待ってやつだね。
「あ、そう言えば師匠。さっき何か読んでたみたいですけど、何の本ですか?」
「これかい?」
そう言いながら横にあった一冊の本を取り出す。ルぺスやコピアが運べる重量にも限りがある、だから荷物とかは最低限にする必要がある。だから真っ先にこんな本とかは家に置いてくるべきだったんだけど……、この一冊だけは二人に頼んで運んでもらっている奴だ。本自体にはそこまで価値はないんだけど、この中身がね。
「ルーン文字の本。正確に言うとすれば、『刻印魔法』の本かな。」
この世界の魔法には複数の種類がある。
火魔法とか、治癒魔法とかの属性ではなく、詠唱魔法とか刻印魔法とかのジャンルの話だ。音楽に色んな種類、クラシックとかジャズとか色々ある様に、魔法にも複数の方法があるらしい。剣神祭で使ってた奴がいた魔法。アレが詠唱魔法で、この本に書いてある刻印魔法は宙にルーン文字を刻むことで魔法を発動させることができる。
「刻印魔法……、ですか?」
「このあたりじゃもっぱら魔法のことは『詠唱魔法』のことを指してる、だからかなりマイナーな方法らしいんだけど、結構これが面白くてね。」
帝国って言うよりも人間の文化圏なのかな? そこら辺はよくわからないんだけど、とにかくアルみたいな一般人からすれば『魔法=詠唱魔法』っていう認識らしい。まぁ貴族が使っているのも基本そうらしいしねぇ。アルに覚えてもらおうと思ってるのも詠唱魔法だし。
詠唱魔法の強みは、口にした言葉。もしくは脳内に浮かべた言葉をキーにし、詠唱者の体に眠る魔力を糧として、この世界に魔法という現象を引き起こすことができること。しかもここで使う言葉、言語はこの世界で一般的に使われている言語と互換性がある。つまりアルとお話しするときに使う言語で魔法を唱えることができる、ってわけだ。練習すれば無詠唱ってのもできるらしいし、時間はかかるが言葉を重ねれば強い魔法も使える。普及するのも頷けるよね。
対して刻印魔法だけど、こっちは主流を外れて本当に限られた人。代々受け継いでた人とか、その道の研究者しか覚えてないような魔法だ。宙に刻印、まぁルーン文字を描くことで魔法という現象を巻き起こす。体内の魔力のみならず、空気中の魔力も扱えるって利点はあるんだけど……。
「書いてる途中で他の文字と認識されて暴発、字が汚いと不発。詠唱魔法よりもバフを掛けるのは得意だけど、威力を高めるためには複数のルーンを刻む必要があってすごい手間。そんなことするぐらいなら詠唱した方が速いのねって感じで……。」
「えぇ……。」
でもまぁね、ほぼ唯一の利点であるバフってのは私にとってプラスになる。というか私が詠唱魔法の適性というか、詠唱魔法を扱った場合に被るデメリットが大きすぎるんだよね。
まずこの話をする前に私の言語に関する話をしないといけないんだけど……、今私が扱うことのできる言語は、前世扱っていた"日本語"とこの世界独自の言語の二種類。だけど私の頭の中に日本語とこの世界の言語が両方存在していて、適宜使い分けてるってわけではない。私が思考するときに使う言語も、話すときに使う言語も、書くときに使う言語も全部日本語の感覚でやってる。
だが、私が何らかの形で外に発信しようとしたとき、自動的にその言語がこの世界の物に変換されているのだ。自身では日本語を話しているはずなのに、口の動きは全くそうではない。どこか英語の発声に似た口の動きをしている。
ま、簡単に言えば私が発言する際には便利な翻訳機くんが頑張っていい感じに変換してくれているのでしょう。意識すれば日本語の発音も、筆記もできるからこれまでそれを便利に思うことはあっても、不便に思うことはなかった。
(だけどこれ、魔法の詠唱となると変わってくるんだよね。)
私がもし詠唱魔法を唱えたいな、となった時は翻訳機くんにまたお仕事を頼まないといけないんだけど、この時に『火の魔法を唱えたいのでいい感じにお願いします。』と渡しても、そのまま鵜呑みにして『火の魔法を唱えたいのでいい感じにお願いします。』と出てきてしまう。つまり日本語での魔法を唱えるのに必要な言葉を知るか、もしくは発音の方法すらよく解らないこの世界の言語で詠唱する必要があるってこと。
早い話が『魔法を使いたいのなら対象となる言語覚えて来い!』ってわけだ。時間を掛ければ簡単な単語くらいはいけるかもだが、翻訳機くんに頼って生きてきた私にはちょっと難しいのよね。それに……
「ほらアル、私すごく速く動くでしょ?」
「あ、はい。そうですね。」
「実は昔、今よりも大分遅いときに舌噛んでね……。千切れそうになったことがあったのよ。運よく跡が残らないかんじで治ったけど、今の速度で詠唱して、舌でもかんじゃったりしたら……。」
想像して、身震いするアル。そうなのだ。『加速』っていうスキルは速くなるだけで、体に何らかの耐性を付与してくれるわけではない。生身のままってわけ。例えばだけど普段の五倍のスピードで動いてる時に詠唱して、もし舌をかんじゃったりしたら……。簡単に千切れる、というか破裂する。口内が真っ赤に染まって出血多量、完璧な自滅を決めてしまうってわけだ。
「そう言うことを考えると、明らかに刻印魔法の方がいいのよね。指に魔力込めて書くだけで効果発揮するらしいし。」
「そうなんですねぇ……、ん? 確か師匠って魔法の適性なかった気がするんですけど……。」
「あ、なんか増えたよ。」
「増えたァ!?」
「ほら。」
そう言いながら宙にルーン、ᚲ(カノ)の文字を描く。炎のルーンで、語源は松明。流し込む魔力は最小で、イメージは優しい小さな光。
刻まれたソレは世界に反映され、ルーン自体がイメージ通りの小さな炎となる。
「…………。」
びっくりしすぎてポカーンってなってるアル、あららお口が空いちゃって。指入れたくなるから閉じなさいな。
「い、いつの間にできるようになったんですか……!」
「今。」
「今ァ!?」
いやマジで今さっき初めてやったんですよ。ほ、ほら? 出発する前にタクパルんとこに荷物取りに行ったでしょ? あれこの本取りに行ってたのよ。刻印魔法自体の人気がないせいで、本自体の数が少なくてなかなか手に入らなかったのよ。だからさっき読んだのが初めてで、ルーンを描いたのも初めて。
いや自分でもびっくりしてるんですよよね。なんか普通にできちゃったし……。アルが私よりもびっくりして、お口を大きく開けていたおかげで傍から見ればミステリアスな美女みたいに見えるだろうけど、内心心臓バクバクよ?
「わ、私の! 私のアイデンティティが! 唯一師匠の穴を埋められるって思ってところが……! なくなった! あ~~!!! なんでそう師匠はすぐに完璧超人みたいになっちゃうんですか! 私がいる意味なくなっちゃうじゃないですか!」
「そんなこと思ってたの?」
「そうですよ! ちょっと色々頭おかしいところはありますけど、できないことばっかりですし……。だからこそ師匠のできない魔法の勉強とかを頑張って役に立とうと思ってたのに……。」
「普通にできないことばっかりなんだけどなぁ? …………ん? 今私のこと頭おかしいって言った?」
実際、自分ができること、得意なことを押し付けてそのまま逃げ切るってことが得意なだけで、できないことの方が多い。ほらほら、だからそう拗ねるのやめようね? 休んでたルぺスやコピアを起こしちゃうからね? ほっぺ膨らましながら文句たれないの。ブーイングもしない。
「でもま、このルーンってのもそこまで万能じゃないからね?」
この世界……、というかこの本に書かれているルーンは25。どれが使えて、どれが使えないのかはわからないが、とにかくその種類しかない。詠唱魔法なら一つの単語で一つの現象を巻き起こすことができるが、こっちは25しかない。つまり一文字一文字に込められた要素や意味が多すぎるのだ。さっき使ったᚲ(カノ)でも、火をおこすこともできるが精神を高揚させる効果も持っている。それに闇を払う火って言う意味も持ってるみたいだから……、ま。とにかくややこしいのだ。
「文字一つ一つに明確なイメージをもって書かないと失敗するし、間違えて変なイメージを乗せちゃうと暴発する。」
『加速』持ちの私からすれば思考時間も稼げるので、そこまで問題はないんだけど……。直接的、瞬発的な攻撃には詠唱魔法の方が優れてて、発展性にも軍配が上がるのは確か。それに拗ねてるアルもかわいいけど、笑ってる方が好きだからね。
「……と、ということは?」
「お考えの通り、魔法はアルさんに任せましたよ?」
「ッ、はい!」
「ウム、良いお返事。じゃ、明日も早いしさっさと寝てしまいなさいな。」
「はーい!」
◇◆◇◆◇
『何をしてるのですか~?』
「……コピアか。ちょっと練習。」
お話しから少し後、片手で焚火の枝を追加していたところ後ろから声を掛けられる。
「ルーンの練習、形を固めるのがちょっと難しくてね。」
私の目の前に浮かんでいるのは、ᛉ(アルジズ)。友のルーンと呼ばれるものだ。宙に浮き、少しだけ輝いていたそれは……。急に輝きを失い、空に溶けていく。
『難しそうな魔法さんですね~。』
「師匠とかいればいいんだろうけどね、今はこの本が先生さ。」
友のルーン、友情を表すルーンではあるが、同時に防御の意味を持つルーンでもある。大鹿の様なその角は降りかかる災害から友を守るモノ。自身の中でイメージがまだ固まっていないせいか、それとも込める魔力が少ないせいか、何度構築しても崩れていってしまう。まぁ魔法どころかこの身に宿る魔力の扱いすら初心者だ。
魔法に適性のなかった私が、特に何の苦労もなくルーンを刻めてしまっているということは、確実にあの神のおかげだろう。だがまぁ全部が全部思い通りになるような力ではないみたいだ。『適性をあげる』ということだったし、これ以降は自分なりに試行錯誤しながら伸ばすしかないのだろう。
『私は馬ですし、よくわかりませんが~。応援しますね~?』
「……ありがとう。それで、どうしたの?」
『良ければ見張りを交代しようかと~。』
あぁ、交代か。今日は寝ずに夜空でも眺めながら時間が過ぎるのを待とうと思ってたんだけど、わざわざ声を掛けてくれたってことか。
「悪いね、でも今日は大丈夫。これでも5日ぐらいなら寝ずに活動できるから。明日も頑張ってもらうから寝ておいて。」
『本当に人間ですかぁ?』
失礼な、人よりもクソ速いけどちゃんと人間です。中身はまぁ……、見た目通りじゃないTSデスケド。裏の闘技場で殺し合いしてた時は試合中じゃなくても命の危機が普通にあったからね。基本的に奴隷は大広間に纏めて放り込まれてたんだけど、そのおかげで普通に殺し合いとか盛り合ってる奴とかいたからねぇ……。自分の身を生命的な意味でも、性的な意味でも守るのに必死だったから。
「……にしても、今日の魔物の襲撃。かなり多かったよね。」
『ごめんなさい、今日が初めての外だったので~。比較できないです~。……でもまぁ、それでも多かったな、とは思いました。』
「そっか。」
魔物、特に今回襲い掛かってきた奴の大半がオークだったり、ゴブリンだったりという比較的知能のある魔物だったが、基本的にこの世界の魔物は野生動物と同じように思われている。彼らの動きなどを観察し考察した本を先日見たのだが、森や彼らのテリトリーにより強大な魔物がやって来たり、人が開拓を始めたりするとそれから逃げるように生活圏内を移すらしい。
それに伴って日雇いの戦力、冒険者などの需要が高まるらしいのだが……。
「とにかく、明日にはララクラに着くだろうし。冒険者ギルドにでもよって何か情報が出てないか見るとしようか。」
帝都‐ララクラ間でのみ起きていることならまだいいけど、その先。特にアルの故郷への道のりで何か問題が起きているのだとすれば、最悪人を雇うってことも考えなきゃならないだろう。物資の補給をした後はすぐに出発しようかと考えていたが、一旦止まって情報を集めるのもいいかもしれない。
「さ、コピアも寝た寝た。なんかあったら起こすし、今は休んどきなさいな。」
『はい~、じゃあおやすみなさい。』
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