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幕間
26:はじめてのお使い<前編>
しおりを挟む「え~? ほんとに大丈夫なの?」
「はい! もう道覚えましたから!」
「ほんとかなぁ?」
不安そうな顔を作るまでもない、心の中で浮き上がってきた感情をそのまま表に出しながらアルの顔を覗き込む。うん、可愛い。なめ回す……、のはさすがに嫌われるだろうし、頬をモチモチするぐらいに止めておこう。
奴隷の身分から市民になった後、私たちはヘンリエッタ様が管理する建物の一つを借りてそこに住んでいる。『解放後に急に放り出されても困るだろうし、宿なんか取っても噂が巡り回って私を始めとした熱心なファンが急行。明らかに営業妨害で宿から追い出されるのは目に見えてるでしょう?』と彼女に言われ、仕方なくお借りしているって感じだ。
ま、ずっと居座るわけじゃないし一時的に借りてるだけだけどね? ちょうどいい感じの家が見つかったらそこに引っ越ししようって考えてたし、実際した。……というかヘンリ。キミも直行するとか言ってなかった? 言ってない? ほんとかなぁ? 私、貴方のことは好きだけど正直な方がもっと好きかもしれないなぁ?
……うん、思い出しただけで口から何か変なものが出てきそう。即興とは言えよくできたな昔の私。とにかく、これまでのお礼を込めた小鳥ちゃんへのちょっと過剰なファンサービスは置いておくとして。
「道は?」
「覚えました!」
「お守りは?」
「全部持ってます!」
「武器は?」
「手入れ済みです!」
一つ一つ、彼女の持ち物を確認する。奴隷だった頃に着ていた従者服よりも少し大人しめのソレに身を包んだアル。奴隷になったころの布切れ一枚と比べると天と地の差。どこからどう見ても、古代ローマ市民で良家のお嬢様って感じ。腰に下げられた剣がちょっと調和を乱してる感じもするが、年齢の割には鍛えられている体と合わせるとベストマッチ。うん、かわいこちゃん。
「でもなぁ? 師匠不安だなぁ?」
「大丈夫です、って!」
元気いっぱいに返事を返してくれる彼女。今から頑張ろうとしてくれているのは、アレだ。"はじめてのお使い"。
奴隷解放の時の代金や、いま彼女が着ている服や持っている物。その全てが私が剣闘士時代に稼いだ金や、解放後に販売されたグッズの収益によって買い揃えたものだ。つまり全部私のお財布から出ている。アルからすればそれがかなり申し訳ないと思っているらしい。
まぁ気持ちは解らないでもない。自分も同じ立場だったら普通に申し訳なく思うだろうし、額が額だ。アルの値段だけでも1000万ツケロ、慎ましく暮らせば一生を何回か過ごせるぐらいの額だっけ? 最近入っていく額と出ていく額がアレなもんで若干そこら辺の感覚がはっきりとしないが、アルからすれば『わ、私何人分ですか? 私何人いれば返せる? あわわわわわ。』って感じらしい。
ぜんぜん気にしなくてもいいのにねぇ? 正直いてくれるだけでいいのに。
「2000だったはずだから5000倍……、5000人のアル……。」
「師匠?」
「おっと、ごめんごめん。」
アルだったら何人いても嬉しいなぁ、と思ったけど5000はちょっと多すぎる。最初は幸せだろうけど、絶対私が途中で見分けがつかなくなって愛想尽かれて捨てられちゃう、よよよ……。とまぁ、そんな変なことを考えていると本人に『どうかしましたか?』という感じに、顔を覗き込まれる。悪い悪い、本題に戻ろう。
ま、つまりちょっとでもお手伝いして恩を返そうとしてくれてるわけで。彼女は今日の晩御飯の食材を買いに行こうとしてくれてるってわけだ。
「うん、いいよ!」
「ほんとですか!」
「うんうん、ジナちゃん嘘つかない。じゃ、気を付けて行ってくるんだよ?」
「はいッ!」
うむ。元気いっぱいなお返事でよろしい。お財布は私の持っておいき、買ってきて欲しいのは特にないから食べたいものを買っておいで。わかった? ならよし! お母さん、愛娘のためにおいしいご飯の用意しておくからね……!
もう一度持ち物を確認させ、いってらっしゃい、いってきます。元気よく出発した彼女を見送る。
「ま、息抜きも必要だし。あんまり思いつめるのも良くないしね。」
息抜きならぬガス抜き、って奴だ。
……え? いろんな奴に恨まれてるし、剣神祭で勝った後だから殺した奴隷たちのオーナーから恨みやらなんやら買ってる上に、珍しく奴隷から解放された剣闘士だから滅茶苦茶目立っているのにアルちゃんを一人で行かしていいのかって? いくら私が鍛えているとしても鍛えられた大人相手じゃ勝ちを拾えるか怪しいし、それも一対一でしか成り立たないの解ってるのに行かせるのかって?
「そんなわけないじゃんか。……"ジナ"は嘘つかないよ?」
傍に掛けてあった白く長い布を、ターバンの要領で顔に巻き付け目元だけを外気に晒す。
「でも"ビクトリア"はどうかな?」
大事な大事な"従者"だ。
誰にも触れさせるわけないでしょうに。
◇◆◇◆◇
どうも。最近奴隷から市民にランクアップした、アルです。
まぁ元々農民と言いますか、奴隷ではなかったのですが色々あって奴隷に落ち、師匠に拾い上げてもらったわけなのですが、今は市民です。しかも流行の最先端で、なんでも手に入ると言われている帝国最大の都市、帝都の市民です。とてもイケイケです。
「…………むぅ。」
そうやって無理やり気分をあげてみますが、やっぱり上手く行きません。自分の力ではなく師匠が稼いだお金で市民となり、しかも私は師匠に何も返せてないのでとても申し訳ない。そんな私が市民になってしまってもいいのだろうかと、常に考えてしまいます。むしろ私の身柄を師匠が買ったことになるので『ご主人様』と呼んだ方がいいのかと色々考えてしまうのですが、とりあえず今は何か返せるようになるまで研鑽を積むことにしています。
一度師匠にそこのところ相談したんですけどね? 一度ふざけて『ご主人様♡』とか言ったら、無茶苦茶真面目な顔で『マジでそう言うのやめて、悲しいから。』と言われちゃいましたので、奴隷の私は永遠に廃業。市民で師匠の弟子である私でずっと行こうと思っています。師匠は私に家族であることを求めてくれてるみたいですし、お母さん……、とはちょっと違うからお姉ちゃん。そんな感じで付き合っていく感じです、まぁいつも通りですね!
むりやり話を戻しますが市民、そう帝国の市民です。
地元の村じゃ、『ふぇぇ、帝都なんてハイカラさんが一杯で恐れ多いだべぇ……。』という感じだったのに、今や私がソレになっちゃってるわけです。師匠の謎語録だとシチーガールと言うらしいですが、正直ハイカラもシチーガールも全く意味が解りません。まぁでも、響きはなんか好きなんですよね、これ。……鏡の前で『シチーガール!』とか言いながらポーズ決めてたのは秘密にしてくださいね、特に師匠には絶対に見られたくない。恥ずか死しちゃう。
とにかく、もう奴隷ではないのでどこに行っても怒られることはないですし、どんなお店に入ってもお客さんとして見てくれます! 普通は貴族街の方とかに行けば入る前に叩きだされちゃうのですが、ヘンリエッタ様に頂いた食客としての立場を証明するメダルを首からかけておけば、どこでもフリーです! なんだか自分がちょっぴり偉くなったみたいでウキウキしちゃいますよね!
ま。何度も言いますが、全部師匠が積み上げた物のおこぼれですし、ヘンリエッタ様のご厚意ですから変なことはできないんですけど。そもそも私が身に着けている服も、護身用に持たされている剣も、師匠が剣闘士として稼いだお金で買っていただいたものです。私の物だと胸を張って言えるのは自分の体含めて何一つありません。師匠は『気にされる方が傷つくんだけど、それよりも今日の鍛錬まだ終わって無くない?』といってくれるのですが……
「ふん!」
頬を思いっきり叩き、気合を入れ直します。
いくら気にしても私にできるのは、日々のお使いとか、お掃除ぐらい。一つ一つ積み上げて、いつか師匠にお返しできるような大人に向けて頑張るしかありません。あと師匠、今日の鍛錬はお休みにしますね?
と、言うわけで今日も元気に晩御飯の食材を買いに来たわけなんですが……。
「どこですか、ここ?」
思いっきり、迷いました。
いや確かにいつも通りの道じゃなくて違う道通っちゃいましたよ? 考え事しながら歩いてたら行き過ぎて、引き返せばよかったのに『あ、こっちからなら繋がってそうだし、近道できるんじゃない?』と思って全く知らない道通っちゃいましたよ!? でも思いっきり迷うとは思わないじゃないですかぁ!!!
て、帝都自体滅茶苦茶広いですし、迷わないように簡易な地図とか持たせてもらってるのですが……。地図に書かれてない道ですよここ! というかまずここ何処! 現在位置が解らないと地図の意味ねぇじゃねぇですか!
「さすがにこれを使うのはちょっと気が引けますし……。」
懐から取り出すのは綺麗な装飾が為された綺麗な緑色の石。ちょうど私の手の平に収まるサイズのお守りです。
帯剣はしていますし師匠にしごかれてはいますが、まだ私は子供で勝てる相手の方が少ない。だからこそ持たせてもらっているお守り。これを強く握りしめたり、私からこのお守りが離れすぎたりすると即座に師匠のところに連絡が行く魔道具です。ちなみに足首のところには持ち主の方角を示し続ける魔道具の発信機を付けています。つまりまぁ何かあったら師匠が飛んできてくれるわけですが……。
「さすがに道に迷って呼ぶのは……、なんかちょっと恥ずかしいと言いますか。」
シチーガールです! ってウキウキしてたら道に迷いましたッ! とか正直に言えるわけないじゃないですか! それに一緒に来ようとしてくれた師匠に『もう帝都のこと大体わかっちゃったので一人で大丈夫です!』って言って出てきちゃいましたし。そもそもこの魔道具繰り返し使えるとはいえ、数万ツケロは下らない高級品……、ちょっと使うのに躊躇しちゃう値段です。
「と、とりあえず大通りに出れば何とかなるはず……。」
さっきまで通った道を思い出すが、多分だけど大通りに戻れそうな道はなかった。つまり私に残された選択肢は前進あるのみ。晩御飯の時間もありますし、太陽があそこら辺まで下がってしまったら師匠のヘルプを呼ぶ。そう決めた私は前に向かって足を進めます。
その様な形でてくてく前へと歩いて行ったのですが……。もしかしたら引き返した方が正解だったかもしれません。
お天道様はまだしっかりとお空に浮かんでいるのですが、明らかに建物が纏う雰囲気と言いますが、町の顔が明らかに暗いものに成って来てしまいました。しかも道を聞こうにもさっきから一人もすれ違う人がいません。私以外、誰もいないんです。帝都って色んな種族の人がたくさんいて、私がいた村なんかと比べることも出来ないほどに人間がいるはずなのに。誰とも会わない。
(と、とりあえずそこの角を曲がって誰もいなければ引き返そう……。)
そう思いながら、若干警戒しながら足を進め、のぞき込むと。
「ぴゃ」
奴が。
死んだはずの、大男。
師匠が"異形"と呼ぶ奴が、そこにいた。
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