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剣闘士編
22:真似しないでね?
しおりを挟む剣神祭、決勝戦。ここで勝てば晴れて奴隷という身分からの脱却。
真の意味で名声と富を手に入れ、この世界で唯一家族と呼べる人と晴れて外の世界を見に行くことができる。
けど、負ければすべて終わり。私がこれまで殺して来た相手たちと同じ、何も言わぬ骸になるだけ。
「……。」
今日の目覚めは非常に良かった。悪夢に苛まれることもなく、自身の意識がなくなったと思えば、次の瞬間には心地よい朝日が私のことを起こしてくれた。住み慣れた宿舎の一室で、守るべき人が隣にいる。冷たかった夜が明け、徐々に熱が戻ってくる感覚。
体の調子は悪くない、大けがした後の連続の『治癒魔法』は体に強い負担を掛けると聞いていたけれどまだ私の体は耐えれたようだ。何か目に見えない、自身でも把握できない不調があるのかもしれないけど……。精神的には花丸、戦い続けてきた私の剣闘士としての脳は"万全"であることを伝えている。
普段のように彼女を起こし、試合への用意を任せ軽く体を動かす。準備が整えば食堂へ足を運び、いつも通りの食事を体内へと送る。消化が早く、エネルギーを摂取できる食べ物。この世界独特の食材もあるにはあるが、私の世界の常識もある程度通じる。この世界での経験と、元の世界での知識。それを口に収め、闘技場へ。
人目を避けるためにオーナーが用意した馬車に揺られ、宿舎から関係者専用の裏口まで直行。普段は徒歩できた他の剣闘士たちが何人も見かけることがあるけど、今日は私たちだけ。手続きのために立ってる守衛とか、騒ぎを起こそうとする剣闘士とかで毎日うるさいはずなんだけど、とっても静か。観客たちが集まってくるものもう少し後だしね。
「今日は静かでいいねぇ。」
「…………はい。」
そのまま、荷物を下ろして控室まで。鎧を運ぶためにいつものように台車を借りて、そこに馬車から荷物を移す。彼女がやりたがった時からずっと同じように、アルが台車を押し、私が後ろから付いて行く。何回も通った道だ、どこに何があるかなんて全部解ってる。
そのまま少し歩いて、控室に付いたら鎧と武器を下ろしていく。
今日は普段よりも荷物が多い。武器が破壊されることも考えないといけなかったから、鍛冶師のドロが用意してくれていた予備を全部持ってきた。ロングソード・レイピア、ともに十本ずつ。そしてそれを背負えるように用意された剣帯。レイピアはともかくロングソードの重量は結構ある、私は片手で使ってるけど両手武器だしね? 速さを重視する私からすれば多ければ多いほど強みが消えてしまうわけだ。
……もちろん、重量武器を使うってことも考えてはいた。それこそ剣闘士を始めた時からね? 重さってのは私の速さと同様に単純な力で、あればあるほど強い。簡単な物理の話になっちゃうけど、重い物が普通よりも速く動いた方が、軽いものを速く動かすよりも発生させるエネルギー量が多くなるでしょ? 重さと速さを掛ければ、生まれるエネルギー量が算出できる。
だけど、エネルギーを生み出すってことはその大きなエネルギーに耐えれるだけの肉体がいるってことになる。自分の体の重さだけでひぃひぃ言いながら剣を振るってるのに、クソデカい鉄球とかを振り回せるか、って言えばまぁ無理な話ってわけだ。色々試した結果、標準的なロングソードが一番私に合ってて、一番威力が出る。それだけのこと。
「師匠。」
「……あぁ、うん。そうだね。」
最後の点検を、始める。
武器も防具も自分の命を預けるものだ。昨日手渡されたものだけど、誰にでもミスはある。直前の点検が原因で負ければ目も当てられない。刀身を一本一本確かめ、装甲のゆがみがないかを確かめる。
体に染みついた動きを終わらせれば一つ一つ。アルから手渡されたそれを、身に着けていく。
ミスリルで出来た純白の鎧を身に纏い、剣帯に愛剣を納める。そしてその上から真っ白な足元を隠す腰布を巻き、最後に追加武装として予備の剣たちを背に収める。
「アル。」
「はい。」
「この試合が終わったら……、何したい?」
師として、この子の親代わりとして。最悪ではなく、最高を。悪いことを想定して動き続けていれば、確かにひどく傷つくことも、悲しむこともないだろう。あらかじめ考えて、用意して、耐える準備をしていれば、私たちは心を守ることができる。
でも、それじゃどんどん弱っていって、最後には壊れてしまう。
だったら、夢を語ろう。この先、何がしたいのか。楽しく、笑顔が絶えぬ素晴らしい未来を。そっちの方が、私は前に進める。
「私はねぇ……、まずアルが生まれ育ったとこに行きたいかな? どんなとこか全く知らないし、親御さんにもご挨拶行かなきゃ。」
「……じ、じゃあ絶対。絶対案内しますね! なにもないところですけど……、それでもいい場所ですから!」
「ふふ、そりゃぁいい。」
後は、何をしようか。ヘンリエッタ様に頼まれてる演劇のお仕事もあるし、ビクトリアとしての活動もあるだろう。後はアルにちゃんと魔法のことを学ばせてあげたいし、この剣闘士の世界以外のすべてを見てみたい。冒険、ってほどではなくても旅とかするのも楽しそうだよね。帝国の中で色々行って見るのもいいだろうし、他の国。他の種族の国とかも楽しそうだ。
……あぁ、本当に。
「アル。」
その場でしゃがみ、彼女と視線を合わせる。
剣闘士よ、傲慢であれ。
自身の勝利を信じ、ただ剣を振るえ。
いってきます。
◇◆◇◆◇
鉄格子が徐々に上がっていき、それと同時に歩を進め始める。
ほぼ同時に私たちは闘技場へと入り、お互いの姿をしっかりと捉えられる位置で、止まる。
「あはー! やっぱ近くで見るとクソデカいねぇ! そんなに大きかったら嫌でも目に入りそうなんだけど……、普段何してんの?」
「……。」
「ねぇねぇ、趣味は? 経歴は? ず~っとそんなしかめっ面してたら幸せが逃げちゃうよ? ほらスマイルスマイル~!」
「……。」
だんまり、か。
う~ん、やっぱ私も緊張してるせいかお口の調子が悪ちゃんですねぇ。言葉選びのセンスがない上に、不必要なぐらい口が回る。
私だって180近くある、人間族としてはかなりの上澄み。なのにこの異形相手じゃ見上げないと、その顔をしっかりと収めることができない。今はまだ距離があるから少し首の角度を変えるだけでいいけど、剣の届く距離になるとよりその大きさを理解させられてしまうだろう。体格の差ってのはマジでどうしようもない。私がそれこそアルみたいな背丈だったら逆にこいつを翻弄することができたかもしれないが、この程度の差じゃ不利でしかない。
な~んで同じ種族なのに倍近い身長差が出来ちゃってるんですかねぇ?
『皆さま! いよいよ、いよいよでございます!』
実況の声が響き、そろそろ試合開始の宣言が為されようとしている。
それまで私の声が全く聞こえてないかのように振舞っていた彼が、それを聞きようやく動き出す。ゆっくり、ゆっくりと。その手に握られている黒鉄の柱を、私に。
「スゥゥゥ、……ハァァァ。」
心を落ち着けるために、普段よりも大きく。深呼吸。彼に答えるようにゆっくりと鞘からロングソードを抜く。
やることはいつもと変わらない。『加速』して、殺す。いくら再生されようが、力が強かろうが、その体が硬かろうが、私ができることは変えようがない。いつも通りやって、いつも通り殺す。単純な能力差で速度ぐらいしか勝ててない相手には、それが一番いい。使えるものはなんでも使って、戦いながら弱点を見つけて、そこに自分の強みを叩きつける。
『試合開始ィィィイイイイイ!!!!!』
<加速>五倍速
試合開始の号令と同時に自身の世界を切り離す。強く、強く踏み込み狙うのはその首。
初撃で取れるとは思っていない。だが、手を抜くわけでもない。
瞬時に奴の足元まで移動し、振り下ろされる柱に足を掛け空へ。体を捻り、回転の力を加えながらその首へと刃を突き立てる。
(固い。)
五倍速に入っていて、ミスリルの剣で切りつけているというのにその感触は明らかに人間の物じゃない。これまで切ってきたどんなものよりも固い。刃を通すことはできるが、骨どころかその筋を切ることすら怪しい。しかもこいつの体、剣を吐き出そうとしてる。
剣の性能で引き切ることはこの速度では不可能と判断、攻撃の方針を切り替える。
剣を押し返そうとしてくる首を諦め、その首元に手を掛け顔に向かって膝を叩き込む。膝蹴りをする前提で作られたそれで鼻を潰す。……が、効果なし。体の軸が全くブレてない。諦めずに次に移行しようとするが、背後に殺気を感じすぐに退避を始める。その背中を転がり落ちるように移動し、両足で背中を蹴ることで距離を稼ぐ。
まるで巨石を蹴ったかのような感触、全く軸がブレて……。
「ッ!」
振るわれた柱を、剣で受け止める。だが、地面に足が付いていないせいで全く踏ん張れず、そのまま吹き飛ばされる。
「っと、っとと! 危なァ!」
剣から手を離し、バク転の要領で衝撃を殺しながら着地する。
私が後ろに逃げることを予測して、その剣と言うより柱と言った方が正しそうな黒い塊を後ろに向かって振り回す。姿勢のせいで明らかに力が入ってなかったのに、その衝撃はマジでやばく逆に足が地面についてなくてよかったと思えるほど。踏ん張ってしまっていたらモロにその衝撃を体で受けてしまい、腕を折られていた。空中で受け流しと、脱力ができたおかげでどうにかなった。
「……でもまぁ、速度で勝ってることには変わりないね。」
初撃も、さっきの攻撃も。はっきり見えていたし、十分回避できる。さっきはちょっと欲張っちゃったせいで貰いかけたけど、攻撃後にすぐに離脱すれば確実に翻弄できると思う。あっちが手を抜いてなければ、だけど。
こちらに向きなおりゆっくりと構え直す彼を見ながら、地面に落ちたロングソードを手に取り鞘に納める。
とりあえず回転の力を乗せた切断がダメなことが解った、となると次試すのは刺突だ。体重を乗せて、貫く。急所狙いだ。可能であれば体内にレイピアの破片とか残してやりたかったんだけど……、切った時のあの感じから多分異物は外に排出する感じだよね。
「もしくは、スタミナ切れを待つか……。」
私の『加速』だって何の代償もなく使用しているわけじゃない。払うものがいくら小さくとも、いずれ限界は出てくる。奴の正確なスキル名は解らないけど、仮に『再生』とするならば絶対にその能力を行使した時にエネルギーを消費しているはず。破壊された場所を修復してるんだ、代償として払うエネルギーが何かは解らないけど、攻撃を続ければいつか限界は来る。
その限界がいつ来るのか、そもそも限界が存在するのかどうかって言う一番重要な要素は不明なままだけど……。殺すつもりで攻撃して、殺せたらそれで万々歳。殺せなくても相手にコストを支払わせたってことで上々。そういうポジティブに考えていきましょう。
「じゃぁ……。」
レイピアを抜き、姿勢を低く。
「レイピアはお好き? 私はそこまで好きじゃ、ないッ!」
スピードタイプと刺突は確かに相性いいけど……、私はパワータイプも合わせた複合タイプだからね。
出来るだけ直線にならないことを意識しながら、異形の周りをずっと動き続ける。
彼の攻撃は直撃すれば普通に即死級の威力、だから目を慣れさせないように、予測させないように神経をすり減らしながら倍率を下げたりしながら突き刺していく。だいぶ前にタクパルとやった模擬戦なんかとはレベルが違う、スタミナ的な問題は全然大丈夫なんだけど精神への負担がひどく大きい。
「ッ!」
ほんの数センチ、目の前を彼の武器が通過する。こっちは倍速を掛けてるのにその風圧だけで体の軸がブレてしまいそうだ。掠っただけでもその部位が持ってかれそう。お返しとばかりに彼の太腿に向かってレイピアを突き刺すが……、刺さりはするけどすぐに弾き返されてしまう。
分厚い筋肉の鎧に包まれ、血管を傷つけることができたとしてもすでに勢いは削がれている。腕を引いてレイピアを回収する手順をこっちで行わなくていい、っていう利点はあるけど……。それはつまり相手の完全回復ってことになる。当たることが許されない攻撃を全部避けて、最後に刺し返した攻撃がなかったことにされる。地面に寝転んで駄々をこねたい気分だ。
しかも……。
「ふんッ!」
これ、彼の鼻息。クソデカいでしょ?
この音で掻き消えちゃったけど、ちょうど私の目の前ではレイピアが根っこから折れちゃってる。金属がはじけた音が鼻息で消えるんだよ? やっぱコイツおかしい。まぁそんなこと呑気に考えている暇もないので、急いで握りを奴の顔に向かって投げ捨て、その場から離脱する。案の定次の瞬間、私がいた場所には彼の拳が突き刺さっていた。
彼の持つ『再生』の力は常時発動型だ、なので突き刺さった刀身は何もしなくても吐き出されるんだけど、それじゃあ私は永遠にチクチクし続けることになる。だからこそ無理やり筋肉でレイピアを固定して、力を籠める。するとあら不思議。ぽっきりとレイピアが折れちゃうわけだ。すでに10本中7本も折られちゃった。
折られるのを警戒して軽く刺すってのもありなんだろうけど、それじゃあいつまでたってもこいつを殺せない。深く差し込みたいけど、差し込み過ぎると折られる可能性が出てくる。ロングソードよりは重要度低いけど、これ以上やられると後々の展開に響きそうだ。というわけでおしまい!
もう一歩後ろに下がり、レイピアではなくロングソードを抜く。
「さぁ~て、じゃあもうちょっとギア上げちゃおっかな……。んで? 何かしゃべる気になった?」
「……。」
「あ、っそ!」
相変わらずだんまり、だんまり太郎さんだ。そんなコミュニケーションを拒否するような悪い子には……、おしおきをしてやらねばならない。
私の軽口が加速するのは、別に殺す相手のことを覚えたり思い出に残したいわけじゃない。むしろ重荷になるから覚えたくないのが本音。だけどなんか喋ってないと緊張とかストレスとかでおかしくなっちゃいそうだし、そもそも喋ってないのは"私"じゃない。だからまぁ……、乗ってくれないのは結構悲しいのよね。というわけで八つ当たり。
『加速』で五倍速の世界に入った後、そのまま彼に向かって直進する。
ブラフなしのただの直線移動、それを迎え受けるように奴の武器がゆっくりと上げられ……、振り下ろされる。もちろん、当たらない。
ロングソードで空中での回転切りじゃ威力が弱くて撥ねることはできなかった、レイピアで速度と体重を乗せた刺突でも貫くことは不可能。でも、何本も消費したおかげで、その感覚はつかめた。
「ㇱ!」
ほんの数センチ先、地面に叩きつけられる柱を横目に。七倍速を起動する。狙いは、足。
太腿や首に比べれば足の筋肉量は少ない。レイピアではなく、ロングソードで。踏み込み、体重を乗せ、倍速を上げる。骨の継ぎ目さえ狙えれば……、貫けないはずがない。
「ッグ。」
始めて、異形から小さい苦悶の声。私の手にはしっかりとロングソードがその足を貫き、地面に深く刺さった感触が残っている。すぐに破壊されるだろうが、足を固定することで生まれる数秒の隙は金よりも重い。
……、あ。そうだ。金と言えばさ。
私の身長180くらいやろ? んでこいつの身長300超えてるやろ? ……ちょ~どいいところにさ。あると思わない?
いや、解るよ? これまで積み上げてきたイメージとかさ。ばっちいとかさ。そもそも男として過ごした記憶を持っておきながらそれをするのか、とかさ? 明らかに人道に反する行為だってことは十分理解しているわけよ。
でもねぇ? 明らかに目の前に急所があってさ……、語感最悪だけど手に届くというか。ちょうど目の前にあるのよね。
というわけでビクトリアちゃん。"ヤります"。
はい右手をご拝借! ミスリル装甲で肉弾戦ができるようにめっちゃごつごつしてる腕甲を付けてます! 姿勢はちょうど正拳突きができる体勢! ありがたいことに彼の大事な場所はちゃんと腰布で隠されてて! 汚れる心配もまぁ無し! 倍速は? もちろん七倍速!
あ、一応先に謝っとく。ごめんちゃい?
「チェストォォォオオオオオ!!!!!」
瞬間、彼の体がくの字に曲がった。
おぉ、いたそ。
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