TS剣闘士は異世界で何を見るか。

サイリウム

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剣闘士編

15:観戦と、二戦目

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「『武装解除エクスぺリアーム』!」


お~。そんな呪文あるのか……ん? これ色々と大丈夫か?

無詠唱で火炎を飛ばす中で、何か光の様な魔法を飛ばす彼。その光は確実におじいちゃんへとあたり、彼の手に持っていた武器を後方へと吹き飛ばす。まぁ存在しても可笑しくない魔法ではあるが、色々心配になる。……というかミスターポッター! 決闘の前にお辞儀をしないとはどういうことだ! あの狸爺は何をしていた! マグルはともかく貴殿は純粋たる魔法族のはず! お辞儀をするのだポッター!

危うく私から死の呪文が出ようとしたとき(出るわけがない)おじいちゃんが行動を起こす。

まぁ30年という長い月日を戦い続けた人だ、魔法ぐらい経験があるのだろう。武器を飛ばされても全く動じず、対戦相手である彼が放つ火炎や雷撃を最低限の動きで回避しながら距離を詰めていく。武器がなくてもカラテがあるではないかというその面持ちは非常に共感できる。剣闘士って剣飛ばされてからみたいなとこあるもんね。……え? 剣使ってないから剣闘士じゃないって? んなもん知らん。


「あの魔法使いの人もすごいですけど、おじいちゃんヤバいですね……。」

「だねぇ。」


流石にここまで距離を詰められるのはマズいと感じたのか、魔法使いくんも使う術を変えてくるようだ。確か魔法使いってのは杖とかの補助具がないと威力が下がるってもんらしいけど……、剣に杖とか仕込んでるのかね? 剣を振るいながら魔法使ってるっぽいしそうなんだろうけど。

魔法使いにとって距離を詰められることは死を意味する。武装を剣に固定されているこの祭りじゃ近接戦が基本だし、魔法使いくんは例外かなぁ? と勝手に思ってたけど……、彼もまた他の魔法使いと同じみたい。確かに剣を学んでるっぽいけどまだ"化け物"に求められるレベルの足元にも及んでいない。


「というか師匠、師匠はいつ魔法使いと戦ったんですか? ……貴族の辻斬りとかしてないですよね?」

「私は君にどう思われてんの? 普通に冒険者チームとの試合を組まれた時とかだよ?」


流石にネタだよね? まぁ裏で試合に出てきた貴族殺したこともあるけど……、表に出てからは貴族の庶子とかみたいな訳ありの冒険者魔法使いと何回かやり合ったことがある。みんなってわけじゃないけど大体近づかれる想定してないからね、インファイト位置まで近づくことができればこっちの勝ちってわけだ。

……まぁそんな戦いを舐めてるような奴らと比べると、ちょっとはマシな剣術を修めているらしい魔法使いくん。使用する魔法を攻撃力特化の火から、速度特化の雷に変更。自身に魔法でバフも掛けて近接戦の構えだ。これでようやく足元レベルかな?


「さ、おじいちゃんはどうする?」


魔法使いとの戦闘の鉄則は近づくこと、これは事実だが問題は近づけば近づくほど被弾する可能性が上がるってことだ。私みたいに速度上昇系のスキルとかを使って相手が発動するよりも早く近づけるのならいいんだけど、大半の奴が距離を詰める過程で殺される。

直線で進めば火で焼き殺され、回避行動をとってもそれよりも速い雷で感電死。他にもいろいろあるが範囲系の魔法で何もできずに死ぬってのはよくあることだ。だからこそ魔法使いってやつはどこでも重宝されるらしんだけど……。


「おい、アレ……。当たってないか? なんで無傷なんだ? というかすり抜けてないか?」

「なんかそう言うスキルだべ? 知っとる、ちっこいの?」

「し、しらないでれふ!」


そこの彼らが言う様に、魔法使いくんの魔法が全く効いていない。無効化されている、というよりも……。通り抜けている。ちょっとは威力の減衰が起きてるみたいだけど……、どう見ても直撃しているはずなのに、後方に魔法が流れている。


「無効化できるなら最初から避ける必要はない、となると時間制限付き。ここから見ても彼の姿がブレている、なんてことはないから幻術の可能性もなし。となると攻撃の透過、といったところかな? 納得いけたかな、御両人。」

「おぉ! なるほど!」

「解説ありがとうございますだべ。」


最初は簡単に魔法にやられて死ぬ、と思っていたけどそう言う防御系のスキルがあるなら話は別だ。アレが切り札で間違いないだろう。クールタイムとか気になるけどそんなのいくらでも偽装できる、変に時間を数えるとかはせずに存在だけ脳に止めておこう。


「あ、もう。」

「あそこまで来られたのならもう詰みだね。」


アルの口から漏れ出た声、おそらく今戦ってる魔法使いくんも同じようなことを思っているだろう。

彼らの距離はもう剣の届く距離、片や未だ剣を持ち魔法が使える剣士に、片や武器は吹き飛ばされ残るのは自身の拳一つな老剣士。まことに残念だよポッター、君の冒険はここでおしまいだ。ジュツにかまけてカラテを鍛えないからそうなる。古事記にも書いてあっただろう? 『オジギとカラテは大事。』って。

おじいちゃんの拳が彼の顔に突き刺さる。ご老体、と言えどここまで生き残っているあたりそこらにいる剣闘士よりは筋力が高いのだろう。一瞬にして浮く彼の体。踵が地面から離れたせいで筋肉が弛緩するが……、それを見逃すような相手じゃない。すぐさま彼の持っていた剣を手で叩き落とすとそこから始まるのは猛烈なラッシュ。オラオラですか? YES! YES! YES!


「オォォォオオオオオ!!!」


ここからでもおじいちゃんの雄たけびが聞こえる。

私から見ても蓄積された経験や技術のレベルの高さはほれぼれしてしまうほど。拳一つで人を圧倒するには自身の体の使い方以外にも、どこに攻撃すれば最適なダメージを与えられるかって言う知識も要求される。それができるってことはあのおじいちゃんが30年間絶えず学び続けてきたってことに他ならない。

まぁそもそものパワーもスピードも全然ないから、私にとって全く脅威ではない。でも、今おじいちゃんの目の前にいる彼は違う。完全に気圧されてる、こうなったらもう駄目な奴だ。


「……愛弟子、帰るよ。」

「え? あ、はい!」


こっから先は、もう見る必要はない。むしろアルには見せたくない。魔法使いくんの負け方、そして闘技場全体の熱気。もう結末は見えている。この世界の子供なら慣れているかもしれないが、私が子供に、アルに見せたくない。


「アル、耳を塞いで私の横に。」


彼女にそう指示をし、去り際におじいちゃんが彼を完全にノックアウトするのを見る。ワンテンポ遅れて上がる大歓声。魔法使いに何でもない剣闘士、それも老人が勝ったんだ。そうなるのも必定。そして、この後に待っているのも。

アルが自分の手で塞いでいる耳の上に、私の手をかぶせてさらに音を遮断する。






『殺せ!』





始まった。





『殺せ!』





小さかった声が、会場全体に波及する。





『殺せ! 殺せ! 殺せ!』





勝者を称えるものだったはずの歓声は、観客は、一瞬にして豹変する。よくある、光景だ。

前評判で勝つと思っていた奴が負けたときほど、どう考えても勝つと思っていた奴が負けたときほど、みっともなく不甲斐ない姿をさらしたときほど、起きてしまう。完全に勝敗が付いているが、両方とも生きている。それは許されることではない。あそこから生きて帰れるのは、一人だけ。

今回はおじいちゃんが拳で勝負を決めてしまった。だからこそ観客はより刺激的なものを、処刑を望んでいる。

私が対戦相手たちを一思いに殺すのも、これが理由の一つだ。


「文化が本当に、まるっきり違うんだよね。」






 ◇◆◇◆◇





「とまぁそんなことがあったんだけど、さッ! うちの子に悪影響出そうだしやめてくんない?」

「それは、すまなかった、ね!」


時間は進み、二日後、二回戦へ。

それまで特に何もなかったし、ちょっといつもよりも時間を大切にしながらアルと過ごして、普段のようにこの闘技場に立っている。確かに目の前にいる対戦相手である彼は厄介な剣闘士ではあるが、"化け物"に勘定するにはいささか年が行き過ぎている。その技術は賞賛すべきものだけど、明らかに体が付いて行っていない。

だからこそ私は、この人と会話をしている。本人から希望されたってこともあるけど、『加速』を使わずとも出し抜けると確信しているからだ。……そして何より、この人から殺気というものが全く感じられない。闘気もほとんどなし、技術というよりも今はまだ本気で戦うつもりのない感じ。

その表れというべきか、私たちが今している剣の応酬は如何に激しい戦闘のように見せかけるかという剣舞に近いものに成っている。


「それで、話したい事って何なのよ? 別にそれぐらいはいいけど、八百長とかは受け付けられないからね。」

「はッ! 八百長なんかする意味すらないだろうに。俺がここで死んで、お前さんが次に進む。そういうシナリオだろう?」

「……おじいちゃんはそれでいいの?」


私たちの声は、誰にも届かない。この場で何を話そうとも歓声にかき消され、人々は見せかけの試合に熱中する。目ざとい者なら私たちが本気を出していないってことぐらい解るだろうが……、どこまで行っても剣闘士ってのは娯楽だ。ここから帰ることができるのが一人だけな以上、何を話そうが何を企もうが面白ければそれでいい。


「もちろんだ嬢ちゃん、そもそもあんたと俺じゃあ力の差があり過ぎる。あの坊相手じゃまだ何とかなったが、お前さんもこの次に上がってくるであろう相手も俺じゃァ相手にならねぇ。だってそうだろ? おまえさんなら俺が認識するよりも早く勝負を決められる。」

「……まぁ、ねぇ?」

「ま、先のないおいぼれに付き合ってくれたことは感謝してるよ。」


実際、おじいちゃんの言う通りだ。三倍速程度ならこの人の反射神経的に対応してきても可笑しくないだろうけど、五倍速じゃもう無理だ。一回戦で戦ったあの鎧野郎なら五倍速も行けたかもだけど、この人の衰えた体じゃもう無理。打ち合ってる剣からそれが解ってしまう、この人が体に残った技術で何とかやりくりしてるだけで、そもそもの体がもう気力についていけてない。


「……にしてもまぁ、お前さんは覚えてないだろうが裏にいたあの嬢ちゃんがここまでなるとはねぇ。」

「おい、その話誰かにしたか。」


思わず、声に殺気が乗ってしまう。同時に剣撃も強くなり過ぎたようで大きく彼のものを弾き飛ばしてしまった。その手から離れることはなかったが、後ろに大きく飛ぶことで距離が開かれる。


「してねぇしてねぇ、だからそうカッカしなさんな。」

「……悪いね、ここから出た後もこの仮面は使い続ける予定なんだ。」

「わかってる、っての。このまま神さんのところまで持っていくからよ。安心しときな。」


裏にいた時の私はその世界に適応してしまっていた、だからまぁ……、ちょっとね。ビクトリアのイメージとは違うことを色々してたのよ、そうでもしないと生き残れない場所ではあったんだけど。だからこそ表に出るようになってからは、この前アルと行った訓練場とかに入り浸って表の常識を体に刷り込んだわけなんだけど……。あの時のことを知ってるとはねぇ?


「剣も握ったことのないような女が戦場から帰ってきたような顔して戦ってたのはよく覚えてるよ、俺ァはそん時ただの付き添いで、試合には出てなかったがね。表でもこんなにクソ喰らえなのに、裏ってのはどこまで酷いんだと。……それが今じゃこんな別嬪さんだ。」

「ふ、褒めても何もないよ。」

「こうして剣を交えながらッ! 話せてるだけで俺の最期にはもったいないぐらいだ!」


なるほどねぇ……、まぁ最後の相手は誰にでもあるけどさ。殺しにくくなるのはちょっとねぇ? まぁどっちみちヤる以外ないからヤるけどさ。


「それで? 単に死にに来たってわけ?」

「なぁに、そんだけじゃぁ面白くねぇだろ? こちとら剣闘士だ、ここに出た限り何をしようが観客を楽しませる。求められたのなら答えねぇとなぁ?」

「……"パンとサーカス"、ねぇ。」


明らかに彼の言葉には自嘲が入っている、三十年間生き続けたってことは、私が背負っている屍よりもより多くの者を彼は背負い続けている。気が遠くなるほど、ずっと。それが役目と言えど、狂わずに彼がここまで来れたってのはどれだけ奇跡的なことなのか。……本当に。言葉にならないよ。

国家は国民に様々なものを提供しなければならない、過去の世界のローマでは"パンとサーカス"という言葉があった。強大な軍事力を持つローマにおいて市民が求めるのは日々の糧と、その日々を楽しむための娯楽のみ。私たちが住む帝国も同じだ。食事は帝都が面する広大な海が支え、娯楽はこんな風に私たちが殺し合うことで支える。


「……さぁ、話はもう終わりだ嬢ちゃん。ただ殺される、ってのも悪くないがせっかくだ。俺が積み上げてきたものでも見てから上に上がりな。」

「はいよ、じゃぁ……。胸を借りさせてもらいますね。」


剣舞の時間はおしまい。

こっからは、殺し合いだ。

彼の体から、闘気が溢れてくる。目には見えないものだけど、感覚で解る。それまでのお遊びみたいなものじゃなく、彼が今出し切れるすべてをここで魅せてくれるはずだ。……さすがにここで瞬殺してしまうほど私は人間を止めていない。




<加速> 三倍速





速くなってしまった世界で、彼と対峙する。

かなりギリギリだがこのおじいちゃんも私の速さに対応できるようで、振るう剣の先に自身の剣をスライドさせる。触れた彼の得物からは力は感じられない、だけどその技術は確かなもので、流れるように私の剣をスライドさせていく。受け流しの技術。……こんな場所で出会ってなきゃアルに教えを受けさせてあげられないかと懇願していたかもしれないね。

だが、今は試合中だ。

真っ向から受け止める力がないのなら、受け流す。私もよくやるし相手がそれくらいしてくるのは解ってた。すぐに切り替え連撃を叩き込んでいく。上下左右、二連撃ずつの合計八連撃。相手が私に見せようとしてくるのなら、こっちもこっちで返す必要がある。三倍速だから集撃性は薄いけど対応がしにくい攻撃だ。


「……へぇ。」


おじいちゃんはそれを、あの魔法使いの時に見せたスキルで防御する。剣では受けきれないと悟ったのだろう。

にしてもこの感覚……、まるで何か水の様なものを切ったような感じ。その肉体を切っているはずなのに、剣が通り抜けていく。名前を付けるとすれば……、『液状化』か? 体を一時的に液体に近い状態にすることで攻撃の無効化などができるっていう防御系スキル。なるほどね、クールタイムやデメリットはあるだろうけど剣闘士を普通にするのならこれほど良い防御スキルはないだろう。


「ッぶね! どんな速さしてんだ!」

「そりゃ私それで生き残ってるからね!」


そこから何度も打ち合っていくうちに、どんどんと彼の動きが鈍くなっていく。スキルの発動も連続は難しいらしく、剣を振り抜く瞬間に『液状化』が切れてしまったりと少しずつ彼の体に傷が増えていく。

私は一度も攻撃を受けていない、いや攻撃自体されていない。彼が攻撃に転じられないように動いているからであり、彼もそれを望んでいる。この人が人生を捧げたのは守りの剣であって、そこに攻めは最低限しか存在していない。隙が生じた際に、差し込むためだけのもの。それ以外の戦い方もできるのだろうが、私に見せてくれているのはそれだけだ。


「そろそろだよ。」

「……あぁ、悔いはない。」


彼の体は、もうその役目を終わろうとしている。

一思いに。








<加速> 五倍速







一閃。







これで、二回戦突破だ。

……あぁ、また背負うものが大きくなっちゃった。

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