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剣闘士編
12:装備のお話し
しおりを挟む「にしても急だねぇ、ご主人サ・マ?」
「お前なら言わずとも要件ぐらい解るだろう。」
私たちの才をウチのオーナーに伝えてから数日後。今私の中に存在する限界の壁を打ち破るための修練中、急に宿舎までやって来たオーナーに連れられて私たちは町へと繰り出していた。もちろん、アルちゃんも一緒。目の前のコイツと私は結構付き合いが長い、だから私が特訓しているところに急に現れて連れていく理由は大体検討が付くんだけど……、アルちゃんはそうではないみたい。
さっきからずっと頭にハテナを浮かべている。
……うん、あれからちょっと何日か顔に曇りが見えてたけど何かしら自分の中で纏めることができたみたい。今日はまだ、マシだ。
「どうだろ、ビクトリアちゃんわかんないなぁ? それにアルちゃんへの配慮もしなきゃダメじゃないの? このイジワル。」
「……装備の新調だ。」
もうしゃべるのがエネルギーの邪魔だ、という雰囲気を出している彼が馬車の中でそう発する。こいつは時間の浪費とか結構気にするタイプだ、だから移動もわざわざ馬車にしたんだろうけど……、私と相席するっていうことを忘れてたな?
「装備……、ですか?」
「そ。剣神祭は普段の数打ちとかじゃないのよ。」
剣闘士の試合は基本、数打ちの剣一本のみ。あったとしても運営側が定めた簡易な防具だけが許可され興行が行われる。一応剣闘士はその者の力と技術を競い合うって名目で行われてるからね。でも私みたいなスター選手が出るときは両者のオーナーが合意した時に限って自由な装備を身に着けることができる。そっちの方が華やかだからって理由、見る方も特別感が出ていいみたいなのよ。
んで、問題の『剣神祭』。こいつは大々的に行われるお祭りだし、皇帝が主催してる格式高い試合だ。まぁそんな名誉ある試合にみすぼらしい数打ちなんか持ってきても面白くも何ともない、ってことで『剣神祭』では装備の制限が撤廃されている。つまりなんでもアリってこと。……あ、一応武器は剣ってことだけは決まってるんだけどね。
「各オーナーが自分の財力を証明するために、自分の剣闘士を優勝させるためにまぁみんなすごい装備用意してくるらしいんだよねぇ。」
「へぇ、そうなんですね。」
「んでオーナー、やるからには多分オーダーメイドなんだろうけど誰がやってくれるの? 今の装備作ったあのおっちゃん?」
今の装備、女騎士が着るような軽装の白甲冑。ビクトリアとしての活動が軌道に乗り始めたころにオーナーからもらった奴だ、たまに塗装のし直しとかで鍛冶師のおっちゃんのところとかに持って行ったりするんだけど……、そこかな? あの人結構腕良いらしいし。
そんなことを考えているとオーナーが懐から一通の手紙を取り出し、投げ渡してくる。すでにオーナーが読んだのか封は切られてるけど……、これヘンリエッタ様の押印じゃん。目線で読めと言ってくるオーナーの言う通り、中身を確認してみる。ん? アルちゃんも見る? じゃあ一緒に読もうか。
『ビクトリア様お元気? あなたの愛しのヘンリよ! 剣神祭に出るってことだからこっちで最上の鍛冶師に連絡を入れといたわ! 普段は気難しい人だけど大丈夫! ウチの家に貸しがあるから断れないの! とてもいい考えでしょう? ……あ、それとお代の方は貴方のファンクラブのみんなで出し合って補っておくから心配しなくていいわよ! P.S.話は変わるけど私のものにならない?』
「…………えぇ?」
「…………わぁ。」
「相変わらず行動の早い方だ。……っと、着いたようだな。私は別件があるから二人でいけ、迎えに馬車を送っておくからそれで帰る様に。」
オーナーがそう言うと御者さんがタイミングよく馬車のドアを開ける、まぁ降りるしかないので降りますけど……、もっとおしゃべりとか楽しまないのオーナー? え、時間の無駄? いやいや、今を時めく大スタービクトリアちゃんとお話しできるのが無駄って……、あ! ドア閉めた! オイこらまだお話しは終わってないぞ! 逃げるな! 逃げるな卑怯者ォ!
「……っと、時間は有限だし行こうか、アル。」
「相変わらず切り替え速いですねビクトリア様。」
オーナーが乗った馬車を見送りながら、あたりを見渡す。町並みはいつもと同じ感じだけど、歩いている人が違う。人間族よりもドワーフ、炭人族の割合の方が多い、鍛冶屋とかが集まる一帯のようで家々の煙突から煙が絶えず上がっている。目的地である店の名前を探しながら、二人で鍛冶街を歩いていく。
「この辺りはドワーフの方が多いんですね、あとなんだか皆さん元気がないような。」
「……確か今帝国はドワーフの国家と戦争してたね、それが原因かな?」
ここにいるドワーフたちが戦争によって連れてこられた者なのか、それとも元々ここで過ごしていた者なのかはわからない。だがまぁ自分の種族の国が今住んでる国と戦争してるってなるとまぁ複雑だろう。まぁそれ以外にも理由があるのかもしれないけど、今の私には関係のない話だ。そういえば紹介された鍛冶師はドワーフなんだろうか? 人間族もちらほら見かけるがやっぱり優秀な鍛冶師ってドワーフのイメージあるし。ちょっと楽しみ。
「……メネェチカ。ここだね。」
掲げられた看板の名を確かめ、掛けられている……、これなんだろ。ビーズカーテンでいいのかな? なんかビーズが一杯吊るされててお婆ちゃんの家とかにありそうなやつ。まぁとにかくそれを手で避けて中へと入る。
「いらっしゃい~。」
向かえてくれたのはこの辺りでは珍しい、というか初めて見る懐かしい髪色。黒い頭髪を首あたりで整えた人間族の女の子だ。店番の子だろうか。
「すまない、ヘンリエッタ様の紹介で来たビクトリアという者だ。ここの店主の方に取り次いでいただけるだろうか。」
「おん? ウチが店主やで。」
「……キミが?」
いやどう考えても店主には見えないんだけど……、顔だちも背丈もアルちゃんと同じくらいなんだけど。
「んぁ? お前もしかしてウチのことチビって思った? 思ったよな? 思ってるよな!」
わ、急にドス利かして来た。こわ。というか珍しい訛というか若干関西弁? この世界の言語は日本語じゃないから多分私が関西弁に似てるって判断してるだけなんだろうけど……、それにしてもなんで?
◇◆◇◆◇
「おう、わりぃな姉ちゃん。ウチ身長のこととか言われるのごっつ嫌やねん。」
「いや。私も配慮できず、すまない。」
「じゃあ手打ちってことで。あ、そうやそこのおチビ、貰いもんやけど菓子あるで。食うか?」
「い、いえ。お構いなくです。」
さっきまで鬼の形相で怒鳴ってた店主を何とか宥めたあと、店の奥から出してもらった椅子に座りようやくこの女性と対面する。彼女にとって禁句のようだが、その身長と幼い顔立ちのせいで結構汚い言葉で怒鳴られても『あぁ、これはこれで。』という感じでそこまで怖くはなかった。というかほんとにあなた成人してるの? あ、してる? そう……。
「ヘンリの姐さんからは聞いとるで、最初はどんな坊々が来るかと身構えとったけど……。見た感じ結構な剣士やな。」
「……解るので?」
「もちや! これでもベテランやからな! それぐらい解る解る! 姉ちゃんスピードタイプやろ? それもチマチマ叩くタイプじゃなくて一撃一撃が重い奴や、やっぱ鍛え方がちゃうなぁ。うんうん、こんな奴相手ならこっちも張り切って仕事できるってもんや!」
店のカウンターを挟んで会話していたのだが、急にそこに飛び乗り体を触ってくる彼女。まぁそれぐらいならアルちゃんがびっくりするぐらいで済むのだが、目の前のこの人は普通に私の戦い方を言い当ててきている。
「……試合をご覧になったので?」
「試合? 姉ちゃんなんか出ててんの? ウチら属州の方の出身でな、最近海超えてこっち来たからようわからんねん。……もしかして結構有名だったりする?」
「え、えぇ。まぁ。」
「マジ? え、どうしよどうしよ! こういうのってやっぱなんか書いてもらった方がええよな? なんかよさそうな紙ってどこ置いたっけ!?」
口元を手で隠しながらグイっと顔を近づけてくる彼女、私らしかいないのに内緒話をする必要ないと思うんだけど……。というかそれで驚いてしまったせいか、完全に話のペース持ってかれた! あとこの人ずっと喋ってる! 止まらないんだけど!
あ、なんかダメだわ、ちょっと初めてのタイプ過ぎてビクトリアがブレてる。それにこの人ファンじゃないし急に"子猫ちゃん"呼びとかできない。おい! がんばれ私の『演技』の才! お貴族様が急に鞭持ってきて『私を叩いてくださいまし!』って言われた時も何とかなったでしょ! ほら頑張れ! 頑張れビクトリア!
「ほら、ウチらの住んでる場所ってけったいなとこでな? 『女はテツ打つなー』とか『鍛冶場は男のー』とか『誰からそれを盗んだー』とか、めっちゃうるさいんよ。んでどうしようか迷ってた時にヘンリの姐さんにおうてな? 一念発起して家族と海渡って来たんよ。それでな、それでな……」
「失礼! ……申し訳ない、まだあなたの名前を聞いてなくてね。教えて頂けるかい?」
「おっ! せやったせやった、いやわるいね! んじゃ改めまして……、ウチの名前はドロ! この店の店長やってる鍛冶師や。よろしゅうな!」
ようやくマシンガントークを納めることができ、大阪のおばちゃんと化していた彼女を鎮静化させることに成功する。一応名前はさっき名乗ったけどまたペースを握られたら一生話が終わらない、もう一度"ビクトリア"と名乗り、隣にいるアルもそれに続く。
「ビクトリアに、アルやな! おっしゃ覚えた! ……んで、ウチは何作ったらええの? 剣か? 槍か? 甲冑か? 姐さんからは来た奴の作ってほしい奴全部やってー、って言われてるんやけど。」
「全部、か……。では全身の装備と、剣をお願いします。」
「あいよ! かしこま!」
元気よく返事をしてくれる彼女の鍛冶師の実力がどうなのかはわからない、だがさっき私のことを一切知らずに筋肉を触るだけで戦い方を看破したこと、そして店に並べられた数打ちのはずの剣の質がかなりいいこと。そして何よりもヘンリエッタ様が勧めてくれたという事実が彼女の力量を証明してくれる。
「それじゃあ細かい採寸とかしながらどういう方向性で行くか聞いていくから答えてな、あと嬢ちゃんは暇やろうしそこにある菓子でも食ってまっとき。あ! 全部食べてもええからな!」
まぁそんな感じで採寸してもらってからちょうど一週間後、もう装備が完成したと連絡があったのでまたオーナーに連れて来てもらったんだけど……、いや一週間って色々おかしいからね? 私の今の装備の塗装直しでも三日ぐらいかかってんのよ? どんだけ早いのさ!
「まぁそりゃウチが優秀やからな! あと帝都ってだけあって滅茶苦茶材料手に入りやすいわ! 変な差別とかで鉄売ってくれへんとかもなかったし……。まぁでも? それでもやっぱウチの腕が理由やな!」
「さ、さいですか。」
「せや! はやい! すごい! まずい! の三拍子やで! ちなみにまずいは値段な、今回の姉ちゃんはあんま関係ないけど。」
「……ちなみにどれくらい?」
そう言うとこっそり明細を見せてくれる。……あぁ、確かに。これは不味いね。あ、アルちゃんはあんま見ない方がいいかも。すごいことなってるから。装備の手入れとかアルちゃんいつもやってくれるでしょ? これ見たらちょっと手が震えちゃうと思うから……。
ちなみにだけどアルちゃん三人分くらい。店主が言うには『姉ちゃんいい剣士っぽいし初回大サービスで安くしといたで! 材料費とか燃料費だけや!』とのことなので実際の値段はもっと高くなるだろう。……いや色々と大丈夫か?
「大丈夫ちゃう? たしか……『剣神祭』やっけ? それに向けて結構市場が動いてるのか、仕入れの時無茶苦茶高い奴とかあったで。姉ちゃんは重装にしたら旨味きえてまうから買わんかった奴もあるけど……、まぁどこも姉ちゃんみたいにガチガチで装備作ってんのやろな。」
いや装備の質が高くて周りから怒られるかもしれない大丈夫? じゃなくてあなたのお店の経営が大丈夫? ってことなんだけど……、まぁいいか。とにかく相手側も大勝負に向けて準備を進めてるってことだね。気を引き締めないと。
「ま、世間話はほどほどに、一つずつ説明していこか!」
最初に彼女が持ってきたのが二振りの剣、日本刀みたいに木製の台の上に置かれている。
「普通のロングソードと、レイピアやね。聞いた感じ剣であればなんでもアリで本数の制限もないみたいやから……、用途に分けて二本打っといたで。」
「ロングソードの方はミスリルを芯にして、玉鋼ぇっちゅうめちゃいい鉄で打っといた。重さはあるけど研ぎもちゃんとやってるから叩き切る~、だけじゃなくて流し切る~、とかも姉ちゃんの技量ならいけると思うで。」
「レイピアの方は玉鋼オンリーや、ちょっとやそっとじゃ折れへんと思うけど刺突目的で作っとるからやるにしても受け流す程度にしといてな。」
渡されたソレを、軽く振ってみる。刀身も柄も飾り気のない剣だけど、機能美ってものを感じられる。グリップも手の形をよく調べられたおかげかひどく落ち着く、そこに収まるのが初めから決められていたみたいに。重さも、普段のよりは少し重いがこれぐらいの方が格段にいい。レイピアの方はあんまり触ったことがなかったけど……。うん、いけそう。
「鞘の方は両方値崩れしとったワイバーン系の素材で作っとる、骨の形整えて薬品で固めて翼膜でコーティングしとるからこっちも防御には使えると思うで、一応ヘンリの姐さんから注文されたように白ベースでやっとるから見た目もええと思うで。んじゃ次~。」
なんかさっきからミスリルとか玉鋼とかワイバーンとかやっぱここファンタジー世界なんだなぁ、という言葉がずっと聞こえてくるが騒ごうにもそこまで騒げない。装備ってのは自分の身を預ける大事な相棒だ。だからこそ注意深く見る癖がついている。
上がる気分を理性が押さえつけ鞘の硬さを確認したあと彼女に付いて行く。あと実際にやってみなきゃわからないけどあの鞘タクパルの一撃くらいなら受け止められると思う。かなり硬かった。
「全身装備~、やね!」
店の奥に連れてこられ、埃避けのためか掛けられていた布が彼女の掛け声とともに剥がされる。これは……、すごいな。私が頭部の防具を付けるのが視界も遮られるし苦手ってことで作ってもらってないけど、お貴族様の部屋に飾ってても可笑しくないものだ。
「軽銀を骨格にして装甲はミスリル、んでちょっち魔化。さすがに全部ミスリルにしたら重くなりすぎるからやめたけど『軽量化』と『速度向上』の効果も付与してるから見た目よりは軽いはずや。……あ、一月も持たんから定期的に持ってきてな?」
軽装の私たちが好むような急所だけを守る部分鎧ではなく、全身を包む真っ白な鎧。だけど私の体形を崩さないように鎧が肥大化することも、丸みを帯びることもない。すこし触って装甲の厚さを見てみるが申し分ない、十分以上に防具としての役割を果たしている。一言で表すなら……、超スタイリッシュな西洋甲冑、だろうか。
「体術も結構使えそうやったからな! 腕と足の部分の装甲は厚くしてるで! まぁやっぱ軽量化と防御力の両立がめちゃむずかったけど納得のいくもんが作れたわ! ……あ、あとこれな!」
渡されたのは、鎧と同じ真っ白な布。だけど丁寧に一本一本金のラインが織り込まれていて、その上かなり頑丈だ。
「こう、腰に巻いてな? 足元とか隠したり防御に使える~と思って用意しといた。投げつけて時間稼ぎー、とかもいけるやろな! 竜の髭とミスリルとウチの地元の頑丈で有名やった繊維使って薬品処理もしてるからそんな簡単には破けへん優れモノや!」
飾られている鎧にパレオのようにその布を巻きつける彼女、頑丈と言っていたがごわごわした感じはしない。むしろ触り心地は絹に近いだろうか。そこまで動きを阻害することはないだろう。……使える。
ひとしきり説明が終わった後、実際に全てを装備してみる。鎧をアルに手伝ってもらいながら身に収め、鞘を吊るし剣を納める。そして布を腰に巻き付ければ、完成だ。……製作者が女性というおかげなのか、単にこの店主の腕がいいのかはわからない。後者だろうが至る所に装飾が施されている。見た目と、実用性。完全に両立させている。
軽く動き、そして『加速』も使用してみるが……、全く違和感がない。むしろ鎧に施された魔化のおかげか生身の時よりも速度が出ている気がする。長続きはしないようだが、剣神祭前にもう一度メンテナンスしてもらえばいい話だ。
「気に入ってもらえたようでなによりや! やっぱ使う奴に気に入られてこその装備やからな!」
「……あぁ、本当に。ドロ、ありがとう。」
「いいってことよ! ま、ウチの装備で勝ってくれたらそれだけで宣伝になるからな! 頼んだで!」
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