クソガキ、暴れます。

サイリウム

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原作開始前:強化編

55:お労しやティア上

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「伯爵様、用意整いました。」

「ん? あぁそうか、では定刻に成れば開始するよう通達しておけ。手筈も変更なし、とな。」

「はッ!」


ティアラとの模擬戦の後、かのロリコン伯爵は自身の天幕でゆっくりと茶を楽しんでいた。

鍛え抜かれた武人というべき肉体を持つ彼、そんな伯爵が優美な所作で茶を嗜んでいるのは少し違和感があるというか、滑稽味がある。けれど、しっかりと貴種としての教育を受けたものが、そこにいた。

まぁ本人としては自身が一番に愛する存在。天使との楽しい時間を思い出しながら酒でも飲みたいような気分であっただろうが……、これから始まるのは“演習”。互いの軍を戦わせ、どちらが優れているかを競う勝負だ。

ティアラとの勝負であるということ、そしてそもそもこのような戦いの前に酒など飲んでは失礼。そのような考えから彼はその体内で荒れ狂う熱を抑えるためにも、香り高い茶で精神を治めながら眼下に広がる自身の陣容を眺めていた。


(せっかく3つも勝負をするのだ。ならば彼女との時間をより長くするために行動するのは当たり前だろうよ。)


先ほどの模擬戦。ティアラも『消化不良、手ごたえがあんまりない』と評していたように、伯爵は少し手を抜いていた。

正確に言えば、“本気”で戦ってはいたが、“全力”ではなかった、のだ。もし全力で戦うのであれば彼は彼女にあの異様に洗練された槍、【オリンディクス】を使うよう言っていただろうし、彼自身も自領で限界まで鍛え上げぬかれた【鋼の剣】を使用していただろう。決して子供のお遊びの様に、木製武器は使わなかった。

伯爵の思惑としては、一つ目の模擬戦を彼女に送り、二つ目の演習を自身が取る。そして三つ目の勝負にて自身が勝利し、彼女を手のものにする。そういう作戦であったのだ。愛する者との駆け引きを全力で楽しみながら、同時に確実な勝ち筋を用意しておく。それが変態ながら優秀な伯爵であった。


(まぁ、すでに“負けても良い”。次の一手に必要な情報は我が天使の口から聞き出せたようなものであるし、情勢を鑑みても、想定通りに動くだろうよ。今この時彼女を我が妻として迎えられるに越したことはないが……。まぁ今は、一人の“男”として楽しませてもらうとしようか。)


そんなことを考えながら、彼は自身の陣容をもう一度確認していく。

此度の戦いに於いて、より注意しなければならない存在は、二人だけ。オリアナとティアラである。

もちろん伯爵はそれ以外の新入り達、新たに雇われた傭兵たちの情報もつかんではいたが、脅威度は低いと判断していた。彼らの強さは、もし彼が彼女に勝利し、その身柄を手に入れた際には縁故採用という形で新兵としても雇ってもいいかもしれない、そのレベルの強さである。警戒するに値しない者たちだった。

つまり、今回用意した3000の兵は全て、二人の対策として用意されたものだった。


(まず、対オリアナ。対槍鬼としてだが……。)


この世界の一つの常識として、『魔法兵』や『僧侶』以外の存在は魔法に対する抵抗力、すなわちRESがあまり高くないという物がある。まぁ一人例外として、もともと魔法職の体なのに空騎士選んだせいで物理面よりも魔法面が成長してしまっている肉体クソザコメスガキがいるが、それは置いておくことにしよう。

つまりオリアナもその例にもれず、DEF>RESとなっている。単純な力押しで攻めるよりも、魔法で攻めた方が効率が良い、ということだ。


(ゆえに壁役として『重装歩兵』を800、『魔法兵』200を“対オリアナのためだけ”に分けている。直前で追加した1000の兵の内訳は、彼らだ。)


そのため伯爵は、重く硬い鎧によって守られた歩兵でオリアナの全方向を囲みながら、上から魔法兵でチクチクと攻撃することを選択した。流石にこれで倒し切れるとは考えていなかったが、十分に彼女の体力を削れると推測する伯爵。

なにせ今回用意した魔法兵の全員が範囲魔法を習得済み。広範囲に影響を及ぼす魔法は回避が難しく、直撃してしまう可能性が高い。もちろんフレンドリーファイアの危険性も高まるが、そこは練度でカバーしている。伯爵自身がオリアナ役を務め、彼らに鍛錬を積ませた結果、重装歩兵と魔法兵はまるで一つの生き物かのように動くことが出来るようになっていた。

つまり一度重装歩兵で包み込んでいしまえば、彼女は彼らの胃の中にいるのと同意。いずれ食い破られてしまうだろうが、大幅に消耗させられるのは必至。そこまで弱らせればいくら実力差が開いていようとも、度重なる鍛錬によって強化された伯爵なら撃破可能。彼はそう考えていた。


(そして、残り2000は対ティアラ。天使対策として用意した者たちだ。)


ティアラはオリアナと比べると単純な戦闘力はやや劣るが、一対多になった際異様なほどの強さを誇る。その身をもって“空間”を体験した伯爵は、その“対軍兵器”としての使い方をいくつも思いついていた。まさに一人で戦場を変えてしまう存在、言うなれば“戦略兵器”だと。

“射出”一発で兵は吹き飛び、おそらくその残弾に限界はない。また水を大量に持たせておけば敵兵を押し流し、戦場の足場を土から沼に変えることが出来る。そして先ほどの模擬戦で見た投石は攻城兵器としても使えるだろう。護衛として圧倒的な個を置いておくだけで、すべての敵に死を与える天使になっていたはずだ。


(そしてもちろん、“輸送”に関しても。我が天使一人ですべてが変わると言ってもいい。……そして彼女は、それを扱うのにふさわしい頭脳を持っている。)


彼は自身の天使の知能を、全く疑っていない。故に自身が思いつくようなことは全てやってくる、もしくはその上を行くであろうと推測し、軍容も彼女の対策として兵士たちに多種多様な装備を持たせてきた。


(ダンジョン産の魔物素材から作ることが出来るアイテム、確か蜘蛛型の魔物素材を使用することで対象の速度を落とすものがあったはずだ。それを始めとした妨害に対応するために、こちらも魔道具を用意している。)


かなりの出費になってしまったが、彼は伯爵であり、かなり商才を持つお金持ちである。故に対ティアラのための2000の兵すべてに多種多様な魔道具を持たせ、対策をするのは必至。そしてその陣容も、ティアラを確実に撃破できるものとなっていた。

『弓兵』600に、『魔法兵』400。『剣兵』と『槍兵』を合わせた歩兵部隊800に、『騎兵』200。ペガサスを扱う空騎士にとって天敵とも呼べる弓兵たちに射程距離の長い長弓を持たせ、魔法兵たちには空を飛ぶ敵に特攻が入る風魔法を習得させている。そのほかの兵も非常に高い練度を誇っており、伯爵が可能と判断するだけの兵士たちだった。

たしかに多少は苦戦するだろうし、半分以上落とされても不思議ではないが……。伯爵も知る通り、ティアラは可哀想なくらい紙装甲。彼らの攻撃が掠れば落馬する可能性が高い故に、彼らが持つ武器は取り回しや攻撃速度を意識したものが多く、その対策はばっちりであった。


(彼女たちが取る戦術としては、総大将である我が天使が逃げの一手を打ち、オリアナがこちら側の総大将である私を倒すために突貫して来る。もしくは二人同時に私めがけて突っ込んでくるのどちらかであろう。)


前者の場合は各軍に任せた仕事の通り動かし、後者の場合は分断させるために動く。

事実。ティアラたちが彼の想定通り動いていれば、勝利の女神は伯爵に微笑んだであろう作戦であった。(もちろん比喩的表現であり、アユティナが微笑むわけではない。というかこのロリコンかなりアユティナ神から引かれているというか、もうちょっとどうにかならんの? と思われており好感度がマイナスなため微笑むわけがない。)

つまり、完璧な策を彼は用意してきていたのである。


しかし、今このロリコン伯爵を相手にしているのは。


この世界を隅々まで遊びつくし、転生直後で盗賊を殲滅し、神の寵愛を一身に受けたある意味最強のクソガキである。性癖以外ほぼ常人である伯爵が、敵う筈もなかった。


「ふむ、定刻か。銅鑼をなら…………、ッ!!!」


彼が演習開始の合図である銅鑼を鳴らすよう指示を出した瞬間。彼の眼前、ティアラたちの陣地に出現するのは、


巨大な城。


常識の通用しない戦いが。今、始まる。



「ふ、ふふふ! ふはははは!!! さすが、流石だぞ我が天使よ!!!!!」







 ◇◆◇◆◇





「にゃはははは! ティアラちゃん特製一夜城ならぬ、『一秒城』! できたできたー!」


よくよく見れば見た目だけの急造品。もし相手側がカタパルトなどの攻城兵器を持ち込んでいればすぐに破壊されてしまうような存在だが……、さっきティアラちゃん伯爵がそんなもん持ち込んでないって確認してるもんね~! にゃははは! 空間内でせっせと積み木したかいがあった! 寝る間も惜しんでやってたせいで何回か怒られたけど!

大量に買い込んだ石材と、アユティナ様から融通して貰った石材をどんどん積み上げて、ぐるっと私たちを囲う石の防壁! そしてその防壁の上にはカタパルトなんかの兵器も常備! 出し入れする時、滅茶苦茶脳みそ使うから脳内麻薬ドバドバで馬鹿になっちゃうけど……。すごいでしょー!!!

ゲームでも地形を整えたり、兵器を使ったりするのは基本! というか強すぎて残弾とか数に制限されてることが多い! でもでも~? ティアラちゃんがいる限りそんな制限なんてくそくらえ! 弾も兵器もずらずらり! 大量にご用意させていただきましたとも!

たった50人で3000と戦うにはこれぐらいしないとねー!


「な、なに。これ。」

「防壁が一瞬で……!」

「ほらそこのシスターズ!? ぼーっとしてる暇ないよー! さっさと準備準備ー! あはははー!!!」


配下の子たちにそう指示を出し、城壁に設置された兵器たちの傍に移動させる。

今回は殺しナシの演習だ。故に用意しているカタパルトの弾やバリスタの槍は、ただのクッションの塊か、先端が丸くなった上にクッションが付いてたりする物に変更済み。ふわふわで柔らかいけど、当たり所が悪かったら普通に気絶というか、永遠の眠りに付いちゃうやつだね~!


(ほんとは毒矢とか爆弾とか発射したかったんだけど……、殺し合いじゃないのなら我慢我慢!)


かのモンゴルさんが好きそうな“てつはう”みたいな爆発したら周囲に鉄片をぶちまける砲弾でしょー? 爆発したら凄い音出してお耳破壊する砲弾でしょー? うんちっち爆弾でしょー? ダンジョンにいる猛毒もちの魔物から採取した毒矢でしょー? 普通に爆弾が付いてる矢でしょー? その他にもたっくさんあるよね!


(殺し合いになったときのために、一部用意してたんだけど……。ま、空間においておけば劣化しないし! とっておこー!)


そんなことを考えながら、私も防壁の上に繋がる階段を駆け上がる。防壁のことは話していなかったが、兵器を使って戦うことは指示していたし、使い方の研修会は全員受講済み。なんか神様の前に連れてってもノリで改宗出来るくらい順応性が高いモヒカンズ。凄い凄いと言いながらすでに準備を始めている。

あ、カタパルトとかはもうこっちでセットしておいたからそのまま撃って良いよ。こうげきかいしー!

ほらほらシスターズも! 私の副官になるんでしょ? バリスタどんどんうちこめー!


「「は、はいッ!!!」」


うんうん、いいお返事! 相手が城壁にとりつくまでにどれだけノックダウンできるかの勝負だからね! 少しずつ着弾位置を短くして行って、カタパルトが限界に成ったらすぐにバリスタに変更! バリスタも射程距離より内側に入られたら、置いてある油のツボがあるからそれドンドン落としな! ぬるぬるで城壁登れなくなるよ!


「あ、火を付けるのはナシね? 殺しちゃうから。」


そんな指示を全員に出しながら、オリアナさんの元に移動する。

そこで待っていたのは、非常に魅力的なお顔。お口を三日月みたいに曲げながら笑う彼女だった。今起きていることが楽しくて楽しくてしょうがない、私と同じ感じだね! ティアラちゃんも同じ顔~!


「最初に聞いたときは頭がおかしくなったのかと思ってたが……、お前日に日にヤバくなっていくよな。」

「えへへ~! でしょ~?」

「はッ、だな。さて、そろそろ私も出発するか! お前も早めに動けよ?」

「もっちろん!」


私の返答を聞いた瞬間。凶悪な笑みを浮かべながら防壁から飛び降り、そのまま敵軍に向かってとんでもない速度で走っていくオリアナさん。あれ騎馬突撃レベルで速いんじゃない? やっぱオリアナさんお化けじゃん、こわ。ティアラちゃんもアレ目指してがんばるぞ!

ちなみに、この『一秒城』は単に防壁で周囲をぐるっと囲んだだけのものだ。つまり出入り口はない。だって私たちが身を守るためだけに使うわけだし、終わったら“空間”の中にぶち込んで置けばいいしね。なんでここから出るには5mくらいの城壁から飛び降りるか、ペガサスとかにのって出ていくかしかないんだけど……。

ま、オリアナさん超人だもんね! この高さなら無傷! もう敵と接敵して蹴散らしながら伯爵の方に一直線してるし、ヤバいよね!


「よーしタイタン! 私たちも“イタズラ”しに行こうか!」

「プモ?」

「そ! 上からあつ~いお水かけてやるの。やらない?」

「プミ!」


お、いいお返事!

んじゃ行くぞー!

そのままタイタンへと飛び乗り、大空へ。

それを見た敵さんたちが私めがけて魔法や弓を飛ばしてくるけれど……。今のタイタンと私には、アユティナ様から頂いた『特攻無効』の効果が付与されている。んなもんタフガイのタイタンには効かないのだ! ……まぁティアラちゃんに当たれば最悪死ぬのでやめてほしいのには変わりないんですが。

というわけで限界ぎりぎりまで高度上げてちょ!


「ブモ。」

「ごめんって。でも人がゴミのように見える高さからお水振らせて、慌てる姿見るの面白くない?」

「プププ!」


だよねー! んじゃ“空間”を繋ぎまして……! 大量のお水を上からどーん! あと昨日お風呂に使ったあつあつのお水もどーん! ぬれちゃえー!

敵軍の中を貫いて進んでいくオリアナさんに掛からないように、お水をドバドバと敵軍に掛けていく私たち。かなりの高度から水を落しているのでもうただの質量爆弾だし、お水がかかればどんどん体が冷えて体力が減っていく。当たりのお湯がかかれば火傷しちゃうし、その後の寒暖差でお風邪ルートだ。

殺し合いになってたら上から爆撃機みたいに爆弾落したり、買っておいた2トンぐらいの馬のうんち(肥料用)とか、迷宮で取って来た魔物の死体とかを降らしたりしたんだけど……。さすがにやめておいてあげよ♡ でも欲しかったら上げるから言ってね♡


にしても……、みんなつらそー! ねぇ今どんな気持ち?


最初たった50人倒すだけのお仕事だったのに、お城が出てきてカタパルトとかからどんどん攻撃されて、攻城兵器がないせいでまともに攻められそうになくて、上からクソ痛いお水が降ってきている上に、鬼のように強いオリアナさんが突っ込んできてる。ねぇ今ドンナきもち?


「あ、そうだ。オリアナさんが苦戦しそうな重装歩兵がいるあたりにクッション落としとこ。カタパルトの弾のあまりだよ~。ティアラちゃん人間爆撃機~。」


クッションとは言え、弓が届かない上空から落とされればかなりの攻撃力になる。落とせば落とした分だけ倒れていく敵兵たち。う~ん、これ面白いね。戦場に出たらもっと凶悪な兵器でやろ~っと。

あ、そうこうしてる間にオリアナさんもう敵軍突き抜けて伯爵の天幕に入っちゃった。ティアラちゃんのアシストが効いた感じだね! やったやった!


「ということはこの“演習”も終わりか。タイタン~? 高度維持したままさっきいたあの防壁のとこ戻って~。」

「プミ?」

「うん、いいのいいの。どうせオリアナさん勝つし。ほら。」


帰りながらちょっと後ろ、天幕の方を振り返ってみてみると幕を突き破って吹き飛ばされている伯爵の姿が見えた。まぁオリアナさん最強だし? 負けるわけがないよねー!


「ということで総大将が討ち死にしたので“演習”終了! というかどっちみち戦死判定喰らってる人半分超えてるだろうし、こっちの勝ちだよね~!」












「というわけで、私が二勝したわけだし勝ちってことでいいよね。」

「あぁ、もちろんだとも我が天使よ。男に二言はないとも。」


演習後、すでに勝敗が付いたということで、両者中央に集まる私たち。こっちとしてはそのまま帰れって言いたいけど、一応勝負だけはちゃんとしてたわけだし、そのあたりのルールには則っておかないといけない。すでに私も部下を持つというか、人を雇ってる身だ。あんまり人との契約を破りまくっていると人望がなくなっちゃう。

ま、もうちょっとごねるかもと思ってたけど……。普通に負けを認めるんだね、コイツ。マイナスに振り切ってた好感度がちょっとだけ持ち直したよ。良かったねぇ。……まぁ、マイナス3000からマイナス2999くらいに変わっただけだけどさ。早く視界から消えて? 消えてくれないとマイナス4000にするぞ? いやもうした。


「だがせっかくの機会だ我が天使よ。三つ目の勝負、やるだけやってくれないか?」

「…………ちなみに何しようとしてたの?」

「天幕にベッドを用意している、そこで私と【規制音】」


ほぼ同時に私とオリアナさんの腕が動き、その首に獲物を突き付ける。


「ふふ、ジョークだジョーク。そう怒るな。……さて、君が私に求める条件は『今後我が天使に近づかない、そして此度の“勝負”の情報を無暗に広げずこちらで握りつぶす』だったか?」

「解ってるならそろそろ消えてくれる?」

「あぁ、もちろんだとも。だがこのままでは動けん。この槍、どけてくれるかな?」


そう言われ、渋々槍を下げる私とオリアナさん。まぁ確かにこの相棒ともいえる【オリンディクス】ちゃんに変態の血を吸わせるのは可哀想か。ごめんね私の相棒、お前もこんな奴殺したくないよね。どっかで早く野垂れ死んでくれないかな。わざわざ手を下す価値もないし。


「ふふ、そう褒めるな。だが此度の情報を握りつぶすのは少々骨が折れる。我が天使も理解しているだろうが、迷宮都市には様々な勢力がいる。王国だけではなく帝国も、そして両国の教会勢力もいるのだ。そのすべてに情報が行かぬようにするのはかなりの難題。……しかし、勝負は勝負。甘んじてその役目、果たそうではないか。」

「あっそ。」

「だが少し、褒美をもらってもいいのではないかね?」


奴がそう言った瞬間、その姿が視界から消える。そして私の顔に、影が。


何故か頬に感じる、熱と柔らかさ。





「次はその唇を頂くことにしよう、ではな、我が天使よ。」






…………!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?





「ちょ、おま! いやティアラ吐い! あぁもうだれか水と綺麗な布持ってこい! 早く! ほらティアラ! 下向け! 喉詰まらせるぞ!」


あ、アユティナさまぁ! きおく、きおくけしてぇ! あいづもけしてぇ! やだ! やだ! やだぁ!!! 頬に変な感触残ってるぅ! やだぁぁぁ!!!


【う、うわぁ……。あぁ、うんティアラちゃん? 一回こっちおいで、ね? “事象”も“記憶”も消してあげるからね。うん。とびっきり慰めてあげるからさ、ほら魔法陣使って一回こっちにね?】


はぃぃいいい。






 ◇◆◇◆◇




というわけで? なんか勝った後の記憶があやふやなんだけど……。とりあえず普段通りの生活が再開できた今日この頃。いつも通りティアラちゃんはダンジョンでレベリングをしております。あ、タイタンは今日休養日だから完全な一人ね! ひっさしぶりにアユティナ様とお話しながらダンジョン潜ってるの! いいでしょ~!

というかアユティナ様? なんか勝った後の記憶があやふやというか、なぜかアユティナ様のお膝の上で寝てたんですけど……。何かあったんです? あとみんななんか戦意が高めというか、伯爵に対するヘイトが高いというか……、いや別にそれはいいんですけどね? あいつクソだし。


【ティアラちゃんや、世の中には知らない方がいいことも多くあるんやで。】

(そうなんです? んじゃ気にしないようにしますね~!)

【そうそう、それでいいの。(とりあえず頬と唇が触れ合ったって言う“事象”は消せたし、この子の記憶も操作したけれど……。周りの子たちの記憶はそのままだからなぁ。)】


そう言いながら、慣れないことしたからなぁ、なんて呟く私の神様。何か裏でしてくださったのかな? ……あ、もしかして膝枕のこと!? 確かにアユティナ様のお膝。なんかこう、包み込まれるような感じがしてすごかったなぁ。え、また今度してくださるんですか!? 是非に!


「あ、そうだアユティナ様! 私そろそろLv20に成りそうなので、転職の準備してもらってもいいですか? 感覚的にそろそろ……。」


アユティナ様とそんな風に会話しながら、オーガの首に【オリンディクス】を叩き込む。そうするとするりと刃が敵の首を断ち切り、鮮血が舞う。30階層のボスで個人じゃ倒すのが難しいって言われてる魔物だけど……、もう行動パターンとか全部頭に入っちゃったせいで雑魚になっちゃった。まぁレベリングしやすいからいいんだけど。

というか! 今なんかちょっと体が軽くなるような感覚あったよね! レベル上がったかな!? 見てみよー!




ティアラ 空騎兵 Lv19→20

HP (体力)21→22
MP (魔力)15
ATK(攻撃)14→15
DEF(防御)10
INT(魔攻)17→18
RES(魔防)14
AGI(素早)18
LUK(幸運)-1→0

MOV(移動)4(7)




わッ! 『成長の宝珠』のおかげで四つも上がって……、え!? え!!! LUK! LUKお前上がったん……、は??? -1??? いつの間にお前下がったんや!!! でも上がっても結局0かい!!!!!


【あ~。まぁとっても不運なことあったしね。……とりあえず±0だからさ。気にしなくていいんじゃない?】

「そ、そうなんですか?」

【そうそう、気にしちゃだめよ、絶対。ところでティアラちゃん? 下級職のレベルカンストしたわけだし、もう転職しちゃう? それともみんなと一緒にする?】


そう言いながら問いかけてくださるアユティナ様。う~ん、どうしよ。確かに一大イベントではあるんだけど、この後の普通にお日様沈むまでレベリングするつもりだったからな……。経験値勿体ないし、別に上級職に成ったからって見た目が変わるわけでもない。事後報告でも大丈夫かな? あとで『ティアラちゃん上級職到達記念パーティ』でも開催すればいいでしょ。


「というわけでオナシャス!」

【りょ! じゃあ準備するね~!】


神がそうおっしゃると、以前と同じように私の足元に真っ白な魔法陣が展開されていく。アユティナ様が司る権能である“進化と成長”。その力を転職として扱うものだ。そんなことを考えていると、聞こえてくる神の声。普段の感情豊かなお優しいものではなく、機械のような無機質な声。そういえばアユティナ様はこういうのを“システム”なんておっしゃっていたっけ。


【転職の儀を始めます。自身が進みたいと思う道を提示しなさい。】

「現在の下級職『空騎兵』から、『天馬騎士』への転職を望みます。」

【その望み、聞き届けました。】


その瞬間、足元の魔法陣の光がより強くなり、視界が白で覆われていく。同時に自身の中に何かが注ぎ込まれるような、加護を得た際に感じたものとはまた違った感覚が自身を襲い、この肉体をより強い物へと進化させていってくれる。

以前も感じたけど、レベルアップのチマチマとした成長感とは違って、ドカンと強くなるこの感覚。癖になっちゃうよね~。人生でそう何度も感じられないのが残念なくらいだ。

そんなことを考えていると、私の体を包み込んでいた白い光が消えていき、元の景色が戻ってくる。さっきまでいたダンジョンと、私の足元で死に絶えているオーガ。……もうちょっと場所考えた方が良かったかな?


【貴方の新しき道に祝福がありますように。……っと! やっぱ信者が強くなるのを見るのは気分がいいねぇ! どうどう? 天馬騎士! ナディママとおんなじ職業でしょ? ステータス見てごらんよ!】

「あ、はい! どれだけ上がったんだろ、楽しみ!」





ティアラ 天馬騎士 Lv1

HP (体力)22→25
MP (魔力)15
ATK(攻撃)15→18
DEF(防御)10→12
INT(魔攻)18
RES(魔防)14→15
AGI(素早)18
LUK(幸運) 0

MOV(移動)5(8)



「おぉ! 全体的にすごく上がってる……!」

【やっぱ上級職だからね、最低値の保証基準も高いの。合計で9つ上がった感じかな? 移動力も上がってるし、かなり強く成れたね。】


私の打たれ弱さを改善するかのように、ぐわんと上がってくれたHPとDEF、そしてATKまで上がってようやくINTに並んだ! これでようやく物理職なのに魔法のステータスの方が高いー! なんて言われなくなる! やった! 大成長! ティアラちゃんつよーい!


【まぁ強くなった分、より経験値が多く要求されるわけだし、もっと強い相手じゃないと糧にならないだろうから……。これからも頑張ってね、私の大事な大事な使徒ちゃん?】

「はい! もちろんです!!!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


次回のティアラちゃんは~?

どうも、フアナです。

最近気分を害すことが多く、盗賊をあの世に送り返すことでストレスを解消していたのですが、やり過ぎたせいか誰もいなくなってしまいました。仕方なく大自然に向けて大魔法を打ったのですが、危うく山火事になるところで……、やはり魔法は気を付けて扱わねばなりませんね。

さて次回は。


伯爵お前はよ地獄いけ

フアナ王都に向かいます

ナディママかなり不安?


の三本です。



感想、評価、お気に入り登録よろしくお願いいたします。

また誤字報告いつも大変お世話になっております。


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召喚に巻き込まれてしまった沢口香織は不要な存在として殺されてしまった。 召喚された先で殺された為、元の世界にも戻れなく、さ迷う魂になってしまったのを不憫に思った神様によって召喚された世界に転生することになった。 転生するために必要な手続きをしていたら、偶然やって来て神様と楽しそうに話している香織を見て嫉妬した女神様に呪いをかけられてしまった。 それでも前向きに頑張り、楽しむ香織のお話。

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