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原作開始前:故郷編
12:残された人たち
しおりを挟む【リッテル・お爺ちゃん視点】
おそらく、私はあの日のことを忘れることは出来ぬだろう。
秋の季節に入って数週間と言ったところ。そろそろ作物の収穫が始まり皆が収穫祭の準備に浮かれ始めている時、事件は起きた。最初は何でもない日々の一幕で、この村で匿うことになった王女殿下と私の孫ということになっているウィレムが勝手に遊びに行ってしまったことから始まった。
二人が仲良くなることに問題はなかった、元々兄妹として過ごすはずだったかもしれない相手だ。その姿は若いころの王を彷彿とさせ、母親の優しい性格を受け継いだウィレム。あの子であれば良き兄になっただろう。
そんなあの子と、陛下の血よりも母君の血を色濃く残す心優しきイザベル。二人が同じ場所でのびのびと生きることができれば、良き兄妹として幼少期を過ごし、民をより正しい道へと導くことができる人間になっていただろう、ありもしない、そんな姿が脳裏に浮かぶ。
あの、素晴らしき時代。若き国王陛下が統治なされていたあの時代が、帰ってきたのかもしれない。
(陛下……。)
人は徐々に変わっていく。
私の体が思うように動かなくなるように、陛下の御心も変化していってしまった。民を想うあまり、国家の安寧のために走り回る陛下。どうにかして帝国との冷戦状態を解決しようとしていたあのお方は、道半ばで倒れてしまった。病床からなんとか立ち直れた頃にはすでに理想を捨て、神へ縋る様になってしまった。それからの陛下は、本当に人が変わってしまったようだった。
元々その気質はあったが、色や富を多く求めるようになり、どんな諫言も全て拒否。声を上げたものを次々に追い出してしまっていた。自然と王宮は、陛下にとって聞こえのよい言葉しか吐かぬ奸臣だけとなってしまう。陛下への忠誠を誓ったこの身ではあったが、“当時の陛下”はすでに自身の知るあのお方ではなかった。おそらく、今はもっとひどくなってしまっているだろう。
いつしか、ウィレムを。陛下のお子を。自身の孫として育てることが、最後の奉公だと思うようになっていた。
(……そうやって、戦場から身を引いたのが愚かだった。)
陛下のご落胤を次の世を担う人間として育てることを決めた自身は、陛下に職を辞することを申し出、自身の領地に引きこもることにした。元々ウィレムはすでに死んでいなければいけない身。彼を隠すためにも必要なことだった。
少しずつウィレムが大きくなるごとに、若き日の陛下を思い起こさせる仕草が増え、言葉の節々から消えかかっていた陛下との記憶を呼び起こしてくれる。
同じ村に住む同年代の友人たちとも仲良く毎日を過ごし、いずれ国を支える人間に成れるように武や知を高める教育を施していく。長年戦場に身を置いていた自身にとって、初めてかもしれない穏やかな時間であり、日々が次へと進む糧になる得難い時間だった。
そんな時、王宮に残る古い友人から手紙が届く。その内容は王女を匿ってほしい、というものだった。
陛下のご乱心は私が王宮から離れた後も続き、ついには自身の王座を子供たちに狙われていると錯覚するようになってしまったのだという。あまりにも民への負担を考えぬ政策を打ち出し続ける王に諫言をしようとした第一王子を切り殺してしまってから、よりそれがひどくなったそうだ。
故にこれ以上王の子が“不慮の事故”で命を落とすことがないように、王家の血を残すためにも王女の一人を匿って欲しい、というものだった。
かつては獅子にも例えられた陛下がそこまで堕ちてしまったのかという失意の念は確かにあったが、私はそれを受け入れた。陛下への念は確かに薄れてしまったが、未だ自身は王国の一員。それが国のためになるならば喜んで受け入れる、と。さらに最近自身が治める領地の治安は非常に安定しており、神に愛された子すらいる。王女殿下が過ごすにはこれ以上ない場所だと。
(そうして、私はイザベル。……いや“ベル”を受け入れた。古き友人の娘として。ここで何が起きていたのかも知らずに。)
神に愛された子、最初は村人たちの噂話を耳にしただけだった。
毎日神に祈っていたはずの、ティアラという少女。ウィレムと同年代であるが、体が弱く外を出歩くのが難しいという子。故に毎日家族と共に教会へ訪れ祈り続けていた信心深い子供。彼女の両親は仕事もあるため一日中祈ることはできない、だが彼女は誰かに勧められたわけでもなく、ずっと祈っていたそうだ。村の司祭殿にも聞いたが、祈りはとても深いもので、その境遇からか教会の皆が自然と彼女の幸せを祈るほどだったという。
そんな彼女が、急に神に祈らなくなった。
それと同時に、活発的に動き回る様になり、接点の無かった大人たちにも話しかけ、彼らの思いつかなかったような視点で物事を解決に導いていく。礼は受け取らず、多くの日を両親や他の大人の手伝いに費やすようになった彼女。いつの間にか以前見せていた体の弱さも徐々に鳴りを潜め、少し前まででは出歩くことすら難しかった彼女は、子供たちと追いかけっこが出来るぐらいにまで回復していた。
本来ありえないはずの急な体質の改善。大人ですら解らないような問題を颯爽と現れ解決していく知識。性格も子供というよりはもっと成熟した何かというべきものに変わっている。……これを神の奇跡以外になんというか。
最初はただの噂話、もしくは村人たちの気のせいかと考えていたが、彼女本人といくつか言葉を交わした時、それは確信に変わる。彼女の口からその年齢では決して解けぬ答えが飛び出てきたことや、教会の者たちから聞いた彼女の信心深さの件、そしていつの間にか村から消えており、少し時間が経つと何もなかったかのように帰ってきているという行動。
神に愛され、人目のない場所で何かお言葉を頂いているのだろうと推察するのは難しいことではなかった。
それに、この村の伝承として、神の神殿が遠い昔に残っていたという話を聞いたことがある。今は使われなくなった旧墓地のあたりにあったそうで、あの墓地はそれ故に負の魔力が溜まらぬ神聖な場所になっているのだ、と。
だからこそ、こんな寒村ではあるが神に愛された子が出て来てもおかしくはなかったのだ。
『ここは神の守護する土地、神がそう定め、教え、我らが育んできた土地です。』
普段とは違う雰囲気を纏った彼女の言葉。長い時を経て、我々は忘れてしまっていたのであろう。ここが神の土地であったことを。
確かに彼女の振るう槍には、技術はなかった。幼子が付け焼刃で覚えてきた技術を、そのまま使ったかのような振るい方。だが、そこに確かな力と、神秘があった。故に我らは圧倒され、動くことが出来なかった。神の怒りがそこに顕現していた。戦場に身を置いていた過去の自身ならかろうじて動けていたかもしれない、だが今の自身では不可能だった。
故に。あの場で声を出せたことが奇跡だと思えてしまう。
ベル、いやイザベル第二王女をさらいに来た者たちが天に召された後。彼女はこちらを一度も見ず、その場から立ち去ろうとした。ここで何も言わずに立ち去ってしまわれるのはマズい。そう、感覚で理解した私は声を上げていた。
『ま、待ってくれ!』
『……リッテル。この地を治める者、どうしましたか?』
ゆっくりとこちらを振り返りながら、かの者は私にそう問いかける。明らかに人の作れるものではない槍、その構造を見る限り決して幼子の体躯では持てるはずのない神器を、軽々と持ちながら。
その先端を赤く濡らした執行者は、これまで村で会話したような幼子ではなく。真に神の使いと呼べるものだった。
思い出すのは。陛下の護衛を務めた際に一度だけ教会で見えたことのある彼、一般には知られぬ神の愛と力を一心に受けた存在。“使徒”と呼ばれる男。あの者が纏っていた雰囲気と非常に類似している。
『どこに……。』
『私はこの村から出ます。この場を守護する者が消えることにはなりますが、神の御心は常にあり続けるでしょう。……そこに真なる信仰があれば、ですが。』
私が言葉を紡ぎ始めようとしたとき、まるで自身の脳内がすでに覗かれているのかという様に。彼女から返答が返って来る。私などに発言する権利はないのだと、そう理解させるように。ただ淡々と彼女は言葉を並べていった。
『元々、私はあなた方の目の前には姿を現すつもりはありませんでした。ただの村人と同じように、ただの“ティアラ”として日々を過ごす予定だったのです。神がそう、望んでいらしたので。……ですが、この姿を。神の僕としての姿を見られたからには、もうこの地にはいられません。神秘は秘されるからこそ神聖であり続けるのです。既知となった事実は、それに含まれません。』
そう言いながら、彼女は私たちに背を向ける。それが神の御意思であるかのように。
『あぁ、それと。リッテル、あなたに伝えておくべきことが2点。ひとつは神より、もうひとつは私から。これより運命が巡り始めます、故に備えなさい、全力をもって。しかしながらその中心はあなたではありません。……抱える者が多いあなたです。自然とその中心。紡がれる物語の中心が誰であるかは理解できるでしょう。ヒントとするならば……、『目は常に二つ』ということ。そして私からの忠告ですが、外出時は武器ぐらい持つように。』
では。流れるように言葉を重ねた彼女は一瞬、こちらの方を視線に収めてから。先ほどの戦闘で呼び出した狼をもう一度顕現させ、その背に跨りかけていく。徐々に小さくなっていくその背中を、あの時の私は追いかけることも呼び止めることもできなかった。
少し時間を置き、子供たちの両親や狂ったように泣くティアラの両親を何とか宥め、『今日のことはいったん忘れ休みなさい。』とウィレムとベルを寝かしつかした後。一人自室で考えを巡らせる。
領主として、村に住まう者たちを守る人間として、あの二人の保護者として、ただ一人の信徒として、様々な考えが浮かんでは消えていく。考え対策せねばならないことが多すぎる。だが、一番頭に中に残り続けた言葉は、彼女が去り際に残したあの神託とも呼べるソレ。
「私が中心ではない。そして『目は常に二つ』。……あの子たちか。」
とにかく、まずは王女殿下の所在が知られてしまった今。すぐに彼女を違う場所に移さなければならない、もっと遠く、そして安全な場所へと秘密裏に。そしてウィレムには……。より、力を。困難に、運命に打ち勝てるような力を、授けねばならない。
◇◆◇◆◇
【アユティナ様視点】
やっほ~! はろはろ、アユティナ様だよ。元気? 元気だよね! うん、知ってた。
なんと今からね、あのクソ女神に変装してウチの信者の親御さんの夢枕に立とうとしてるんですよ~。面白そうでしょう? ま、昔はよくやったんだけどねぇ。最近(3000年)は全く音沙汰なしだったから色々勝手を思い出すのに苦労したよぉ。
これもそれも、あの時外からやってきたクソ女神どもに権能を奪われたからなんだよねぇ。……マジでなんであの時助けちゃったかな?
いやね? あのクソ女神ども外の世界から流れ込んできた奴らなのよ。なんでも元の世界で神様やってたんだけど、競争が激しすぎてその世界じゃ存在を維持することも難しいレベルに弱体化しちゃったと。それで新天地で一発当てようと色々探してたら漂流しちゃってこの世界に辿りついたそうな。
んでそこで干からびたわかめみたいになってた二人が、あまりにも哀れだったから助けてやったが運の尽き。『休憩ぐらいはさせてあげるけど、私の世界だから勝手に信者増やさないでよー?』って言ってたのに、隠れてウチのシマで信者増やしてたのだ。しかもそれを注意したら逆ギレ、ふたり同時に殴り掛かってくるからもう目も当てられない。
まぁ一度ぐらいは許してやるか、と思ってお灸をすえる意味でぶん殴って二人とも正座させてお説教したんだけど……。まぁ哀れなほどにピーピー泣きながら謝るもんだから許してあげたんだよねぇ。そしたら後ろからぶっ刺されて権能奪われてこの世界から追い出されるわけだからさぁ……、色々ねぇ? 恩を仇で返されるってのはこういうのを言うのだろう。
一応他の神との交流とかあったからそれを頼ることもできたし、刺された傷の療養に実家帰ったら色々支援してくれたから存在が消滅する、ということは避けられた。それに他の世界の一部を間借りする形だけど、違う世界で小規模な信仰基盤も構築できたんで、神としての力がちょっと落ちちゃった程度で収まった。
だけどやっぱり私の世界と言えば、ティアラちゃんの言う『永遠のアルカディア』であるこの世界なわけだ。
おばあちゃんから譲り受けた大事な世界なわけだし、なんとしてでも取り返したいと思ってたんだけど、私が態勢を立て直すころには完全にあいつら鎖国状態にしてたからさぁ。侵入すらできなかったんだよねぇ、私の世界なのに。
んでうにゃうにゃ言いながら3000年ぐらい待ってたらひっさしぶりに私の世界から声が聞こえるもんだからもう仰天!
神からすれば何でもない時間だけど、人からすれば3000年なんて途方もない年月だ。そんなに時間がたっているのに私のことを覚えている人がいて、その子が正式な手段で私を呼ぼうとしてくれている。いくら外部からの攻撃を弾くプロテクトが強くても、内部から開けてしまえばそんなもの紙障子。もう飛び込んじゃったよね!
そしたら呼び出した相手はちみっこ、私も召喚陣の魔力が足りなくてちみっこになっちゃったんだけどさぁ……。
「ま、別にそれぐらいいいんだけどね?」
彼女から捧げられる信仰と、捧げもの。そして彼女が使徒となったことで私がこの世界で動かせるリソースがかなり増えた。それまで細いストローみたいなパイプで“えっさかほいさか”吸い出していた力が、ペットボトルの飲み口ぐらいの太さになった感じ。か~なりこの世界に影響を及ぼせるようになってきたよね!
これまではティアラちゃんへのプレゼントとか、村の方で彼女が上手く生活できるように力を割いてたけど、これからはもっと色々……。
ティアラちゃんの目標というか、この世界を題材としたゲーム的にはクソ女神たちをブチ殺すのが最終目的みたいだし、そのサポートが出来るように、こそこそと準備進めちゃいましょうか。
にしても話には聞いてたけど『世界の情報』が洩れるっての実際にあるのねぇ。別世界に世界の情報が洩れて、天啓とかひらめきって言った形で創作物になる。噂には聞いてたけどほんとにあるとはぁ。……あの子の魂もそっちの世界から来たみたいだし。
どうしよ。ティアラちゃん使徒になってくれたから魂を通じて“そっちの世界”にも行こうと思ったらいける。まぁ現地の神に色々ご挨拶とかはしなきゃいけないけど……。お土産とかもって帰ったら喜んでくれるかな?
「っと、そろそろ御両親が寝そうだね。」
私があのクソ女神の一人、『ミサガナ』の真似をするのは業腹だけど……。カワイイ信者のためだ。上手く行ったら信仰を乗り換えてくれるかもだし……、が~んばってやることとしますかね。
「我が信徒よ、聞こえますか……。」
「……え? つまりティアラちゃん『ミサガナ』に見捨てられちゃったァ! って思ってた、ってコト!?」
「はい、そうなります。」
「そんな時にこんな素晴らしい神様に拾っていただけるなんて……。」
あぁ、もう。なんで夢の中まで号泣しちゃうのさ……。
いやミサガナ、王国のクソ女神ね? それに化けながら『ティアラちゃん無事ですよ……。』、『むちゃ元気してますよ……。』、『晩御飯は盗賊から奪ったパンと野草のスープ食べてましたよ……。』みたいなことを話してたらね? 『あ、あの。なぜ神への信仰を失った私たちに声を掛けてくださったのでしょうか?』って言われてね? 色々お話をすり合わせていったらさ……。
ティアラちゃんすごいことになってんの。
いや私もさ、結構大雑把なことしかできないのよ。考えを何となく読めるのは信者だけだし、何か加護を与えてあげられるのも信者だけ。せめて彼女が村で過ごしやすいようにと、村全体の土地に薄~く力を乗せることでティアラちゃんにとって都合よく解釈してもらえるようにしてたんだけどさ……。
御両親は神から見捨てられたと考えてるのに、他の住民はみんな神に愛された子扱いしてるとか! 何この勘違い、おもしろ。
御両親は御両親でこのことにいち早く気が付いて、ティアラちゃんがぼろを出さないように色々走り回ってくれてたみたいだし……。いやぁ、いいご両親に恵まれたねぇ、ティアラちゃん。こんないいの置いてっちゃダメじゃないの。まぁ残ったら残ったで、ミサガナ陣営の方からなんか送られてくるだろうから、選択としては正解なんだろうけど。
「それで、ティアラは……。」
「うんうん、元気にしとるよ~。いい感じの木の上に簡単な寝床作って熟睡しとる。あ、私が見てあげてるし、なんか起きた時は叩き起こすから安心してね? 大事な使徒だし、それぐらいしてあげるって。」
「あ、アユティナ様ァ。」
「ママさんは、はよ泣き止んでもろて……。」
そんな感じで色々状況共有して、ティアラちゃんの現状もお伝えして、御両親にすることは一応全部終わりかな? ちゃんとティアラちゃんの言葉も伝えたし、不安だろうから定期的に私が夢の中で娘さんのこと色々教えてあげることにしたから後始末としてはこれで大丈夫なはず。
「でもよかったの? 鞍替えしちゃって。いっとくけどバレたら即リンチだよ、たぶん?」
「構いません。そもそもミサガナ様……、いえあの女神への信仰はすでにありませんでした。愛する娘を見捨てたものを敬愛するなどとても……。それに、娘を救って頂いた方への恩を返すにはそれが一番いいかと。」
「たったひとりだけなんて寂しいですしね。ぅぅティアラ……。」
ま、というわけでアユティナちゃん新規信者二人もゲット! 隠れ信者みたいな感じだけど、また大きな一歩を進んじゃったわね……!
さ、この勢いでもう一人の方もやっちゃいましょうか!
あとママさんは気持ちわかるけど泣き止もうね? 明日も畑仕事で大変なんでしょ? ほらしっかり暖かくして寝ないと……。
◇◆◇◆◇
【フアナ視点】
人は、あまりにも簡単に死ぬ。
私は理解させられた。
ずっと、脳裏に人の死がこびりついている。
あの時私は、あの場所で終わるのだと思っていた。村で一番強くて、昔は将軍様だったすごい領主さまが、遊ばれていて、たくさんの敵に囲まれている。いつ殺されてもおかしくない状態。抜け出そうにも誰も武器など持っていなくて、唯一魔法の使えた私は全く魔力を動かすことが出来なかった。
友が、ティアラが、もう死んでいるかもしれない、親友が殺されてしまったかもしれない。私があの時ティアラを置いていかずに、一緒についていけばまだ生き残れたかもしれないのに。
そのことを考えると、魔力なんか練れるわけがなかった。魔力を持って世界に力を与えようとしても、すぐに操作を誤り放出してしまう。結局ただ闇雲に魔力を消費し、疲弊してしまっただけ。親友の仇すら討てず、皆の負担にしかなれなかった。
だから、あの者たちが真っ先に私に手を出した時。
私はひどく、落ち着いていた。
死の恐怖はあった、けれどその先に、死の先に彼女がいることは解っていた。母から教わった魔法を何一つ生かせず、ただ皆の負担となるだけ。そんな私なんか、価値はないと。だから私が死ねば領主さまの負担は減るし、何よりティアラの元に行けるかもしれない。彼女に謝りに行けるかもしれない。なぜか漠然と、そんなことを考えていた。
だけど。
私に死を齎してくれるかもしれない存在は、私の目の前で死んだ。
頭から、一直線。振り下ろされた刃はそこにあったはずの肉塊を消し飛ばす。まるで、元から何もなかったかのように。地面には真っ赤なシミ。そして倒れる二つの人間だったもの。開かれた断面を見せるように倒れたソレは、私に初めて濃厚な死というものを教えてくれた。
引きちぎられた肉の痕、焼かれた肉の痕、潰された肉の痕。私が、さっきまで望んでいたはずの死がそこに転がっていた。
あぁ、なんて私は無知だったのだろう。
死はもっと、綺麗で、静かで、受け入れるものだと思っていた。微かに記憶に残る村で行われたお婆ちゃんのお葬式がそうだった、だから私もそんな風に死ぬのだと、勝手に思っていた。だけど、コレを見せつけられた今。もし私がそれを受け入れていた場合。こうなっていたのは私だと。何も言えぬまま死んだのは、こんな惨たらしく死んだのは、私だったと。
故に、恐怖した。
こんなにも恐ろしい“死”という存在と、それを齎した。私の親友に。
『…………ォエ。』
それからのことはあまり覚えていない。意識がはっきりしたころには家にいたことから領主さまの手によって帰って来れたこと、喉の焼けるような痛みから何度も吐いてしまったこと、長い間ずっと泣いていたこと、ようやく思考が回る様になってようやく自分の状態を把握できた。
漸く落ち着いた私は、母に抱かれながらことの顛末を聞く。
今回の襲撃は人狩りによるもの、ちょうど外に出ていた子供たちが狙われ、領主さまが止めようとしたが、武器を持っていなかった故に殺されそうだったこと。そこにティアラが助けに入り敵は全て排除されたこと。
彼女は大人たちが噂していた通り神に愛され何らかの命を受けていたこと。彼女が受けた神託は人目にその力を晒すべきものではなかったこと。そのため騒ぎが大きくなる前にこの場から離れる事。
そして村に帰るまでの間、ずっと私は泣き叫びながら、彼女の名前を叫んでいたらしいこと。
……ティアラが神様から神託を受けていたんて、知らなかった。彼女は何も教えてくれなかった。
「おかあ、さん。」
「フアナ、今日はもう寝なさい。ほら一緒に、ね。」
「…………はい。」
普段より早く床に就いた私は、直ぐに夢の世界へと旅立ってしまった。もっと母に聞きたい事、自分の心の中にある不安を出来るだけ解消したかったけど、体がそれを許してくれなかった。
そうして眠りについた私は、神に出会った。
「…………え?」
気が付くと、真っ白な空間。さっきまで家でお母さんと一緒に寝ていたはずなのに、私一人だけで何もない真っ白な場所に。
「いらっしゃい、私の可愛い信者。」
後ろから声を、掛けられる。聞いたことの無いくらい綺麗で、澄んでいる声。頭に直接届いてくるような、そんな声。これだけでもうほとんどここがどこなのか理解してしまった。誰に声を掛けられたのかも、何となく。震える体を抑えながら、ゆっくりと後ろを向く。
「今日は色々大変だったでしょう。さ、座ってお茶でも飲みなさい。お菓子もありますよ。」
白い衣をまとった女性、教会で見た女神像の様なお方が、何故か私にお茶を勧めていた。
……とりあえず言われた通りに、指された席、女神様の対面の椅子に腰かける。この人が、私たちが信仰する神様で、ティアラに神託を贈っていた方。顔は頭から降りている薄くて白い布のせいで口元しか見えないけど、その圧倒的な雰囲気が、この人が神であることを教えてくれる。
「いい子ね。少し長い話になるでしょうし、先にお茶を入れてしまいましょうか。あ、私が話している時でも好きに飲んで、食べていいからね?」
神がそう言いながら指を動かすと、机の端に置かれていたカップたちがひとりでに動き始め、お茶が注がれていく。見たことの無い様な、真っ白な器。周りに“斧”の様な金の装飾がされていて、多分お貴族様とかが使う奴よりももっとすごい品なんだろう。目の前に差し出されたそれに少し戸惑っていると、『飲んでみて?』と促されカップを傾ける。
「……おいしい。」
「ふふ、よかった。さて、何から話しましょうか。……私とティアラ、あの子の話からした方がいいかしら?」
ゆっくりと私が頷くと、女神さまは紅茶で口を湿らせながら言葉を紡いでいく。
神がティアラのことを見つけたのは、毎日彼女が祈っていた時のこと。その体質のことを哀れに思った女神様は私たちが住む村のことを思い出し、ちょっとしたお願いをしたらしい。それを聞いてくれたのならその体質を少しずつだけど治してあげる、というもの。それをすぐに受けたティアラは神の願いを叶えるために奔走することになる。
「と言っても、可愛らしいことだけよ? ご両親のお手伝いをしなさいとか、親孝行は出来る時にしておきなさいとか、いろんな人のお手伝いをしなさいとか。そういうの。」
最初はそんなことだけだったらしいんだけど、ティアラは次第に力を求めるようになる。
なんでも女神様によるとティアラは断片的に未来のことがわかる能力にいつしか目覚めたらしくて、彼女が見た未来では大陸全土を巻き込む大戦争が起きて、多くの者が嘆き苦しむような世界になっていたらしい。ティアラはそれを変えるために、未来を知る彼女だからこそ出来ることをするために、力を求めたようだった。
「私も、ただで力をあげるわけにはいかないから……。試練という形でね?」
彼女はその試練を乗り越えて、神に様々なものをささげることで力を手に入れていった。それがあの時ティアラが持っていた槍で、着ていた狼の防具なのだろう。そのほかにもいくつか、私が零した疑問を神は聞き届けてくださって、回答を頂いていく。
寝る前に私が抱えていた不安は、そのほとんどが女神さまの手によって消えていった。
「と、こんなものかな? フアナちゃんは大丈夫そう?」
「はい……、ありがとうございます。女神様。」
「……ならいいのだけれど。あぁ、最後に。ティアラちゃんからの伝言、聞きたい?」
「っ! 聞かせてください!」
神から聞かされる、彼女の言葉。
あの子らしい言葉から始まり、そのほとんどが私に対する感謝の言葉。友人になってくれて嬉しかったこと、親友として認めてくれて嬉しかったこと。そのほかにも、沢山。そして同様に、あの時助けるとはいえ怖がらせてしまったこと、見なくてもよいものを見せてしまったこと、それに対する謝罪を、沢山。
……謝らなければならないのは、こちらの方。私は、あなたのことを恐怖してしまった。そんな自身が、何よりも許せないのに。
夢の中だって言うのに、ぽろぽろと目から涙が出てしまう。もう何もかも遅いのに、泣いたってしょうがないのに。
「気にしなくていいんじゃない?」
「…………かみ、さま。」
「その死への恐怖は誰もが持つ根本的な物、怖くなっちゃうのは誰でも同じ。……けどまぁ気になるのなら、今度会った時に顔でも一発殴ってやった後に、『もうちょっと倒し方考えなさい!』って怒ってあげればいいさ。友達なんてそんなもんじゃないの?」
「……はい。」
「あ、それともう一つ。『誰にも言わないで欲しいんだけど、16になる時まで力を高めて欲しいこと、そしてみんなが外に出る時がきたら、また会いに行く。』だって。……頑張れ、若人。」
そして、夢から覚め。
私よりも早く起きていた母にこう、叫んだ。
「お母さ、いえ!お母様! 私に魔法を! お母様が修めたすべてを教えてくださいまし!」
頼まれたのなら……、それ以上の結果を返すのが親友ってものでしょう? ならばまずは私が知る一番の魔女であるお母様を超えることから! 待ってなさいティアラ! 女神様に言われたことですし、その面殴るまで止まりませんからね!
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