上 下
8 / 19
第1章 信じること、信じたくないこと

6話 本音

しおりを挟む
「私の話もさせてください」
「いいのかい?」
「話したくなったんです」
ジョンさんみたいな大それた話ではないけれど。それでも私は世界から消えたいと思った。それくらいつらかった。その事を、彼ならわかってくれる気がする。笑わずに、嫌な顔もせずに、最後まで聞いてくれる。そんな気がした。

「大好きだった彼氏がいたんです。生まれた時からの幼なじみで、物心ついた時からずっと大好きで、大切だった彼氏」
「それはちょっと妬けちゃうね」
ジョンさんが冗談めかして言う。先程の話だろうか。こうやって、場を和ませてくれて話しやすくしてくれる。やっぱり素敵な人だ。

「私が落ち込んでたらすぐに気づいて心配して、イベント事では無駄に張り切って、クリスマスなん本格的にサンタになっちゃうんです」
「うん」
「高校生になって、サッカー部のキャプテンにだって、副会長にだってなってたのに、私の誕生日にはみんなに非難されても時間を作ってくれてお祝いしてくれたんです。私が寂しいと思っていた時もすぐに駆けつけてくれました」
話しながら蘇ってくる記憶。彼と付き合った3年間の記憶が次々と浮かんでは消えていく。涙がポロポロと流れていく。

 心を落ち着かせようとココアを口にする。もう冷めてしまっていたが、体を温めてけれる気がした。

「けど、私の親友とキスしていたんです」

 そう口にした瞬間、体が一気に冷えていく。ココアでも温めきれない体。思い出したくない記憶を思い出して、頭が真っ白になる。目の当たりにした時みたいに。そして、呼吸が上手く出来なくなるのも感じた。生に縋って、必死に呼吸をすることに体の全集中を持っていく。けど、意識すればするほど下手になっていく。

「アイちゃん、落ち着いて!!」
ジョンさんが背中をさすってくれながら声をかけてくれているのがわかるが、何を言っているのか頭に入ってこない。頭が、働かない。

「アイ!!!!」
そう呼ばれて抱きしめられて、はっと我に返る。龍也も、こうやって抱きしめてくれたなと思い返しながら目をつむる。頭の中でジョンさんを龍也に置き換えた。申し訳ないと思いながら。やっぱりまだ全然龍也が大好きで全然諦めきれてなかった、なんて今更遅いけど。

「親友……未愛も、大好きだったんです。気が合って、私が落ち込んでいるのを誰よりも先に気づいてくれて、いつも話を聞いてくれる。楽しい時には一緒に笑ってくれて、悲しい時には一緒に泣いてくれる、そんな子でした」
気がついたらすっかり呼吸の仕方を思い出していた。そして語り出していた。

「裏切られたはずなのに、全然嫌いになれなくて。むしろ色んなことを思い出して、好きになっちゃうんです」
「そっか」
 優しいジョンさんの声色に、よりいっそう龍也のことを重ねてしまう。良くないことだとわかっていても止められない。
  私はジョンさんを抱きしめ返す。すると、体の拘束はより強くなった。

「自分が居なくなれば、皆が幸せになれる気がしたんです。2人に、私に対する後ろめたさなんて感じずに幸せになって欲しかった。自分の存在を世界から消したかったんです」
「うん」
「けど、私の存在を消すことなんてもちろん出来なくて。せめてでもそんな弱い自分を消したかったんです。……自殺未遂です。ここに連れてこられました」
 そう言って、黙る。マクアさんはそんな私の事も全てお見通しだったのだろうか。だとしたらとても情けない姿を見せてしまった。恥ずかしい。そう思える余裕があった。

「話してくれてありがとう」
 そう言うジョンさんの声を聞けて、ほっとした。お礼を言ってもらえて、お話の恩返しが出来て良かった。
 その安心感で、私は意識を手放した。彼に抱かれたまま。
しおりを挟む

処理中です...