僕の白い結婚がグレーな感じになった時

高島静貴( しずたか)

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02. つい先日知ったばかりなんですが……。2

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 どこかに界隈によくあるかも知れない、男同士の婚姻話。
 大雑把に言って事情は星の数ほどあり、それが無色なのか有色なのかも星の数ほど有る。

 つい先日、ノアンは自分に縁談がある事を知った。
 直球でその相手が幼馴染みである同級生である公爵家嫡男であるシーヴァルトであると直球で知らされて、その後すぐに本人から直接直球で『結婚して欲しい』と言われて白くなった。
 ………意識を取り戻したのはいつの事だったかすら記憶に無い。
 求婚はされているものの、確定であり、学院卒業式での学院長の終了宣言直後に自動的に婚姻成立の運びとなる旨を聞かされた。
『結婚して欲しい』
 再び言われて今度こそ昏倒した。
 
 生まれて初めて精神的なショックで昏倒した日は昏倒記念日となった。同時に幼馴染みで親友との共有していた肩書きが変更された記念日にもなったのだ。




 温くて気持ち悪くなった額に置かれた濡れタオルに目が覚めた時、右手が拘束されているのに気が付いた。
 額のタオルに自分が発熱したのかと悟ると、手を握ったままでベッドの縁で眠っているシーヴァルトを訝しんだ。
 仮に熱を出したとして、そんな人間の手を握るものなのだろうか。

 …………………………よく分からない。
 まあいい。そこは置いとく。

 と言う訳で、ではこの拘束の意味はと考えた。
 うむ、逃走防止かな。
 逃走でなくて現実逃避ならするし、してるし、なんかもう。

 『結婚して欲しい』
 大真面目な表情で同性の自分に言ってきた、暗めの銀髪に濃い青の瞳の幼馴染みを見た。
 サラサラの長めの前髪が顔に掛かっている。細いが硬質な感じだ。ノアンの髪の毛もサラサラ系だが質感が異なり、例えるならばシーヴァルトの髪は細い細い針金のようで、ノアンのは少し張りのある絹糸みたいな感じだ。黒髪は艶々していて、陽の光を浴びると天使の輪が二重にも三重にも見えた。
 その昔その髪の毛をして、シーヴァルトに『黒の御遣い様のようだ』と言われ『堕天使か』と月並みな返事を返した記憶がある。怒ったと感じたのか、その次の日に公爵家本家に招待されて特産品である紫色の芋栗かぼちゃの料理とデザートをごちそうにもてなして貰った。以来、それらの料理、特にデザートはノアンの大好物となり、もっと食べたいノアンの為に進化をし続け巨大化された。
 ちなみに出されたそれ等の料理は黒い天使を祀るお祭り料理で、紫色の芋栗かぼちゃは奉納食材だと聞いた。

 黒の御遣い様、とは何なのか。

 聞いた所、御遣いと言う名称で神の眷属みたいに言われているが、立派な神であると言う。
 黒と紫色をイメージ色とした荒神様であるらしい。
 お祭りはほぼ1ヶ月間、御遣い様をイメージさせる食材を食べまくるのだと言う。

 
 もう随分昔から手を繋いだ事なんて無い。

 昔。
 随分昔と言ったけれど、王立学院高等部に二人揃って入学した時からだ。学院は中等部からあったが実家で贅沢な教育を受けられる家柄の貴族は通う必要がない。
 ノアンは先に入学していた仲の良くない兄のいる学院に入学させられるのかと憂鬱だったが、ノアンと息子が同い年であるからと公爵家が伯爵家に自領の優秀な教育者を多く輩出してきた家からシーヴァルトの教育担当の弟を派遣し、さらに年に何回かノアンを公爵領に長期滞在させた。
 その年になるまではノアンは自領の家庭教師について学んでいた。
 ただ、ノアンの場合は幼い頃からシーヴァルトと高い頻度でお宅訪問を互いにし合っていたから、短期が長期になったところで本人的に問題が無い。生家の伯爵家では恐縮しまくっていたが、公爵家では「まあまあ」と宥め、「ノアンちやはもう家族なのだから」と言っていた。今にして思えば、あれはこの事を指していたのだった。
 つまり、本人が知らないだけで大人達の間では公然の秘密だったのだ。

 ではシーヴァルトはどうだったのだろう。

 家同士が懇意にしてたから仲良しになった子供が結婚相手だなんて聞かされて、一体どう思ったのだろう。

『結婚して欲しい』

 あの端整な顔立ちから繰り出された一撃必殺のセリフの時の表情はペラペラの嘘には見えなかった。
 いや、単にノアンが分からないだけかも知れない。
 知らなかったけれど実はシーヴァルトはとんでもない演技派でノアンが見分けられないだけかも知れない。
 もしかしたら、ノアンを騙せるだけの演技に磨きを掛け、やっと満足の出来栄えとなったから昨日プロポーズされたのかも知れないし。だとしたら、相当修行を積んだのかも知れない。いや、でも公爵家の惣領息子なのだ、腹芸の一つや二つや三つくらい出来んでどうする。てな訳で世間知らずの貴族の少年を騙すくらい朝飯前に違いない。…………かも知れなかった。

 体格の違いでシーヴァルトの手はノアンより大きい。
 がっちり組まれた指に最後に繋いだ記憶を手繰る。
 そう、あれはダンジョンでの事。
 王立学院高等部入学記念といって公爵領にあるダンジョンに潜り込んだのだ。ノアンは浮かれていた。件の兄が隣国へ留学していったのだ。王立学院半ばでの急な留学の為、貴族交友関係は帰国してからやり直しになるだろうが、もし帰国するのならば留学経験があった方が箔が付くかも知れない。これで双方丸く収まるだろう。本当はノアンが行くつもりだったから色々調べていたのだが、手続き関係を確認していたら突然留学予定先の国から入国許可が下りない事態が発生した。おろおろしていたら、急遽兄が留学する事になり、すでに出国した事実を知った。なので気分は良いし機嫌も良かったから調子に乗った末の事件だった。
 結果として捜しに来たシーヴァルトまでも危険にさらし、しこたま叱られたのだが。
 公爵家は『まあまあ無事で何より。シーヴァルトがちゃんとノアンちゃんを守れたから良かった』と怒りまくる伯爵家を宥めていた。『自分が無謀な事をしたせいで周りの環境がどれ程動くのかを体感出来れば重畳だ。予想より向こう見ずでちょっと頭が痛くなったけど、シーヴァルトが良ければ大丈夫だよ』と言ってノアンを怒らなかった。でも、ノアンにはそれが堪えた。
 シーヴァルトはノアンが叱られている時も片時も側を離れなかったし、手は繋ぎっぱなしだった。逃走防止かなと思ったが、どうやらノアンを心配していたらしかった。
 本当はらしかったではなく、心配していたのだが。
 ノアンは猛省してシーヴァルトに詫びた所で『まさかもうウチに来ないとか、言わないよな?』と繰り返し尋ねられた。しつこかったのがちょっと前の事に感じる。
『え、何で』
『お前はたまに極端だから言いかねないし、実行する質だし』
『確かに。だったら来ない方がよっぽどいい』
『待て待て、一緒に入れば良い。ちゃんと護衛も連れて』
『何自ら危険な事しようとするのかな。お前、公爵家の跡取り息子って立場分かってる?そこいらの伯爵の息子と違うんだよ』
『でも、お前は…………………………お前は友達なんだから………』
『うん、そうだね』
 思えば、あの言葉と言葉の間にあった沈黙にも答えが、あったに違いなかった。
 
 もう遅いけど。

 水面下では公爵家が、伯爵家がノアンを怒り過ぎて公爵家自体に来る事が無くならないようにと圧力を掛けていた事をノアンは知らなかった。
 ちょっとくらいアレでも今後躾けていけば修正可能だろうし、何よりもノアンでなければ駄目なのだ。
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