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プロローグ〜開幕〜
第二十六話
しおりを挟む時間は遡り、場所は屋外。
「少しは降りてきたらどうですか?」
屋外では、秋花と烏水の勝負が硬直していた。
翼を持たない秋花は、滞空し続ける烏水に手も足も出ない状態だった。
「黒き翼こそ天狗の骨頂。空中戦こそが天狗の真の戦い方だ。翼のない貴様ら人間は、最初から私の敵ではない。何故七を使わない」
「私が頼んだのですよ。兄者とサシで戦いたいと」
「それは私への情か?」
「さあ? どうでしょう」
秋花と烏水が本気で戦ったことはもちろんない。
逃げも隠れもできない狭い御殿の外見の面積でしか戦うことができない秋花に対し、烏水は守備範囲を自在に操ることが可能。間合の調整も、攻撃のタイミングも主導を握っているのは彼であり、秋花にはあまりにも不利な状況だ。
「寿命が短い人間であるが所以か。見えぬ未来より、すでに居心地の良さを知る過去に無意識に縋ってしまう。哀れだな、容易に過去を捨てられないのは。そのせいで同じ過去を繰り返す時間を持たない君達は、次の未来に踏みこむことができないのだから」
「何が言いたいのですか?」
「私は、君が私の教え子だろうと、妹のように可愛がっていようと、共に過ごした時間が長かろうと、情など関係ない。しかし、秋花はどこかで期待しているのではないか? もしかしたら私が、途中で心変わりしてくれるのではないかと」
その問いに対して、秋花が若干口をつぐんだのを、烏水は見逃さなかった。
「図星だろ?」
「思ってませんよ。そんなこと一度も」
悲しい目をしながら、秋花は呟くように言った。
「期待しているのは兄者の方でしょう? この世で生きる事を決めた私には、最初から他人を思う気持ちなどなかった。弱肉強食な妖の世界で生きていた私に感情を教えてくれたのは紛れもない、貴方です。心変わりしてくれだなんて思わない。むしろ、煩わしいものを教えてくれたお陰で、貴方を斬るのに躊躇う自分に腹が立つ」
理性ではコントロールできない無意識の感情……しかしそれは、秋花が妖と同じ無慈悲な人間に育たないよう、烏水が人である秋花のために教え込んだ大切なブレーキ。
「目を覚まして下さい。兄者」
「私は、間違った選択などしていない!」
「兄者が今、命を削って守ろうとしている僧正坊は兄者に何をしてくれましたか?」
「過去の罪を赦し、天狗を守る地位を授けた」
「何を言っているのですか。気持ち悪い。違うでしょう? 貴方が命を賭して守っている僧正坊は、かつて貴方が全てを捨てて守ろうとした妹を殺した張本人です!」
______『兄者……お願い。私、生きたいわ』
ふと記憶に蘇る、かつての結香の強張った笑み。
それは、烏水の中で奥深く仕舞い込んでいたトラウマだった。
逃走に失敗して、兄妹諸共、僧正坊の前に突き出された時のことだ。本来であれば即打首にされても文句が言えない状況であるにも関わらず、僧正坊は自身の降格のみで裁きを赦した。
ただし、妹の運命を選択することを条件に。
『選べ、烏水。妹を処刑するか、儂の妾にするか』
選択肢は実質的殺害か、性奴隷の二択。どちらを選んだとて、結香の運命は地獄しか選べない。
烏水は悩み、考えた。考えて考えて考えて考えて……結香の実質的殺害を選ぼうとした。
結香には、生きてほしい。それでも、残りの時間が生き地獄だと分かりきっているならば、苦しんで生きるよりも、一思いに死に、1秒でも早く何にも縛られることない生に生まれ変わってほしい。
エゴだと思っても、それが最大限妹のために考えた決断だった。
その時だ。
『兄者……お願い。私、生きたいわ』
不安な表情を無理に口角を上げて、震える声で言葉を絞り出した、結香の言葉だ。
それを聞いた時、烏水は分かった気がした。結香も本当は、殺してほしいんだと。だけどそれでも嘘を吐いたのは、自身の手を血で染めて欲しくないからなのだと。
それで、自分の意思を貫き通すことができればどれほど良かったことか、烏水は後悔してやまない。
哀しくも、兄のために放った結香の想いは、妹に生きてほしいと願う兄の本心を後押しした。
例え死ぬまで会えなくても、生きてさえいてくれればいい。次会うその時まで、どうか生き続けてほしい。
その思いが勝って、結果烏水は結香を性奴隷にすることを決めた。
「うるさい!」
混濁する記憶に抗うかのように、烏水は猛烈に刀を振るった。
烏水の急変ぶりに動揺する秋花は、彼の猛威の太刀を捌くので精一杯だった。
(一太刀が、重い!)
一撃当たれば間違いなく身体が真っ二つになってしまいそう。刀で受けても一太刀の威力が重すぎて、刃が当たる度に腕が痺れるし、受けるだけでも体力が持っていかれる。
(押される!)
大きく横一線に振られた刀を屈んで避けると、小屋の柱に刃が引っかかった。
バキン!!
その隙を狙って秋花は烏水の刀を真っ二つに切り折った。
替え刃も持たない今、これで烏水は丸腰になった。畳み掛けるチャンスをみすみす逃す訳には行かない。振り下ろした刀の刃を切り返し、烏水の首を狙った。
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