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プロローグ〜開幕〜

第十六話

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 秋花達が四郎との再会を果たしていた少し前。その頃御殿内は、四郎達が放った百足によって、阿鼻叫喚と化していた。

「そこの天狗! 助けよ!! 私を誰と心得ておる!!」

「一言主様が喰われた!!」

「守衛は何をしておる!!!」

「皆様、神議場に急いで!! そっちに行ってはいけません!!」

「こちらの廊下も神議場に通じています! 分散してください!!」

 もうすでにパニック状態になった神々は、芽々の指示どおりに誘導する天狗達を無視して逃げ惑っていた。一番近道のルートは避難者が集結しすぎて前に進まない。そのせいで、独自で別ルートで逃げ回った神々が悉く百足と接触してしまい、すでに何名かの神は喰われてしまっていた。挙げ句の果てには

「開けてください!!! 僧正坊様!!!」

 最奥に鎮座する僧正坊の命令により、中から天狗達が神議場の扉を施錠する始末。
 厚い扉の向こうから助けを叫ぶ多くの神々の雄叫びが聞こえているにも関わらず、他の神が掛け合っても、天狗達に説得されても、僧正坊は頑として扉の開放を許さなかった。

 宴の間に無事に避難することができたのは、天狗の一族と天照大神を含む一部の神のみ。逃げ遅れた神の中には高神ももちろんいた。そんな彼らを平然と見殺しにする僧正坊の所業を、天照大神が黙って見過ごすはずがなかった。

「僧正坊様、これは何の真似ですか」
「神の集結は百足の集結も同然。天照はこの部屋が奴らの餌皿と化しても良いと申すか」
「だからと言って扉の向こうにいる神を見殺しにするつもりですか!」
「『見殺し』とは人聞きが悪い。わしは一箇所に集まらずとも良いと言っているだけじゃ」
「ではここに大半の天狗が集っている理由は?! 奴らの目的は我々の捕食じゃ!」
「それは喰われぬ心配がない天狗の安全は保障されずとも良いという意味か!」

 この期に及んで……いや、非常時である今だからこそか。保身しか考えていないこの老害と話したところで時間の無駄だとつくづく思った。
 『天狗の安全は保障されずとも良い』? 少なくとも捕食の対象にならない彼らであれば、別所に逃げることは容易なはずだ。むしろ神々と中で閉じこもるよりも、彼らなら外に逃げ出した方が避難の混乱に巻き込まれずに済むため安全性は高いはず。それに神が分散するよりも、神が一挙に集まった方が百足の分散も防ぐことができ、天狗への二次災害だって起きにくい。

(馬鹿な素戔嗚でも分かることを、この老害め!!)

「大御神様、僧正坊様。気持ちはわかりますが、お二方共冷静になりましょう」

 トップ二人の争いを、冷静に治めようと努める烏水。

「気が立つのは分かるが、わしを責めるのはお門違いじゃ。そもそも、百足が侵入しなければこんなことにはならなかった。責めるならあの野良共を責めるのじゃな。なんなら、其方の代わりにわしが罰してやろうか」

 極め付けは、あれだけ自慢げにしていた秋花達を見捨てる発言を軽々しく発した。

(あの野良共を使うのを推し進めたのは、契約主であるお前自身のクセに!)

 あの時、野良を使うことに対して不信感を募らせていた自分を信じるべきだったと、大御神は今更ながら後悔した。

(戯けめ!)

 理不尽な目に遭っているのは神であるはず。それなのに、こんな状況ですら神は天狗に逆らえない。間違っているのは天狗側であり、神は何も間違っていない。それでも、自分が神々のために何もできていないこの現状に、悔しさと不甲斐なさと、愚痴ばかりが募る。そして、こんな時でさえも天狗との争いを避ける神のトップに君臨する役割を逸脱しよとしない、意気地なしな自分にも腹が立つ。

(落ち着け。考えるのじゃ。感情的になっている場合ではない。今できることを考えるのじゃ)

 ぐちゃぐちゃな感情を一つ一つ排除しながら、大御神は必死に冷静になろうとした。

(この混乱下で僧正坊に能力を使われては終わりじゃ。なんとか僧正坊自ら扉を開けさせなくては)

「僧正坊様、扉を開けましょう」
「まだ言うか」
「僭越ながら!! 妾に考えがあります」
 (本当はこんな時、素戔嗚にいて欲しいのだが)

 大御神は戦術に長けているわけではない。加えて、今の全体の動きを把握しきっているわけでもない。これから行う作戦は、三つの賭け。一つは、外にいる神達がどれだけ冷静になれるか、二つめは、百足がどれくらい喰らいつくか、三つめは、天狗の協力を得られるかで、状況が決まる。

「百足を迎え入れます」
「なんだと!!」
「落ち着いて聞いてくださいませ。できるだけ多くの百足を迎え入れ、この神議場にて封印します。神も天狗も助かる方法は、今の妾にはこの方法しか思いつかぬ!! 天狗の皆様にもどうか尽力頂きたい!」
「やめておけ」
「!!」

 大御神が決死に考えた策は、無慈悲にもすぐに却下された。
 しかし、止めたのは僧正坊当人ではなく、彼の背後の壁から姿を現した芽々だった。

「妖!?」
「そこの爺さん連中に雇われている野良の一人だ。手はすでに打っている。大御神さんや、いらねぇことはせずにただじっとしていろ」

その時。


ドォン!!


「「!!」」
「来た」

 施錠した扉に、何か大きなものをぶつけたような、大きな音が轟いた。だが、その音は一度だけで治ることはなかった。二度、三度、四度と明らかに何者かが故意的に何かをぶつけ続けていた。扉を変形させることができるほどの強い力、轟音から分かる大きな巨体、突然消えた外の神々の雄叫びの声……

「まさか!」
「ぜ、絶対に中に入れるな!!」

 今更何をしてももう遅い。最後の轟音が鳴り響いた直後、ついに扉は壊された。外れた扉から入ってくる、四足歩行をする大きな物体が1体、勢いよく中に飛び込んできた。

「お嬢!!」
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