大切な人

竹田勇人

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第1話 何時もの風景、何時もの会話

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   早朝6時前、もう5月になっても朝の風は冷たい。僕は自室の窓を勢い良く開け、ほんの少しだけ膨らんで見える本州の影から昇る太陽を眺めていた。濃い青だったが徐々にオレンジ色に変わり、やがて大きな太陽が姿を現す。何度見ても飽きない幻想的な風景だった。僕は大きく深呼吸をする。毎朝の日課だ。この島は石川県能登半島の先端から船で南に1時間半進むと現れる孤島。定期便は週に2本しか出ておらず、買い物は町の商店か船が来た時に不定期に開かれる市だけ。島民はこれを船市と呼んでいた。今年から島の高校に入学した僕は制服を着て1階に降りた。
「おはよう、勝。」
「おはよう、母さん。」
食卓には父さんと母さんと姉さんがもう座っていた。
「勝、あんた今日テストでしょ?大丈夫なの?」
「まぁ、適当にやっとくよ。分かんなかったらテスト前に室岡に教えてもらうし。」
「はぁ~。あんたももう少しやる気があればいいんだけどね。」
「うるさいな。室岡だって別に勉強してるように見えねぇぞ?それに!姉さんだって言うほど頭良くないじゃん。ちょくちょく赤点持ってくるし!」
「しょうがないでしょ!数学とか呪文なんだから!あんただってそんな調子じゃ赤点取るわよ!」
「僕は大丈夫だもんね~!」
「あぁ!ムカつくな~。」
「2人とも朝から元気だなぁ。」
父さんはクスクスと笑っていた。
「全く、元気じゃないわよ。もう少し落ち着きなさい。本当昔から落ち着きないんだから。」
「母さんに似たんじゃないか?」
「何言ってんのよ!昔はあなたの方が暴れてたじゃない!」
「昔って…何年前だよ。」
「中学生の時なんかしょっちゅう喧嘩ばっかしてたんだから。」
「ははっ、そんな時もあったなぁ。でも、母さんも大概じゃないの?球技大会で指骨折したくらいなんだから。」
「うっ…もう、口が減らないわね。」
僕の両親はとにかく仲がいい。いっつも言い合っているがなんだかんだ笑ってるし、今でもたまに2人で出かけたりしている。
「私たち…2人から受け継いでるわね。」
「うん、そう思う。」
「そろそろ、行こうか。」
「そうだね?もう遅れちゃうし。」
僕と姉さんはじゃれ合う両親を横目に学校へ出て行った。島にはぐるっと一周する日暮海道があって東と西にそれぞれ1つずつ港町がある。僕や夏目、室岡がいるのは東の日之出港で赤崎や玉井がいるのが西の日暮港。学校は南の海岸にありみんな海道を歩いて通っている。ただし、玉井だけは毎日執事が車でおくっているようだ。島の中心には深い山に囲まれた峡谷があり、かつて神の宿る場所と恐れられ未だに誰1人として足を踏み入れていないそうだ。実際、神どうこうはおいておいたとしても山道は険しいので行く人はまずいないだろう。子供が遊びに入ったり猟師が入ったりしているがそれは海側の斜面のほんの一部で奥へ踏み分けて入るような無謀ものは聞いたことがない。
   町のほぼ中心にある信号に着くとちょうど夏目と鉢合わせた。
「おっはよ~!勝!茜さん!」
「おう、おはよう。」
「おはよう、上総ちゃん。朝から元気ね。」
姉さんは爽やかに答えた。家にいるときや僕と話しているときは口調が荒いくせに外で誰かに会うと優しい口調に早変わりする。これで学校でも信頼されているところが僕は少し不満に思っていた。
「そういえば、室岡はどうした?彼奴、夏目と家の方向一緒だろ?」
「ん?見てないよ?先に行ったんじゃない?」
「ここにいるだろ。」
室岡は突然僕の背後から声をかけてきた。
「うわ!脅かすなよ~影濃いくせになんでそういうのうまいの?」
「知らね。つか、お前らが気配感じないだけなんじゃね?」
「あ、室岡くん、おはよう。」
「おはようございます。相変わらず話の筋を折るのといい人ぶるのは得意ですね。」
「室岡くんこそ人に罵詈雑言を浴びせるのは得意だね。」
「趣味の1つですから、それはそうと、どうでしたか?昨日の委員会は。」
「あぁ、うん。まぁまぁだよ。」
「そうですか。それは良かった。先輩が何もできないのは後輩としてとても面倒ですから。まぁ、もしわからないことがあったらプライドを捨てて後輩にでも誰にでも聞けばいいです。」
「まぁまぁ、室岡。そんぐらいにしとけって。」
「そうだよ。茜さんいい人なんだから。」
「…はいはい。さっさと行こうぜ、どうせお前ら2人揃って今日のテストの予習してないんだろ?」
「さすが!よく分かってんな!」
「ってことで、教えて!」
「…はぁ~」
室岡は大きなため息をついた。
「急げ、時間なくなるぞ。」
だけど、呆れながらも毎回教えてくれる。根はいい奴だ。だけど、中学の頃から新学年の旅に無口で厳つい体格で口調が荒いせいで不良と間違われる。その割には気がつくと学級委員とかやってる。まぁ、ちょっと変な奴だ。
「おい、山井。お前今すげー失礼なこと考えてたな。」
「な、なんでわかった?」
「お前考えてること顔に出すぎ。」
そうこう話しているうちに教室に着いた。高校は各学年1クラスのみだ。僕と夏目や室岡は一番手前の教室に入り、姉さんはその隣の教室に入った。
「あ!おはよう!かずちゃん!」
「ひな~!おはよう!」
夏目は同じクラスの仲良しの赤崎に突進して行った。
「ぐ…もう~かずちゃん!強いよ~!」
「えへへ、ごめん~」
「もういいのか?」
「え!?待って待って!ごめんごめん。すぐ準備するから」
「全く…すぐ目移りするんだから。」
「まぁ、それはいつものことじゃん?」
「もう~勝は私のことちゃんと分かってるね!」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべた。
「そりゃあな…いい加減分かるよ…」
そんな会話が昔から繰り返されてきた。そんな毎日がとても心地よくて、楽しかった。だけど、自分の中にほんの少しだけ黒い影が落ちえていたのも事実だった。ここ1、2年は特にそれが広がっているように感じる。
放課後になってもその影は消えず、そんな僕の隣を上総は歩いていた。
「もうやだ~!絶対赤点だ~!夏休み消滅だ~!」
「大袈裟だなぁ。まだ五月だよ?大丈夫だって。」
「勝は優しいね。大好きだよ~!」
「またそんなこと言って…」
「つれないなぁ~勝って女の子に興味ないの?私、結構胸とかもあるほうだし…」
「そういうこと言わない。それに、昔から仲良くしてたのに…そういうのじゃ、ないだろ?」
「そうなのかなぁ…」
「じゃあ、俺こっちだから、じゃあね。」
「うん…また明日…」
その日、僕は上総が少し元気がなかったことに気がつくことが出来なかった。
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