嘘つき魔女の妖精事件簿

雀40

文字の大きさ
21 / 24
第一章 誰が駒鳥を隠したか

【021】王子様の御学友

しおりを挟む
 屋敷に近づいた頃、その必要がないのに手を繋いでいることに気がついたカサンドラとアーサーは少々ギクシャクしたが、お互いにいい歳なので表面上は受け流すことにした。エフィストは内心で「付き合いたての中学生カップルか?」などと思っていたが、カサンドラにどつかれることが確実なので口を噤んだ。黒猫は賢明なのであった。
 
 警備兵に声をかけ、あっさりと顔見知りの執事とも会えたためさほど悶着することもなく屋敷へ招かれることに成功。それを確認したエフィストが「先に上へ現状を報告しておく」と言い残し、黒いカラスに変化してさっさと姿を消してしまった。元黒猫は自由なのであった。
 
 そうしてカサンドラとアーサーは順調に応接室に通され、供された美味しい紅茶でようやく一息をつくことができた。

 昨日は領内の視察に出ていたマーガトン子爵は、明日あたりに面会の時間をとってくれる予定だったらしい。予定を急に変えることになってしまって申し訳ないなとカサンドラは思ったが、なんにせよ文句はグロッシェ商会に言って欲しいところである。
 
 ちなみに、以前奥方に愛人だと勘違いされたことによってカサンドラが修羅場に巻き込まれた貴族夫妻というのが、このマーガトン子爵夫妻のことである。
 
 マーガトン子爵家は薄毛の家系らしく、隣のグレイシャー伯爵領に突如出現した「神託の魔女カサンドラ」は子爵から秘密の相談を受けていた。この世界では、まだ遺伝やホルモンがどうのこうのというのは一般的でない。それでも親に似るというのはただの事実として知られているので、子爵はたいそう心配になってしまい、カサンドラは一族の肖像画を見せられながら悩みを聞いていたのだ。

 その様子を見ていたのが、近隣の孤児院視察に出ていたはずのマーガトン子爵夫人。前日から夫の様子がおかしかったため、不思議に思った子爵夫人は予定を変えて様子を窺っていたのである。
 そんな子爵夫人からすれば、前日からそわそわしていた夫の前に現れたのが若く美しい女性。しかも、挨拶もそこそこに一族の肖像画の前で話し込んでいたのなら不審にも思うだろう。穏やかだが少々思い込みの激しいところがある子爵夫人は、市井で囲われていた愛人を屋敷に招く準備だと大いに勘違いし、その場に突撃して夫である子爵と愛人である女を糾弾――という流れになってしまった。
 その後は、興奮する子爵夫人が疲れたタイミングで子爵が悩みを暴露し、カサンドラがしっかりと瞳を晒して魔女だと名乗ったことにより、子爵夫人の勢いはひとまず落ち着いた。不安と動揺で一時的に視野が狭まっただけで、本質は聡明な女性で助かった案件だったと、カサンドラは後に思った。

 そんな過去もあり、今回手土産にと持ってきていたのは、オレンジとハーブの練り香水とローズマリーのヘアオイル。薬の祝福を持つ魔女は、薬だけではなくこういった美容品も得意分野なのである。
 
 マーガトン子爵夫妻が応接室に現れて一通りの挨拶と状況説明を終えたあとは、美容や経済についての歓談が弾み――気がついたら流れで晩餐に招かれていた。さらに、晩餐用の衣装を借りるついでに客間も宿泊準備がなされていたため、最早宿へ帰るに帰れない。優秀な権力者の決断と手回しは早いのだ。
 なお、薄毛対策として豚レバーなどの食材を薦めていたのもあり、晩餐にはウェルシュ・ファゴットによく似たミートボール料理が供された。グレイビーソースが実によく合い、カサンドラはマッシュポテトが欲しくなった。残念ながら、いまのところじゃがいもはこの国で確認されていないのだが。

 ゲストが平民だからというのもあるのだろうが、マーガトン子爵夫妻による無駄な虚栄の無い心尽くしの品は、カサンドラの疲れた心に染み渡ったのであった。

 
 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「――カサンドラさん、今いいかな?」
 
 夏場で長居をした太陽はとうに沈み、カサンドラは贅沢な量の灯りの下で遺物の鳥籠を調べていた。
 不意に中の様子を窺うようなゆっくりとした叩扉音が届き、誰何に応えたのは外出していたアーサーだった。

 晩餐のあと、談話室に移り少しだけ歓談を再開したあたりで、行方不明になっていたロジャーが捕縛されたという報告が入ったのだ。本人確認と事情聴取のためにアーサーが急遽出向いていたが、無事に屋敷に戻ってきたようである。

「アーサーさん、おかえりなさい。どうだった?」
「うん、ただいま。ブラウン君本人だったし、謝罪されたし、やったことも全部認めたけど……最終的にはうちの本家と彼に縁がある家のどれかとの話し合いになりそう」
「わぁー……」

 ロジャーはグロッシェ商会に縁がある侯爵家の分家の子爵家の縁者なのだという。マーガトン子爵家もまた侯爵家と縁があり、ロジャーはそれをたどってこの領で公務官をしていたらしい。
 最終的に出てくるのが子爵家なのか侯爵家なのかは不明だが、グレイシャー伯爵家とその家のになる。あとは面子の問題だ。最終的にどんな結果になるのか、カサンドラでは想像もつかない。

「あぁ……本家に連絡が行くってことは、本家の再従兄弟たちに知られることが確定なわけで……今度会った時に何言われるかわかったもんじゃない絶対にからかいの種にされる嫌だ」
「仲いいのねぇ」
「おもちゃにされてるだけだよ……」

 眼鏡をはずし、両手で顔を覆ったアーサーが、俯いてぼやく。

 アーサーは同年代の親族の中でも年齢が下の方なのだろう。そして、可愛がられつつもからかわれて遊ばれるという不憫なポジションのようだ。この様子を見るに、話し合いには貴族の面子に加えて「自分たちの可愛い弟分に何してくれてんの」というグレイシャー伯爵家次期当主らの圧がかけられるのだろう。なんとなく、想像がつく。

 話の流れで、ロジャーの動機ついでに謎の異名についてもようやく聞くことができた。
 
 アーサーが寄宿学校にいた頃、同学年の第二王子には異名があった――それは、「氷雪王子」という名だ。
 第二王子の青みがかった銀の髪、透き通ったアイスブルーの瞳。切れ長で涼やかな目元は、微笑んでいても温かみより冷たさを強く感じるもの。どこから広まったのかは不明らしいが、外見からついたことは想像がつく。
 その時期は学校で王家の者がひとりということで、第二王子は「学校の王子様」として文字通り君臨していた。当然、こうなれば生徒たちをとりまとめる人員が必要になってくるため、そうして第二王子が直々に選び抜いた人員の中にアーサーがいた。
 
 当時のアーサーはまだ眼鏡をしておらず、しばしば目つきが悪かった。それを気に入った第二王子は、アーサーに表情から感情を抜く訓練を施して傍らに置いたのだ。アーサーを人の上に立たせるためにはそのほうが都合良く、第二王子にはそれとは別の目論見もあったのである。
 銀髪の第二王子と灰髪のアーサーは色合いと見目のバランスがよく、更に高位貴族出身の第二王子の幼馴染は白金の髪であり――詳細を端折って要約すれば、アイドル化していったのだ。第二王子がアーサーを引き込んだのは、見た目の印象も含めて自らの名を更に強く印象付けるための策であったのだが、若干斜め上の成果があがってしまったわけである。

 同級生や上級生は、それとはかけ離れたアーサーの本質を知っている者が多いのだが、下級生はアイドル化した面しか見ていない者が大半である。そんな下級生の中の先鋭化したファン――要するに狂信者――のひとりが、ロジャー・ブラウンだった……というわけだ。

「まあでも……確かに格好良かったけど、あたしはいつものアーサーさんのほうがいいな」
「かっこ……!? えっ、あっ……ありがとう、ございます……?」

 ついぽろっと素直な感想をカサンドラが零せば、アーサーは瞬時に顔を耳まで赤く染めた。そのまま落ち着かない様子で視線を泳がせ、慌てて口元を手で覆う。
 率直に褒められたことや、素のほうを他者に好んで貰えたことや、複数の喜びの感情が彼の中を行き交っているのが見て取れる。
 
 思い返せば少々告白染みた言い方だったかなと、カサンドラのほうも妙に恥ずかしくなる。
 それでも、動揺しているアーサーを眺めていれば、カサンドラは自然と笑いが溢れてきたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...