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連載

三巻 未掲載部分 ポムペイ編

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シャイロック家
領地に帰ったリトネは、リトルレットの工場を視察していた。
「へえ……結構すごいね」
「でしょ。実家も多くの人を研究のために送ってくれたの」
リトルレットはうれしそうに胸を張る。リリパット銅爵家からは多くの職人や土の魔法使いがきて、リトネが召喚する機械の修復や整備を行っていた。
冷蔵庫やエアコン、電子レンジなども改造して、今までは有線式だったものを雷の魔石を使った電池式に改造することで長期使用が可能になっている。
すでに一部の富裕な貴族には高値で販売を始めていた。
「父上に送ったら、大喜びしていたよ。地上でも快適な引きこもり生活ができるようになったって」
「……ひきこもりなのかよ……」
リトネは苦笑する。
「後は、自動画像計算型遊戯ゴーレムが欲しいって駄々こねている」
「それを渡したらますますひきこもりになると思うけど、まあいいや。『異世界で捨てられている、ゲーム機とソフトこい」
リトネがそう念じると、30年くらい前に発売された初期のゲーム機とソフトが大量に現れる。
「これがそうなの?」
「お父さんが言っているものとはちょっと違うかもしれないけど……」
そういってまだ使えそうなゲーム機を選び、古びたカセットを差し込んでテレビに接続する。
かなり荒い映像だったが、なんとかゲーム画面を映す事ができた。
リトネが操作すると、ヒゲをはやしたおじさんが飛んだり跳ねたり画面の中で大暴れしている。
「ち、ちょっと、面白そう。貸して!」
「待ってよ、そんなに乱暴に扱ったら!あっ!」
リトルレットがコントローラーを奪おうとした拍子に、ゲーム機に当たる。次の瞬間画面が停止した。
「え?こわれちゃったの?」
「これはかなり古いものだから、ちょっと触れただけで壊れるんだよ。慎重に取り扱わないと」
「ごめん……」
リトネにたしなめられて、リトルレットはしゅんとなる。
「まあいいや。なんとかこれを使えるようにして、テレビとセットで売り出そう。特に金持ちに飛ぶように売れそうだ!」
リトネの思惑は当たり、その後ゲーム機はこの世界でも大ヒットするのだった。

数日後
リリパット銅爵家から手紙と贈り物が届いた。
「なになに……『先日、自動画像計算型遊戯ゴーレムを送っていただきまして、まことにありがとうございました。もうこれで不自由はありません』か。あの人らしいな」
リトネはリリパット銅爵の顔を思い出して、クスクスと笑う。
「『つきましては、お金がかかるキョジュウエリアの発掘をあきらめようと思います』だって。困ったな。あそこには飛空艇ペガサスウィングがあるんだけどな。まあ、でもいいか。『天雲人の小船』を確保しているし、なんとかなるだろう」
リトネはあっさりと割り切る。先日、『天竜の靴』を履いた状態で小船に触れると、船の入り口が開いて中に入ることができた。リトネがはいていた靴に反応したらしい。
どうやら天竜シリーズは『天雲人の小船』や『ペガサスウィング』などの先史魔法文明の遺産を動かすことができるキーアイテムらしかった。
「でも、魔皇帝ダークカイザーを倒すにはアベルの力が必要なんだよな……」
彼のことを考えると頭が痛い。魔皇帝はどうしてもアベルにしか倒せないのである。
そのため、アベルのために『天竜の靴』もちゃんと用意して保管していた。
「とにかく、ヒロインは確保できているんだ。後はとっととアベルに魔皇帝を倒してもらって……ん?」
夢中になって考えていると、手紙の中に小さな袋がはいっているのに気づいた。
「あれ?これは……『土の珠』か?」
中から出てきたのは、キラキラと黄色に輝く宝石だった。
「これはリトルレットの守護石なんだよな。なら……」
石をペンダントに加工して、リトルレットを呼んだ。
「リトネ君、『土の珠」ってこれ?」
「……きれい。いいなぁ」
リトルレットとなぜかナディがリトネの執務部屋にやってくる。二人は黄色の宝石を見て、目をキラキラさせていた。
「うん。君たちが売っている『自転車』とか『電化製品』とかが飛ぶように売れているだろ。そのお金を使って、ツチグーモの事件で埋まったキョジュウエリアを発掘してもらったんだ。ツチグーモの死体からこれが見つかったって、リリパット銅爵が送ってくれたんだよ」
リトネはペンダントになっている『土の珠』を、そっとリトルレットの首にかけた。
「これはリトルレットのものだよ。大切に身に着けていてくれよ」
「あ、ありがとう……」
リトルレットはポッと顔を赤くする。リトルレットについてきたナディは、それを見てプッと頬を膨らませた。
「……リトネ、私のはないの?」
「え?」
なぜかナディが不機嫌になっているので、リトネは慌てる。
「……リンは『水のサファイア』、トーラは『炎のルビー』。そしてリトルレットには『土の珠』がある。婚約者の中で私だけないのはずるい」
ナディはフグのように頬を膨らませている。どうやら婚約者の中で自分だけ守護石を持ってないことが不満らしかった。
「えーーっと。ナデイの守護石『闇の猫目石(キャッツアイ)』は、どこにあったかな?」
リトネは前世の知識を必死に思い出そうとする。守護石自体はどこにあるかわからなかったが、それを持つ魔公の出現場所は思いだすことができた。
「たしか、守護石を持つ闇の魔公は南のポムペイ山に現れるはずだよ」
「……リトネ、今からすぐに行こう!」
ナディはリトネの腕をひっばってくる。
「痛い痛い……待ってよ。闇の魔公が出現するのは、今から5年も後のことだよ」
「……リトネの言うことは当てにならないもん。現にほかの魔公は次々と出現したし」
ナディは頬を膨らませて拗ねている。
「あはは。ナディちゃん。魔公が出現するってことは、多くの人が襲われて困るってことだよ。今無理に探すことはないんじゃないかな?」
「そうそう。第一、今行っても何もない可能性のほうが高いよ」
リトルレットと二人で膨れるナディをなだめる。
「……むー」
「闇の魔公が出てきたら、みんなでボコボコにして守護石を取り上げられるように、今から修行しておこうよ。俺もがんばるからさ」
「……わかった。がまんする」
しぶしぶナディは納得する。しかし、事態はリトネのゲーム知識を超えて急激に進むのだった。

そのときドアがノックされ、執務室にネリーが入ってきた。
「リトネお坊ちゃま。冒険者パーティ『白姫ノルン』の方々が面会を求めていらっしゃいますが、どうなされますか?」
「あれ?ノルンさんたちが来たんだ。なら応接室にお通しして」
そういって、ナディとリトルレットと一緒に応接室で三人を迎える。
入ってきた白姫ノルンたちは、いずれも暗い顔をしていた。
「……お母様、どうしたの?」
「ケインとゴローも何か変よ。元気ないみたい」
ナディが母親を、リトルレットが元の仲間たちを気遣う。
「実は……」
ノルンが代表して、『針の山』でアベルが起こした惨劇を話した。
「そんな……ハリネズミたちの長が殺されたって?」
リトネはそれを聞いて驚愕する。
「長が言うには、真の勇者はリトネちゃんだって。だから、とられた兜を取り返してくれって頼まれたわ。リトネちゃん。長の最後のお願いを聞いてほしいの。おじいちゃんには私は本当にお世話になったの」
ノルンは頭を下げて、リトネに頼み込んだ。
「俺からも頼む。奴は冒険者として許せねえ!」
「……」
ケインも憤慨する。ゴローは無言だったが、二人と同意見なのは様子から伺えた。
しかし、リトネは腕組みをしたまま、首をたてに振ろうとしなかった。
「……リトネ!どうなの?」
「リトネ君、なんとかいってよ。勇者でしょ!」
ナディとリトルレットが急かすが、彼はじっと目を閉じて考え込んでいた。
しばらくして、リトネが口を開く。
「……ハリネズミの長にはお世話になりましたし、俺もアベルの行動には思うところがあります。しかし、奴から天竜の兜を取り返すというのは俺にはできません。少なくとも、今の段階では」
「なぜなの!」
ノルンが悲鳴を上げる。ケインとゴローも責めるような目を向けた。
「なぜなら、俺は勇者ではないからです」
リトネの声が応接室に冷たく響く。
それを聞いたナディとリトルレットも、がっかりした目をリトネに向けた。
「……リトネ、見損なった。あなたを真の勇者だと思っていたのに」
「キミを勇者として認めて、信頼している人が大勢いるのに。この期に及んでもまだそんなことを言っているの!ボクたちを無理やり婚約者にしたくせに!そんな人だとは思わなかったよ!」
二人は憤慨して立ち上がる。
「……もう愛想が尽きた。婚約を解消……」
「待ちなさい」
ナデイが言いかけた時、突然応接室に誰も知らない声が響き渡った。
「え?今言ったのは誰?」
全員が応接室を見回すが、誰もいない。
「空耳……」
「ではありませんよ」
再び声が響くと、皆が座っているソファの傍に人影が現れた。それはどんどん濃くなっていき、凛とした姿の蜂蜜色の髪をした美少女になる。
「なっ! だ、誰なの?」
全員が度肝を抜かれていると、その美少女はリトネの前に跪く。
「初にお目にかかります。あなたが我が母に認められた、勇者アルテミックの後継者様ですか?」
「は、はい。あなたは……」
「私はクイーン・ビーの娘、プリンセス・ビー。ハニーとお呼びください」
ハニーはにっこりと笑う。その背中には薄い羽が生えていた。
「クイーンのお嬢様ですか?」
「はい。我が母も勇者を名乗るアベルという輩に害されてしまいました。その遺言で、奴から『天竜の鎧』を取り返すためにあなたの元に馳せ参じたのですが……」
ハニーはリトネを見つめて、大きくうなずく。
「……なるほど。確かにあなたはアルテミックの後継者かもしれませんが、勇者ではありませんね」
リトネの目を見つめて、はっきりと言い切った。
それを聞いた途端、リトネが泣き出しそうな顔になる。
「お分かりになりますか?」
「ええ……その訳を話されてみれば?楽になりますよ」
ハニーはそういって水を向ける。リトネがみんなを見渡すと、誰もが話を聞きたそうな顔をしていた。
「わかりました……すべてを話します」
リトネはなぜ自分が勇者ではないのかを話し始めた。

「そもそも、俺が女神ベルダンティーから受けた使命は『魔皇帝を倒す』ことではなく、『魔皇帝を倒し、王となって暴君として力を振るう勇者を倒す』ことでした」
この部屋にいるものは、全員固唾を呑んでリトネの言葉を待つ。
「不思議だとは思いませんか?魔皇帝を倒せる勇者をも倒せるのなら、最初から俺に魔皇帝を倒せと命令すればいい。なぜこんな回りくどい使命をもたせるのか?」
「たしかにそうだね」
リトルレットが今気がついたかのように声を漏らす。
「その訳は、勇者アベルが魔皇帝を倒せる理由、そして俺が勇者アベルを倒せる理由と密接に関わってきます」
「……もったいぶらずに早く言って!」
ナディが痺れを切らしたように言うと、リトネは疲れたような笑みを彼女にむけた。
「ナディ。君も俺と同じだ。魔皇帝には対抗できないんだよ。君の魔力属性は?」
「……闇。はっ!」
ナディは何かに気づいたように、口に手を当てる。
「そうだ。君と俺は『闇』の魔力をもつシャイロック家の末裔。その魔力は、『闇』の属性をもつ魔皇帝ダークカイザーに対抗できない。闇に対抗できるのは、光属性を持つ勇者のみなんだよ」
リトネがそういった途端、部屋の中が静まり返る。
魔皇帝にダメージを与えるには、アベルの光の魔力が必要なのである。こればかりは闇の魔力を持つリトネがどれほど強くなっても、相性の問題で倒すことは無理だった。
「だからこそ、女神ベルダンティーは俺に使命を与えたんだ。魔皇帝ダークカイザーをアベルが倒した後に、奴が暴君になるようだったら倒せってね。光に対抗できるのもまた闇だ。だから俺は勇者を名乗れない。なれるのはせいぜい勇者を利用するだけして、用が済んだら抹殺する狡猾な反逆者だけだよ」
リトネはハハハと虚しく笑う。ナディとリトルレットも、あまりの使命の重さに言葉を失った。
「……リトネ、ごめん」
「君の苦しみも知らずに、勝手なことを言ってごめんなさい」
しばらくして、ナディとリトルレットがリトネの手を握る。
「……こんな卑怯者でも、まだ婚約者でいてくれるのかい?俺は絶対に勇者にはなれないよ」
泣き笑いを浮かべるリトネに、二人は笑いかけた。
「……気にしなくていい。私も闇。あなたが世界を救う勇者を抹殺する反逆者に堕ちるのなら、どこまでもついていく」
「ボクも一緒だよ。こんなこと聞かされて、今更キミを見捨てるなんてできないよ」
二人はリトネに抱きつき、優しく抱きしめた。
「……リトネちゃん。不憫な子。生まれつき反逆者の宿命を背負っているなんて」
ノルンは目にハンカチを当てて泣いている。
「……なんというか、ひでえよなぁ。あんた、確実に後世に悪名を残すぜ」
ケインもリトネの運命に同情していた。
「……我々はアベルという輩の行動を知っているから、奴がどのような功績を挙げたとしても、いずれ悪に堕ちる事を理解できる。だがそれを知らない多くの民は、魔皇帝を倒す者は無条件に正義だと信じて、それを抹殺する者を悪だと決め付けるだろう」
ゴローも重々しく頷いた。
「……」
ハニーは黙って、何事かを考え込んでいる。
「今いったことは、絶対に誰にも言わないでください。万一アベルの耳に入ったら、奴を利用できなくなるかもしれません」
「わかりました」
この場にいる全員が、今の話を秘密にすることを誓った。
そして、ドアの外も一人。リトネの話に聞き耳を立てていたネリーの顔も真っ青になっていた。
(お坊ちゃまの本当の使命が、魔皇帝ダークカイザー様を倒したあとに、勇者アベルを抹殺すること??どういうことなの?これでは私達魔族の計画に、思わぬ齟齬が生じるかもしれない)
思わぬ計算違いに、ネリーはひたすらうろたえる。
(次の蒼月夜に、カイザーリン様にこのことを伝えないと……)
そう思ったところで、はっとなる。
(でも、これを知ったらカイザーリン様がお坊ちゃまを抹殺するかも。そうなると、異世界のゲイ術品が取り寄せられなくなっちゃうし……そんなのヤダ。仕方ないわ。しばらく静観しましょう)
ネリーはそう思い、黙っていることにするのだった。

応接室にいる者たちは、今後もリトネに協力することを誓う。
「……あなたの使命はわかりました。私でも何かできるかもしれません。情報を集めてみます」
ハニーはそういい残し、去っていく。
それを見送ったノルンたちには、暗い雰囲気が漂っていた。
「そういえば、『鋼の剣』は活躍していますか?」
リトネは暗くなった雰囲気を変えるように、明るく話しかける。
しかし、それを聞いて白姫ノルンのメンバーはますます気まずそうな顔になった。
「す、すまん。せっかく伝説の剣をくれたのに、実はな……」
ケインは冒険者ギルドで、アベルに絡まれてしまったことを話す。
「そんなわけで、『鋼の剣』をとられてしまったの」
「すまない」
「ごめん」
頭を下げる白姫ノルンのメンバーだったが、リトネは平然としていた。
「ああ、別にいいですよ」
「そうよ。あんなもの、ほしかったらいくらでも作ってあげるから」
リトルレットも笑って手を振った。
「え?でも、あれって伝説の武器なんじゃ……?」
いぶかる白姫ノルンのメンバーに、リトネはニヤッと笑った。
「まあ、本当は秘密なんですが、あなた方ならいいでしょう。というわけで、リトルレット、頼めるかな」
「オッケー。いい機会だから、みんなに武器を作ってあげる」
リトルレットの案内で、シャイロック家の武器工場に向かうのだった。

武器工場
ここではリリパット家やリリパット家、アッシリア家からきた、魔法使いや武器職人たちが働いている。
「『錬金』」
土の魔法使いが杖をふると、スチール缶やアルミ缶が溶けて元の素材に戻った。
「『融合』
炎の魔法使いが熱して、最適な合金を作る。
「『鍛造』」
その材料をドワーフたちが必死に叩いて、剣や槍に作り直していた。
「ここは……」
あまりにも多くの人が働いていたので、ノルンたちはびっくりする。
「シャイロック家の秘密の武器工場ですね。ここで騎士や兵士たちに装備させる武器や防具を作っています。一般の市場には絶対に出ない、伝説の武器ですよ。どうぞご覧になってください」
リトネに言われて、ケインが出来上がった武器防具を手に取る。
それは伝説クラスの素材である『鋼』や『軽銀』でできた武器だった。
「すげえ……こんなにたくさん伝説級の武器が……」
手に持ってみる。『鋼の剣』など比べ物にならないほど凄みがあった。
「でも、ちょっとでかすぎないか?」
ケインは手の中の軽銀製の剣に困惑する。通常の二倍ほどもある大剣だった。
「実はここからがミソです。できあがった武器を、俺の『虚竜拳(重)』で全体的に圧力をかけます」
ケインからアルミ製の剣を受けとり、リトネは武器の空間係数を(+)に操作する。瞬く間に剣は一回りも縮んで圧縮され、より強度を増していった。
「最後に、この武器に魔力を付与して魔法剣にします」
リトネは剣をリトルレットに渡す。彼女は剣を受け取ると、ケインに聞いた。
「ねえ。どの魔力属性がいい?」
「え?えっと、俺の魔力属性は炎だから……」
リトルレットはそれを聞いて頷くと、部屋の隅にある機械に剣をセットする。そこには透明な石がたくさん入っていた。
「よし。『変電魔機』作動」
リトルレットがスイッチを入れると、ゴォォォォという音がして機械が作動する。
「な、何しているんだ?」
「最初にガソリンで発電して、その電力を魔力に変換して各種魔石に封じる機械ですよ」
「ガソリン?電力?なんなのそれ?」
ノルンたちは困惑する。リトネの言っていることはわからないが、とにかくすごい様子である。しばらくして機械の音がやむと、リトルレットは剣を取り出した。
「はい。伝説の『炎の剣』と同じものだよ」
ケインはそれを見て、目を輝かせる。剣の柄には、真っ赤に輝く魔石がはめ込まれ、剣自体から炎の魔力が立ち上っていた。
「すげえ!本当に炎の魔力を帯びている!」
ケインは大喜びして剣を振る。剣からはすさまじい炎が発せられていた。
「どう、気に入った?」
「ああ。身に余る思いがするぜ。幼いころから憧れ続けた、世界に一本しかないといわれていた『炎の剣』を、俺ごときが手に入れられるなんて……」
ケインは感動のあまり、思わず頬ずりしてしまう。
「あっちぃ!」
炎に剣にほっぺたを焼かれ、ケインは思わず飛び上がった。
「あはは。扱いには気をつけないと。えっと、ノルンは『光』で、ゴローは『土』でいいんだよね」
リトルレットの言葉に、二人は目をキラキラさせて頷く。
「はい。『土の槌』と『光の杖』だよ」
同じようにして、簡単に伝説の武器をつくるリトルレットだった。
「つぎは防具ですね。サイズが合うのを選んでください」
リトネに防具が置いてあるスペースに案内される。そこには、奇妙な服が何百着もあった。
「これは?」
「『軽銀』と『生蜘蛛糸』を素材にして作った防具です。動きやすさと防御性を併せ持ちます。体に合うサイズを選んでください」
リトネに言われて、おそるおそる防具を身につける。防具というよりスーツで、従来の概念から外れたデザインをしていたが、軽くて着心地がよかった。
「お母様、格好いい」
「そ、そうかな……なんか恥ずかしいんだけど」
ナディに言われて、真っ白いヘルメットとスーツを着たノルンが照れる。
「……派手だな……」
「俺はなんか気に入ったぜ!」
微妙な顔をして黄色いスーツを着ているゴローに、真っ赤なスーツで喜ぶケイン。赤白黄の戦隊ユニットの爆誕だった。
「魔力を帯びた細い糸をより合わせ、『虚竜拳(重)』で圧力をかけて固めたスーツです。ここでしか作れない伝説の装備ですよ。よくお似合いです……ププ」
戦隊スーツに剣と槌と杖を持っているので、微妙に合ってない姿である。
「うーん。確かに伝説の武器防具なんだが……こんなに沢山あると、ありがたみがなくなるな。今まで必死に探して世界中の遺跡を冒険していた苦労は、なんだったんだろうか?」
ゴローはそういうが、ほかのルンバーは大喜びである。
「あはは……リトネちゃんすごい。なんかもう、勇者を超えちゃっているよね。これじゃ、天竜シリーズの防具にこだわらなくて当然だよ」
ノルンは苦笑している。工場にはほかにも、シャイロック家の宝物庫の秘宝を参考にして作り出した伝説クラスの武器防具が山ほどあった。
「ふふ……これらは全部勇者対策です。奴が魔皇帝を倒し、暴君となった暁には、伝説の武器をそろえたシャイロック軍の力でアベルを倒そうと思います。このことは黙っていてくださいね」
リトネは唇の前に指を立ててシーっとする
「おう。そのときは俺たちも手を貸すぜ!」
ケインの叫びに、ほかの二人も首を縦に振るのだった。

リトネは伝説の装備を手に入れて満足している白姫ノルンのメンバーに聞く。
「そういえば、皆さんは『天竜の手袋』のある場所はご存知ないですか?師匠に聞いても知らないみたいです」
原作では、『天竜の手袋』はリトネの持ち物で、勇者に対してナディと選択を迫るアイテムだった。
『キチクゲーム』ではリトネは敵役だったので、どうやってそのアイテムを手に入れていたのかわからなかったのだ。
リトネの問いかけに、メンバーたちは顔を見合わせる。
「俺は知らないな」
「世界中を回ってみたけど、勇者が使っていた手袋のうわさは聞いたことがないな」
ケインとゴローは首を振る。
「私も知らないわね……あ、でも、もしかして。……いや、でも……ちがうかも」
ノルンは何か思い当たることがあるようだが、首を振って否定した。
「ノルンさん。なんでもいいから教えてください。アベルが見境なく魔物を殺すような奴なら、俺が先回りして、『天竜の手袋』を守っているボスに警告しておかないと。無抵抗で渡したら、さすがに殺されはしないでしょう」
リトネの言葉を聞いて、ノルンはためらいがちに話し始めた。
「えっと……私たちエルフ族に伝わる伝説なんだけど、400年前の私たちの先祖に『闇の姫』という恐ろしい氷魔法の使い手がいたみたい。その姫は手に光り輝く手袋をはめて、人形を操っていたって聞いたことがあるわ」
「もしかして、それが闇の魔公なの?」
ナディがつぶやくが、リトネは明確に否定した。
「いや、闇の魔公は確か虎型のモンスターで、マルコキアスって名前だったよ。出現位置は同じなんだけど……あれ?どういうことだ?」
リトネは伝説とゲーム知識の食い違いに、首をかしげる。
「……その姫の正体が、虎のモンスターだとか?」
「そうなのかな?まあ、いずれ分かるだろう。俺たちはその時のために修行して、出現したら簡単に倒せるようにレベルアップしておこう」
リトネの言葉に、ナディは頷くのだった。

コールレイ錫爵の自室。
そこには、やせ衰えた男がベッドに横になっていた。
「シャイロック家の御曹司が、マリアを娶りたいだと……」
長く病気を患っているコールレイ錫爵が、ベッドから身を起こしてテリアに聞く。
「はい。身元の確かな者が使者として申し出てきました」
テリアはドロンから受け取った手紙を錫爵に渡す。それを読んだ彼は、大きくため息をついた。
「……嘘ではないようだ。いよいよ我が家に手を伸ばしてきたか……」
「お父様、それはどういう事でしょうか?」
それを聞いたテリアが首をかしげる。錫爵はそれに直接答えず、従者に地図を持ってこさせる。それは昨年のものと、最近発行された最新版の二枚で、現在の貴族の領地分布が描かれていた。
「この二つを見比べてみるがよい。シャイロック家の領地が異常に膨張しておる」
「……たしかにそうですわね」
テリアも地図をみて頷く。もともとシャイロック家は大陸西部に根を張る最大の大貴族だったが、近年アッシリア領とアンデス領を加えて西部の重要な地域をほとんど支配していた。
「シャイロック家の領地の周辺を見てみると、北のリリパット銅爵家からは、三人も娘を婚約者として御曹司の元に遣わせたらしい。西のアッシリア家の娘とも婚約した。東のアンデス領もシャイロック家の支配を受け入れていると聞く。次に南の我々を影響下におき、海に出る道を確保しておこうという心積もりだろう」
地図を見せながら説明する。それを聞くうちに、テリアの顔が厳しくなっていった。
「つまり、婚姻とは名ばかりで、我々を支配しようというつもりで?」
「それはわからぬ。それに、実際問題我が家は弱小貴族じゃ。下手に抗ったらつぶされるかも知れぬ。なんとかうまく利用せねばならぬのだが……。もしマリアが嫁になり、生まれた子供を跡継ぎにするように強制されたら、実質的にのっとられるかもしれん」
「お父様!それはなりません。ならば、私がマリアに代わっていきます」
テリアは自分が人身御供になるという。
「それも駄目だ。マリアではこのコールレイ家を継ぐ器量がない。無理に跡継ぎにしても、赤子の手をひねるように潰されるだけだ」
錫爵はベッドの上で弱々しく笑った。確かに彼の言うとおり、実務の能力においてはテリアとマリアでは雲泥の開きがあった。
「ならば、どうすればいいのでしょう?」
「とりあえず、相手から申し込まれた縁談だから交渉の余地はある。家と家との結びつきのことだから、我々も譲れないところはあるとはっきり主張すべきだろう。最低限、マリアの子を我が家の跡継ぎにと強制しないこと、ボムペイ領の独立を保証し、その統治を尊重するといったことがみとめられなければ……ごほっ」
コールレイ錫爵はテリアに、この婚約が成立するための譲れない条件を伝える。
「テリア、後はお前に任せる。横暴な大貴族に我ら弱小貴族の意地を見せ付けてやるのだ」
コールレイ錫爵はそういうと、疲れたようにベッドに横になるのだった。

マリアの部屋
「嫌です!シャイロック家などに行きません。私はアベル様という心に決めた人がいます」
シャイロック家から縁談が来たことを告げられると、マリアは頑なに拒否をした。
「マリア、政略結婚は貴族の義務ですよ。貴族家に生まれた以上は従わないと」
「なんと言われようと嫌です!」
マリアはブンブンと首を振っている。さすがのテリアも聞き分けのない妹に手を焼いていた。
「この婚約話を断ると、どうなると思いますか?西部を支配する大貴族のお坊ちゃんの機嫌を損ねてしまうと、シャイロック家の大軍が攻めてくるかもしれません。そうなると、この美しいポムペイの町は無事では済みませんよ」
「えっ?」
いきなり恐ろしいことを言われ、マリアの顔が青ざめる。
「多くの民が命を奪われ、この館も炎に包まれるかもしれません。そして、私たちは奴隷にされ、下賎な兵士たちの慰みものになるかもしれません」
「ま、まさか。いくらなんでも!そんなことは、国が黙ってはいないはずです!」
「シャイロック家当主、イーグルは王国宰相です。たかがちっぼけな錫爵家がどんな理不尽な目に合わされようと、簡単に揉み潰してしまうでしょう」
それを聞いて、マリアはガタガタと震えだす。もちろんシャイロック家がそんな無法をしたことは過去に一度もないが、アントワネットの件でシャイロック家に憎しみを持っていたマリアは簡単に信じてしまった。
「……お姉さま。私はどうすればよいのでしょう。あんな魔王のような家に目をつけられて……」
テリアにしがみついて泣きじゃくる。
「マリア、私がついていますから安心なさい。一緒にエレメントに行って、向こうからこの婚約を断るように仕向けましょう」
「……はい。お姉さま」
姉妹は抱き合って慰めあうのだった。

数日後
コールレイ錫爵家の館に、シャイロック家からの迎えがくる。
「あんたが最後のヒロイン、マリアかい?これからよろしくな」
見たこともない鉄の車から降りてきたのは、冬なのに薄着をした健康的な美少女だった。
あまりにもフランクな対応だったので、マリアは怯えてテリアの影に隠れる。
「無礼な!使者の分際で!身分をわきまえなさい!」
テリアはマリアに代わって、叱りつけた。
いきなり頭ごなしに怒られて、使者の少女はムッとする。
「すまねえな。どうせあたいは大騎士の子で、ガサツで礼儀をわきまえない下賎な女だよ。なんだい。これから同じ婚約者として仲良くしようと思って。わざわざ迎えに来たのに……」
少女はブツブツと不平をもらす。彼女もリトネの婚約者と聞いて、テリアとマリアの目が丸くなった。
「えっ?あなたも婚約者?」
「改めて名乗るぜ。あたいはトーラ・アッシリア。アッシリア元大騎士の長女で、リトネの第三夫人になる女さ。さあ、乗った乗った」
トーラは有無を言わさず、車に乗るようにとせかす。
それを聞いてマリアは怯えたが、テリアはチャンスだと思った。
(ちょうどいいわ。私たちと同じ弱小貴族で、勢力拡大のために無理やりシャイロック家に領地を奪われたアッシリア家の姫なら、いろいろな事が聞けるかも)
そう思ったテリアは、トーラに頭を下げる。
「失礼いたしました。今後はいろいろとご指導お願いしますわ。ほら、マリア、頭をさげて」
「ご、ごめんなさい」
テリアに言われてマリアも頭を下げる。根が単純なトーラは、謝られて簡単に機嫌を直した。
「はは、いいってことよ。それじゃ行こうぜ」
テリアが助手席に、マリアが後部座席に座ると、トーラは車を発進させた。
「こ。これは!こんなに早く動けるなんて!すごい!」
「こ、怖い!」
テリアは助手席で目を輝かせるが、マリアは頭を抱えて座席に伏せる。
二人の驚いている様子をみて、トーラが自慢し始めた。
「へへへ。すごいだろう。旦那が作った『自動車』っていう新しい移動機械だぜ。もっとも、これを御することができるのは、シャイロック家とアッシリア家の騎士だけだがな」
「えっ?アッシリア家の騎士も、この車の御者が出来るんですの?」
驚いたテリアが聞き返す。隣でトーラの動きを見ているだけで、この車の制御には特殊な訓練が必要だとわかる。通常、こういった特殊技術は家の秘密として隠すものである。
「ああ、当然だぜ。アッシリア家はすでにシャイロック家の寄り子で、いってみれば身内だからな。こういう車も何台も旦那にもらったんだぜ!あいつは太っ腹だからな」
トーラは機嫌よくリトネの気前のよさをほめるのだったが、助手席のテリアはそれを聞いてますます目を丸くした。
(どういうことなの?リトネ様からタダでこんな高そうな車をもらったって……。それに、なんで彼女はリトネ様を恨んでないんでしょうか。領地を奪われたのに)
テリアの感覚で言えば、シャイロック家はポムペイ領にとっても魚を高値で購入してくれるありがたい顧客ではあったが、同時に非情な金貸しであり、隙を見せたら領地を奪われれかねない油断のならない相手だった。
現に隣で車を運転しているトーラの実家であるアッシリア領は、最終的にはシャイロック領に編入されてしまったのである。
それにも関わらず何の恨みも抱いていないどころか、心底リトネを尊敬しているような様子のトーラが不気味で仕方がなかった。
「あの……不躾なことをお聞きしますが、アッシリア家の方々は今どうなされているのでしょうか?その、領地を奪われて、改易されたと聞きましたが……」
テリアがおそるおそる聞くと、トーラはキョトンとした顔になった。
「領地を奪われた?誰に?」
「その……色々とあって、最終的にはシャイロック家のものになったと聞きました」
テリアが言うと、トーラは頷いた。
「確かに、書類上じゃ一応そうなってはいるよな」
「トーラさまは平気なのですか?大貴族の権力によって、領地を奪われ、無理やり婚約者にされてしまったのに?」
テリアが思い切って踏み込んだことを聞くと、トーラは渋い顔になった。
「……あんた、嫌なことをいうなぁ」
「失礼な事を聞いて申し訳ありません。しかし、大貴族の横暴に怯える弱小貴族という立場は、我がコールレイ錫爵家も同じです。今回今まで会ったこともないシャイロック家の御曹司に、我が妹マリアを婚約者と望まれたことで、不安でたまらないのです。家のことも、妹のことも」
テリアは痛ましそうに後部座席のマリアを見る、彼女はすっかり怯えてしまい、後部シートにうつぶせになってブルブルと震えていた。
そんな彼女たちを安心させるように、トーラは穏やかに笑いかける。
「確かに他人から見たら、シャイロック家が因縁をつけてアッシリア家を潰し、その領地をのっとって、体裁を整えるためにあたいを無理やり第三夫人にしたって思われるかもしれないな。実際、あたいも最初のころ、シャイロック家を仇だと思っていたし」
「では……やはり」
「だけど、それらは全部誤解なんだ」
トーラはアッシリア家をめぐる騒動について語り始めた。
「まず最初に、アッシリア家が潰されたのは、安易に無責任なやつの甘い言葉に踊らされて、借金を国に押し付けてしまったからなんだ。あたいも後で親父に確認したから、間違いない。イーグル様は宰相としての職権で罰を与えただけであって、因縁をつけたわけじゃなかったのさ」
トーラは今ではアッシリア家に下された処分について、当然のことだと納得していた。
「では、なぜアッシリア領はシャイロック家のものになってしまったのでしょうか?」
テリアは納得できないという風に首を振る。
「借金を押し付けてきた大騎士の領地を国が没収したからって、借金が消えるわけじゃねえ。だからその領地を貴族向けに売りに出した。それを買い取ったのがシャイロック家だったということさ」
「そういうことですか。でも、あなた方はそれで納得できるのですか?」
マリアは疑問に思う。貴族にとって領地とは寄って立つ根拠そのものであり、命より重いものである。いくら筋は通っていても、感情面では納得できるはずはなかった。たとえ領主が受け入れたとしても、家臣たちが納得しない。
しかし、トーラはニヤリと笑ってその疑問に答えた。
「そこからがシャイロック家の器が大きい所さ。砂漠の民をまともに治められることができるのはアッシリア家だけだと知ると、あっさり親父を国から引き抜いて、アッシリア領に返してくれた。家臣たちも丸ごと抱え込んでくれたんだぜ」
「えっ……それじゃ」
「そう。今までどおり、アッシリア家は元の土地を支配しているということさ。国の家臣から、シャイロック家の家臣と変わってな」
トーラはおかしくてたまらないという風に笑った。
「しかも、あたいと旦那の間に子ができたら、その子に領地を分与してアッシリア家を再興させてくれるという約束だぜ」
「あなたは、そんな話を信じているのですか?」
テリアは疑いの目を向けるが、トーラは心の底からシャイロック家を信じているようだった。
「おう。と言うより、すでに親父はアッシリア領の領主代行の地位にいるぜ。実質再興しているも同然だ。将来、あたいの子供の代になったら代行の文字が取れるだけだな」
それを聞いて、ますますテリアの頭は混乱する。それではシャイロック家がアッシリア家を潰したどころか、借金を肩代わりしたに等しいからである。
「そんな、おかしいですわ。それじゃ、シャイロック家はなんの利益もないのに、一方的にアッシリア家を援助したも同然。絶対に何か企んでいますわ。あなたたちはだまされています」
車の中にテリアの声が響く。マリアは動揺する姉をみて、ますます不安になった。
「お姉さま……」
「安心なさい。あなたは私が命に代えても守ってみせます」
後部座席に手を伸ばして、マリアの頭をよしよしと撫でる。
それを見て、トーラはふくれっ面をした。
「旦那はそんなケツの穴の狭い奴じゃねえさ。おっと、あたいが広げちまったからかな……ブブッ」
自分の言った言葉がツボにはまったのか、思わず噴出してしまう。
「お、お下品ですわ……」
「す、すまねえ。どうも『月光の間』の本を読んでからというもの、そっち方面のことで頭がいっぱいになっちゃって……こほん。種明かしすると、シャイロック家にも充分な利益はあるんだ」
「利益……ですか?」
テリアはますますわからないといった顔になる。
「ああ。シャイロック家はリリパット銅爵家と組んで、いろいろ新しい発明品を開発している。この『自動車』もその一つだ」
「『自動車』ですか……噂には聞いていましたけど、乗るのは初めてですわ。すごいものですね」
テリアは改めて自動車の有用性を認める。馬車に比べると、何倍も早くて安定感があった。
「それだけじゃなくて、色々な『電化製品』というゴーレムを開発した。それらは魔力で動くんじゃなくて、別な燃料が必要なんだ。それがアッシリア領に大量に眠る『糞水』さ。それをシャイロック家に献上することで、あたいたちは許されたってわけだ」
「『糞水』ですか?あんなただの黒くて臭いだけの水が、燃料になるのですか。なるほど……」
テリアはそれを聞いて一応頷くも、納得しきれない様子である。
「ですが、なぜマリアを婚約者に求められたのですか?。私たちとつながりを持っても、シャイロック家に利益はないと思います。ポムペイ領の港を欲しているのでなければ、なぜ?」
当然の疑問を抱くテリアに、トーラはいいにくそうな顔になる。
「それは……なんていうか、説明しにくいんだが、あたいと同じ理由だと思うぜ」
「同じ理由とは?」
「あたいが旦那の婚約者になったのは、その……無理やりというか、成り行きというか、旦那の打算もあるんだけど、少なくともあたいは婚約者になってよかったと思っている」
トーラは真剣な顔をして言う。
「旦那……リトネ・シャイロックは、女神ベルダンティーに予言された『勇者』を滅ぼす者なんだ」
「勇者を滅ぼす者?意味がわかりませんわ。そんなわけのわからない話……」
理解不能といった顔をするテリアに、トーラはリトネから聞いた破滅的未来を語った。
「そんな……いずれ魔皇帝ダークカイザーが復活して、勇者が六人の少女と協力してそれを打ち倒す。その後王位について、圧政を始めて世界を滅ぼす。そのように勇者をそそのかす悪女の一人が、我が妹マリアであるとおっしゃるのですか?」
思わずテリアは振りかえって後部座席を見る。マリアは疲れたのか、いつの間にか寝入っていた。「まさか。マリアは心優しき少女です。民を害するなんてありえません」
「残念だけど、優しさだけでは民は救えないってことみたいだ」
トーラの言葉は、限りなく苦かった。
「あたいだって、ただ単に民を救うためなら、何をやってもいいって思っていたさ。困った民を救うために借金して金をばら撒いて、その借金はどうせ国とか金持ちに押し付ければいいって。だけど、押し付けられる方にとってみればたまったもんじゃない。お前は金持ちなんだからって、無償で金を出せって理不尽なことをされたら、後から必ず復讐されるだろ。要は身勝手な正義を振りかざして相手のことを考えてないと、必ずしっぺ返しを食らうってことなんだ」
トーラの言葉には、過ちを経験した者だけが持つ重みがあった。
「あたいも予言された、世界を滅ぼす悪女の一人。だけど、リトネにその運命から救われた。もっと社会のことを知って、現実感覚を身に着ければ、勇者を誑かす悪女にならないで済むらしい」
「……」
自分も悪女の一人だったというトーラに、テリアは何もいえなくなる。
「だからあたいたちは、今必死になって働いて金を貯めているんだ。もしアッシリアの民に何かあったら、今度は自力で救えるようにってな」
トーラはにっこりと笑って、自動車のハンドルを叩いた。
「自力で……ですか?」
「おう。民から吸い上げた税だけじゃ、どうしたって足りなくなる時がくる。だから、領主という有利な立場にいる内に、何か事業を始めて金を稼いで力を蓄えておくことが大事だってリトネに教えられたんだ。それで、あたいたちは『運送業』の事業で新たに金を稼いでいるんだぜ。仕事が忙しくて、なかなか実家に帰れないけどな」
トーラは自分たちアッシリア家に任された仕事が気に入っているらしく、誇りを持っているのが見て取れた。
「運送業……ですか?それはどういう事業なのでしょうか?」
「要するに車を使ったキャラバンのことさ。モノを大量に運べる。リトネに言われて、アッシリア家の新しい家業として始めたんだ」
トーラは自慢そうに自分たちの仕事を説明する。北のリリパット領からは産出される鉄鉱石などの鉱石資源を、西のアッシリア領からは石油や宝石を、東のアンデス領からは魔石をトラックで中央のシャイロック領都エレメントに運ぶ。そしてエレメントからは自転車や石油ストーブ、電化ゴーレムなどの新製品やジャガイモや鶏肉などの食料、生蜘蛛糸で作った衣料などを運び、運送料で大儲けしていた。
「儲かって儲かって笑いがとまらねえけど、その金を無駄遣いしちゃなんねえ。アリアに仕送りして、街の復興に役立ててもらっているよ。親父からの手紙じゃ、最近はずいぶん落ち着いてきたようだ。民からは感謝されているみたいだぜ」
トーラは照れくさそうに笑った。その話を聞いて、テリアはハッとなる。
「ナディ商会の人が言ってましたけど、わが町に支店を作って魚を大量に買い上げてエレメントに送るというのは、あなた方に運んでもらうつもりですね」
「ああ。ナディの奴もなかなかやり手だからな。アッシリア領を始めとしてあちこちに支店を出して商会を広げているぜ。うちのお得意様だな」
トーラは屈託なく笑う。
「リトネの奴の変な所というか、器が大きい所は、婚約者になった女に何か新しい事業をやらせて経済のことを理解させようとしていることなんだ。あたいやナディだけじゃなくて、リトルレットの姐さんには発明品の製造を、リンのお嬢ちゃんにはニワトリっていう鳥の畜産を任せている。なぜか大当たりして、みんな大金持ちになっちゃうんだよな」
「婚約者たちに事業をやらせて、お金持ちにさせる……?」
テリアはますますリトネという人物のことがわからなくなった。
「もしかして、リトネには次の時代が見えているのかもしれねえな」
トーラはぽつりと漏らした。
「次の時代……ですか?」
「ああ。今の時代、平和が続いたおかげで貴族たちは家の大小に関わらず、民から税を絞り上げて楽に生活することに慣れちまった。その結果、民からそっぽを向かれて、権威が落ちている。だけど、もともとはあたいたち貴族も何か事業をして、汗を流して金を稼いでいたおかげで、その土地の有力者になれたはずなんだ。アッシリア家の先祖は武道家になる前は鍛冶師だったしな」
「確かにそうですわ……」
トーラの言葉に、テリアは頷く。たしかにコールレイ家の先祖も、貴族になる前はポムペイの漁村を取り仕切る網元であった。
「貴族として民の上に立ち、税金で生活できるようになったとき、同時に何か大事な物を失ったのかもしれない。その結果、社会の重要な部分を商人たちに握られて、貴族の力は落ちる一方だ。だけど、もしあたいたちも初心に戻り、税を貪るだけじゃなくて汗を流して金を稼ぐことができたら」
「できたら?」
「貴族というものが必要とされない時代がきても、家としては生き残れるかもしれねえな」
トーラはそういって、遠い目をした。
テリアは見かけはガサツで頭の悪そうな少女が、深い考えを持っていたことに衝撃を受ける。
(これもリトネという御曹司の影響なのかしら……私たちと同じ、いやもっと進んだことを考えている人がいたなんて……)
実はトーラの考えは、密かにテリア、いやコールレイ家が考えていたことと一致していた。コールレイ家はこの時代には珍しく、無借金で健全経営を続けている貴族家である。それというのも税収だけに頼ると領地経営が立ち行かなくなることを早い段階で理解し、領主という立場を生かして魚市場やポムペイの街の不動産市場などを取り仕切って収入を得ていたのである。
そのせいで普通の貴族の何倍も忙しく、それが元で父親のコールレイ錫爵は体を壊して寝込んでしまったのだが、その代行をしているテリアには痛いほど金の大事さがわかっていた。
「……そのリトネというお方、興味深いですね。会ってみたくなりました」
テリアはクスリと笑う。
「おっ。あんたも婚約者になりたいのか?」
「……男性としての魅力はともかく、為政者としては大いに興味があります。もし優秀な人なら、婿としてポムペイ領に招きたいくらいですわ」
テリアがまじめな顔を言うと、トーラはあわてる。
「お、おい。やめてくれよ。旦那がいなくなったら、あたいたちどうすれば……」
トーラのあせった顔を見て、テリアは再びクスリと笑う。
「残念ですわ。もしコールレイ家にも何か恩恵を与えてくださるのなら、私の体でよろしければいくらでもささげますのに」
「あー、そっち方面は意外と堅いみたいだぜ。あたいだけじゃなくて、トーイレットやブールレットの姐さんたちもいろいろ誘惑しているみたいだが、何だかんだいって逃げられているみたいだ」
トーラはリトネの焦った顔を思い出して、苦笑する。
「そうですか。でも少し安心しましたわ。お話を聞いた限りでは、領土的野心やただの好色でマリアを要求したわけじゃないみたいで」
「ああ。あいつも大変なんだよ。まだガキなのにな」
トーラの顔には、重い宿命を背負っているリトネに対しての同情が浮かんでいた。

「それで、先ほどの話になりますが、リトネ様の敵の『世界を滅ぼす勇者』とは?」
テリアは真剣な顔になって聞く。これだけ現実的な考えをするリトネという人物が、根拠もなしに予言などと言うあやふやなものを信じるはずはない。少なくとも、彼はこれから魔王を倒す勇者が悪政を敷くということを疑ってない様子だった。
ならば、それに巻き込まれるコールレイ家もできるだけの情報を集めておく必要がある。
そう思って質問したのだったが、返ってきた言葉が再びテリアを驚かせた。
「あたいも一度しか会ったことがねえんだが、アベルという名前の奴だ。ルイ国王陛下とアントワネット銅爵夫人の子供で、セイジツ金爵家に養われている。しつけの悪い子供だぜ」
よほどアベルのことを嫌いなのか、トーラは吐き捨てるように言い放った。
「アベルですって?そんな!」
テリアは悲鳴をあげる。常日ごろマリアが会いたいと駄々をこねている相手だったからである。
「知っているのか?」
「ええ。マリアは以前、アントワネット銅爵夫人に仕えていました。その縁でアベルという少年と知り合い、その、恋に落ちたそうです」
テリアの言葉に、車内に沈黙が広がる。
「……それは、まずいな……」
「ええ。私たちもあきらめるように言い聞かせたのですが、まったく聞く耳持たなくて……ああ、どうすればよいものやら。我が妹がすでに邪悪な勇者の虜となっていたなんて」
テリアは頭を抱えて困惑する。トーラも渋い顔をしていた。
「……あんな奴のどこがいいんだかな……」
「トーラ様は一度お会いしたことがあるとおっしゃいましたが、どのような少年なのでしょうか?」
テリアの顔は真剣だった。
「あいつはシャイロック家の武道大会で、予選で敗退したくせに決勝戦に乱入して、あたいとゴローに対して不意打ちして優勝賞品を強奪しようとした」
「まあ……そんなことをしたのですか」
あまりにも卑怯な行動を聞いて、テリアは呆れる。貴族とか勇者とか以前の問題だからである。
「その時はリトネにコテンパンにやられたそうだが、他にもいくつも凶行をしたと聞いている。パラディアの街で冒険者たちに暴行したとか、アンデス領で危険なダンジョンの封印を壊したとか、ヨーホイの村で火事場泥棒したとか、やりたい放題やっているぜ」
「……その話が本当なら、とても我が妹の伴侶と認められるような少年ではありませんわね」
アベルの評判を聞いて、テリアは暗い顔になる。
「あたいにも、どうしてリトネが奴を放置しているのかわかんねえんだけどな。まあ、何か理由があるんだろう。おっと、エレメントの城壁が見えてきたぜ。詳しい話は直接聞いたらどうだ?」
「そうですわね」
彼らを乗せた自動車は、エレメントの街に近づいていった。

エレメントの街
シャイロック金爵家の本拠地で、高い城壁に囲まれた都市である。
目をさましたマリアは、立派な城壁を見るとますます不安に駆られ、再び泣き始めた。
「ぐすっ……お姉さま。怖いです。まるで魔王の城みたいです……」
「魔王の城って……おいおい。あたいたちはそこに住んでいるんだぜ」
それを聞いたトーラは呆れる。
「こら。マリア、さすがに失礼ですよ」
そいうってテリアにたしなめられるも、マリアは泣き止まなかった。
そうしている内に、自動車は巨大な門から街に入る。
エレメントの街は今日も賑わっていた。
「さあさあ、買った買った。今日は新鮮な魚が手に入ったよ!」
「焼きたてのパンだよ!ハチミツをつけて食べれば、おいしいよ!」
「リリパット商会の新製品『電子レンジ』だ!なんとたったの10アル。魔石付だよ!」
街の商店は活気に溢れ、さまざまな珍しい品が並んでいた。
多くの人が街を歩いており、景気もよさそうである。
「あれは何ですか?」
何か二つの輪が繋がった形をしている変な車のようなものを見かけて、テリアは驚く。
その上には人が乗っていて、すごいスピードで走っていた。
「ああ。あれも新しい発明品のひとつで、『自転車』って言うんだ」
「本当にこの都市は進んでいるのですね……以前王都に行ったことがありますけど、あんなものはなかったですわ」
まるで王国の中でここだけ何百年も文明が進んでいるみたいで、テリアは感心していた。
「へへん。あれも全部旦那の力さ。いずれここは王都よりも発展した都市になるだろうぜ」
再びトーラは自慢する。たしかに多くの人がいるにもかかわらず街は綺麗で、治安も保たれていた。
「さあ、ついたぜ」
自動車は巨大な城に入っていく。テリアはこれだけの力を持っている大貴族と、これからどう付き合っていくべきか頭を悩ませ、マリアはひたすら怯えていた。

豪華な城の客室に泊まった次の日、テリアとマリアは応接室に招かれる。
そこには何人も並んで座れるような大きなソファがあった。
「ネリーさん。お茶頼むぜ」
「はい。トーラさま」」
20歳くらいの美しいメイドに申し付けると、トーラはソファにどっかりと座る。重厚な雰囲気の部屋なのに、まるで自室のようにくつろいでいた。
「旦那とほかの連中は仕事中みたいだ。もう少しで来るだろうから、あんたたちも座って待ってな」
「は、はい。失礼します」
テリアとマリアはビクビクしながら、高級そうなソファに座る。
「お、お姉さま。わたし怖いです」
「お、落ち着きない。大丈夫ですから」
豪華な城に怯えてガタガタと震えているマリアを、テリアは必死に慰めていた。
そんな二人の様子をみて、トーラは呆れる。
「……別に、そんなに怯えなくていいぜ。旦那は優しいから、取って食われたりしねえよ」
「そうおっしゃられましても……」
テリアはうつむく。ここに来るまでに見た街の様子で、想像以上にシャイロック家とコールレイ家の力の差を見せ付けられた気がした。
領土だけでも10倍の差があり、経済規模でみると数十倍もの格差がある。しかも、彼女たちには想像もできない進んだ文明の利器を使いこなしているのである。
(これでは、逆らえませんわね。ならば、無駄な抵抗などせず、なんとかして利用しなければ)
テリアは心の中で、すでに白旗を掲げていた。
お茶が運ばれてしばらくすると、ドアが開いて一人の少年が入ってくる。黒髪に平凡な顔立ちをした少年は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「この度は、私の不躾なお願いを聞いて、ご足労いただきましてありがとうございます。リトネ・シャイロックと申します」
にっこりと笑って頭を下げる。彼に続いて、何人かの少女たちも入ってきた。
「……ナディ・シャイロック。リトネの第一夫人になる予定。よろしく」
「君がマリアちゃんか。可愛いね。僕はリトルレット・リリパットだよ。よろしく~」
「あ、あの。リンと申します。お兄ちゃんのメイドさんをしています。仲良くしてくださいね」
それぞれ自己紹介して、ソファの反対側の席に座るのだった。
「はじめまして。私はテリア・コールレイと申します。この度は、妹マリアに身に余るお申し出をしていただきまして、まことに名誉なことだと思っております」
テリアは完璧な貴族の礼儀作法を守って、一礼する。
しかし、隣のマリアは青い顔をしたままで固まっていた。
「マリア、どうしたのですか?ご挨拶なさい」
テリアがそう急かしても、震えていて動かない。
次の瞬間、頭を抱えて泣き出した。
「いやぁ!こんな嫌らしそうな人いや!わたし帰る!帰らせて!!」
そのままソファの前のテーブルに伏せて泣きじゃくる。
あまりの事態に、リトネは作り笑いを浮かべたまま固まってしまった。
「こ、こら!なんという失礼なことを言うのです!」
あわてたテリアがたしなめるが、マリアの泣き声はおさまらない。
「わたしを見てにやにやしてる~!いや!アベル様!たすけて~。シャイロック家の変態悪魔に攫われて拷問されて○○されて×××されて食べられちゃう!」
マリアの泣き声はますますヒートアップしていった。
「だ、だれが変態じゃ!別に俺は○○しようとか、×××なんて考えてないよ!」
リトネは必死に弁解しても、マリアは泣き止まなかった。
「リトネ様、申し訳ありません。妹は少し興奮しているようです。お時間をいただけますか」
困った顔をしたテリアにそういわれて、リトネはあわてて頷く。
「は、はい。ネリーさん。彼女を別室に連れて行って、休ませてあげてください」
「かしこまりました」
ネリーに連れられて、テリアとマリアは応接室から退出していった。

二人がいなくなった後、リトネはため息をつく。
「はぁ……なんであんなに嫌われたんだろう」
リトネは首を捻るが、ナディは納得したように頷いた。
「……マリアの気持ちはわかる。私もそうだった」
「えっ?」
びっくりしてナディを見ると、とても複雑な顔をしている。
「……いきなり顔もしらない人を、無理やり婚約者だって押し付けられても、混乱するだけ。普通は何かあると疑って、嫌になって当然」
「あ、そういえばナディも初対面の時に、俺に対してひどい事いったっけ。作り笑顔がきもいとか、私を利用するなとか」
そういわれて、ナディは頷く。
「……ああ言ってあなたに嫌われて、婚約破棄にしてもらおうと思ってた」
「あー。わかるわかる。ボクもいきなり結婚を申し込まれて、何なのこの人って思ったよ」
リトルレットもナディの意見に同意した。
「……しかも、私を好きでもないのに、権力を使って婚約者にしようとした。悪い人だと思われて当然。もっと、こう、勇者らしく夢のある出会い方をしたかった」
「そうだよねぇ。考えたらリトネ君ひどい事しているよねえ。私の時も、リリパット銅爵家を助けてくれた恩義を持ち出して、婚約を断れないようにしむけたし。……まあ。感謝はしているけど」
二人はそういってリトネを責めてくる。
「だ、だって、女神の予言で、どうしてもヒロインたちを手元に置かないといけないと思って……」
「……今もそうなの?」
「……それだけ?だったら考え直さないとね~」
二人は冷たい目で見つめてくる。
「い、今は違うよ。二人ともかけかけえのない存在だと思っている。だから、ずっとそばにいてほしい。その……大好きだから」
リトネは顔を真っ赤にして、今の本心を言った。
それを聞いて二人はうれしそうな顔になったが、あわててそっぽを向く。
「……だったらいい。最初の失礼な出会い方は、許してあげる」
「なら、これからも大切にしてもらわないとね。最後まで責任とってよ。運命を捻じ曲げたんだから」
二人との間に甘い雰囲気が漂う。それを見てトーラが不機嫌そうに言った。
「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう。それで旦那はマリアをどうするんだ?車の中で聞いたんだが、マリアはすでにアベルに惚れているみたいだせ」
トーラから事情を詳しく聞いて、リトネは困ってしまう。
「うーん。どうしょう。最初は嫌われていても、婚約者として一緒にすごしていたら、そのうち懐いてくれるんじゃないかな」
一抹の期待を持つが、婚約者たちに否定されてしまった。
「……無理」
「無理ね」
「旦那、そりゃ無理だ」
「お兄ちゃん。無理だよ」
みんなから切って捨てられて、リトネは落ち込む。
「……リトネの強引に婚約者にするというやり方が通用したのは、私に好きな人がいなかったから。すでに好きな人がいる女の子にとっては、迫ってくる人は迷惑」
ナディの実に的確な言葉に、リトルレットも頷く。
「マリアちゃんを無理やり婚約者にしたって、魔王にさらわれたお姫様状態になるだけだよ。アベルに助けてもらうことを夢みるだけで、絶対にリトネ君に懐かないと思うよ」
「……だよなぁ。あっちからみたら、旦那はまぎれもなく悪役だからなぁ」
「お兄ちゃん。嫌がっている女の子をいじめちゃだめ」
トーラとリンにも言われてしまい、ついにリトネは決心した。
「仕方がない。マリアを婚約者にするのはあきらめよう」
その言葉に婚約者たちも頷いて同意するのだった。

応接室
リトネに呼ばれて、テリアが入ってくる。
「リトネ様、この度は妹が失礼なことを言ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」
頭を下げるテリアに、リトネもすまなそうに返す。
「いえ。元はといえば、マリアさんの気持ちも考えずに婚約者にと迫った私の方に非礼があります。リトネが謝っていたとお伝えください」
深く頭を下げるリトネに、テリアは好感を持った。
「申し訳ありませんが、妹を説得するのに少しお時間をいただけないでしょうか」
「いや。トーラから聞きました。マリアさんはすでに好きな人がいるとか。無理に婚約を押し付けても嫌われるだけでしょう。婚約の申し出は撤回させていただきます」
それを聞いて、テリアは意外な思いをした。
「しかし、あなたの婚約者にならないと、妹は世界を破滅に導く悪女になるのでは?」
「トーラから話を聞いたのですか?テリア様は女神の予言を信じていただけるのでしょうか?」
リトネは真剣な目を向けてくるので、テリアは困ってしまった。
「……正直な所、判断できかねます。あの気弱な妹が悪女になるというのもそうですし、アントワネット様も優しい御婦人でした。その息子が邪悪な勇者になるというのも……信じられません」
「彼らは自分に親しい人間には優しいのかもしれません。ですが、それだけで政治ができるわけではありません。例えば、今のマリアさんにポムペイ領を治めることができるでしょうか?」
「……いえ、出来ないでしょう」
テリアは下を向いて、リトネの言っていることを認める。
「マリアさんを責めているわけではないのです。まだ起こってもないことですから。でも、アベルに好意を持っているというのはまずい。私はもしアベルが暴君となった場合、やつを討たねばならない立場です。その時マリアさんがアベルの隣にいたら、確実に巻き込まれるでしょう」
「……では、どうすればいいのでしょうか?」
もはやテリアには、どうしたらいいか分からなかった。
「マリアさんは以前アントワネット銅爵夫人に仕えていたんですよね」
「え、ええ。二年ほどですが……」
「ならば、メイドの経験があるということですね。それなら、マリアさんを婚約者ではなく、メイドとしてシャイロック家にお預け願えませんでしょうか?」
意外な言葉に、テリアは困惑する。
「え?どういうことでしょうか?」
「幸い、魔皇帝ダークカイザーが現れるまで、あと5年ほど時間があります。その間、シャイロック家に仕えてもらい、我が婚約者たちの仕事を手伝ってもらうことを通じて、経済の勉強をしてもらいたいと思います。そうすれば、もし勇者の妻となっても彼を唆す無知な悪女にならないようにすることができるかもしれません。そして、むしろ勇者をよい方向に導く王妃になってもらえれば、世界は魔皇帝が滅んだ時点で救われるでしょう」
自分でも甘いと思いながら、リトネはそう提案する。
しかし、まだアベルもマリアも子供である。婚約者たちが経済の勉強をすることで悪女になる未来から救われたのだったら、彼らも変わる可能性があった。勇者が暴君ではなく名君になれば、自分も反乱など起こす必要はなく、平和に大貴族として生きていけるのである。
「……わかりました。マリアをお預けいたします。不出来な妹ですが、りっばな人間になれるようにご指導お願いします」
テリアはそういって、再び頭を下げるのだった。

次の日
「嫌っ!お姉さま、私を見捨てるのですか?」
シャイロック城の玄関前で泣き叫ぶマリアがいる。
テリアは胸が痛みながらも、心を鬼にして突き放した。
「マリア、あなたはこのままでは駄目になってしまいます。王都から帰って以後、ずっと部屋にこもって泣いてばかり。今までは甘やかしていましたが、これ以上看過出来ません。シャイロック家に奉公して、貴族として為すべきことを学びなさい」
テリアはそういって、リトネの婚約者たちに頼み込む。
「どうか、わが妹をよろしくお願いします」
本当に妹の身を案じている様子が伝わってきて、彼女たちも安心させるように笑顔を浮かべた。
「はい。一緒にトリさんたちのお世話をします」
「……任せて。リトネに教わったように、現実について叩き込む」
「マリアちゃん光魔法を使えるんだよね。対魔皇帝ダークカイザーの兵器開発に協力してもらおう」
「まかせなっ!甘えきった根性を武道で叩きなおしてやるぜ」
それぞれいい笑顔を浮かべるヒロインたち。
「いやっ!」
マリアはそんな彼女たちに囲まれて、ますます怯えてしまった。
「そ、それではお願いします」
個性豊かな彼女たちに不安を覚えるものの、テリアは彼女たちに妹の教育を任せてポムペイに戻っていくのだった。

ポムペイの町
領主であるコールレイ錫爵は、娘テリアから報告を受けていた。
「そうか……アベルとやらは、闇の姫を名乗る人形を倒したのか……」
いまだ病床にある錫爵は、じっと目を閉じて事の顛末を聞いていた。
「はい。アベルが言うように、闇の姫が魔公であったのなら、それで話は終わっていたのかもしれません。ですが、その人形の言うとおり、勇者アルテミックの仲間ノワールが真の闇の魔公をずっと封印し続けていたのなら……私は不安でたまらないのです」
そういうテリアの頭を、錫爵はやさしく撫でた。
「気にせずともよい。アベルとやらが封印を解いたのも、来たるべき運命の時だったのかもしれん」
「ですが……」
余計なことをしたのではないかと、今にも泣きそうなテリアに、錫爵は首からかけてあった鍵を手渡した。
「これは……?」
「我が家に代々伝わる『未来の間』の鍵だ。始祖の巫女コールレイが残した予言集がそこに残されている。代々の当主しか入ることを許されん部屋だが、お前に譲ろう」
「では、それを読むと未来のことがわかるのですか?」
希望を感じて笑顔になるテリアに、錫爵は苦笑する。
「ぞれがな。その部屋には具体的な予言も、事が起こる時期も書いておらんのだ。はっきり言って、大した役には立たん」
「え?」
わけがわからない事を言う父親に、テリアは首をかしげる。
「ふふ。言って読んでみるがよい。ワシが言った意味がわかるであろう」
そういって錫爵は苦笑するのだった。

未来の間
父親から鍵を渡されたテリアは、薄暗い地下にあるその部屋を訪れていた。
「この部屋に、コールレイ家を支えてきた秘密があるのですね」
そう思うと、なんだかワクワクしてくる。
呼吸を整えて部屋に入ったテリアが見たものは、壁一面にびっしりと書かれた文字だった。
「これが……伝説の巫女シャイン・コールレイが書き残した予言……。この中に答えが……」
そう思って読み進めていったテリアだったが、すぐに失望する。
そこに書かれていた事は、ほとんど役にたたないことばかりだったからであった。
・親を大事にしない子供を領主に就けてはいけない
・常に質素倹約して、金を無駄遣いしてはならない
・勇者を名乗るものを、信じて婿にとってはならない
・王家や大貴族には無意味に逆らってはいけない
・頼まれてもいないのに魔物退治を買って出る者を信じてはいけない
・相手が理屈に通らない無茶を言うときは、王家や大貴族でも盲目的にしたがってはならない
・美味しい話を持ってくる人間を信じてはいけない
などなど、「~してはいけない」という文言ばかりで、具体的なアドバイスは全くなかったのである。
「これが予言?なんだかお年寄りの説教みたい」
「ほう、面白いことが書いてあるものじゃのう」
テリアがつぶやいたとき、いきなり後ろから声が聞こえてくる。
「だ、だれ?」
びっくりしたテリアが振り向くと、黒いローブをまとった老婆がそこにいた。
「驚かせてすまんのう。ワシの名はノワール。闇の姫と呼ばれておるものじゃよ」
しわだらけの口を窄めて、ヒッヒツと笑う。その容姿は不気味だが、邪悪な気配は感じられなかった。
「あなたが、勇者アルテミックの仲間なのですか……?」
「おう。そしておぬしの祖先、コールレイの盟友でもあるぞ」
ノワールはそういうと、壁にびっしりと書かれた預言を興味深そうに見た。
「どうしてコールレイがこんな一見役に立たぬ予言を残したか、わかるか?」
「いいえ。わかりません」
テリアは首を振る。
「コールレイは、女神ベルダンティーの加護を得て未来のことが見えておった。じゃが、そもそも未来とは流れる川のごとく変わる物じゃ。一つの予言によって未来を変えた場合、その後の展開が全く読めないものになる」
ノワールが杖を振ると、空中にキラキラと輝く氷でできた霧の川ができる。その流れの一部が変更されると、それ以降は予想もつかない方向に流れが向かった。
「わかるかの?そもそも予言とは、もともと不確かなものじゃ。今現在につながる可能性のもっとも高い未来が見えるにすぎぬ」
暗い地下室に、ノワールの静かな声が響き渡る。テリアは目の前に広がる神秘的な光景に、ただ目を奪われていた。
「よって、予言を残す意味は、もっとも望ましい未来に誘導することにあるのだが、その為には時の流れを少しずつ歪めなければならん。「○○すべし」という予言を残すと、それだけで流れが変わって思いもよらぬ方向に向かってしまうのじゃ」
「……なるほど。だから……」
「そうじゃ。「○○してはならない」という警告を出して、その時点にいるものを自発的(・・・)に動かして少しずつよりよい未来に誘導する。ワシがコールレイから直接聞いた話だと、400年前の時点につながっていた『現在』では、コールレイ家はとっくに経済破綻して滅亡していたそうじゃぞ」
「えっ?」
意外な事を聞いて、テリアは驚く。
「ほれ。ここにも守るべき予言が書かれておるぞ」
ノワールが指す部分を読むと「珍しい物を所有してはならない」と書かれていた。
「……そういえば、我が家には家宝というものがありませんわ」
「うむ。中小貴族が珍しい物を持っていると、大貴族から嫉妬されて目をつけられる。トラブルの元になるだけじゃ。だから物に執着するなという予言じゃな」
それを聞いて、テリアは昔父から聞いた話を思い出した。
「そういえば祖父の時代のお話で、偶然王都の古道具屋で珍しい卵を見つけて買ったけど、隠居した元当主に怒られて、泣く泣くシャイロック家に譲ったと言う話が残ってましたわ……」
「うむ……この予言に従ったのじゃな。どうやら代々の領主は警告を守り、健全に生きておったようじゃな。よいよい。コールレイの予言は報われたのじゃ」
ノワールはホッホッホと笑う。それを聞いて、テリアはなんだかちょっと嬉しくなった。
「これは、先祖が子孫に残した愛情のこもった遺産なのですね……」
「そうじゃ。そしてこれは現在も生きておる」
ノワールはそういうと、部屋の壁の一部を杖で押す。
その部分はスイッチとなっており、いきなり壁の文字が消えて絵が浮かんできた。
「これは……」
「現在の時代を動かす重要人物たちの図じゃ」
ノワールは杖で絵を指し示す。中央に黒い太陽と白い太陽が浮かび、その周囲をいくつかの星が回っていた。
黒い太陽の周りには白、赤、緑の惑星そして黒い月、赤い月、青い月、黄色い月、緑の星が付き従っている。白い太陽の周りには、緑色の月が孤独にしたがっていた。
白い月がふらふらと白い太陽に引き寄せられようとしているが、その周りを回る白い小さな星が必死に黒い太陽のほうに引っ張ろうとしている。
他にも無数の小さな星が現れて、それぞれ影響し合っていた。
「面白いな。ワシが以前見たときは、白い太陽とやや大きめの黒い惑星が張り合っておった。その惑星が太陽となり、周りの惑星や月をひっばっておる。よくぞここまで未来を変えたものじゃ」
ノワールは感慨深そうに頷くが、テリアは何のことかさっぱりわからなかった。
「あの、これは……」
「だまって見ておれ。おっ……」
大小ふたつの黒いブラックホールと、無数の黒い星が現れて、黒い太陽に向かって突っ込もうとしている。その進路に緑の惑星と黒い月が移動して、邪魔しようとしていた。
両軍がぶつかる寸前に、予言図がふっと消える。どうやらそこまでしかわからないようだった。
「ほう……『竜者』が現れるには、まだしばらく時間がかかるか。それならば…」
ノワールはふんふんと頷き、厳しい顔になる。
「……わが子孫に会いに行かねばなるまい。過酷な試練に導くことになるがな。お主に頼む。ワシをシャイロック家まで連れて行ってくれ」
ノワールはテリアに頼み込む。
「わかりました。私もシャイロック家に行って、マリアを監視しましょう。アベルの下に行かないように」
二人は馬車に乗って、領都エレメントに向かうのだった。

ポムペイの町を追い出されたアベルとカエデは、北にあるシャイロック家の本城があるエレメントを目指して旅をしていた。
「アベルちゃん、直接シャイロック家に乗り込むの?」
「いや、その前にロズウィル村というところによろうと思う。そこに最後の伝説の防具『天竜の靴』があるらしい」
アベルは『天竜の装備』著者アルテミックという本を見ながら、これからどこに良くかを決める。
「ふーん。それさえ手に入れれば……」
「ああ。僕は真の勇者になれる。後はマリアと一緒にデスマウンテンに行って、『天竜の剣』を手に入れれば無敵になれるな」
楽しそう語りながら、旅を続けること数日、二人はロズウィル村に到着した。
「うっ……臭い。なんだこの臭いは?」
「本当。まるでう○この臭いみたい」
村に到着するなり、中に立ち込める臭いに顔をしかめる。貴族の子女として育ってきた彼らにとっては不快な臭いの元は、村で使われている肥料から立ち上っていた。
あまりの臭さに、アベルは手近にいた村人に説教する
「おい。少しは清潔にしたらどうなんだ」
そういわれた村人はキョトンとなり、次に爆笑した。
「ばかこくでねぇ。これは豊穣の香りだべ。リトネお坊ちゃまがグレートブヒーと交渉してくれて、あいつらの糞をもらえるようになっただなや」
「んだんだ。おかげで土地がよく肥えて、作物がよく育つようになったべ。キングブヒー様はまさに豊穣の聖豚だべ。感謝しねえと」
そういって笑いあったあと、アベルたちを無視して野良仕事に戻った。
「くそっ。こいつら……」
「放っておきましょう。下賎な民たちなんか相手にしても仕方ないわ」
無視されて頭に血を昇らせるアベルを、ハンカチで鼻を押さえているカエデが宥める。
「そうだな。とりあえず、村長に話をきいてみるか。少しは話が通じるだろう」
二人は顔をしかめながら、肥料の香りただよう村に入っていった。
ロズウィル村の中央に、他より少しだけ大きな家があり、そこが村長の家である。
いきなり訪れたアベルたちに、村長は冷たかった。
「何の御用ですかな?ご覧のとおり、今の時期は春を前にして、畑起こしや肥料による土壌作りで大変忙しいのです。おまけに、リトネお坊ちゃまから新しい作物を頂いたので、その栽培方法も学ばなければなりません。この村はただの農村。あなた方のような貴族の方の御用があるところではありませんぞ」
痩せた村長は口先だけは丁寧だったが、アベルを邪魔者扱いしていた。
アベルはこみ上げてくる怒りを抑え、村長に聞く。
「……このあたりに、勇者アルテミックが残した『天竜の靴』があるはずだ。どこにある」
「存じ上げません」
村長はあっさりと首を振る。
「てめえ!僕を馬鹿にしてんのか!」
激高したアベルは剣を抜いて脅すが、彼は冷たい顔をしたままだった。
「私の祖父ぐらいまでは、たまにそういうことを聞きに来る冒険者たちがいたようですが、誰一人として靴を見つけた者はいません。そもそもこの村は、何の変哲もない田舎村。周囲には、怪しげなダンジョンや祠などもありません。そのような貴重な宝があるわけがないではありませんか」
「……嘘じゃないんだろうな」
アベルは彼を睨み付けるが、村長は平然としていた。
「お疑いなら、村の者にも聞いてください。もっとも、誰も知るものはいませんがね」
村長はそういうと、さっさと家の中に入っていってしまった。
「くっ……なぜ僕を無視する。僕は伝説の勇者の後継者なのに……」
「仕方ないわアベルちゃん。こんな田舎の村長に何言っても無駄よ。とりあえず、聞いてみましょう。一人ぐらい何かをしっている人がいるかもしれないわ」
カエデに宥められて、アベルは聞き込みに回る。
「『天竜の靴』を知らないか?それがありそうな、祠とかダンジョンでもいい」
そう聞いて回っても、村人たちは首をかしげるばかりだった。
「うんにゃ。おらはしらねえなぁ」
「この近くにあるものって、『巨豚の丘』しかねえだよ。そこはグレートブヒーの巣だべ」
いくら聞いて回っても、勇者の伝説は伝わっていなかった。
(困ったな……『天竜の靴』はここにないのかな)
そうアベルが弱気になったとき、やっと手がかりらしきものを聞けた。
「そういえば、キングブヒー様はマザードラゴン様と勇者アルテミック様のペットだっていっていた奴がいたな」
「なんだと!どういうことなんだ!」
顔色を変えて迫ってくるアベルに、その村人はちょっと恐れを感じる。
「お、おらは知らないだよ。だけんど、元の村長が話していただ」
「そいつはどこにいる!」
アベルに胸倉をつかまれて、その村人は村はずれのあばら家を指差す。
「リトネお坊ちゃんを虐待した罪で、村八分にされて今ではあそこにいるだ」
「あいつを虐待だって?ふふん。どうやらなまともな奴みたいだな。わかった」
アベルは村人を突き飛ばし、元村長のボロ小屋に向かっていった。

「『天竜の靴』ですと……?」
アベルの訪問を受けた元村長は、寝ていたベットから起きだして話を聞く。彼は重病を患っているみたいで、幽鬼のようにやせ細っていた。
「そうだ。真の勇者である僕が受け継ぐべきものだ」
「……このシャイロック領において、小さな勇者と呼ばれているのは、お世継ぎ様であるリトネ様でございますが……」
元村長が苦しそうに言うと、アベルの顔がゆがんだ。
「あんな奴、勇者でもなんでもない!だいたい、勇者アルテミックの血も引いてないどころか、半分は平民だっていうじゃないか!」
アベルの言葉を聞いているうちに、元村長の心にもリトネに対する憎悪がわきあがってきた。
「そうです。奴の父はズークというただの平民。母はジョセという奴隷!元は私の使用人として、麦を運んでいた卑しい小僧です。それが、いつのまにかシャイロック家の貴公子となり、私のかわいいリンまでさらっていって……ううっ、憎い。殺してやりたい!」
元村長はリトネへの憎悪をたぎらして、ベッドの上で泣き喚く。たしかに、彼にとってはリトネはすべての不幸の元だった。
泣き続ける元村長を、カエデは優しく慰める。
「大丈夫ですよ。この世に悪が栄えたためしはありません。きっとそのリトネという偽勇者は、真の勇者であるアベルちゃんが打ち倒しますから」
「あ、ありがとうございます。ううっ……生きていてよかった。命尽きようとしている最後のときに、真の勇者様に出会えました。私の無念、晴らしてください」
「……ああ。きっと僕が仇をとってやろう」
内心では元村長を軽蔑しながらも、アベルは口先だけは優しく言った。
「ありがとうございます。では、私の家に伝わっている伝説をすべて話します」
村長は病み衰えた体にムチ打って、キングブヒーに関する伝説を話し出した。
伝説によると、400年このあたりを旅していた勇者アルテミックとその娘の幼竜ベーコンレタスは、村の外れて一匹のイノシシの子供を拾ったという。
そのウリ坊は獣に襲われたのか、怪我をして死をまつばかりだった。
「お父様、かわいそうです。助けてあげましょう」
その子に同情したベーコンレタスは、抱き上げて涙を流す。
「ベーコンレタス。それは自然の摂理なんだ。かわいそうだけど、自然のままに任せてあげなさい」
「いやです。どうせこのままでも死ぬというのなら……」
ベーコンレタスはナイフを取り出して、自分の手首を切る。
「さあ、舐めなさい。この『竜血』に耐えられたなら、あなたの傷は治るでしょう」
九分九厘まで死ぬことを覚悟しながら、心優しき竜の少女は自らの血を分け与える。
「ブ、ブヒー?」
すると、なんと竜の血の猛毒に耐えて、ウリ坊は回復してしまったのてあった。
「ブヒー。ブヒー」
元気になったウリ坊は、ベーコンレタスに懐いて、どこまでもついてくる。
「……お父様」
「仕方ない。助けたんなら最後まで面倒を見よう」
アルテミックは苦笑しながら、ウリ坊をペットといて受け入れる。ドーンコイと名付けられたその子は成長して、勇者一行の荷物もちとして活躍したという。
そして20年後-魔皇帝ダークカイザーを倒した勇者パーティは、解散の時を迎える。
「ドーンコイ。もう旅は終わった。みんな家に帰る時だよ」
「ブヒー。アルテミックサマ。マザーサマ。オワカレシタクアリマセン」
成長して二本足であるく豚に進化したドーンコイ は、そういって二人に取りすがった。
「ドーンコイよ。お主ももうりっばな大人じゃ。いつまでも子供のようなことをいわずに、故郷に帰って家族を作るのじゃ」
成長してマザードラゴンとなった竜の美女は、心なしか寂しそうにそう諭した。彼女の生んだ二つの卵のうち、すぐに孵った一人の子は風の魔公に食われてしまい、もうひとつの卵も行方不明である。彼女にとってドーンコイは子供のような存在だった。
「カゾクデスカ?」
「そうじゃ。お主はワラワの竜血による試練に耐えたので、亜人族へと進化した。あとは子供をつくって、一族を繁栄させるのじゃ」
マザーの言葉に、ドーンコイは頭を垂れる。
「ワカリマシタ。イママデアリガトウゴザイマシタ」
「ドーンコイ。僕の息子よ。いつか現れる僕の後継者のために、この『靴』を預かってくれ」
アルテミックは履いていた金色の靴を脱いで、ドーンコイに渡す。
「ハイ。ゴックン」
ドーンコイはそれを腹に飲み込むと、生まれ故郷に帰っていくのだった。
話を聞いたアベルは、にやりと笑う。
「つまり、そのドーンコイって奴が、『天竜の靴』を持っているんだな。どこにいるんだ?」
「この村の近くの巨豚の丘にいます」」
元村長はロズウィル村を見下ろす丘を指差す。
「わかった。とにかく行ってみよう」
アベルとカエデは頷いて、『巨豚の丘』に行くのだった。

巨豚の丘
相変わらず、グレートブヒーたちは元気に飛び回っている。
仲良く一族同士で尻相撲をしていると、仲間たちとは別の匂いが漂ってきた。
「アレ?ニンゲンガキタミタイ」
「マタボクタチノウ○コガホシイノカナ。ニンゲンッテヘンタイダネ」
そんなことを言い合っていると、金髪の美少年と緑髪の美少女が表れた。
「ア-ッ。ビショウネン」
「カワイイオンナノコ」
興奮したブヒーたちは、尻を向けて歓迎のダンスを踊る。
「ヨウキタ。アソボ」
いっせいに二人に向けて、尻息を吹きかけた。
「ブホッ!!!ゴホゴホ!」
「臭い!」
グレートブヒーたちの尻息を嗅がされたアベルとカエデは、あまりの臭さに目を回しそうになる。
「てめえら!いきなり何しやがる!「勇光弾」」
「「ウインドカッター」」
アベルとカエデは、怒り狂って魔法をぶっ放した。
「ブヒーーー!」
いきなり魔法で攻撃され、グレートブヒーたちは歓喜の声を上げる。
「モット!モットシテ!」
「ココヲタタイテ!キッテ!」
グレートブヒーたちは、老いも若きも喜んで尻を向けて突進してくる。
勇者アベルと最悪の魔物グレートブヒーとの戦いが始まるのだった。
「はあ……はあ……こいつら、なんなんだ!」
何発も「勇光弾」を放ったアベルは、息切れを起こしかけている。
グレートブヒーたちは強く、魔法に対する耐久力に優れているので、いくら光の魔力弾を当ててもケロッとしていた。
「オモシロイ。モットアソボ!」
アベルが放った光の弾を、尻でキャッチしてキャッキャと喜んでいたりする。
「くそっ!なら、叩いてやる。『柔光鞭』」
アベルの両手から、光でできた長いムチが発生する。
「くらえっ!」
ビシッという音を立てて、光のムチはブヒーたちの尻に当てられた。
「ブヒーーーーー!イタイ!……ケド」
「シンカンカク……。モットウッテ!」
グレートブヒーたちはますます興奮して、尻を向けてアベルにフリフリした。
「くそっ!なんなんだよ!こいつら!」
さすがのアベルも、どう戦っていいかうんざりしてくる。
興奮したブヒーの尻からは、はっはっと呼吸のように尻息が吹かれていた。
「臭い!もういや!『扇風(ハリケーン)』」
あまりの臭いに、ついにカエデはきれてしまい。風の竜巻を作って臭いを散らす。
「……ンン?クサイ?」
「モウダメ……」
自分の尻息をその発達した鼻で嗅いでしまったブヒーたちは、あまりの臭さにバタバタと倒れてしまった。
「……って!本当になんなんなんだよお前らは!勝手に倒れるなよ!」
あまりにも噛み合わない戦闘に、アベルは憮然とする。
気絶したブヒーたちを放っておいて丘を進むと、大きなブヒーが頂上で待っていた。
「アルテミックサマノ……シソン?ボクタチト、アソンデクレテ、アリガトウ」
ひときわ大きなブヒーが、ニコニコと笑いながら礼を言ってくる。
「お前は?」
「ボクハ、キングブヒーノドーンコイ。トコロデ、キミタチ、ナニシニキタノ?」
ドーンコイは可愛らしく首をかしげる。
「僕は勇者の後継者だ。お前が持っている『天竜の靴』をよこせ」
アベルは居丈高に命令するが、ドーンコイはそれを聞いて首を振った。
「ユウシャノコウケイシャ?アハハ……キミハチガウヨ。ウンコウリュウケンヲツカッテナイモン。ソレニ」
「うるせえ!さっさとださねえと、ぶった切るぞ!」
何か言おうとしてドーンコイを、アベルは『鋼の剣』に光の魔力を通して威嚇した。
それを見て、彼はため息をつく。
「……スキニシナヨ。ボクハモウヤクメヲオエテイルシ……アルテミックサマノシソン二コロサレルナラ、ソレモイイカモ。デモ……」
何かを言おうとしたドーンコイだったが、カエデが遮る。
「アベルちゃん。もうこれ以上こんなところにいたくないわ。さっさとやっちゃいましょう」
「ああ……わかった。『太陽剣』」
カエデにそそのかされ、アベルは剣を振り下ろす。
光の魔力を帯びた剣は、あっさりとドーンコイの分厚い腹を切り裂いた。
「どこだ!『天竜の靴』はどこにある!」
血と内臓をぶちまけて倒れたドーンコイの腹を、アベルは剣で探って中にあるはずの『天竜の靴』を探す。
しかし、どんなに探しても、見つからなかった。
「おい!貴様!『天竜の靴』はどこにある!」
瀕死のドーンコイの頭を踏みつけてアベルは聞くが、彼はなぜか笑っている。
「コレデ……ヤットシネル。ナガイアイダシネナカッタノ……アルテミックサマ。マタ、ミンナデボウケンシマショウ」
ドーンコイは満足の笑みを浮かべて、死んでいった。
「ちっ。こいつは持っていなかったのか。こんなに臭い思いをしたのに!畜生!だまされた」
アベルの怒りが響き渡る。
「……もうここには用はないわ。早く行きましょう」
カエデは汚らわしそうにドーンコイの亡骸を見て、アベルの袖を引く。
二人は居豚の丘を後にするのだった。
彼らがいなくなった後、グレートブヒーたちが気絶から覚める。
「コレハ……チノニオイ」
「ドーンコイサマ!」
丘に広がる血の臭いを感じ取り、ブヒーたちは仰天する。
慌てて臭いの元に駆けつけると、彼らの長であり、一族の祖であるキングブヒーの亡骸があった。
「ドーンコイサマ……シヌコトガデキタンダ。デモ」
「タベラレテナイ。ドーンコイサマノシガムダニナッテイル」
グレートブヒーたちの間に怒りが湧き起こる。彼らにとって殺されることより怒りに感じるのは、自分たちの体を食べてくれないことだった。
それは、自らを倒した強いものに敬意を示し、その者の糧となることを快感と感じている彼らにとって、最大の侮辱だからである。
「アイツラ……ユルセナイ……ノロッテヤル!」
巨豚の丘に、グレートブヒーたちの呪詛が沸きあがるのだった。

ロズフィル村、
巨豚の丘から降りたアベルとカエデは、村人たちから鼻つまみ者になっていた。
「く、くさいべ」
「あんたら、肥料作りでも手伝ってくれたのけ?」
すれちがう村人たちは、鼻をつまみながらもそういって肩を叩いてくる。
豊穣の香りに慣れた彼らでも鼻にくるほど、アベルとカエデはブヒーたちの尻息の臭いがまとわりついていた。
「アベルちゃん。もうこんな村は嫌。早く行きましょうよ」
半泣きになっているカエデが出をひっばるが、彼は怒りの表情を浮かべたまま村に入っていく。
そのまま、村はずれのあばら家に突撃した。
「おい!てめえ!僕をだましやがったな!あんな臭い所にいったのに、『天竜の靴』はみつからなかったぞ!」
ベッドで寝ていた元村長を叩き起こし、胸倉をつかむ。
「とんでもありません。何かの間違いでございます。そ、そうだ。きっとリトネの仕業でございます」
「うるせえ!『勇光弾』」
アベルは腹立ち紛れに、光の魔力をとめた魔力弾を放つ。
もともと病気で弱っていた元村長は、よけることもできずにまともに食らってしまった。
「ぐはっ!」
元村長のわき腹に大きな穴が開き、血が噴水のように飛び出す。そのまま自らが作った血だまりの仲に倒れこんだ。
「し、しまった。殺してしまった!」
アベルは動揺する。貴族のお坊ちゃん育ちの彼は、13歳にして始めて人を殺したのだった。
「……カエデ姉。どうしよう?」
さっきとはうって変わって情けない顔になったアベルを、カエデは優しく抱きしめる。
「気にしないでいいわ。こいつは貴族を騙した無礼もの。ころされて当然よ」
「で、でも……」
小鹿のように震えるアベルの頭を、カエデは優しくなでた。
「アベルちゃん。あなたは勇者として世界を救う人。その道中には、いろいろなことがあるでしょう。これはその最初の試練なのよ。あなたは人を導く者。平民の一人や二人、その手で殺しても平然としていられる強い心を持たないと、りっばな勇者になれりないわ」
「……わかったよカエデ姉。そうだよな。僕は勇者なんだ。こんなやつ、死んで当然の下賎な民なんだ。何人殺したって、僕が罪に問われることはないんだ !」
カエデによる殺人の正当化を受け入れ、アベルは開き直る。
「下賎なやつらめ!どけ!こいつと無礼打ちにしたんだ!文句があるなら、かかってこい!」
元村長の叫び声を聞いて集まってきた村人を追い散らし、二人はロズウィル村を出るのだった。


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