表紙へ
上 下
67 / 76
連載

三巻 未掲載部分  アッシリア編

しおりを挟む
リトネは自らの修行のほかにも、ヒロインたちの面倒も見ている。
ある日、リトルレットたちに呼ばれて、彼女の仕事場である裏庭の倉庫にきていた。
「見せたいものがあるって?」
倉庫の中には布で覆われた何かがある。かなり大きな機械のようだった。
「ふふふ……じゃーん!」
リトルレットがうれしそうに覆っていた布を取り除けると、大きな機械の中に、白く輝く石がついた指輪がセットされていた。指輪には電線コードが接続されている。
「以前お姉さまたちと争いになっていたでしょ。異世界の機械のエネルギー源について」
「うん。もしかして答えがわかったの?」
リトネがそういうと、隣にいたトーイレットとブールレットも照れくさそうに笑った。
「いろいろ試したところ、光の魔法の一種である『雷』をこのコードに流したとき、これらの機械が反応したのですわ。それで、魔石商から「雷石」を買って試してみたのです」
「あ、あとから請求書が来るけど、必要経費としてリトネ君が払ってね」
さりげなくリトルレットは支払いをリトネにまわす。
「……まあいいや。それで、これらの製品を動かせるようになったの?」
「ふふふ。まあ、みていたまえ」
リトルレットが威張りながら、魔石に向かって杖をふると、白い石は電光を発しはじめた。
「さあ、いよいよだぞ」
リトルレットが修復した電化製品のスイッチを押す。
すると、クーラーから冷気が発せられ、冷蔵庫は冷え始め、電子レンジはチ-ンと鳴った。
「どうだ。これで異世界のゴーレムを動かせるようになったぞ!」
鼻高々のリトルレットに、リトネは素直に感心する。
「すごいよ!それで……この電池じゃなかった、雷石はどれくらいもつの?」
「さあ……まだ実験中だからね。でも、天然の雷を魔法で封じ込めた石だから、莫大なエネルギーを溜め込んでいるんだ。だから結構もつと思うよ」
それを聞いて、リトネは考え込む。
(そういえば、雷のエネルギーってかなり強いって聞いたことがあるな。たしか1/1000秒で、一般家庭の50日分の電力を賄えるんだよな。あれ?それを貯められるって、すごいことなのか?)
そこまで考えて、はっと気づく。
「まてよ。天然の雷を封じ込めた魔石って、そんなに簡単に作れるものなのかな?もしかして、『雷石』って結構貴重で高いものなんじゃ?」
リトネがジト目でみると、リトルレットは決まり悪そうにそっぽを向いた。
「ま、まあ、そこそこはね。たいしたことないよ。ほんの3000アルくらい」
「ぐはっ!」
一般家庭の年収の数年分の費用がかかるといわれて、リトネは思わずぐらついた。
「……リトルレットさん……」
恨めしそうに自分を見つめてくるリトネの前で、リトルレットは頭をかく。
「あ、あはは。これはしょうがないんだよ。魔石自体は一般的なものだけど、その石に雷が落ちるように魔法でコントロールするのが難しいんだ。下手したら術者が雷に打たれて死んじゃうし」
「だから、雷の魔石は高価なのです。しかも攻撃にしか使えませんでしたので、なかなか作る人がいなくて……探すのにも苦労しましたわ」
ブールレットも補足する。それを聞いて、リトネは再び考え込んだ。
(いちいち3000アルもかけていたら、完全に赤字だ。でも魔石自体は簡単に手に入れることができて、すぐれた電池にもなるんだよな……じゃ、自然の雷に頼らなくても『雷石』を作れるように研究してもらう)
リトネは杖を掲げて、異世界に意識を向ける。
「異世界で捨てられた発電機こい!」
すると、ちょっと錆びた機械が、何個も目の前に現れた。
「これはなに?」
今まで見たことがない機械を見て、テンションがあがるリトルレットたち。
「これは、雷を人工的に起こす機械だよ。ちょっと壊れて動かなくなっているけど」
そういいながら、リトネは続けて燃料を召喚する。
「異世界で捨てられた、中身が残っているガソリン缶こい」
同じように錆びた缶が現れる。
「これが燃料だから。ただ、扱いには気をつけて。感電したり、爆発させないようにね」
「任せて!雷が作れるようになれば、簡単に雷の魔石が量産できるよ。そうなると、いよいよ先史魔法文明の復活だ!お父様も喜んでくれる!」
リトルレットははしゃぐが、リトネは微妙な顔をしていた。
(これに成功しても、今度はガソリンをどうやって確保するかが問題になるよな。仕方ない。この世界に石油がないか調べてみよう)
文明をもたらすには一筋縄ではいかないと、ため息をつくリトネだった。
「どうしたの?リトネ君」
そんな様子をみて、リトルレットが首をかしげる。
「い、いや、なんでもないよ。ええい。どうせガソリンが必要になるんだったら、ついでに研究してもらおう。『所有者をなくしたバイク』こい!『所有者をなくした車』こい!」
毒食らえば皿までとばかりに、内燃機関を搭載した機械を召喚する。現れたバイクや自動車は、当然ながらどこかが壊れていた。
「……なるべく完全に近いものを召喚したんだけど……いったいどんな状況だったんだ?」
それらを見て、リトネは複雑な顔をする。バイクのほうは事故を起こしたかのようにフレームが曲がっていたり、ライトが割れていた。車のほうは軍が使用するような頑丈なトラックで、砂塵にまみれていた上に、いくつも銃弾を受けたような穴があいている。
しかも、どちらもシートに血がべったりとついていた。
「うわっ!新しいゴーレムだ!」
リトルレットは血のことなどおかまいなく、珍しそうにペタペタ触って喜んでいる。
「これらは全部この『ガソリン』を燃料として動くんだ。難しいかもしれないけど、解析を頼むよ」
「任せて!楽しみ!」
リトルレットはうれしそうに自動車に頬ずりするのだった。



砂漠の真ん中
リンたちをさらった『砂漠の黒炎』を追いかけていたリトネ。そのとき、突然トーラが喚きだした。
「いい加減に、この車を止めやがれ!」
「でも!『砂漠の黒炎』を追わないと!」
一秒でも惜しいといった様子のリトネは言うことを聞かない。やむなくトーラは一発殴りつけた。
「やつらは砂漠のモンスターを手懐けているんだ!公道を外れた砂山でも平気で移動できるから、直線距離でアリアを目指せる。どの道追いつけねえよ!わかったら止めろ」
必死の形相のトーラに言われて、リトネはしぶしぶトラックを止める。
彼女は止まった瞬間、転がるようにトラックから飛び降りて砂漠の夕闇に消えた。
「先生!どこに行くんですか?離れたら危ないですよ!」
「うるせえ!宝石探しだ!」
闇の中からトーラの焦った声が聞こえてくる。それを聞いて、リトネは首をかしげた。
「宝石探しって?なんだ?こんなときに……」
その疑問に、降りてきたアッシリア家の家臣たちが、苦笑しながら答えた。
「我ら砂漠の民は、砂漠を旅しているとたまに宝石の原石を手に入れることがあります。だから、宝石探しなんですよ。つまり、花の代わりに宝石を摘むということで……」
「あ、ああ。なるほど。そういうわけか」
ようやくトーラが車を止めろといった訳がわかり、頭をかくリトネだった。
「ちょうどいい。ここで食事としましょう」
ポーションを飲んでかなり回復した彼らが、リトネに提案してくる。。
「でも……こうしている間にもリンがひどい目にあっているかも」
リンのことを心配しているリトネを彼らは慰める。
「大丈夫ですよ。盗賊に堕ちたとはいえ、奴らも元は砂漠の民。さすがに少女を痛めつけるといった外道を行うことはないでしょう。大事な人質ですし」
「……でも……」
「いざ奴らと戦うときに、万全の力を出せるようにしっかりと食べて寝ておくことも大事です」
彼らに諭されて、リトネも少し落ち着きを取り戻す。
「そうですね。明日は奴らの本拠地に殴りこむんだ。体力を回復しておかないと」
「ふふ。勇敢なお坊ちゃまだ。その意気ですぞ。では、食事の準備を始めましょう」
アッシリア家の家臣たちは、手際よく食事の準備にかかる。
満天の星と満月が輝く空の下で、呉越同舟の奇妙なパーティが開かれようとしていた。

宝石探しから帰ってきたトーラは目を丸くする。家臣とリトネが仲良く食事の支度をしていたからだ。
「おいおい、お前たち……何やっているんだ。そいつは……」
とがめようとしたトーラに、リトネから声がかかる。
「ちようどよかった。先生、火をつけてください」
すでに竈が用意されて、その上に大きな鍋が乗っていた。
「全く。しょうがねえなぁ……『燃焼拳』」
トーラが拳を振ると炎が飛び出し、薪が勢いよく燃え上がる。
「さすがです。先生は一流の炎の使い手ですね。おかげで楽に火がつきました」
「そ、そうか?まあ、いいってことよ……あれ?なんであたいはこんなことしているんだろう」
リトネのペースに乗せられるトーラの困惑をよそに、鍋から美味しそうな匂いが湧き上がる。
「へえ……いい匂いだな。見たこともない食べものだけど、美味そうだ」
「砂漠の夜は冷えますからね。できるだけの食材を用意して、体があったまるものを作ったんですよ。「おでん」という料理です。みんなにも手伝ってもらいました」
リトネはお玉でよそって、トーラに差し出す。
「へえ……どれどれ」
興味をもったトーラが、ぐつぐつと煮立っている鍋からよそって食べてみると、美味しかった。
「美味い!それに、卵が入っている!」
「ええ。我が家では卵を産む家畜を飼っているんですよ。ほら、この肉がそうです」
煮込んで柔らかくなった何かの肉を食べてみると、これも美味だった。
砂漠の真ん中で、なぜか鍋パーティが始まってしまう。
「さすがシャイロック家のお坊ちゃんだ。贅沢しているんだなぁ……本当にうまい」
家臣たちはうらやましそうな顔をして、鍋をがっついた。
「贅沢だなんて。自前で養育しているので、大してコストはかかりませんよ。いずれ、世界中にこの食べ物を広げようと思います」
「それはいいな。いつかアッシリア領でも、腹いっぱい卵や肉を食べられるようになりたいな」
トーラと家臣たちは食べたこともない美味しい料理を腹いっぱい平らげて、満足するのだった。



リトネとトーラに占領された領主の館に、旧アッシリア家の他の家臣たちも集まってくる。
町に潜伏していた者を集めると、100人にもなった。
彼らの前にトーラが現れて、演説する。
「あたいたちは、このアリアを取り返した。だけど、このままあたいたちがこの地を治め続けるには、国との交渉が必要だ。具体的には、宰相イーグルと話をつけなければならねえ」
トーラの言葉に、家臣たちは頷く。
「それなら、今からシャイロック領に攻めていきましょう!」
そのような過激な意見も出てきて、トーラは慌てた。
「バカ!いくらアリアを取り返したといっても、あたいたちは100人ぐらいしかいねえ。それでどうやって万を超える軍隊をもつシャイロック家に対抗できると思ってんだ」
「しかし……姫御」
不満そうな顔になる彼らを、トーラはなだめる。
「とりあえず、シャイロック家と戦うのは諦めろ。話し合いをするんだ」
「話し合い……ですか?」
ガサツで乱暴者と思っていたトーラからそういわれて、新たに集まった家臣たちはキョトンとなる。
その様子を、トーラ直属の家臣たちはニヤニヤしながら見ていた。
「えっと……シャイロック家の御曹司であるリトネとあたいは、知り合いというか、その……。と、とにかく、あいつは話せばわかる奴だと思う。だけど、その前にあたいたちにはやることがある」
「やることですか?」
家臣たちは首をかしげる。
「そうです。貴方たちにも協力をお願いします。今からピラミッドにいって、『砂漠の黒炎』を討伐するのに協力してください」
奥から一人の少年が現れて、頭を下げた。
「あんたは……?」
「シャイロック家の跡継ぎ、リトネ・シャイロックと申します」
少年が名乗ると、領主の館に怒声が沸きあがった。
「シャイロック家の御曹司だと!主家の仇!」
「ちょうどいい。お前を人質にして、イーグルに……」
頭に血が上った若い者たちが、リトネを捕らえようと前に出てくる。
その瞬間、トーラの直臣が動いて、若者たちを殴りつけた。
「あ、アニキ!どうして!」
殴られた若者たちは波目になって彼らの兄貴分を見上げるが、冷たい目で見返された。
「てめえら、騒ぐんじゃねえ。リトネ坊ちゃんには指一本触れさせねえぞ」
彼らの前で仁王立ちして怒鳴りつける。
騒いでいた家臣たちはその迫力に押されて、思わず沈黙した。
「……お前たち。どういうつもりだ。裏切るのか?」
アッシリア家の軍を統括していた元隊長が出てきて、彼らを睨み付ける。
しかし、トーラの直臣たちは、かつての上官を目の前にしても一歩も引かなかった。
「裏切るつもりなんて、毛ほどもありやせん。リトネ坊ちゃんは、トーラ様の旦那になられる方。ひいては我等アッシリア家の上に立たれるお方でさあ!」
「な、なんだと……!」
それを聞いて、家臣たちは言葉を失う。
「お、お前たち……いい加減にしろよ。まだあたいはこいつを旦那だと認めた覚えはねえ!」
「姫。いつまでも駄々をこねないで下され。リトネ様は『雲亢竜拳』の後継者。我等が仕えるべき、新たなる勇者なのですぞ!」
赤くなるトーラを、執事の老人が叱りつけた。
「執事様まで……」
もっともアッシリア家に忠実な執事の老人までリトネを認めているのを見て、新しく集まった家臣たちはさらに困惑する。
「ま、まあまあ、皆様に改めてお願いします。さらわれた私の妹を取り返してください」
リトネは頭を下げて、家臣たちに頼み込む。
仇と思っていたリトネにそんなことをされて、家臣たちは戦意を削がれるのだった。




シャイロック城
難しい顔をしたイーグルと、何も心配してないようなマザーが向かい合っている。
「ぐぬぬ……リトネまで行方不明になるとは!ワシはどうすれば……」
頭を抱えたイーグルに、ミルキーが飛びついて顔を舐める、
「きゅいきゅい!」
「おお。この爺を慰めてくれるのか。優しい子じゃのう。リトネは無事じゃろうか……」
ミルキーを抱きしめて涙を流すイーグルに、マザーは呆れる。
「そう心配することはあるまい。遠くであやつの『気』を感じる。ピンピンしておるわ」
マザーはそういって慰めるが、イーグルの顔は晴れなかった。
「しかし、リトネはまだ12歳ですぞ。私は心配なのです。もしリトネに万一のことがあれば、私は生きる希望を失ってしまいます」
イーグルは弱音を吐く。シャイロック金爵家の当主で、ロスタニカ王国の宰相である彼は、事実上の最高権力者である。国王ですら、彼には頭が上がらない。
そんな彼が弱気を見せられるのは、すべての生物の守護神であるマザーだけなのか、リトネがいなくなってから毎日のように彼女に愚痴をこぼしていた。
「あれでもワラワが加護を与えた勇者の後継者じゃ。じきに連絡がくるであろう」
「きゅいきゅい!」
イーグルの腕の中で、ミルキーも同意するように鳴いた。
「しかし……」
「まったく。国の宰相ともあろうものが、少しは落ち着くがよい。今のリトネを害するのはただの人間には無理じゃ。リンをさらったのが人間である以上、負けるわけがない。奴は大丈夫じゃ」
マザーはイーグルに延々と不安を訴えられているので、少々うんざりしていた。
その時、アッシリア領から早馬がきたと連絡が入る。
「お館様、申し上げます。リトネ様からの使者と名乗るものが面会を求めています」
「なに!すぐに通せ!」
執事からそう聞いた途端、イーグルは立ちあがって部屋を飛び出す。
「まったく、爺馬鹿とはあやつのことよのう。ミルキーや」
「きゅい」
竜の母子は互いに顔を見合わせて、苦笑するのだった。

リトネたちと一緒に、イーグルは領都アリアに入る。町を視察していくうちに、イーグルの眉間の皺は深くなっていった。
「……これはいったいどういうことじゃ!アリアは歴史ある美しい町だと聞いておったが……これではまるで廃墟ではないか!」
町にはやせ衰えた民が、力なく座り込んでいる。市街地の1/3が焼け野原になっていて、ひどい有様だった。
「今年の初め、原因不明の大火が起こり、多くの市民が焼け出されたのです」
町を案内している元執事の老人が、イーグルに説明する。
「その火事で多くの市民が焼け出され、家や仕事を失いました。我が主アッシリア大騎士は、民を救うために商人から多額の借金をしたのです」
老人の声が物悲しく響き渡った。
「……しかし、市民の一部は暴徒と化し、砂漠に出て盗賊となり、交易商人を襲うようになりました。そのせいで治安は悪化し、税収は下がり、借金の返済ができなくなりました。お館様は最後の手段として、国に頼ったのですが……そのせいで改易になってしまいました」
「ううむ……そんな事情があったのか……」
アッシリア大騎士側の事情を知って、さすがのイーグルも気まずい顔になる。
「アッシリア家が改易されたことで、さらに治安が乱れました。この地に新たに派遣された代官は民のことなど考えず、砂漠の盗賊と組んで湖を汚し、水を独占して高値で売って私腹を肥やしました。リトネお坊ちゃまに水を解放してもらえなかったら、我らは干からびて死んでいたでしょう」
老人が語るにつれて、トーラや家臣たちがすすり泣く。
それだけではなく、市民たちの間からも泣き声がわきあがった。彼ら市民はやせ細り、ものは着ている服は薄汚れたボロばかり。それを見るだけで、今までの民の苦難が想像できた。
「……あいわかった。アッシリア家を安易に改易したのはワシの不明だった。心からわびよう」
イーグルは彼らの前で過ちを認めて頭をさげる。いまだシャイロック家を恨んでいた一部の民も、宰相が頭を下げたことで、ようやく心を静めることができたのだった。

アリア湖
砂漠のオアシスの元となる湖は、ピラミッドから出る黒い油『糞水』により、汚染されていた。
中央に小さな祠があり、そこには水の精霊ウンディーネを祭る祭壇があった。
しかし、今はその祭壇には何も祭られてない。数代前のアッシリア家当主がそこに安置されていた『聖なる乙女』の像を、シャイロック家から借金する際の担保として提供していたからである。
その祭壇に、『聖なる乙女』像が百年ぶりに設置された。
「悪代官を派遣してしまった侘びじゃ。この秘宝はアッシリア家に返そう。どうせ宝物室に入れていても何の役にもたたぬからな」
そういってイーグルは豪快に笑う。その周りでアッシリア家の家臣たちはすすり泣いていた。
「ああ……ようやく我が家の家宝も帰ってきた」
「伝説によれば、この像に清らかなる乙女が祈りをささげると、汚れた水が浄化されるという。これで湖はもとの美しさを取り戻すはず」
全員が、期待をこめて像を見つめる。
「さあ、姫御、お願いします!」
家臣たちに押されて、砂漠の民の巫女服をきたトーラが像の前に跪いた。
「水の精霊よ!どうか湖を浄化されたまえ!」
心をこめて一心に祈るが、しばらくたっても何もおきなかった。
「あ、あれ?聞こえないのか?頼むよ!湖を綺麗にしてくれ!」
トーラは焦って何度もお願いするが、やっぱり『聖なる乙女』像は無反応だった。
「おかしいな……いや、まてよ。姫御が乙女じゃないからかも?」
「……そうか……すでにリトネ様にアレされてナニになって」
家臣たちが変な目でトーラを見つめてくる。それを聞いて、見物していたナディとリトルレットの目が吊り上った。
「ば、馬鹿!変なこというんじゃねえ!あたいは清らかな乙女だよ!」
顔を真っ赤にして弁解するトーラ。その時、リトネが声を上げた。
「忘れていた。その像には『聖なる水瓶』を設置しないと意味がないんだった」
「なら、早くもってこい!あたいに恥かかせやがって!」
トーラに思いっきり殴られてしまう。
リトネはあわてて『聖なる水瓶』を持ってきて、『聖なる乙女』の手に持たせた。
「こほん。……水の精霊よ!どうか湖を浄化されたまえ!」
改めてトーラが祈りをささげると、乙女が担いでいる水瓶から清らかな水が吹き出る。
「おお……『糞水』を吸い上げて、浄化している!これで湖も元に戻る。アッシリア領は救われる!」
家臣たちは抱き合って喜び、民からは歓声が上がる。
それからわずか数日で、湖は元の美しさを取り戻したのだった。

アッシリア家の領主館で、イーグルは次々と政策を打ち出していた。
「焼け出された領民に仕事を与えるのじゃ。高給を約束して民を集めて、町を綺麗にするのじゃ。その費用はアクターから取り上げた財産を当てるがいい」
イーグルの布告により、町の清掃作業が行われる。集まった民たちは、提示された賃金の高さに驚いていた。
「一日一アルって本当ですか?」
「ああ、本当だ。作業は焼けた家の撤去やゴミ処理だから、誰でもできるぞ。昼食つき8時間労働で老若男女を問わぬ。子供でもよい。皆、働いて金を稼ぐがいい」
兵士たちが触れ回り、仕事をなくしたり重税を絞り上げられたりで困窮していた民が殺到する。
瞬く間に焼け残った家やゴミが撤去されていった。
人々は稼いだ金をもって、仕事帰りにシャイロック家が設置した臨時の市場に向かう。
そこにはやわらかいパンをはじめ、見たこともない食べ物であふれていた。
「この『トウモロコシ』って美味しい!」
「『サツマイモ」ってくせになる。食べたらオナラがでるけど!」
リトネの要請により、シャイロック家からは大量の食べ物が運ばれてきており、その価格も安い。
「この蜘蛛のマークが入った服って、伸び縮みして着心地がいい」
グーモ村で作られている生蜘蛛糸の服に着替え、人々の身なりもよくなっていく。
人々は精一杯働いて金を稼ぎ、腹いっぱい飯を食べ、綺麗な服を着る。
少し前まで暗く澱んでいたアリアの町は、シャイロック軍が来てからは活気にあふれていた。
それにつれて、市民たちのシャイロック家への反感も薄れていく。
「どうやら俺たちは誤解していたようだぞ。シャイロック家は仇じゃなかったんだ」
「あとはトーラ姫がリトネ様と結婚すれば、アッシリア家の再興が……」
人々は期待をこめて、リトネとトーラを見つめるのだった。

一時的にシャイロック家の支配下に置かれたアッシリア領では、イーグルの政策により、市民達の生活は向上していった。
「……なんとか、みんなの生活も立ち直りだしたみたいだな」
トーラはリトネと一緒に町を見回り、民の顔に笑顔が戻っていることを喜ぶ
「いや、まだまだだよ。とりあえず衣食住のうち『衣』と『食』がなんとかなっただけだし。あとは住むところをなんとかしないとね……」
リトネは痛ましそうに町にあふれるテントの群れを見る。火災で家を無くした人々は、空き地にテントを張って寝起きしていた。
「気にするな。砂漠の民はこれくらいじゃへこたれねえ。何十年かかろうが、町を再建してみるさ」
そうトーラは言うが、リトネは首を振った。
「いや。今から冬になる。砂漠の冷たい風に晒されたら、体力がない女子供が心配だ」
そうリトネが言った途端、砂嵐が吹き込み、難民のテントを吹き飛ばした。
「うわっ!!ま、待ってくれ」
中にいた人たちは、たちまち大パニックになって飛ばされたテントを追いかける。
「見たとおりだよ。昼ならまだしも、気温が下がる夜だと命に関わる。寝ている時に砂嵐が吹いてテントを飛ばされたら、凍死しかねない」
リトネにそういわれて、トーラは悲しそうな顔になった。
「だけど、砂漠の砂嵐はもう何百年もアッシリア家を悩ましてきた問題なんだぜ。すぐに解決できるとは思えねえよ」
トーラの顔を見て、リトネは何とかしてあげたいと思った。
「うーん。城壁で町を覆うというのは?」
「今までそんな取り組みが行われなかったわけじゃねえが、それは無理だ。石を組んでもすぐに風に飛ばされて崩されてしまう。そもそも、そんな大量の石をよそから持ってきて積み上げる金なんかないよ。ここは砂漠の真ん中だぜ」
「砂で土手をつくる……のも意味がないよな」
しかし、自分がつぶやいた言葉で何かひっかかる。
「砂を防ぐ……砂防ダム……あっ!いい方法がある!」
前世で新聞記事で見た、短期間で壁を作り出す方法を思い出した。
「試してみよう。アッシリアの人も協力して。なるべく多くの人を集めてほしい」
トーラはけげんな顔をしながらも、家臣たちに命じて多くの労働者を集めるのだった。

アリア郊外
トーラたちアッシリア家臣の呼びかけもあって、多くの人が集まっていた。
「坊ちゃん、なにをするんで?」
「今から町を砂嵐から守る防壁を作るから、協力してください」
「はあ……今から作るのか?」
トーラは無茶なことを言うと思っていた。
一口に城壁といっても、簡単な事業ではない。通常は数十年単位の大工事になる。
しかし、リトネはいいことを思いついたようでニヤニヤしていた。
「心配するな。皆でやれば一週間もかからないよ」
「おい、そんなホラを吹いて、期待させるのはやめてくれよ!」
トーラがリトネをつついて、大言壮語を黙らせようとする。
しかし、集まった民たちはそれを聞いて、目をキラキラさせていた。
「シャイロック家の御曹司が、砂嵐から町を守る城壁を作ってくれるんだって?」
「うわさによると、伝説の勇者様の再来らしいぞ」
「きっと俺たちなんかには思いもつかない、神の力を見せてくれるんだ!」
長年自分たちを苦しめていた砂嵐から解放されると聞いて、全員が期待に胸を躍らせる。中には涙ぐんでリトネを拝むものまでいた。
「おい、どうするんだよ。もう冗談でしたじゃすまねえぞ!」
「大丈夫だよ。異世界で捨てられている『廃タイヤ』こい」
リトネが杖を掲げて念じると、黒い輪のようなものが大量に現れた。
「なんだこりゃ?」
トーラはそれを見て首をかしげる。触ってみるとやわらかいような硬いような不思議な感触で、ところどころ傷がついていた。
「まず、大体でいいので同じサイズのものに分けてください」
リトネの指示に従って、町の者が黒い輪を仕分けする。
「次に、横にして積み上げてください。そして上下左右の輪とロープで縛ってつなげてください」
リトネに言われたとおりに積み上げていく。
「最後に。異世界で捨てられている『廃材』こい」
リトネが念じると、古くなった柱や角材が現れた。
「ある程度の高さに達したら、倒れないように輪の中に木材を差し込んでください」
ここまで説明を聞いて、集まった者たちも理解する。
「なるほど。石に比べたら軽くて積みやすい」
「中の輪に木を差し込んで詰めれば、倒れなくなるな」
誰にでもできる簡単な作業なので、町の全員が協力して人海戦術で積み上げることができる。
みるみるうちに高い壁が出来上がっていった。
「やった!完成だ!」
全員が寝る間を惜しんでタイヤを積み上げていくと、たった数日で、町を取り囲むタイヤの城壁が完成してしまった。
「あ、あんたはいったい何なんだよ……ははは……これが勇者の力なのか……」
簡単にできてしまった城壁を見て、もはやトーラは笑うしかなかった。
「俺は勇者じゃないよ」
「勇者以外にこんなことができる奴がいるかよ!まったく大した男だぜ!さすがあたいの旦那だ!」
トーラはリトネの背中をバシバシ叩いて喜ぶ。できあがったタイヤの壁は高さ10メートルの三重の壁で、アリア全体を囲んで砂漠の砂嵐を防いでいた。
「風が弱くなった……」
「入ってくる砂も少なくなった……」
砂防壁に囲まれたアリアの中では、かなり状況が改善される。飛んでくる砂も減り、強い風が吹いてもテントを吹き飛ばすほどのものではなくなった。
「これが勇者様のお力……。リトネ様……ありがとうございます」
アリアの市民たちは、自分たちを守る壁を作ってくれたリトネに感謝する。
「壁の外に砂がたまってきたら、取り除いてください。あんまり砂がたまりすぎると支えきれなくなって倒れるかもしれないですから、管理を欠かさないようにお願いします」
「わかりました!勇者様に作っていただいた壁を、私たちが守らせていただきます」
アッシリア家の遺臣や民たちは、土下座してリトネに感謝を捧げるのだった。

「さて……次に必要なのは『仕事』だよな。なんとか砂漠でも農業ができればいいんだけど」
リトネは次に打つ手を考えて、日本から書物を取り寄せる。
「うん。これがいいな。湖から水を引けるし、砂漠の環境に適した農業ができそうだ。異世界で捨てられている、『ナツメヤシの木』こい」
リトネが杖を掲げて念じると、何十本も奇妙な植物が現れた。細長い幹に、先端から刃のような葉が生えている。まるで逆立ちした矢のようなものだった。
葉の下には、小さな楕円形の実がたくさん成っている。
「旦那。なんだいこれ?」
「異世界では『生命の木』と呼ばれているものさ。乾燥に強くて、何年も美味しい実をつけるんだ」
リトネは倒れている木から、実をひとつもいでトーラに渡す。
「ほら。食べてみな」
「わ、わかったよ」
見慣れない木をみてトーラは内心怖くなるが、目をつぶって一口かじる。すると、口いっぱいに甘い味か広がった。
「うめえ!」
ジューシーな味に、トーラは叫び声をあげる。その様子をみて、民たちも口に運んだ。
「甘い!やわらかい!」
砂漠の民にとっては、『甘み』など初めての経験である。皆が笑顔になって、ナツメヤシの実をほおばった。
「それでは、この木を湖の側に植えて、毎日欠かさず水をやってください。そうすると、毎年実をつけてくれます」
「ほ、本当ですか?この世にこんな奇跡の木があるなんて……」
リトネからもたらされた恵みに、砂漠の民たちは感動する。
「ええ。あと、種は捨てないで育てて、ある程度大きくなったら植えてください。そうやってどんどん増やしていけば、やがてこの地の主食になるでしょう」
奇跡の木をもたらしてくれたリトネに、民たちは感極まって涙を流した。
「わかりました。あなたからもたらされたこの作物を、きっと広めてみせます。いつか、アッシリアの地をはるか昔の緑あふれる森に戻してみせます」
民たちはそう決意するのだった。

数日後
シャイロック軍は周辺の盗賊を一掃し、領都アリアに平和をもたらした後、アッシリア家臣団に後を任せて帰途に着く。
「けっして悪いようにはせぬ。本来の主が帰ってくるまで、しっかりとアリアを守るがよい」
「ははっ!」
元執事の老人に領主代行を任せ、イーグルは自動車に乗り込む。
「勇者リトネ様!アリアを救っていただきまして、ありがとうございました!」
「トーラ姫様とお幸せに!」
運転席で手をふるリトネに感謝の言葉を投げかける市民たち。
民たちの感謝の声を浴びながら、一行はシャイロック領へと戻っていった。
領に戻る道の途中、助手席に座ったイーグルから話しかけられる。
「順調にひろいんを攻略しておるのう。さすが我が孫じゃ」
イーグルは後ろの馬車をみて苦笑する。来るときイーグルが乗っていた馬車には、リトネの婚約者たちが乗っていた。
「うわ!広いです!ソファもふかふかですー!」
「……豪華」
「ボクは自動車のほうがいいけどね。あの速さになれたら、馬車って遅くて遅くて……」
「あ、あたいがこんなのに乗っていいのかな?」
彼女たちは、はじめて領主が使う豪華な馬車に乗って、それぞれ感嘆の声を漏らしていた。
「ええ。彼女たちはもう世界を破滅に導く悪女にはならないでしょう。これで過半数のヒロインは攻略しました。残るは、あと二人です」
リトネもヒロインたちの攻略がうまくいっているので、上機嫌だった。
しかし、次のイーグルの言葉で冷水を浴びせられたように感じる。
「そのことだがな。ワシは最近思うのだ。女神の予言は間違ってはいないが、ほんの表面的なものしか示していないのではないか?たとえ勇者を操るはずだった小娘たちを更正させても、世界は破滅に向かっておるのではないのか?」
「えっ?どういうことですか?」
思いがけないことを言われて、リトネは隣のイーグルを見る。彼はみたこともないような厳しい顔をしていた。
「魔王を倒して王となった勇者が奢り高ぶり、民を苦しめる圧政を敷いたせいで世界は滅びる。そのように勇者をたぶらかしていたのは、彼女たちだと言っていたな」
「たしかに」
リトネは頷く。
「だが考えてみるがいい。いかに魔王を倒した勇者が馬鹿をしようとも、小娘どもが勇者をそそのかそうとも、所詮は個人じゃ。家臣たちが実務を担当せねば、国は動かぬ」
「……」
「勇者や小娘たちは、いいように操られたのではないか?借金を帳消しにしたい貴族どもや、商人の金を狙って私腹を肥やそうとした役人どもによって、権威を利用されたのではないだろうか」
イーグルの声は限りなく苦かった。
「お祖父様がおっしゃりたいのは、まさか……」
「そうじゃ。勇者アルテミックがロスタニカ王国を作り上げた当初は、魔王を倒した勇者に人々は従い、国を健全に運営にできていたであろう。しかし400年が経過し、建国の理念もアルテミックの理想も権威を失い、王国は疲弊の極に達しておる。仮に魔王が復活しなくても、勇者が王にならなくても、ロスタニカ王国の命脈は長くはないであろう」
イーグルはゆっくりと、王によって暗殺されそうになったことをリトネに話した。
「そこまでひどい状況なのですか……」
「進取の精神を失った者は、ゆっくりと腐っていく。それが国でも同じじゃ。何百年も前の先祖の功績に胡坐をかいていた貴族どもは、商人にとって代わられようとしておる。だが、現実を見ないで過去にすがり付いて改革を拒むものは、王をはじめとしていくらでもおる。彼らはずっと覚めない夢をみていたいのじゃろう。アルテミックが世界を救ったので、民は感謝して税を納めつづけ、その子孫は永遠に栄華を極めるのだという夢にな」
イーグルは吐き捨てるように言う。根本的な世界の破滅の原因は、今の社会制度にあるのではないかといわれて、うすうすはそのことを感じていたリトネは何もいえなかった。
「では、残りの二人を攻略しても……魔王を倒しても……」
「ああ。一時的に破綻を遅らせることはできるかもしれぬ。だが、ゆっくりと国は破綻へと向かっておる。それはとめられぬであろうな」
イーグルの言葉に、車の中は沈黙で満たされた。
しばらくして、リトネは問う。
「では……どうすれば世界を救えるのでしょうか」
「ふふふ。何を恐れるか。ワシが言ったのは『ロスタニカ王国』の破綻じゃ。国が滅びても、世界が破滅するとはかぎらん」
「え?」
思わずイーグルの顔をみると、彼はにやりとした笑いを浮かべていた。
「ここに新しいものの息吹があるではないか。古く澱んだロスタニカ王国を滅ぼし、その灰の中から新たな王国を生み出すのじゃ。お前の手によってな」
イーグルは自動車をなでながら、高らかに笑った。
「ふえっ!わ、私が新たな王国を創るのですか?」
「どうじゃ?できぬか?男として生まれたのなら、天下を望むは本懐ぞ!」
そういってリトネを煽る。リトネは冷房が効いているのにもかかわらず、汗びっしょりになっていた。
「……お祖父様はもっと穏やかだと思っていましたが。意外と過激ですね」
「ふふふ。これでもワシは若いころはそんな野望を持っておった。じゃが、いつしかその夢も忘れ、大貴族で国の重臣という立場に甘んじておった。しかし、お前の若さと才能なら、その夢を託せる。どうかワシが死ぬ前に、王となったお前の姿をみせてはくれんかのう」
イーグルは鼻息荒くリトネに迫ってきた。
「……私自身としては、大貴族の坊ちゃんで充分満足なのですが」
「じゃが、このままでは王家はシャイロック家を潰しにかかるであろう。ワシが生きている間は恐れて手をだしてこないだろうが、死ぬか引退して影響力が薄れたと見ると、一気に襲い掛かってくるぞ。お前はすべてを王に献上して、元の貧しい平民に戻るか?」
「それは……いやですね。もうシャイロック家は私の家ですし、婚約者や部下に対しても責任がありますから」
シャイロック家に来てからできた親しい人の顔が浮かぶ。彼らが安心して生きていける居場所をまもる責任が、後継者であるリトネにはあった。
「そうであろう。ワシが言うことがただの妄想であればそれに越したことはない。だが、事実だとすれば、どうしてもロスタニカ王家と戦わねばならなくなる。ならば、独立の準備をしておくのじゃ」
「わかりました。西部一帯だけでもやっていけるように、経済的な独立性を高めておきましょう」
しぶしぶリトネは独立の準備にかかることを了承するのだった。
「それでよい。ワシは王都に赴き、宰相の立場からひそかにシャイロック家の独立を支援しよう」
「お祖父様、王都にいかれるのは危険なのでは?周囲は敵だらけです」
イーグルは心配するリトネの頭をポンポンと叩く。
「大丈夫じゃ。お前がくれたシャツとモモヒキもある。そうそう暗殺者になど遅れはとらん」
「しかし……」
「シャイロック家はお前に任せて、ワシは王都で睨みを効かす。独立の準備の時間くらいは稼げるじゃろう。その間に力を蓄えるのじゃ」
イーグルはそういって、豪快に笑うのだった。


なんとか回復した冒険者たちは、アベルを追って『針の山』まで来ていた。
「あのやろう、ぶっ殺してやる!」
「この山に向かったはずだけど……なんだ?」
山に入った冒険者たちは驚愕する。あたりには小ねずみたちの死体が転がっていたからである。
「チ……チューーー」
他にも、傷ついた小ねずみも倒れている。
「お、おい、しっかりしろ。ポーションをもってこい!」
「町から治療ができる魔法使いをありったけ連れてくるんだ!」
慌てて冒険者たちはグレートハリネズミたちの治療に取り掛かった。
「がんばって!」
ノルンは治療魔法の使いすぎで今にも倒れそうだったが、それでも治療を続ける。
「こんな小さなネズミまで……何考えていたんだ!」
白姫ノルンの腕の中にいる赤ちゃんネズミを見て、冒険者たちは怒りに震えた。彼らはいわば猟師であり、自らの生活を支えてくれる魔物たちに対してある種の敬意を持っている。
そのため、魔物を狩るときでも成体の雄をメインに狙っており、妊娠中や子連れの雌は絶対狙わない。まして子供の魔物を狩るなど冒険者としての道を外れた外道だと思われている。子供を狩ったら獲物が少なくなって、将来自分たちの首を絞めるということを身にしみてわかっているからだった。
「おい!見ろよ。ネズミたちの針が手付かずだぜ!」
「針がほしいんじゃなかったのか?だったら、何でこいつらを殺したんだ……」
さらに、ネズミたちの死体をみていぶかる。
そのとき、不機嫌な顔をしているゴローが口を開いた。
「……おそらく、ただ自分が強くなるためだけに殺したんだろう」
それを聞いて冒険者たちはシーンとなる。たしかに魔物を殺して魔力を吸収して強くなるという方法もある。だが、それは冒険者として決して目的にしてはいけないとされていた。
魔物を殺すのはあくまで生きていく糧を得るための生存競争であり、自らのレベルアップのためだけに殺戮をし、その肉も放置するというのは魔物にとって最大の侮辱である。冒険者たちにとっても、狩りという魔物との神聖な行為を汚された思いをしていた。
「あの糞野郎を探せ!」
「いないぞ!どこにいった!」
怒り心頭に発した冒険者たちが探し回るが、アベルはどこにもいない。一緒になって探していた白姫のメンバーたちは、頂上付近の祠の近くで瀕死のハリネズミを見つけた。
「おじいちゃん!」
慌ててノルンが駆け寄ると、長はうっすらと目をあける。
『……ノルン殿か?』
「おじいちゃん!しっかりして!ヒール!」
ノルンは泣きながら長にヒールをかける。彼女にとって長には、駆け出しの頃に針を分けてもらった恩があった。彼の太くて鋭い針で作った杖は、今でも彼女の愛用品である。
「ヒール!ヒール!なんできかないの!」
涙を流して治療魔法をかけるノルンに、長は優しく微笑む。
『……残念ながら、ワシはもう致命傷を負った。魔力も奪われ……死を待つのみじゃ』
「そんなのいや!」
子供のように駄々をこねるノルンに、長は最後の力を振り絞って伝えた。
『聞いてくれ……あの偽勇者に、『天竜の兜』を奪われてしまった。我が一族が勇者アルテミック様から預かり、新たな勇者の為に守り通してきたのに。……頼む、兜を正当な持ち主に』
「わかったから!無理しないで!」
泣いてすがりついてくるノルンの手に、長は優しく触れる。
『兜を取り返して、勇者の正当後継者、リトネ様に渡してくれ。……頼んだぞ」
そして、長は息を引き取った。
「おじいちゃん!」
長の死体に取りすがってノルンは泣く。
ケインとゴローも、目に涙を溜めて長の遺体に一礼するのだった。




しおりを挟む
表紙へ
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

神に愛された子

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:12,492

条件付きチート『吸収』でのんびり冒険者ライフ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:4,204

辺境貴族の転生忍者は今日もひっそり暮らします。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:5,958

異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:2,200

異世界でカフェを開店しました。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,769pt お気に入り:5,924

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:139,474pt お気に入り:3,021

異世界で俺だけレベルが上がらない! だけど努力したら最強になれるらしいです?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:2,848

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。