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中村翔と田辺武

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次の日
トオルを苛めていたクラスメイトたちは、阿鼻叫喚の悲鳴を上げていた。
「入学取り消しってどういうことだよ!」
もっともトオルに危害を加えていた男子生徒、田辺武が、電話の相手に食って掛かる。
「当大学は最近危機管理に力を入れております。推薦入学で大学に入った生徒が暴行恐喝で訴えられたとなると、大学のブランドが落ちてしまいます」
武にコンタクトを取った大学職員は、冷たく武の抗議を跳ね除けた。
「だから、誤解だっていってんだろ!」
「理事会の決定です。それでは失礼します」
電話は冷たく切られ、武は呆然とする。
「くそっ!神埼の奴め!ぶっ殺してやる」
焦った武は、同じ状況のクラスメイトに連絡を入れた。
「おい翔!神埼をぶっ殺そうぜ!」
「どうやって?あいつがいる場所もわからないのに」
電話の相手である中村翔は、疲れた声で聞き返してきた。
「あいつを見つけて証拠の動画を消せば、全部解決するんだ!クラスみんなで探して-」
「悪いけど、俺はもう諦めたよ。お前たちのつまらない苛めに付き合っていたせいで、俺も大学入学が取り消された。もうあいつに関わるのはうんざりだ。お前らだけでやってくれ。俺はあいつに謝って、許してもらう」
翔の声には絶望が浮かんでいた。
「てめえ!仲間を裏切るのか!」
「もう卒業したんだから仲間でもクラスメイトでもない。ただの他人だ。子供のお遊びが許される時間は終わったんだよ。じゃあな」
電話は一方的に切られ、着信拒否される。
「糞が!」
武は思い通りにならない現実に、どう対処していいかわからなかった。

電話を切った翔は、父親に呼ばれる。
「翔、お前のクラスメイトたちとは縁を切ったか?」
「……うん」
その答えに父親は頷く。
「人は環境によって変わる。それに流されない強い意志をもたない限りはな。弥勒学園のようなつまらん学校に行かせた私にも非はあるが、お前がやったことはお前が償わなければならん。行くぞ」
父親は翔を車に乗せて、内容証明を送ってきた弁護士事務所に連れて行く。
そこには、厳しい顔をした弁護士とトオルが待っていた。
「神埼さん。あなたを理不尽に苛めたのは、息子の不明からです。教育を怠った私の責任もあります。申し訳ありませんでした」
そういいながら頭を下げてくる。
「本当にすまなかった。反省している。ごめんなさい」
そういって頭を下げる翔だが、トオルは冷たく笑う。
「本当に反省しているんですかねぇ。僕はちゃんと謝罪する機会を与えましたよ」
そうしてカラオケ店の映像をみせる。その中の翔は、自分がしたことを全く悪いことだと思ってないように笑っていた。
「お前というやつは……」
父親はヘラヘラと笑う翔の映像を見て、心底見下げ果てたような目で息子を見つめる。
「ち、ちがう。今は本当に反省しているんだ!このとおりだ!」
翔は真っ青になって土下座した。
「見苦しい。やめろ。そんなことをしても誠意は伝わらない。神埼さん。少しお時間をいただけますか?こいつには父親として罰を与えなければなりません」
そういって、父親は翔をひきずって弁護士事務所を出て行く。
一時間ぐらいして戻ってきた二人を見て、トオルはちょっと笑ってしまう。彼らは見事に頭を丸めていた。
「頭を丸めた程度では誠意は伝わらないかもしれません。ですが、まずは形から入ることが必要だと思います」
二人そろって土下座する姿に、さすがのトオルも哀れになる。
「謝罪は受け取りましょう。ですが、謝られた程度で許せるほど、-僕が受けた被害は軽くないですね」
「おっしゃる通りです。これは今までの弁償金と慰謝料です」
父親は分厚い封筒を差し出してくるが、トオルは受け取らなかった。
「残念ですが、お父さんが弁償するのでは意味がないのでは?中村君自身はなんの社会的なペナルティもうけていないじゃないですか」
「息子は大学入学を取り消されました。スポーツもやめさせます。今後成人するまで寺にでも入れて、心を入れ替えさせます」
その言葉に翔はビクっとなるが、父親ににらみ付けられて下を向いた。
「なるほど。その頭は決意の表れというわけですか。わかりました。中村君に対してはそれでいいでしょう」
トオルは笑って封筒を受け取り、示談書にサインをするのだった。
数十年後、中年になった翔は父親を看取る時に、父のおかげで人生最大の危機が回避され、もっとも軽い復讐を受けただけで済んだと泣いて感謝するのだった。

中村翔との会談が終わった次の日、トオルは弁護士事務所で田辺武とその父親と相対していた。
「うちの武に言いがかりをつけてきたのはお前か?」
厳つい顔をした金髪頭の中年男が睨み付けてくるが、弁護士が割って入った。
「言いがかりではありませんね。ちゃんと映像記録・音声・神埼さんの口座から出金された金額と日付けで裏を取ることもできます。全て証拠としていつでも訴えることができます」
弁護士が資料を出すと、父親は鼻で笑った。
「そんなの関係ねえ。うちはちょっと特殊な仕事していてよ。あんまり世間の常識なんて関係ねえんだ」
それを聞いていた武も、自信を取り戻してトオルを睨み付ける。
「お前のせいで大学にいけなくなってよぉ。その損害は賠償させてもらうぜ」
父親のほうを頼もしそうに見ながら、トオルを笑う。
「話になりませんね。では裁判でお会いしましょう」
「おう。それまでそこの坊主が粋がっていられたらな」
父親は武を促して、弁護士事務所を出る。
弁護士は心配そうにトオルを見た。
「神埼さん。気をつけて下さい。田辺武の父親、田辺望は、いわゆる「半グレ」です。正式な暴力団に所属している人間なら話が通じるのですが、その下で汚れ仕事をする中途半端な人種が一番危険なのです」
「わかっています。気をつけますね」
トオルは弁護士の忠告に耳を傾け、タクシーに乗ってホテルを出る。
案の定、怪しい改造車が後をつけてきた。
(俺の居場所を探って、どうにかするつもりだな。暴力には暴力だ。いい年して暴走族の真似をしている世の中舐めたオッサンとそのバカ餓鬼に、お仕置きしないとな)
トオルはタクシーの運転手に告げる。
「なるべく人里はなれた山道に行ってください」
トオルを乗せたタクシーは、都心を離れて山中に向かっていった。

トオルが乗ったタクシーを追いかけているのは、 武とその父親である田辺望である。
武が仲間を集めてトオルを襲撃しようとしても、生徒たちは大学入学を取り消されまいと必死に交渉を続けており、誰も武に賛同してくれなかった。推薦組としてより厳しい目を向けられた田辺や中村とちがい、一般試験で合格した者たちはまだ進学できる可能性があったからである。
この時期に暴力事件などを起こして自分の将来を棒に振ろうとするものは、やけを起こした武以外にはいなかった。
困り果てた武は、父親に泣きついたのである。
「あの神埼徹とか言う奴は、まだ金を持っているんだな?」
「ああ、俺たちがだいぶ絞り上げたけど、弁護士雇えるってことはまだ残っているはずだ」
武は父親である望をそう告げてトオル襲撃計画に引き込む。
もともと望は若いころから暴力団の企業舎弟として、振り込め詐欺や闇金融のほか、貧困ビジネス・出会い系サイトの運営などグレーゾーンで生きてきた男である。最近ではクレジットカードを情報不正取得して、暴走族だったころの昔の仲間を使ってATMで現金を引き出すなどの犯罪行為に手を染めていた。
「捕まえて全財産を引き出させる。相手は所詮ガキだ。ちょっと脅してやれば、すぐに逆らえなくなるだろうぜ」
望は獰猛な笑みを浮かべる。二人を乗せた車は、タクシーを追いかけてどんどん山中に入っていった。

東京の西部、都心から離れた山中。
タクシーは細い山道を走っていた。
「よしよし。ちょうどいい感じになってきたぞ」
トオルは周りの景色を見て、満足そうにつぶやく。細い山道の下には高い崖が広がっていた。
「俺の精神を、電脳世界に飛ばして……」
自分のスマホを経由して、ネット上に魂を飛ばす。そして後ろからついてきている車のカーナビの通信機能を経由して進入した。
カーナビの中に潜んでいると、田辺親子の会話が聞こえてくる。
「おい親父。いいのか?なんだか知らない山に来たけど」
辺りに何もない山の光景を見て、武がつぶやく。
「何言ってんだ。むしろ人目がなくて好都合だろうよ。あいつがこの辺りでタクシーを降りてくれたら、堂々と捕まえられるぜ。なんならそのまま山の中に埋めてやってもいいかもな!」
望が凶暴そうな顔で笑ったとき、山道がカーブに差し掛かって前のタクシーが視界が消える。
同時に、いきなりカーナビに一人の少年の顔が浮かび上がった。
『聞いたぞ。俺を散々人殺しだってののしっておきながら、俺を山に埋めるって。お前たちのほうが人殺しじゃねえか!』
「神埼!」
いきなり画面に現れたトオルに、武と望は驚く。
『お前たちがそのつもりなら、俺も容赦しない』
その言葉と同時に、いきなり車が蛇行する。
「お、親父。なにやってんだ?」
「わからん!急にハンドルが効かなくなったんだ!」
望はあわててブレーキを踏むが、車は止まらずにかえって加速していく。
『無駄だよ。俺はこの車のコントロールを乗っ取った。お前たちは俺の腹の中にいるも同然だ』
彼らが乗った車は蛇行運転を繰り返し、二人は激しく揺さぶられた。何度も崖下に落ちそうになり、心底恐怖を感じる。
「ま、待て。やめてくれ!謝るから!わるかった!」
みっともなく失禁しながら許しを乞う武に、トオルは冷たく告げる。
『もう遅い。お前たちみたいな害虫は、いなくなったほうがいいんだ。傷つけられる人間の気持ち、味わってみろ』
その言葉と共に、二人が乗った自動車はガードレールを突き破って、崖下に転落していった。
それを見届けて、トオルはタクシーの後部座席にいる自分の肉体に魂を戻す。
「今、何かが落ちるような音が聞こえませんでしたか?」
「いいえ。何も」
運転手が聞いてきたが、トオルは笑ってごまかす。
「もう良いですよ。東京に戻ってください」
そのまま東京に戻り、泊まっているホテルに送ってもらう。
「はい。お金です。あ、あと領収証と運転手さんの名刺も下さい」
しっかりとアリバイの証拠になる物も押さえておくトオルだった。
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