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勇者と魔王の末路

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36回目に殺された時、奴はとうとう逃げ回るのをやめ、地面に倒れ込んで動かなくなる。
「……どうした。もう終わりか」
「動けねえ……」
かすれた声でつぶやく。光司のレベルは1にまで下がっていた。
それを見て、俺は復讐の次の段階に移ることを決意する。
「ふっ。いつまでも甚振っていたいところだが、お前のレベルはもう1にまで下がっていて、これ以下には下がらないみたいだ。あとはこいつらに任せるとするか。魂亡き死者どもよ。よみがえれ。『魔化(イビルフィギア)」
俺の体から無数の闇が立ち上り、雨のように地上に降り注いでいく。『闇の雨』に打たれた死体が、徐々に動き始めた。
「ウガァァァァァァ」
腐乱死体が起き上がり、ゆっくりした歩調で光司に近づいてくる。それはたちまち大勢に膨れ上がり、光司を取り囲んだ。
「うわぁぁぁぁぁ!なんだこいつら!」
「見ればわかるだろう。アンデッドの一種『ゾンビ』だ。王都に転がる死体の数だけ用意した。じっくりと楽しんでくれ」
王都の空に、75623という数値が浮かびあがる。
腐乱死体はあっという間に光司に襲い掛かってくる。レベル1にまで下がっていた奴は抵抗できず、体中食いちぎられて死んだ。
そして再び「輝きの球」が煌めき、光司が復活する。
奴が地上に現れると、ゾンビたちは待っていましたとばかり襲い掛かっていった。
「助けてくれ!」
王都で光司とゾンビたちの終わらない追いかけっこが続いていく。
俺は空に浮かび、その様子を観戦するのだった。



俺は光司。レベル1まで下がってしまった勇者だ。
今俺は、王都でゾンビたちに追われて逃げ惑っている。
「はあはあ……こいつら、いつまでこんなことが続くんだ」
襲い掛かってきたゾンビを切り捨てながら、俺は疲れた声を出す。ちなみにこの剣はフレイムソードではなく、その辺に落ちていた兵士のものである。
レベル1まで下がってしまった俺は、ほとんどの魔法を失い、身体能力も一般人並みにまで低下した。そのせいで、あれから何回ゾンビたちに食い殺されてしまったか数えきれない。
それでも、俺は死ねないのだ。
死ぬたびに『輝きの球』により強制的に復活させられてしまう。しかもただの生身の体として。
普通の体だから腹も減るし眠くもなる。しかし、ゾンビに襲われて満足に食事も睡眠もとれず、ひたすら逃げ回るだけの毎日は、俺を心底疲れさせていた。
あれからライトは姿を見せない。どこかで俺を見ていて嘲笑っているんだろう。
ああ、またゾンビたちが襲ってきた。俺は殺されたくない一心で剣を振るうと、そのゾンビは胴から真っ二つに切断された。
「ウガ?」
しかし、自動でまた胴がつながり、何事もなかったように復活してしまう。
「いったい、どうやったらこいつらを殺せるんだ……」
俺はゾンビたちに食いつかれながら、空を見上げる。
激痛と共に頸動脈が食い破られた時、「輝きの球」から光が降りてきて、俺とゾンビを包みこむ。
気が付けば、俺は無傷で近くの路地に立っていた。
「またか……」
もう何度目のことかわからない。装備もすべて失われ、俺は素っ裸で立ち尽くしている。
俺の匂いを感じ取ったゾンビたちが、早くも近づいてくる気配を感じた。
「もういい。好きにしろよ」
抵抗を諦めて空を見上げた時、異変に気付く。王都の空に浮かんだゾンビの残数を表示している数が、75622と表示されていた。
「数が減っている。もしかすると……」
俺はあえて広場にでて、ゾンビの数を集める。
「ほら、お前たち!ごちそうはここだぞ」
たちまち大勢のゾンビたちが、俺に群がってきた。
全身を食いちぎられる苦痛に耐えながら、俺は空を見上げる。
すると、「輝きの球」から光が降ってきて、俺と周囲のゾンビを包み込んだ。
「俺の考えが正しければ……」
俺は期待を込めて、空を見上げる。次に復活した時は、ゾンビの残機は75618にまで減っていた。
「やったぞ!」
俺はゾンビに対抗する手段を見つけ出すことができて、狂喜する。俺の死と復活の時に降りてくる
『輝きの球』の聖光にゾンビたちを巻き込めば、奴らを消滅させることができるんだ。
やったぞ。これを続けていけば、いつかはこの生き地獄から抜け出せる。
空を見上げて喜んでいると、ふいにパチパチという拍手の音が聞こえてきて、ライトが現れた。
「よくそこに気づいたな。たしかにゾンビの弱点は光魔法だ。お前が死ぬたびに放たれる光魔法に巻き込めば、ゾンビを浄化できる」
ざまあみやがれ。てめえは俺を無限地獄に落としたと思っているみたいだが、欠陥があったんだよ。
これでライトの裏をかけると思っていた俺に、ライトは冷酷に告げた。
「ほれ、あと75618人のゾンビが待っているぞ。勇者らしく頑張って殺されてくれ」
「望むところだぁ。相手してやらぁ」
俺はゾンビの群れにむかって突進する。背後でライトがふふっと笑った気がした。





俺は……なんだろう。もはや自分が何者かも忘れてしまった。
あれから何十年たったのだろう。なぜ俺は殺され続けないといけないんだろう。
以前は覚えていたような気がするが、毎日のようにゾンビたちに殺され続けているうちに、何も思い出せなくなった。
俺がどんな罪を犯して、殺され続けなければならないのかわからない。だけど、俺には希望があった。
「あと少しで……ゾンビたちの数が0になる」
毎日のように空を見上げて、その数が減り続けることに希望を見出している。
このままいくと、あと数日で0になるはずだ。
「そうなると……ここから出ることができるかもしれない」
外に出たら何があるのかわからない。だけど、水や食料くらいはあるだろう。
ここ数年間、王都にある食料はすべて食べつくしてしまって、一滴の水もひとかけらのパンも食べてない。空腹のあまり無駄に餓死したことも何度もあった。
そして俺は、今日もすくなくなったゾンビに殺される為に王都をうろつく。
そして、ついにその日がやってきた。
「は、早く俺を殺してくれ」
何日も捜し歩き、ようやく見つけたメイド服を着たゾンビに首筋を差し出す。
喉笛が噛み千切られると同時に、天空から光が降りてくる。死ぬ寸前に上空のカウントが0になるところを、俺は確かに見た。
「やった!これで俺は解放されるんだ!」
復活した俺は喜びながら王都の出口に向かう。
しかし、オレンジ色の結界は俺の脱出を阻んだ。
「なんだよ!カウントがゼロになったら解放してくれるんじゃないのかよ!」
俺は虚しく喚き散らしながら、王都をさまよう。
『輝きの球』はそんな俺を、冷たく見下ろしていた。


100年後、王都の召喚の間に、一人の少年が座っていた。
もはや完全に正気を失っているのか、だらしなく目と口が開かれ、壁に向かってぶつぶつと何事かをつぶやいている。
壁に描かれた召喚の儀式に使われる魔法式の下に、びっしりと日本語で文字が描かれている。
もはや見る者もいないその内容は、このように書かれていた。

私は光司。以前は勇者と呼ばれていた者だ。
今ここに、私の真実と裏切りを残そう。
かつて愚かな私は、勇者パーティに属していた仲間に冤罪をかぶせ、彼とその家族を処刑した。
その後、怒りのあまり魔王となった彼の復讐により、人間の王国は滅び、私は永遠の虜囚となった。
彼は私を王都に閉じ込め、ゾンビたちとの終わらない戦いに差し向けた。しかし、本当の復讐はそれで終わりではなかった。
ゾンビたちを全滅させた私は、罪を償ったのだと思った。しかし、魔王は現れず、私はたった一人で王都に残される。
ここにきて、私はようやく気付いたのだ。ゾンビたちは私の正気を失わせないための刺激だったのだと。
すべてのゾンビを滅ぼした私が得たものは、この閉鎖された都市にたった一人取り残された孤独のみだった。
元の世界に帰ろうと、魔術式を解析してみたが、何度やっても反応しない。今や無人の都市となったこの王都には、私が孤独な王として君臨している。
天空にて輝き続ける『輝きの球』を見るたびに、私はいつも思う。いつか新しき勇者が現れて、『輝きの球』を手に入れて私を解放してくれる時がくるのだろうか。
その時のことを想い、私は正気を保っていられるうちに必死に思い出した私の犯した罪と与えられた罰を書き残そうと思う。
願わくば新しき勇者は、私のような愚かな勇者にはならず、真の勇者としてすべてに救いをもたらしてほしい。
そして魔王ライトよ。私が愚かであった。いつか君の魂にも安らぎをもたらされんことを、心から願っている。


床に座り込んだ少年は、壁に描かれた内容をぶつぶつと繰り返し続けながら、いつか解放してくれる新たなる勇者を待ち続けるのだった。


光司への復讐を果たした俺は、王都をでる。
『復讐の衣』が俺に話しかけてきた。
『汝の復讐は果たされた。次は汝が他者に与えた理不尽の報いを受ける番である』
「……ああ、わかっているさ」
最初からわかっていたことだ。俺は復讐を果たすため、多くの人間の命を奪い、不幸にしてきた。俺だけが救われるなんてことがあっていいはずがない。
『復讐の衣』が俺の体を包み込む。俺は生きたまま、闇の中に取り込まれていった。
「ここは……?」
俺の意識が戻ると、見覚えがあるダンジョンの最深部にある玉座に座っていた。
俺が出現した場所は、かつて勇者パーティが先代魔王を倒した「地獄の道(ヘルロード)」である。
先代魔王が倒されて以降、すべてのモンスターがいなくなった廃墟に、ただ一人俺は玉座に縛り付けられて動けなかった。
「ここに帰ってきたということは……」
『そうだ。これからお前の為した理不尽について、報いを与える』
着ていた『復讐の衣』から思念波が伝わってくる。
『お前は新たな種族が繁栄し、世界のバランスを崩す事態になる時代まで、今まで殺してきた魂たちの恨みをずっと聞き続けて、彼らが味わった苦痛を体験して過ごすことになる。それがお前に与えられる罰だ』
なるほど。先代魔王がダンジョンの奥にずっといて、出て来なかったのは本人の意思ではない。
強大な力を持つ魔王が自由に動けるとなると、人間は神の期待値を超えてあっという間に滅ぼされてしまう。奴は自分に対抗できる勇者が現れるまで、玉座から動けなかったんだ。
「俺にふさわしい罰だな。甘んじて受けるとしよう」
俺は目を閉じ、体の内側から伝わってくる恨み言に耳を傾ける。
「お前のせいで幸せな生活が壊された」
「俺たちはただ一生懸命にいきていただけなのに……」
「憎い。なぜ罪もない子供まで命を奪った……」
何千何万もの恨み言が聞こえてくる。彼らが味わった苦しみが伝わってくる。
俺は弁解も否定もせず、ただ彼らの罵倒を受け続け、彼らひとりひとりの死を追体験する。
こうして、俺は自分が理不尽に殺した者たちの苦痛を受け続けるという無限地獄に落ちたのだった。


~第一部完~
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